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理事

 トーヤは教師に連れられて学院の廊下を歩く。どうとでもなれ、という思いからか足取りは堂々としていた。

 ……なぜかザイヤーも飄々としながら一緒に歩いている。若い教師は、ザイヤーの存在に何か言いたそうだったが、結局むにゃむにゃとその口は濁るばかりだった。

「……何の用ですか」

「うん? まぁ君が退学処分にでもなりそうなら、弁護をしようかと思ってね」

「……そうですか」

 そのまましばらく会話はなくなり、足音だけが響く。


「……ダインをけしかけたのは貴方ですね」

 唐突にトーヤがザイヤーの方を見もせずに言う。

「いきなり何の話かな、トーヤ君?」

「これまで姿を見せないよう、俺の前に出ないよう動いていたダインが、今日になっていきなり俺に直接来たのがおかしいと言っているんです」

「ふむ。それで?」

「ダインを動かせるのは貴方ぐらいでしょう」

「状況証拠だな。彼が急に心変わりをした可能性は否定できまい?」

 ザイヤーはやはりトーヤの方を見ないまま応じる。だが、その顔が面白そうに笑っていることを、トーヤは確信していた。


「……それだけじゃありません。俺がダインに勝った後……ダインを説教したでしょう?」

「あぁ。確かにしたな」

「……『ダインの保護者というわけでもないから、彼の行動に責任を取るつもりはない』と言ったのは貴方です。逆に言えば……『ダインが勝手にやったこと』なら、貴方はわざわざ説教したりなかったはずだ」

「かもしれんな」

「今だって、俺に味方する理由なんてないのに、わざわざこうして来てくれている……何か後ろめたいことがあるんじゃないですか?」

「……だとしたら?」

「……別にどうもしませんが」

「それが賢明だな。現に君は別段損などしていないではないかね。ダインを倒して実力を示し、下らん嫌がらせは止むだろうし、姫君(コニー)の心も……おっと、そう睨み付けるな。私が弁護してあげるから、さして重い処分が下ることもないだろう。誰かがダインを(そそのか)したにしろ、結果的には……あぁもちろん、私はダインを唆したりなどしておらんが。君の戦いぶりを見れて良かった、とは思っているがね」

「……そうですか」

「その通りだ」

「……俺は自分の平穏な生活さえ冒されなければ、誰と敵対するつもりもありません。それだけ言っておきます」

「心得ておこう……当然、君とは仲良くしたいと思っているからね」

 スタスタと歩きながら背後で不穏な会話を続ける2人に、若い教師は冷や汗をダラダラと流し続けた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ここです。ザイヤーさんは表でお待ちください」

「第四転移魔道研究室 責任者:ティミー」とプレートの掲げられた部屋にたどり着き、教師はそう言う。

「知ったことか。ティミー殿とは知らぬ仲でもない」

 カッカと笑いながら、ザイヤーは誰より先に部屋の扉を開く。

「あ、ちょっとザイヤーさん……」

 慌ててトーヤはそれを追った。


 部屋の中は、書物や訳の分からない研究器具で一杯だった。その中心に据えられた机に着く女性がトーヤたちを見て軽く驚く。

「……ザイヤー君? 君を呼んだ覚えはないのだがね」

「うむ。私も呼ばれた覚えはないな」

 ドカリとその辺に腰掛けながら、ザイヤーはまるで悪びれもせず言う。

「置物か何かと思ってくれて結構。単なる見届け人だ。トーヤ君が理不尽なことを言われんためのな」

「……ずいぶんとお気に入りなようだな」

 フンと鼻を鳴らしながら、女性が改めてトーヤに向き直る。

 若いエルフである。とはいえ、この種族は見た目と年齢がまるで噛み合わないのだが。

 ぼんやりとした目つきで、どことなく浮世離れした雰囲気を漂わせている。

 そして、トーヤはその目鼻立ちや髪色にどこか覚えがあった。纏っている空気はまるで違うが、よく似た人間を知っているような……。


「トーヤ君だったね? 娘が随分世話になった。礼を言うのが遅れて申し訳ない」

「……娘?」

 そこまで言われて、ようやくトーヤは思い出す。コニーが「自分の母親は学院の理事」だと言っていたではないか。

「……ひょっとしてコニーのお母さんですか?」

「気軽に義母さんと呼んでくれても構わないよ」

 おどけながらティミーが言う。……トーヤの感覚からすれば、親子どころか姉妹にしか見えないのだが。


「娘から色々と聞いているよ……少しばかり忙しくて、挨拶が遅くなってしまったね。このところ人手不足が酷くて酷くて……」

「はぁ……」

「気のないことだ。円滑なコミュニケーションは対人関係の第一歩だよ?」

「えぇっと……」

「何が忙しかったのか、と聞くのかい? 色々だよ。君の探索したアダマンタイト洞窟関連で色々と動いたり、あちこちで蠢いている不穏分子の動きを探ったり、ね。これでも私は学院のちょっとした顔だからやるべきことは数多いんだ。本業の研究の時間もなかなか取れない始末でね」

