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猜疑

 ギエンというドワーフに悪口を言おうと思ったなら、一言こう言えばいい。

「神経質すぎる奴だな」、と。

 ギエンは細かいことを気にしない好漢の多いドワーフと言う種族にあって、よく言えば繊細、悪く言えば神経質なきらいがあった。

 同時に、疑り深くてあまり他人を信頼しない性質である。しかも、気が短い上悩んで悩んでその不満を八つ当たりのようにまき散らす悪癖もある。

 もっとも、対人関係が劣悪なわけではなく、反省すべきところはちゃんと反省できる長所も持つが。だからこそ、苦笑しながらも付き合ってくれる友人だってそれなりにいた。

 そういうわけで、ギエンは初対面の相手を無条件に信頼したりしない。相手がどれだけ善人だろうが……むしろ善人であればあるほど彼の猜疑心は強くなる。

 そんなギエンは……京也も、そしてリャーマンの信者も、どちらも信用していなかった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「貴方がディムの町を救った英雄ですか……実に素晴らしい。他人のため、命を危機に晒せる覚悟のある人間は、世の中そうはいません」

「あぁ……そうだな。俺もそう思うよ」

 生返事を返しながら、ギエンは目の前のリャーマンの信者をじっと観察する。

 イムルと名乗ったその男は、不気味なほどニコニコと機嫌のよいホビットだった。先ほど会ったばかりだが、彼が笑顔以外の表情を浮かべたところをギエンはいまだ見ていない。

 ギエンの存在に気付いた途端、馴れ馴れしく話しかけてきたのである。どうやらこのイムルという男が、この町に来たリャーマンの信者たちのまとめ役らしかった(リーダーなのか、と聞いたらなぜか強く否定されたが)。


「しかも、その上復興にまで力を貸すなど……ただの旅人にできる所業ではありませんな。本当に神話に登場する勇者のようですよ」

「……アンタたちの神話に勇者はいないのかい?」

 どうでもいい疑問を投げつつ、ギエンは思考をまとめる。

(さてさて……今のところコイツラはタダの「いい人」でしかないわけだが……「いい人」だからこそ警戒を解くわけにゃいかねーな……)


 嬉しそうに自分たちの神を語るホビットの話を聞き流すギエン。

 もちろん、彼は「リャーマンに気を付けろ」という京也の言葉を忘れていなかった。忘れていなかったが、同時にその言葉を疑っていた。

「京也が善人かどうか」はこの際関係ない……例え善人が善意から発した忠告であっても、それがギエンにとって得になるかどうかはまた別の話だ。

 そのためには、目の前に現れた「リャーマン」の関係者を冷静に見極めなければならない。京也の「気を付けろ」という言葉に従うかどうかはそれから判断すればいい。無駄な先入観は判断を誤らせる材料である。


 しばし当たり障りのない雑談を続ける。ギエンはその会話の端々からイムルの隠し切れない貴族に対する敵意を感じた。何度も何度も「平等」「博愛」を謳うその会話からギエンはそれとなく話を誘導していく。


「……にしてもアンタら動きが早いな。騒動があってまだ数日だぜ? 一番近いディクサシオンの騎士団だってまだ来てねーのに、民間人の方が早く着くなんてよー」

 話が途切れた辺りでぽつりとギエンが呟く。

「えぇ……本当に嘆かわしいことですね」

 それに応じて深々と溜息を吐くホビット。

(これは……勘所か?)

 急に雰囲気を改めたイムルに、ギエンはこの話題こそ話の核心に近いと悟る。


「ここ最近は、このディムのように魔物の襲撃に晒される町や村が多くなっていましてね……にもかかわらずエリシールの騎士団はどうにも及び腰で……王都の守りを固めるために動かしたくないのでは、なんて噂も流れてくるほどですよ」

「ほう。そう言えば俺の故郷もとんでもない化け物に襲われたことがあったな」

「なんと。やはりことは大陸全土、否、全世界に広まっているのでしょうな。ギエンさんが無事で本当に良かったと思いますよ。これもまたリャーマンの導きあればこそ、でしょう」

