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ギエン、働く

「おーい、マオ! そっちの鉄は溶かせたか!?」

「まだです、ギエンさん! 窯から熱気が抜けてるみたいで……」

「クソッ、ガラクタが……後で修理せにゃならんな!」

「でも、ギエンさん……窯の修理より先にまだ作らなきゃいけない物は山ほど……」

「だーっ、もう! 俺はとっととディクサシオンに行きたいんだっつうの!」


 ギエンがぶつくさ文句を言いながら何をしているかといえば、クワや農具の修理である。……正確には鋳溶かして打ち直している、と言った方が正確か。

 何せ、柄が折れただけの農具はまだマシな方で、刃が折れてしまった物や、ボロボロに欠けてしまったものの方が多いほどの惨状である。まとめて窯に放り込んで溶かしてしまったほうが早かろうと、鍛冶場を借りたはいいものの、この窯も馬鹿になっていると来て、元より気の長いほうではないギエンのイライラはピークに達していた。


「! お、お願いですギエンさん! 行かないでください、大したもてなしもできませんが!」

「そうです、ここであなたにまで見捨てられたら、私たちどうしたらいいのか……」

 ギエンが泣き言を言った途端に、町人たちがすがり付く。若く未熟なドワーフであるギエンにすら頼らなければいけないほど、彼らの状況は切羽詰っているのだ。


「わ、わかった。わかったよ……見捨てたりしねーって。ちゃんと目処が付くまでは面倒見るからよー……」

 流石にここでハイさようならでは、後味が悪すぎる。ギエンもその言葉にパァッと喜びの表情を浮かべる町人たちに悪い気はしなかった。

(全く、こんなところで足止め食う気はないってのに……)

 ぶちぶち文句を零しながらも、なんだかんだで面倒見の良いギエンは、改めて鍜治仕事を再開するのだった。



 ギエンが滞在しているのはディクサシオンまで歩いておおよそ10日ほどの中規模な町、ディムだった。

 ガレオンなどよりは小さいが、それでも街道筋の宿場町としてそれなりに栄えており、小村よりは遥かに都会だと言える町だった。

 無論、観光に来たわけでもないギエンは、一日休憩してとっとと旅立つつもりだったのだ。ディムからは乗合馬車が出ており、安価かつ短時間でディクサシオンまで行けると聞いた時は、やれやれと安堵したものだった。

 ……到着した日の夜に起きた惨劇がなければ、ディムの町などギエンにとっては単なる通過点に過ぎなかったはずだったのである。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「んあ?」

 どこかから響く悲鳴を聞きつけ、安宿のベッドの中でギエンはパチリと目を開く。……それなりに長いこと旅をして鍛えられたギエンの「危険に対する嗅覚」が囁いていた。何か異常事態が起きている。

 それだけ認識したなら、後はギエンの行動は早かった。手早くベッドの脇に置いておいた皮鎧を身に着け、皮の兜をガパリと被る。常に手の届く場所にある雷撃斧をクルリと手の中で回せば、戦闘準備は完了だった。


(俺も手慣れたもんだ)

 ほとんど無意識のうちに戦装束を身に着けた自分に気づき、ギエンは軽く苦笑する。盗賊にも魔物にも自力で対応しなければならない一人旅は、いつの間にかギエンを一回りも二回りも成長させていた。

「と、とっとと行くかね」

 しみじみと思いに耽っている暇はない。また悲鳴が響いた。今度はかなり近い。

 ギエンは、宿の扉を蹴り開き、深夜のディムの町に飛び出した。



「ッ! なんなんだよ、コイツラはよー!」

 悲鳴を逆にたどるようにして、松明に照らされたディムの町外周部へとたどり着いたギエンが目にしたのは、無数の怪物に農具を手に応戦する町人たちの姿だった。必死で怪物の奔流を押しとどめようとしているが、相手の数の多さに深夜の奇襲という要素が合わさり、あまり有効に作用しているようには見えない。

 ギエンは町人たちの防壁が今にも崩れ去りそうな一隅へと迷わず駆ける。


「なんだかわからんが……やってやらああぁぁぁぁ!」

 雷撃斧の紋章がギエンの魔力を得て光り輝き、秘められた魔術を解き放つ。

 閃光。そして轟音。雷のエネルギーの爆発が魔物の群れの中心で炸裂した。

 雷撃斧に刻まれた雷の魔術が過ぎ去った後には、全身の神経を断ち切られゆっくりと崩れ落ちる怪物の群れだけがあった。ポカンとその光景を見送っていた町人たちが、慌てて怯んだ魔物の追撃にかかる。


「! え、援軍か! ありがたい!」

「感謝してもらってなんだけどよー! あんまり当てにしないでくれよー!」

 ギエンは噛み付いてきた魔物をぶった切りながら叫ぶ。

 雷撃斧は極めて強力な魔道具だが、欠点も多い。雷であるがゆえのコントロールの難しさと魔力消費の激しさである。

 ギエンはそれなりに練習してはいるものの、流石に敵味方入り混じる混戦にぶっ放す度胸はないし、先ほどの規模の雷となると、最大でも精々3発……つまり後2回が限界だ。細かく雷を撃って牽制にするならともかく、大規模攻撃の使いどころは見極めなければならない。

