開発
「……で、このクロスボウが試作品か?」
ヴァンがしげしげとその小ぶりなクロスボウを手にとって眺める。
「あー、うん。多分爆発したりはしないと思うけど……」
「するのか!? 爆発!?」
「いや、しないって……」
トーヤのジョークを真に受けたヴァンが驚く。
ここは学院の中庭。休日の今日、トーヤが色々と勉強しながら考えた試作品の魔道具の試射をしようと言う話になった。
授業は休みなので、部外者のヴァンでもコニーの伝手で、あっさりと学院への入場が許可された。
ヴァンがいる理由は、ドワーフの目線からこの魔道具を見て欲しかったからである。
「コニーと一緒に色々と設計図引いたりしながら考えたんだけどさ……魔法の心得がない人が使った方が、効果がわかりやすいんじゃないかって」
「そうよ。コイツ毎晩のようにあーだこーだ唸って悩むもんだから、心優しい私がアドバイスしてやって、ようやくここまでこぎつけたのよ」
「……毎晩、毎晩美人のエルフと、ねぇ……」
ヴァンの目線がどこかじとっとする。
「……う……」
トーヤは思わずそのねっとりした視線にたじろぐ。
誓ってやましいことなどないが……毎晩のコニーとの議論が楽しくなかったと言えば嘘になる。
「……ま、いいや。見たところ紋章は一箇所だけだが……とりあえずこれだけテストする、ってことかい?」
とはいえ、もとよりからっとした気風のヴァンは追求したりせず、手元のクロスボウを観察しながらとっとと本題に入った。
「あ、いやそれで完成なんだ。それ以上手を加えることはしない」
トーヤは内心ホッとしつつも、ヴァンの疑問に応じる。
「うん? それじゃ、大したことできんだろう。こんなちっこい紋章一個で何ができるってのよ?」
魔道具というものの性能は、刻まれた紋章の複雑さで決まると言われている。この紋章が魔法を扱う際の詠唱や精神集中の代替となり、魔法を扱う素養が無くとも、魔力を流し込みさえすれば起動するのが魔道具の長所である。また鍛冶師本人が魔道士である必要性はなく、大抵のドワーフの鍛冶師は「経験」と「勘」だけで魔道具を造ってしまう。これが魔道具技術がドワーフ一族の秘伝である所以でもあるのだが。
トーヤの村の秘宝、「灼熱の斧」は装飾的な戦斧の刃全てを駆使したすさまじい密度の紋章により、途方もない火力と変幻自在の柔軟性を併せ持つ爆炎を実現している。無論、生半可な鍛冶師にできる技ではない。
トーヤの造った試作品のクロスボウは、台尻の所に小さく紋章が刻まれただけのものだ。おかげで初心者のトーヤでもあっさりと造れたが、発動できる魔法の規模はたかが知れているだろう。
「ま、とにかく射ってみなさいよ」
コニーはほとんど初対面のヴァンに対しても、尊大な態度を崩さない。よほど自分も一緒に造ったこの道具に自信があるのだろう。一応トーヤとコニーの試射では上手くいったが、誰でも使えなければ意味が無いのだ。だからこそ、トーヤは少々心配そうに見つめている。
「あー、へいへい、と」
言われるがままにヴァンは矢を番え、ギリギリと弓を引く。
「引き金と一緒に、紋章を起動させりゃいいんだな?」
「うん。ちょっとタイミング難しいかもしれないけど……」
「……ま、何が起きるかは聞かないでおいてやるよ。その方が面白そうだ」
ヴァンは楽しげに矢を装填したクロスボウを、中庭の壁に置かれた本来は魔法の的にするためのカカシに向ける。
「狙いよーし」
軽くふざけながらヴァンが言う。空では小鳥が鳴いており、トーヤ達以外誰もいない学院の庭でクロスボウを構えるヴァンは、どことなく間が抜けていた。
「……ってー!」
カチリ、とヴァンが引き金を下ろすと共に、台尻に刻まれた紋章に魔力を流す。
突如、旋風がヴァンの手元で巻き起こった。
「うおぉっ!?」
慌ててヴァンが跳ね上がったクロスボウを抑え込む。実際の風の規模は大したことは無かったが、いきなり目の前で風が巻き起こり予想外の衝撃を受けたヴァンは目を白黒させる。
「一体何が……?」
てっきり矢の方で魔法が発動すると思っていたヴァンは、ようやく飛んで行った矢の方を見る余裕を取り戻す。
そしてポカンと口を開けた。
藁で編まれたカカシは無傷だった。跳ね上がったクロスボウで狙いが逸れたのだろう。
だが、逸れた矢はその背後の石壁に……深々と突き立っていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……なるほどな、矢を魔法で強化するんじゃなくて……一瞬だけ風の爆発を手元で起こして、矢を加速させるのか」
何度か試し撃ちし、あっという間に感覚を掴んだヴァンが興味深そうに言う。
