企み
「で、何なのよコレ」
「……電気警棒?」
「ハ? 何よ、それ。アンタ本当時々意味わかんないこと言うわよねー」
コニーが手にしているのは、ただの鋼の棒に持ち手と簡易的な紋章を刻んだだけの武器である。
「非力な人でも鎧の上から痛打を浴びせられる武器、をコンセプトに考えたんだけど……相手に触れさせさえすれば、雷撃魔法を起動させて中の人間にダメージが通るんだ」
「こんな長さじゃ、非力な人が鎧着たプロの戦士の懐に飛び込めるわけないじゃない」
「だよねぇ……」
失敗作か、とトーヤはコニーから受け取った警棒をクルリと回しながら考える。前世での警棒のイメージが強すぎて中途半端な長さにしてしまったが、そもそも剣の達人が跋扈する世界でこの程度の長さの警棒が護身用になるわけがない。
「もう少し長くしてみるよ。コニーもその方が使いやすいだろ?」
「へ? なんで私が使いやすいといいのよ?」
「コニーだって、杖と魔法だけじゃいきなり襲われたりしたとき困るでしょ? この間だってディムとかいう近くの町が魔物に襲われたらしいし、この街もいつ治安が悪くなるかわからないじゃない」
「そ、そう……私のためなのね……」
一瞬ニヘラとゆるんでしまった顔を慌ててトーヤから隠すようにしてから、コニーは意識してキリッとトーヤを見つめる。
「雷を飛ばさない、とは予想外な使い方だね、トーヤ君。普通雷撃魔法というのは遠距離からまとめて相手を打ちのめす魔法だと言われているのに」
が、トーヤに向けて放とうとしたコニーの言葉は突然の闖入者に遮られる。
「あ、ティミー先生」
「義母さんと呼びたまえ、トーヤ君」
トーヤの試作品の警棒をしげしげと眺めながらティミーは呟く。
「長くすると言っていたが、これ以上長くすると持ち運びが不便だろう。護身用と割り切るなら、ナイフ程度の長さでも十分なのではないかね?」
「あ、でも短いと不利なんで……もういっそ折り畳み式にしてしまおうかな、と……」
「何、折り畳み式? それでは強度が……あぁ触れさえすればいいのかこの武器は」
「はい。最低限の強度でもなんとかなりますから……」
一瞬にしてトーヤの発想の問題点と利点を理解する母の頭脳を誇らしく思うと同時に、苛立ちを覚える自分にコニーは気づく。
(何なのよ、もう……)
その苛立ちが母親に向けられているのかトーヤに向けられているのか、コニーにはわからなかった。
「まぁ頑張りたまえ、トーヤ君。失敗はどれだけしても構わん。ただ停滞だけはいかんことだ。停滞せず、常に歩みを進める……それは全ての生命に課せられた義務だよ」
ティミーは軽く手を振りながら、早々にその場を後にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その夜のことである。
ディクサシオン中心にそびえる巨大な城。魔道学院の一室に3つの影が集まっていた。
1人はこの部屋の主であり、学院の理事にしてエルフ。ティミー。
1人は中年の大柄な男。傍らに愛用の長槍を携え、グラスに酒を注ぐのはこの学院の生徒であるザイヤー。
そして今1人は……
「やれやれ、やっと人心地つきましたな」
「私に頼ってあちこち飛び回っていただけなのに、何を疲れることがあるのかね、ルーカス君?」
「いえいえ、疲れるなどということはありませんよ。これもリャーマンの導きとあれば、この身にはいくらでも力が沸いてきます。……ですが、ようやく決行の目途が付いたとあれば、喜びの溜息も零れるというものです」
巨漢のリザードマンが、その手には酷く小さく見えるグラスを傾けながら呟く。背には、先日打ちあがったばかりの大剣が異様な存在感と共に収まっていた。
「ディムの町への襲撃は抜かりなく実行されました。今は布教者たちと解放軍が駆けつけ、順調に勢力圏を広げることに成功しているようです」
「思ったより生存者が多かったそうだな?」
「何でも、旅人が奮戦していたらしくて……奇特な人もいたものです。本来なら解放軍が魔物の群れを蹴散らして町人の信頼を勝ち取る予定だったのが、様子見で数日潰してしまいました」
ルーカスとティミーは誰はばかることなく計画について話しているが、ザイヤーは軽くそれを聞き流しているだけだ。彼は古なじみのルーカスとティミーが一体何を考えているかなど、まるで興味を示していなかった。彼にしてみれば気になるのはただ一点。
「ふむ……つまり間もなく事態は動く、と見て良いのかね?」
ザイヤーが机の上に置かれたつまみを口に運びつつ尋ねた。