 最悪周囲の町人に投げ渡して代わりに使ってもらう手もあるが……素人がいきなり魔道具を使った場合の暴走を考えると、リスクが高すぎる。面倒でも斧で地道に削っていくのがこの場面での最善手だとギエンは考えた。



「おい! 反対側の守りが崩れそうだ!」

 全員ズタボロになりながらも奮戦し、何とか魔物の奔流の勢いも弱まってきたか、と言う頃になって町の中からそんな悲鳴が響く。

「俺が行く! 誰か案内してくれ!」

 ギエンは迷わず叫んだ。最大火力である自分が行くのが最も効果が高いだろう、との判断だった。

「マオ! 行け!」

「了解です! ギエンさん、こっちへ!」

 弓を握った13歳ほどの少年が、大人の指示に従い土地勘のないギエンを伴って走り出す。

 ギエンとマオが抜けた穴を、他の町人が必死になって奮闘して埋めようとする。


 ギエンたちが町の反対側にたどり着いたころには、前線はほぼ崩壊し、魔物は町の中へと侵入を始めていた。

 家々に襲い掛かる魔物たちを前に、ギエンの戦意は沸き立つ。

「! ウオォラアアアアァァァァ!」

 その戦意は握った斧の先から、裁きの雷となって迸った。

 魔物の勢いが削がれたその隙にマオが怪我をした町人たちを誘導し、場にはギエンと魔物たちだけが残される。

 ギエンは大規模魔法を解き放ち、肩で息をしながら町の入り口に仁王立ちする。満身創痍であっても、その眼はすさまじい怒気と殺意を孕んでいた。

 大きく息を吸いこみ、ギエンは夜の闇を吹き飛ばそうと言わんばかりに叫んだ。


「ここの守りはこのギエン様が請け負ったああぁぁぁぁぁ! テメェラ、町に入りたけりゃ俺を殺してから行きやがれえええぇぇぇぇ!」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「それにしても、ギエンさんスゴイですよね! 普通の旅人だったら、この町見捨てたって仕方ないのに……命がけで奮戦してくれて、しかも復興にまで手を貸してくれるなんて!」

「あー……そうだな」

 ギエンがこの町に滞在する羽目になった理由を思い返していると、なんとなく流れでギエンの付き人となったマオが尊敬の眼差しで見つめてきた。

 ポリポリとギエンが頬を掻きながら答える。


「なんていうかよー……俺、一回自分の命惜しまない大馬鹿野郎に命救われたことあってよー……馬鹿だろ? 俺なんて見捨てりゃ良かったのに、命がけで救いやがったんだ……だからよー……もしアイツに救われた命を、他人の危機に惜しんでいたら……うん、自分が許せない気がしたんだよなー」

「はー……世の中には立派な人もたくさんいるもんですね」

「あぁ、そうだな……俺もそう思う」

 上手く言葉では説明できないが、きっとギエンがほとんど無意識のうちにこの町の危機に立ち上がったのは、それが理由だったのだ。昔のギエンだったら自分の目的を優先してとっととディムの町から逃げ出していたはずだ。それを咎める人はいないだろう。旅先で一時滞在しただけの場所に命を懸けるなど、それこそ大馬鹿のする所業だ。

 だが……この場にいたのがトーヤだったらどうしただろうか、と考えるときっと今のギエンと同じことをしたように思うのだ。


「はぁ……まだまだ先は遠そうだな……」

 雑多な思考を振り払い、ディムの町の惨状を思い返して、プカリと煙草を吹かしながらギエンはぼやく。町人たちの農具は戦闘で使われてボロボロであり、荒らされた畑の復興すらままならない状況だ。しかも、町に入った魔物の攻撃で鍛冶場の窯まで調子が悪くなる始末である。


「まずは窯直してよー……農具作り直して……家も建てなきゃいかんし……やるべきことは多いなー」

 ギエンの顔は疲れ切っていたが、同時にその顔は晴れ晴れしていた。やれることをやりきった男の顔だった。


「あぁ……実に酷い。惨いことです……一体なぜこんなことに……」

「ん?」

 ギエンが朗々と響く何者かの言葉に耳を傾ける。

「ですが、ご安心ください。ディムの町の心優しき人々よ! 我らが神の導きの下、救済はきっとあります!」

「……宗教か」

 ギエンは不機嫌そうに鼻を鳴らす。平時ならともかく、このような窮状に付け込んでの布教活動など、あまり見ていて気分の良いものではなかった。


「あ、知らないんですかギエンさん? 昨日辺りからあの人たちあっちこっちで無償の復旧活動しているんですよ? 医者もいますし、みんな助かったって言ってますよ」

「……ふーん。ま、目的が何だろうがそういう支援はありがたいな……」

 彼らの目的が布教であっても、受け取れるものは受け取るべきなのだろう。ドライなギエンはそう割り切ろうとした。

 ……その直後に聞こえてきた彼らの神の名前がなければ、だが。


「そう! 我らが神リャーマンは万人を平等に救おうとする心優しき神なのです! さぁ皆さん、我らが神と共に万人平等の世へと歩み出そうではありませんか……」

「……リャーマン?」

 どこかで耳にしたそんな響きに、ギエンはピクリと動きを止めた。

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