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不屈

「おい、アンタ」

「あ、コニー……さん」

 あちゃあ、とトーヤは思った。


 コニーとマリーに相談してから数日、なぜか今日に限って妙に嫌がらせが来ないな、と思っていた。

 ダインが誰かからの手紙を、嬉しそうに何度も読み返しているのは、授業中目に入っていた。

 ……まさかその手紙の主がコニーだとは思わなかったが。

 何となく不審に思い、こっそりダインを付けていったら、人気の無い校舎裏でコニーと会っていたのだ(トーヤの隠行はダイン程度に見破られるほど甘くない)。


「あ、あの……僕、すごく嬉しいです……コニーさんからこんな手紙……」

 ダインは宝物のように手紙を見せびらかす。ラブレターという奴だろうか。

 ダインが敬語なのは、理事の娘であり、既に一人前の研究者として活動しているコニーは学院内でも別格扱いだからだろう。

 が、有頂天なダインに対し、コニーはどこまでも冷たい視線だった。


 ガツッ! とコニーの杖が地面に突き立てられる。

「?」

 ダインが訝しがるが……たちまちのうちに地面から何本も泥の手が生えて、ダインを拘束する。

「ヒッ!」

 身動き一つ取れなくなったダインに、コニーがグイッと迫る。

「……アンタ、うちの弟分に何してんのよ……」

「お、弟分……?」

「ドワーフのトーヤよ……アンタが犯人だってことは割れてんのよ」

「し、知らない……」

「……ふぅん」

 と、泥の手は一瞬で泥へと帰し、ダインはその場にへたり込む。


「まぁいいわ……でも覚えておきなさい。下手なことしたら……学院にいられなくしてあげるから」

「は、はいぃ!」

 満足げに去って行くコニーを見送りながら、トーヤは深い深いため息を吐いた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 その翌日から、嫌がらせは激化した。今まではダイン1人からしか受けていなかったものが、他の生徒も関わってくるようになってきた。

(まぁ……こうなるわな)

 後頭部に飛んできた空気の弾の犯人を探しながら、トーヤは悩む。

 トーヤが教師に調査を頼むなどの表立った対応をしなかったのは、これが原因である。無駄にプライドの高い輩を、上から無理矢理叩きつぶすようなことをすると、その鬱屈は掃き出し口へと向かってくるのだ。

 よりにもよって、学院内でもマドンナのような扱いを受けているコニーから直々にお叱りを受けたという事実が、どれだけダインの誇りを傷つけたことか。


「無知は罪、とは言うけどね……」

 コニーを恨むつもりはない。生まれたときから何不自由なく暮らしてきた彼女は、イジメへの正しい対応を知らなかったのだろう。軽く脅してやれば、それで万事解決するのだと思い込んでしまったのだ。

 むしろ、ダインは面白がった連中を巻き込んで、責任を分散させて嫌がらせを続ける方針に切り替えたようだ……仮に見とがめられても、これならそこまで重い罰にはならないだろうと踏んで。


「……もう学校やめちゃおうかなぁ……」

 授業そのものはようやく面白くなってきたところではあるが。余計なストレス抱え込んでまで続けるほどの魅力があるわけでもない。少々もったいないが、逃げを打つのも戦略だろう。


「それはいかんなぁ、トーヤ君」

「!」

 トーヤが唐突にかけられた声にゆっくりと振り向くと……そこにはザイヤーがいた。


「君がここにいるのがなんの目的かなど聞かんよ。それは無粋だ……だが、何かしら目標があって入学してきたのだろう? たかだか級友のイジメ程度で、ここから逃げるのは勧められんな」

「……っていうか、ダインは貴方を慕っているんでしょう? 貴方から一喝してくれれば……」

「それもいかん」

 ザイヤーは何が面白いのか、呵々大笑する。


「私はダインの保護者でも何でも無い。彼が勝手に着いてきているだけだ。私は彼に何の責任も負わん代わりに、何の権利も行使せんことにしている」

 ザイヤーはザイヤーなりに、ポリシーがあるらしい。こういうタイプのドワーフを、故郷で何人も見てきたトーヤはさっさと説得を諦める。


「……まぁそれを言うなら、君に対して命令する権利があるわけでもないのだがね。だから、これはお願いだ……どうせなら、逃げるのではなく正面から叩き潰してみたまえ。その方が面白い」