「あの……」

「そうそう、コニーと来たら私との数少ない団欒の時間を削ってまで君に協力していたんだよ。少々ムカつかないでもないね。私の可愛いコニーを奪った君に対しては……」

「あの!」

 ようやく力強く発言できたトーヤにティミーは顔を向ける。


「俺の処分の話じゃなかったんですか?」

「ん? あぁダインとか言うエルフと決闘したというアレか。別に大したことではないだろう? 適当にもみ消しておくから安心したまえ」

「んな雑な……」

 トーヤは呆れかえるが、ティミーの中ではそれでこの話は終わったらしい。


「決闘の話は、単なる口実だ。君を呼んだのは別の話だよ……先日、何やら新しい魔道具を発明したらしいね?」

「発明したなんて大げさですよ……ちょっと改良しただけです」

「いやいや、なかなかどうして大したものだと聞いている。君のような有望な若者が学院に来てくれて本当にありがたい。疫病はとうの昔に終息したと言うのに、人々はディクサシオンに寄りつかなくてね。そんな中、ここに来た君は実に素晴らしいと私は評価するよ。どうもこのところ新しい魔法も開発されないし、研究も遅々として進まんし、学院全体に閉塞した雰囲気が漂っていてね……」

「はぁ、それはどうも……」

 トーヤの中では本当に大したことではなかったため、彼は戸惑うばかりだった。というよりディクサシオンに来たことですら、ほとんど流されるままやってきたのであまり褒められてもむずがゆかった。


「ティミー殿。結局何の話なのだね? いつもいつも、貴女の話は回りくどすぎる」

 と、押し黙っていたザイヤーが唐突に口を挟む。口下手なトーヤからすれば、実にありがたい助け舟だった。

「ザイヤー君、話には順番と言うものがあるのだよ。君のような竹を割ったように話せる人間ばかりではないということを覚えておきたまえ。そうそう、話が回りくどいと言えば、先日会ったミリュウの街の魔導士が酷くてね……」

 またもや脱線しかけた話をザイヤーが咳払いして制する。それにティミーは不満そうにしていたが、ザイヤーがギロリと睨みつけると渋々トーヤの方に向き直った。


(どうもこの2人の関係が掴めないな)

 トーヤは2人の掛け合いを見ながら思う。友人と言うほど気安くは見えないが、単なる知人にしては互いの物言いに遠慮がない。無論、学院の理事と生徒と言う建前の関係は何の意味もないだろう。

 強いて言うなら……

(好敵手?)

 歴戦の戦士であるザイヤーと、魔道学院の理事であるティミーの間でなぜそのような関係が結ばれているのかはわからないが……相互に実力を認め合ったライバルのような空気をトーヤは感じ取った。


「まぁ用と言うのは大したことではない……君の魔道具開発。今後も続けてもらいたいとそれだけの話だよ」

「は? は、はぁ、そりゃやろうとは思っていますけど……」

 トーヤには話の流れが掴めなかった。

「知っての通り、この学院にドワーフはほとんどいない。当たり前だね。ドワーフで魔法を学ぼうという人はそうそういるものじゃないから。そして、魔道具と言うのは魔法の分野において確たる立場を持っているにも関わらず、いまだにドワーフの職人による一品物に頼り切っているのが実情だ」

 どうも、ティミーの話はあちこちに飛ぶ。トーヤの頭は混乱しそうだった。

「先日君が作った新式のクロスボウ……単純な性能なら確かに熟練の職人の手による物には遠く及ばないだろう。だが、普及品として抜群の性能を持つのは確かなのだよ。『簡単に作れて誰でも扱える』……そんな魔道具生産の技術が広く普及し、それを学べる場がここにあればいいとは思わないかね?」

「ええっと、つまり……」

 わかりやすくまとめて説明して欲しくて、トーヤが懇願するように声を絞り出す。すると、ようやくティミーはニマリと笑う。


「トーヤ君。君に工房を与えよう。技術と知識は惜しまず魔道学院(私たち)が提供してやる。停滞した学院に、新しい魔道の風を吹かせてみたまえ」

 ……常に飄々としているザイヤーが目を丸くする姿を、トーヤは初めて見た。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「で、これがアンタの工房、ってわけ?」

 コニーが呆れた、と言う風に言い放つ。

 学院の中庭の隅には、いつの間にかしっかりとした小屋が建っていた。いつ作っていたのかトーヤたちにも見当がつかない。

 中には、鍛冶道具一式を始め、魔道具を作るに当たって必要そうな道具はあらかた揃っていた。今まで学院の工作室を借りてせこせこ作っていたトーヤ(クロスボウは既存品を改造しただけだった)からすれば、まともな鍛冶場があるだけで大幅にできることが増えると言えるだろう。


「うん、まぁ俺にも何が何だかわからないんだけど……」

 呆れているのはトーヤも同じだった。なぜ自分程度に、こんな大げさな工房が与えられたのかさっぱりわからない。

 だが、何かしら期待が寄せられたのは理解できた。


「ティミーさんは、功績を上げたら新しく作る魔道具専門学科の教授に取り立ててやってもいい、なんて言ってたんだけど……」

 むしろそこまで言われたらトーヤには困惑しかなかったが。

「へ? きょ、教授?」

「うん、まぁ……ティミーさんなりの冗談だと思うけど、冗談にしろそこまで言ってくるってことは期待されているんだなぁってのはわかったよ」

「そ、そう……」

 コニーは今朝の朝食の席での母親の言葉を思い出す。


 ――唐突だが質問させてくれ。私は娘の婿として迎えるなら、学院の教授がいいと思っているのだが、君はどう思う?


 てっきりどうでもいい雑談だと思ってハイハイと聞き流していたのだが、トーヤに向けられた言葉と合わせて考えると……

(ッ! 何考えているのよ!)

「? コニー?」

 いきなり真っ赤になったコニーを心配そうにトーヤが見つめる。


「何でもないわよ! ホラ! とっとと新しい魔道具考えるわよ!」

 コニーはゲシゲシとトーヤの尻を蹴飛ばしながら小屋の中へと追いやって行った。

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