「これなら、面倒くさくて複雑な紋章使わなくても、簡易的な紋章一個で十分な効果が得られるのか……親方でもこんなの作ったことねぇぞ……?」
「そんなの文献ひっくり返しても載ってなかったのよ。なんでトーヤはそんなもの思いついたのかしら?」
「……た、たまたまだよ……」
トーヤがこれを作ろうとしたのは……「銃」をこの世界で再現しようと思ったからである。
もちろん、平凡な高校生だったトーヤに銃器に関する詳しい知識などありはしない。それでも、「銃というものは弾丸の背後で爆発を起こして弾丸を加速させる飛び道具である」程度のことは知っている。……そしてこの世界の人々はそれを知らない。
魔法と言う文化が主流だからなのか、この世界では「飛び道具」に関する関心が希薄である。弓やクロスボウ程度ならあるが、それ以上となると銃や大砲ではなく魔法になってしまうのだ。修行さえすれば身一つ杖一本で使え、なおかつ威力も強大な魔法があったからこそ、「持ち運ぶ必要はあるが、誰でも使える強力な飛び道具」を生み出す発想が生じなかったのだろう。
「……ふーん」
しげしげとそのクロスボウを眺めるヴァン。
「……生産性が高く、威力は抜群、さらに誰でも扱える、か……」
ガチャリ、とヴァンがクロスボウを構える。
「……これ、持って帰っていいか? 親方にも見せてみてぇ」
「……ちょっと、アンタ。私たちが苦労して作った物を……」
「ん? いいよ」
「! トーヤ!」
「いや、別に設計図はあるし、どうせ試作品だし……秘密にしなきゃいけないほど複雑な物でもないでしょ?」
その気になれば、ヴァンでも記憶を頼りに再現することは容易だろう。そのぐらい単純な武器である。
「……ありがたいな」
ヴァンは嬉しそうに言った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その夜、仕事を終えたヴァンは鍛冶場の皆にトーヤのクロスボウを披露した。
「……ほう」
リョーンはそのクロスボウを隅々まで観察する。一見ただのクロスボウに紋章を刻んだだけに見えるが、その実風魔法を炸裂させた瞬間にその風の影響を射手に与えないような覆いが施されていたりと、よく考えられている。
周囲のヴァンの兄弟弟子たちも興味津々だ。
「へぇ……これを無名のドワーフが作ったって?」
「なるほど。色々と試行錯誤の跡が見えるな」
わいわいと騒ぐ彼らに、ヴァンは言う。
「なぁ親方。コイツ量産して売りまくろうぜ? 番兵や狩人にきっと売れるに決まってら。これがあれば、傾いた鍛冶場の経営だって……」
トーヤは金儲けにはまるで興味がなさそうで、ヴァンが「量産して売ってもいいか」と聞いたらあっさり了承した。それをコニーは不満げに見ていたが特に何か言うこともなかった。
「……そうだな」
「ほう。それは実に面白そうですね」
唐突にかけられた声に、ヴァンは驚いて振り向く。
見ると、全身を鱗に覆った見慣れぬ巨漢が、鍛冶場の中にヌッと歩み入るところだった。
「お……お客さん、今日の営業は終わりで……」
ヴァンは頬に深い矢傷を負った恐相のリザードマンを慌てて制止しようとするも、それより先に親方がその客を迎え入れた。
「……この間から打っていたアダマンタイトの大剣の受取人だ。都合があって、こんな時間しか来れなかったらしい」
親方のリョーンにそう言われては、弟子である鍛冶師たちが何か言えるはずもない。
「へぇ……あんな化け物みたいな大剣誰が使うのかと思ったら……」
鍛えられたドワーフたちでも、持ち上げるのがやっとというとんでもない重量の代物であった。しかも総アダマンタイト製でリョーンの手で紋章も刻まれているなど、その価値の方も化け物じみた逸品である。
しかし、それもこの巨漢のリザードマンが振るうなら納得である。
「リョーンさん、大剣よりも今はこちらのクロスボウの方が興味がありますね」
しかし、大剣が置かれた工房の奥へと歩み出そうとしたリョーンを引き止め、リザードマンは机に置かれたクロスボウをしげしげと眺める。
「……俺の作品に興味がないだと?」
「まさか。リョーンさんの作品なら、出来栄えを気にする方が無礼だと言う話ですよ……しかし、これは私も初めて見る武器だ……どのように使う物です? しかも、量産するだのという話も漏れ聞こえましたが……」
矢継ぎ早に質問を重ねるリザードマンに、ヴァンは泡を食う。
「あ! あの……お客さん、これが欲しいんですか?」
「……使えるものならいくらでも」
ニヤリと牙を剥くリザードマンの笑顔に、ヴァンは軽い恐怖を覚えた。




