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一座の悩み

「うぃーっす、帰って来たぞー……」

「あー……お帰り」

 ショーンが両腰に佩いた片手剣をカチャカチャと鳴らしながら宿屋の部屋の扉を開く。それにアリアは適当な言葉で返しつつ、夜のショーのための化粧の手は止めなかった。

 フン、とアリアが鼻を鳴らす。


「……ずいぶんと血なまぐさいよ。人を斬って来たんじゃないだろうね?」

「馬鹿言うんじゃねぇよ……魔物だ。近頃やたら増えてるからな……食いっぱぐれなくていいのは助かるが……」

 疲弊した口調でショーンが返す。日中一杯、街の外の森の中で魔物討伐をしていたのだ。ここ数日はそればかりの毎日で、すっかり普段の調子の良さもなくなっている。

 どさりとショーンはベッドの上に腰の剣を投げ下ろす。本来なら手入れしなければいけないのだが、流石に今日は疲れた。少し休んでも罰は当たらないだろう、とショーンは自分に言い訳する。


「ワイマーさんたちは?」

 普段なら夕暮れ前のこの時間、ワイマーたちは休憩時間のはずなのだが、と思いながらショーンが尋ねる。

「大きな船が着いたから、酒場が忙しいんだってさ。あたしは2回は踊ったから飽きられないよう休憩中ってこと。……これでちょっとは日当に色がつけばいいんだけどねぇ……」

「無理無理。俺たちに回す金があれば、1デルスでも多く溜めようとするだろうさ、金持ちは」

 ショーンが乾いたジョークを口にしても、アリアは無反応だった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ワイマー一座は、今エリシール第二の都市、港町リムルに滞在していた。

 エリシール北部の森を南下し、大きな街道に合流した位置にあるリムルは、エリシール最東部にあり、この国でほぼ唯一と言っていい海港都市である。

 この街から延びる街道をひたすら西に行けば、エリシールの首都たる王都エリスへ、その街道から分岐してディクサシオンやガレオンにへと続く街道も存在する。


 基本的にエリシールで「都市」と言えば、国の中央部に広がる平原地帯のほぼど真ん中にある王都エリス、そこから北に位置する学究都市ディクサシオン、南部にあり辺境の集落(農村地帯やドワーフの村のことだ)の物流の拠点であるガレオン、そして海の向こうへの唯一の玄関口であるリムルの4つである。

 リムルは、森を開いて作られた都市である。北部はその名残で深い森に閉ざされ、細い道が数本通っているだけだ。さらに南部は険しい山並みに阻まれ、エリシールにおける貿易拠点でありながら、主要街道は西に延びる一本しかない。

 これだけ立地条件が悪かろうと、エリシールに海に通じる場所はここぐらいしかなかったので、莫大な費用と時間、そして多大な犠牲を払いながらなんとか築き上げられた人々の安息の地であった。


「リャーマン」の村から辛くも逃げ出したワイマー一座は、先日通ったばかりの道をひたすら逆走した。

 路銀は乏しく、目覚めたユキが錯乱の症状を示しすなどトラブルには事欠かない難儀な旅路であった。

 なんとか南に抜ける道と合流した後は、ひとまず森を抜けるべく南下してリムルから延びる主要街道へとたどり着くことに成功した。

 しかし……そこで一座は意見が分かれた。……正確に言うなら、ユキが自分の主張を譲らなくなった。


「今すぐ西よ! ここまで来れば安全な街道じゃない! 早くトーヤに……トーヤに会わなきゃ!」

「ユキ……旅をするには、先立つ物がないんだよ。商売道具も、金庫も、馬車だって失っちまった。ディクサシオンまで歩いたらどれだけかかると思っているんだい?」

「そうだとも……一度リムルへ行こう。あそこなら仕事だってあるだろう。皆で協力すれば、すぐに金だって……」

 淡々と諭すワイマーとイーザだったが、ユキはまるで聞き入れもしなかった。


「なんで皆して邪魔するのよ! 私のせいでトーヤが死にそうな目に遭って……生きているかどうかもわからないのに! もういい! 一人でも行く! 娼婦の真似事でもしながら行けば、ディクサシオンまでぐらい……」

「ショーン」

「ん」

 目に涙を浮かべて暴走するユキを、アリアの指示に従ったショーンが当身一発で気絶させる。

 くたりと力を失ってショーンに抱えられるユキを、アリアが哀れむように言った。

「……惚れた男がいるのに、身体なんて売るもんじゃないよ」

「そいつは実体験からの忠告かい?」

「馬鹿」

 さっさとリムルに向け東へ歩き出すアリアを、ユキをおぶったショーンが追いかけた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「やっぱり、なかなか金も溜まらないな……」

 一日の仕事を終えたワイマーが悩ましそうに言う。

「……物価が跳ね上がっている。物流が滞っているのが原因だ、と市場の連中は言っていたが……」

 旅支度を整えようにも、リムルの物価は高い一方で、単なる旅人であるワイマーたちの稼ぎは大したものではなかった。

 ショーン以外の一座のメンバーは、とある安酒場で働いていた。ワイマーは掃除や皿洗い、イーザは豊富な経験からの料理番、それにユキはウエイトレス、アリアはダンスを披露して日銭を稼いでいるが、日々の生活費で乏しい稼ぎはたちまち消えてしまう。ショーンの魔物討伐が最も収入としては高かったが、危険が高いために無理をするわけにもいかず、不安定なのがネックであった。

「私、旦那さんに頼んでもう少し長く入れてもらうよ。旦那さん、人手が足りないってぼやいていたし、多分……」

「無理するんじゃないよ、ユキ……フラフラじゃないか。ここらで一日ぐらいまとまった休みを取りなさい」

 イーザがきつくそう言ってもユキは聞き入れなかった。

「だって……私が休んだら、それだけトーヤに会える日が遠くなるじゃない。リムルを旅立てるその日まで、一日だって休んでいる暇なんてない、って……」

 一座のメンバーは頑固なユキの姿に、一様に溜息を吐いた。


 リムルにたどり着いた後、ユキは意外なほど落ち着いた。……落ち着きすぎて逆に不気味なほどに。

 冷静に考えれば、治安の悪化してきている昨今、少女一人でディクサシオンまで行こうなど自殺行為でしかない。そのことをもともと馬鹿ではないユキはすんなり理解した。

 そして、ならばディクサシオンまでの「最短経路」を取るだけだ、と一途なユキは考えたのである。

 初めて訪れる港町にも関わらず、観光も何もしないままとにかく働き続けた。活気に溢れた美少女のウエイトレスはたちまち酒場の看板娘になったが、営業スマイルを浮かべながらもユキは死に物狂いで頑張った。

 毎日の食事も削って旅費に充てようとまでした時は、流石に全員で止めたが。


 それでもなお、都会の空気は冷たかった。不景気がもたらす濁った雰囲気は家族同然の関係であった一座の中にも徐々に入りこみ、怒鳴り合うことも増えてきた。


 あるいは、このまま港町の片隅で働き通したまま朽ちていくのではないか、という不安は口にはしないが誰もが抱えていた。

 旅の空に戻りたい、歌と踊りと活気に満ちていたあの頃に戻りたい、願わくばトーヤもいたあの時間を取り戻したい、という思いはあれど、現実はそれを許しはしなかった。

 リムルを覆う閉塞した空気、頻発する魔物の出没……それらがもたらすものが何なのか……一座はおろか、街の住人のほとんどはまるで知らないまま……その日を迎えるのであった。



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