 愛想よくホビットは会話を進める。


「あぁそうそう……騎士団はなかなかやってきてくれませんが……心強い助けはそろそろ到着するはずですよ」

「助け?」

「この町を守ってくれる我らがリャーマンの味方です……予定では今日中には……」

「こんなところにいたのか、イムル。……出迎えはどうした?」

 と、そこに都合よく一人のヒューマンの男が声をかけてきた。その背後には装備は雑多ながら見るからに腕っぷしの強そうな男たちが何人も揃っている。気は良さそうだが雰囲気が剣呑であり、町人たちは恐る恐るその様子を窺っている。


「この町を救った英雄と話していたのですよ……エンハンさんも挨拶なさってください」

「ほぉ……並み居る魔物の津波に一人立ち向かった男がいると聞いていたが……なるほど、いい目をしている。俺はエンハン。しがない剣士さ。故あってこのディムの町を守りに来た」

「……アンタらもリャーマンの信者かい?」

「うん? あぁ少し違う。目的は似たようなものだから協力関係にはあるが、組織としては異なるのさ。……俺たちは『解放軍』と名乗っている。魔物の恐怖から……そして何より理不尽な貴族の支配から人々を解放するための集まりさ」

「解放軍……ねぇ……」

 ギエンは軽く思案する。ここまでの道中何度か聞いたことがある。地方を中心に貴族制打倒を目指し暗躍する一団があると。堂々と名乗っている辺り、当人たちに罪の意識はまるでないのであろう。


「なぁ、アンタも俺たちに協力しないか? 腕が立つんだろ? 俺たちが目指すのは、貴族による圧政のない真に平等な世の中さ。そこに至れば、誰も彼も己の意思に反した理不尽な目に遭わなくて済むんだ。どうだ?」

 嬉し気に語るエンハンにギエンは適当に応じる。

「考えておくよ」

 ドワーフばかりの田舎出身で「貴族の圧政」と言われてもピンと来ないギエンに、協力する気はまるでなかったが。その返事にエンハンは満足げに頷くと、集まっていた町人たちに高らかに宣言する。


「安心してくれ、ディムの町の人々よ! 我ら解放軍がいる限り、この町には魔物にも貴族にも決して手出しさせないと約束しよう! これからアンタたちは何者にも縛られない自由の身だ!」

(武器をチラつかせてんなこと言われたら、貴族派だったとしても何も言えなくなるだろーな……)

 搾り出すように拍手するディムの町の人々を見ながら、エンハンの言動に疑問を覚えるギエンだった。


「わぁ……すごいですね、ギエンさん……世の中にはここまで親切な人たちがいるんですねぇ……」

 もっとも、マオのように純粋に彼らに陶酔している者も少なくないようであったが。

「いいえ、若人よ。我らは親切なのではありません。平等であれ、困っている者がいれば助けるべし……そんな世の中を目指す我らにとって、悩める同志たちを救うことをは義務なのです。もちろん、いやいややっているわけではなくそこには無上の喜びだけがあるわけですが……」

「え? どういうことなんですか、イムルさん」

「いいですか、まずこの世界のあるべき姿は……」

 嬉々として語りだすイムルの言葉に耳を傾けるのは、マオだけではなかった。現実問題として救いの手を差し伸べてくれた彼らを邪険にするのは申し訳ないという思いがあったにしても、イムルの語り口は多くの人を引き付ける何かがあった。


(くだらねー)

 自分の今の境遇にさほど不満を抱いていないギエンからすれば、至極どうでもいい話である。作業の邪魔なのでとっとと終わらせて欲しいぐらいだった。

「マオ。俺は作業を進める。お前は好きにしていろ」

「あ、はい。ギエンさん。僕はもうちょっと話を聞いてから行きます」

 無論、部下でも親族でもないマオが「リャーマン」に入信するつもりでも、制止する気はギエンにはさらさらなかった。そもそも「リャーマン」が悪いものかどうかなど、ギエンの判断できることではない。自分の幸せは自分で決めればいい。助けを求められたなら助けるのはやぶさかではないが、それ以降の人生まで責任を負うつもりはドライなギエンにはまったくない。


 とりあえず「こいつらに関わったところで得することは何もない、むしろ厄介ごとに巻き込まれそうである」とギエンは結論付けた。


「さーてと、まずは窯の修理からかな……」

 一人になったギエンは、少し寂しげに呟きながら鍛冶場まで歩みを進めていった。

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