入学試験
「さて! 済んだことはとっとと忘れて、アンタの入学試験対策に取り掛かるわよ!」
ディクサシオンに帰還した途端、ハイテンションになったコニーが言う。
「……え? 協力してくれるの?」
てっきり、コニーとの縁はここで途切れるものだと思っていたトーヤである。
「ま、ここまで関わったのに『ハイさよなら』ってのも収まりが悪いしね。最初の試験ぐらいまでは付き合ってあげるわよ」
「……ありがとう、本当にありがとう……」
いじめられっ子だったトーヤに、試験対策に協力してくれる友人などいなかった。まさか、異世界にやってきてそんなものを経験できるとは思いもしなかった。
「な……何よ、そんな感謝したって、裏口の手引きなんかしないわよ!」
「そんなの望んでないさ」
試験は実力一本勝負だ。それで受からなければ、それまでの話だろう。トーヤの気分は、急に軽くなっていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
試験は3月に一度行われるらしい。次回は、15日後だと言う。
「……そう決まると急に暇だな」
対策だのなんだの言っても、筆記試験があるわけでもなし。要は魔法の実力を見せればいいのだから、予想される試験内容に合わせて披露する魔法を決めてしまえば、やることもなくなる。
とりあえず、トーヤはルーの詰め所に向かうことにした。そろそろ、調査に出た番兵も帰ってきているだろうと踏んだトーヤに告げられたのは予想外の一言だった。
「み、皆殺し……?」
「たぶん、な。恐ろしく鮮やかな手口で、一人残らず殺されていたらしい」
相変わらず額を揉みこむ印象的な仕草と共に、ルーが重々しく告げる。なんと、番兵たちが行方を追っていたリャーマンの信者たち……そのメンバーと思しき大量の死体が森の中で見つかったと言う。
「……そりゃもう悲惨なもんだったらしいぞ。何十人もの死体の腐敗臭が、森の中に満ちて……」
「い、いえ結構です……」
トーヤは思わず気分が悪くなる。いくら敵対していたとはいえ、そんな話を聞いて喜ぶほどトーヤの精神は残酷にはできていない。
「死体は周辺の村に頼んで埋葬してもらっているらしい。とりあえず、件の村についてはこれで解決だろう?」
ルーはそう言うが、トーヤには気がかりがあった。
「それで……その中にリザードマンの死体って……」
「うん? いや、聞いていないな。一通り種族が判別できそうな死体は確認したらしいから、リザードマンなんて珍しい種族なら、絶対報告には上がってくるはずだが……」
「そうですか……」
少なくとも……「ルーカスは生きている」と踏んで行動した方が良さそうだ、とトーヤは心に決める。
「ありがとうございました」
「ん、これでいいのか?」
「えぇ、大丈夫です」
内心の気がかりは押し隠しつつ、トーヤは詰め所を後にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ヴァン? いる?」
時間のできたトーヤは、今度はヴァンの鍛冶場を訪ることにした。中からは熱気が漂い、ハンマーの音が鳴り響く。
「おう! トーヤか! ちょっと待ってろ、コイツ仕上にゃいかんからな!」
流石に、同族とはいえ他人の鍛冶場に勝手に入るほどトーヤは不調法ではない。素直に表でヴァンを待つ。
しばらくするとハンマーの打撃音が止み、全身から汗を噴き出しなかがらヴァンが現れた。
「ふう……待たせたな、トーヤ!」
何やら活気に満ちた表情のヴァンをトーヤは訝しがる。以前は暇そうに鍛冶場の外で一服していたぐらいだったのに。
「どうしたのさ? なんだか随分機嫌良さそうだけど」
「あぁ! 親方がどっかからでっかい仕事持ってきてくれてな! いやぁ、腕の振るい甲斐のある大仕事だぜ!」
「へぇ……景気のいい客もいたものだね」
トーヤとて、しばらくディクサシオンで暮らせば、この街を覆う閉塞感が疫病によるものだけでないことぐらい気づく。単純に人がいない以上に商売に活気がなく、金の流れが悪いのだ。
この時分に大仕事など、確かに鍛冶師からすれば感謝の対象でしかないだろう。
「で、何の用だ?」
「あぁ、そうそう……」
トーヤは荷物をゴソゴソと開け、中から拳3個分ほどの包みを取り出す。正直言って、鞄がちぎれるかと思うほど重かった。
「アダマンタイトだ。ちょっと見てくれないか?」
「へ? アダマンタイト?」
「……ほお、アダマンタイト?」
驚くヴァンの後ろからヌッと顔を出したのは、老境に差し掛かったドワーフだった。頑固で偏屈そうな目が髭と髪の下で輝いている。
「あ、親方……」
「オイ、名前は?」
「ト、トーヤです……」
ヴァンを無視して老ドワーフがトーヤに声をかける。何やら気難しそうな男だ。鍛冶場の名前からして、この男がリョーンだろうか?