「一部屋にこの3人が集まっているというだけで、それは不穏な事実を意味するだろう? 『剛神』ルーカス君に『疾風一番槍』ザイヤー君?」
「自分の異名だけ隠すのはフェアではないぞ、『転移異相の魔女』ティミー殿」
ザイヤーはかつて戦場で出会った美しいエルフを思い出す。転移魔法と風の大魔法を駆使する女魔導師は、今怠惰な空気を纏って理事の椅子に座っている。ザイヤーは運命の悪戯が少し可笑しくなった。つかの間の無聊を慰めに気まぐれで入学した魔道学院で、かつて幾度も殺しあった女と行き会うとは。しかもそのエルフは、同じく殺戮の嵐の中遭遇したリザードマンの剣豪と共に不穏な計画を進めていると来て、ザイヤーの興奮は最高潮に達していた。
「そうですね……まだまだ王都に攻め入るには不安があります。心配性な貴族共が作り上げた堅牢な城塞都市……物資の供給がある限りあそこを攻め落とすのは不可能でしょう。が……それならば何より先に王都への物流を止めさえすればいい。兵糧攻めはどんな時代、どんな場所でも有効な手立てです」
「物流……あぁなるほど、この国で貿易拠点と言えばあそこしかないな。確かにあそこを落とされればエルスで安穏としている連中の尻にも火が付くだろう」
ルーカスの言葉にザイヤーは得心が行ったように頷く。
「我々の目的が何か、とは聞かないのかね、ザイヤー君」
「聞いても意味はあるまい。私が求めるのは、魂揺さぶる戦場の空気のみ。平穏な学院の暮らしにも飽きてきたころだ……君たちが戦争を巻き起こすならば、それに乗らせてもらおうというだけさ」
「敵として? それとも味方として?」
「その時の気分次第だな」
カッカッカとザイヤーは笑う。
「まぁ私の目的も似たようなものだ」
コニーが足を組み直す。
「私は退屈が嫌いだ。学院というのも、最初はなかなか面白かったが……近頃は停滞してしまってね。最後の最後にトーヤ君のようなユニークな生徒に出会えたのは良かったと思っているが。トーヤ君が次の作品を仕上げることを急かしてしまって申し訳なく思うよ。……私の自慢の娘も手伝っているのだから、ことが起こるまでには何か成果を見せてくれると確信しているが」
「案ずるな、ティミー殿。彼はあれでなかなか根性があるからな。期待には応えてくれるさ」
「おやおや、貴方たち2人もまた、トーヤさんの魂の輝きに魅せられた者ですか」
かくいう私も、と続けながらルーカスが愉快そうに笑う。
「素晴らしいことに、トーヤさんと同じ魂の輝きを持つ勇者にも巡り会えました。本当にこの時代は素晴らしい。……国が、世界が揺れ動かんとするまさにその時に、異世界より巡り来た異邦人が現れるとは……」
ザイヤーはルーカスの言葉に疑問を差し挟まなかった。彼はトーヤの出自などまるで気にしていない。彼の興味を引くのはもう一つの台詞だった。
「勇者、とな? それは君たちの計画にどのように関わってくるのだね?」
「何も。現在彼らは異大陸にて決死の冒険を繰り広げているはずです。リャーマンについて調べようとするためにね……その間に、事態は一人二人の勇者の活躍ではどうしようもないところまで進む寸法です。そこから先は……神のみぞ知る、でしょう」
「面白いなぁ……実に愉快だ。ザイヤー君もそう思うだろう? 停滞した世界に新しい旋風が吹き荒れようとしている。その中心に立つことがこれほどまでに楽しいとはねぇ……」
ティミーはルーカスの思想にも信仰にも、まるで興味を示していなかった。ただ彼女が望むのは……
「長く生きると世界にも飽きるものだ……同胞たちはその時間を思索に充てるらしいが、私はそんな退屈な生など御免だね。平和に止まった世界など、糞くらえだ……動乱を、狂乱を、混沌を! あぁ……私は今とても充実しているよ……」
満ち足りた笑顔で杯を空けるティミーにすかさずザイヤーが新しい酒を注いだ。
「さて、諸君……思いは違えど我らの望みはただ一つだ……これから先はまともに顔を合わせることも難しくなるだろう。その前に、我らの変わらぬ友情と殺意に盃を向けようではないかね?」
そう言うと共に、ザイヤーが自分のグラスを掲げ持つ。
「魂高ぶる戦場と、強者との殺し合いに!」
ヒューマンの戦士は力強く盃を突き出す。
「我らが神に、真に平等なる世界に」
リザードマンの信仰者は穏やかな笑みと共に盃を捧げる。
「倦んだ世の中を吹き飛ばす、朝の日差しのような旋風に……」
エルフの魔導士は胡乱な笑顔で盃を合わせる。
「「「乾杯!」」」
種族も、思想も、目的も、立場も、何もかも違う3人は、共通して求める物に向けて、グラスを高らかに打ち当てた。