「……別に俺は貴方を楽しませるために学院にいるわけじゃないんですが」

「それもそうだ! これは一本取られたな!」

 ガッハッハと笑うザイヤーに、トーヤは頭痛を覚えた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 最近、トーヤは夜遅くまで学院に残る事が多い。学院の図書館には見たことのない資料が山積みされており、このためだけでも入学した甲斐があるというものだった。

 それに、遅くまでいると流石にダイン達も寮や下宿に帰ってしまうので、夜の方が勉強がはかどるのである。

 その日はぼんやりと学院の塔から夜のディクサシオンの街を眺めていた。


 じゃらん、とギターをつま弾く。周囲を確認し、人がいないことを確かめているがそれでも音量は絞っていた。

 何となく手が空くと、ギターを持ってこういう所に来てしまう。格好付けているつもりはないのだが、深夜に他人に迷惑をかけずギターを弾ける場所というと、どうしてもこういった人気の無い塔などになってしまうのだ。


 もう一度、ギターを弾いた。いろいろな感情が身のうちに溢れてくる。

 真っ先に浮かぶのは現状に対する不満。だが、それは月を見ながらギターを弾いているうちに徐々に押し流されていった。

 次にやってきたのは、故郷を思う感情。そういえば、京也からはギエンかミオリか、誰かしら来ると聞いていたのに一向に到着しない。

 トラブルでもあったのだろうか、と思うがここから何かできるわけでもなし。今できるのはじっと待つことだけである。

 待ち人を思えば、ワイマー一座のことも頭をよぎる。

「来るのかな……」

 遠い旅の空にいるのだろう一座を思う。来るのだろうか。それとも……もうトーヤのことなど忘れてしまっただろうか。

「…………」

 寂しさを込めて、ギターを弾いた時だった。


「……トーヤ?」

「!」

 背後から唐突に声をかけられてトーヤはビクリとする。

 振り返ると……寝間着姿のコニーがいた。コニーは研究の都合などから、学院内に部屋があると聞いていたが……。


「や、やぁ……」

 妙に色っぽいその姿に、内心ドキドキしながらトーヤは応じる。

「どうしたのさ、こんな塔に用があったの……?」

 普段は物置ぐらいにしか使われていない古い塔である。夜中に来る場所ではない。


「ん……なんか綺麗な音が聞こえたから……」

 眠そうなコニーには、普段の険の強さがなくエルフ特有の儚げな雰囲気をまとっている。

「……弾かないの?」

「……え?」

「……もう少し、聞かせてよ」

「あ、うん……」

 慌ててトーヤはギターを構えなおし、息を整えてから小さく弾き始める。


 一座で習った少し悲しいメロディが、ギターから流れては消えていった。

 それにコニーは微動だにしないまま耳を傾けていた。


 やがてトーヤが演奏を終えると、コニーは小さく手を叩いた。

「……上手いもんじゃん」

「ありがと」

 ちょっと恥ずかしくなりながら一礼を返すと、コニーは思いつめたように言う。


「……あのさ、迷惑……だった?」

「? 何が?」

「私……トーヤに黙ってダインに話つけようとしたの。だけど……全然効果なくて……むしろ悪化したみたいで……」

「…………」

「犯人を見つけてもすぐ逃げちゃうし……尻尾全然掴めなくて……トーヤにはなんか迷惑かけてばっかだなぁって……」

 しおしおとコニーが落ち込む。


「……うん。正直言って迷惑だった」

「!」

「だけどね」

 トーヤは微笑んで言葉を続ける。

「それ以上に……とても嬉しかった。コニーは俺のこと、ちゃんと考えてくれているんだなぁ、って思えた。こうして正直に気持ちを伝えに来てくれた。それだけで、ダインなんかの下らない嫌がらせなんて吹き飛ぶさ」

「……口説いているつもり?」

「……ば、馬鹿! そんなんじゃねぇよ!」

 トーヤが真っ赤になって返すと、コニーはクスクスと笑った。ブスッとしていたトーヤも、なんだかそれが愉快でコニーに引きずられるように笑い始めた。


 深夜の学院に、2人の笑い声が響き続けた。

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