リョーンはトーヤが握るアダマンタイト鉱石をむんずと掴むと、じっとその小さな目に近づける。
「……お前、どこでこれ手に入れた?」
「あ、えーと……秘密です」
「フン」
コニーから洞窟の場所は固く口止めされている。押し黙るトーヤに、リョーンはそれ以上興味がなさそうだった。ポンと軽くアダマンタイトを放って返す。慌てて掴んだトーヤが思わずよろけた。
「……本物だな。加工したいならうちに来い」
それだけ言うと、リョーンはスタスタと鍛冶場の中に帰っていく。それをぼんやりとトーヤは見送る。リョーンの登場以来、あまりに物事が一方的に進み過ぎて頭が追い付いていなかった。
「……ヴァン。とっとと入れ」
「あ、はい! 親方! トーヤ、すまんな、また来てくれよ! ……にしてもアダマンタイトねぇ……流行ってんのか……?」
ヴァンは最後は独り言のように呟いていたため、トーヤの耳には良く聞こえなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それから試験まで、トーヤは日雇いの仕事をこなしたり、コニーやマリーと話したり、ルーのところにフラッと寄ったりしながら過ごした。
ただ……なんとなくリョーンの鍛冶場には足を運ばなかった。
理由はトーヤにはハッキリ説明できないのだが……多分、リョーンというドワーフがなんとなく苦手なのだ。別に酷いことをされたわけではなく、行動だけ見るならむしろ親切な部類に入るのだろうが……生理的に相性の悪い相手、ということなのだろう。短時間顔を合わせただけで、不思議と「あまり近づきたくない」と思ってしまったのだ。
そんなこんなで、ディクサシオンでフラフラしているうちに、試験当日になった。
「いい? 私の見立てだと、アンタの実力はそこまで悪くないわ……だけど、実際に受かるかどうかは五分五分だと思っていなさい」
コニーはそんな風に散々脅しつけてきたものだから、実際の試験はトーヤからすれば拍子抜けもいいところだった。
受験者たちが集まったのは、学院の中庭……中庭と言っても、かなり広く、思いっきり魔法をぶっ放しても構わなさそうだった。
もっとも、トーヤはそんな派手なことをするつもりは毛頭なかったが。
試験は、最初に自分の得意魔法を宣言し、次にそれを試験官の前で披露すると言う実にシンプルな物である。そこで実力を示せなければ即終了だ。
最初の受験者は20代のヒューマンの女性。「火炎魔法が得意です」とガチガチに緊張しながら言ったかと思うと、いきなり魔法を暴走させて慌てて試験官に取り押さえられる始末だった。
次の受験者はかなり若く見える男のエルフ。危なげなく氷結魔法を用意されたカカシに撃ち込んで合格。
3番目は、緊張のあまり腹痛を起こしてそのまま会場を後にした。
4番目。中年の男のヒューマンだった。自信満々だったが、得意だと言った雷撃魔法がうんともすんとも言わず、即退場。
その次はトーヤだったが……この時点でトーヤの緊張はかなりほぐれていた。唯一合格したエルフの使った魔法は、精度こそかなりの物だが別に高等魔術と言うわけでもない。要はあのレベルが見せられれば良いのだ、とトーヤは言い聞かせる。
(そうか)
トーヤはようやく気付く。……生まれた時から学院の関係者であるコニーは、感覚がズレているのだ。コニーの考える「平均」というのは、随分と上のクラスなのである。
素人から学院に入って魔法を修めようと言う者たちの使う魔法が、そんな大した代物であるわけがない。下級魔法でも、キッチリ発動できれば御の字と言ったレベルなのだ。
「次! ……ドワーフのトーヤ!」
「はい!」
試験官の言葉が一瞬留まったのは、ドワーフがこの会場にいることの不自然さ故だろう。だが、彼はそんなことはおくびにも出さずトーヤに続きを促す。
「得意魔法は?」
「飛翔です!」
「……そうか。あまり見得を張るものじゃないが……まぁここなら失敗しても、そう不名誉にはならん。やってみなさい」
明らかに試験官と他の受験者の目線が憐れみに満ちる。トーヤはムッとした。
(バカにして……)
ドワーフが不相応にも、高難度魔法に挑戦しようとでも思っているのだろう。度肝を抜いておかなければならない、とトーヤの小さな自尊心が囁く。
「……いいさ、見てろよ」
これで失敗したらシャレにならないな、と思いながらもトーヤの心はかつてないほどリラックスしていた。
足を揃えて力を込め、軽く飛ぶ。本来なら数十センチ飛び上がって終わりのはずのそのジャンプは、とどまらず10メートルほどの高さまでたどり着く。
何度も繰り返したプロセスだ。重力の軛から体が解放されるのが心地よい。
一様にポカンと口を開けた受験者たちの表情に、トーヤのプライドは満たされた。エルフでもそうそう使えない高難度魔法をあっさり使ったことの意義を、魔法を学ぼうと言う彼らは良く心得ているのだろう。
そのままフヨフヨと浮かびながら試験官の元にたどり着く、試験官もやはりポカンとしていた。
「……合格ですか?」
「あ、あぁ……」
慌てて手元の紙になにか書きこむ彼の姿に、トーヤは生まれて初めて試験でいい結果を残すことの快楽を知ったのだった。




