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ギエンの旅路

「全く……1人旅のドワーフ襲うとか、バカかよコイツラ」

 ギエンはあっという間に全滅させた盗賊たちの死体を漁りながら呟く。

「1人旅のドワーフは襲うな」などと言うのは、盗賊の間では定説である。ドワーフと言うのは、例外なく腕っぷしに自信があり、そして身を省みず戦う勇気を持つ種族である。

「1人で旅をしている」というのは「1人でも旅ができる」ということなのだ。……ドワーフのような種族を襲えば、返り討ちに遭わなくとも被害は甚大なものになる。とてもではないが割に合わないため、盗賊だってそうそう手を出さないものなのだ……とギエンは出発前にゴウジから説明を受けていた。

 が、そんな定説に逆らい、ギエンが旅立ってから一月で盗賊に襲撃された回数は5回を超えている。

 無論、主要街道を歩いていれば盗賊なんてそうそう出会う物ではない。ギエンとて、好き好んで危険に首を突っ込む気はないので街道筋を通っているのだが、それでもこの頻度である。


(治安が悪化しているのかね……)

 ディクサシオンでの疫病の影響で、難民が大量発生しているとも聞く。だがそれ以上の何かが起こっているようにギエンには思えた。

「ま、これも原因だろうけど……」

 貧しそうなドワーフが持つには不相応な、豪奢な装飾が施されたバトルアックスを背に戻しながらギエンは言う。

 親方謹製の魔道具である。これがなければ、ドワーフとしては並みの戦闘力のギエンが十人もの盗賊を返り討ちにするなど無理だったはずである。……それはありがたいのだが、そもそもそれが原因で盗賊に襲われていては本末転倒だ。

「カバーでも作るかな……」

 盗賊の所持金を懐に納めて、再びギエンは旅路に戻った。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ギエン。とりあえずお前にこれを預けておく」

 当座の旅費と共にゴウジから渡されたのは、布に包まれた大振りな塊。

「こ、これって……」

 震える手でギエンはそれを受け取る。魔道具など、本来は一流の戦士しか手に出来ないものである。ギエン程度にそれが回ってくるなど……。


「お前がトーヤを追うために頑張っていると知って、親方も腕を振るったんだ……期待には応えろよ?」

「は、はい……」

 思わず生意気なギエンの口も閉じるものだ。包みの中から取り出されたのは銀の輝きも美しい一振りのバトルアックス。中心部には紫色の宝珠が嵌めこまれており、シンプルながら装飾品としても一級のセンスを放っている。

「親方曰く、『雷撃斧』と言うらしい……名前がシンプルなのは、親方の趣味だな」

「雷撃斧? つまり……雷の魔道具?」

 興味深そうに眺めていたミオリが呟く。

「あぁ……練習はしてから行けよ? 魔力の消費量を身体に叩き込んで置かんと、いざと言う時使い物にならんからな?」

 念を押すゴウジに、気もそぞろに頷くばかりのギエンであった。トーヤを追うことよりも、目の前にある魔道具の方に気が向かってしまうのは若者であるがゆえに仕方ないところだろう。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ふぅ……だいぶ進んだかな?」

 盗賊を撃退しようやく一つの村にたどり着いたギエンは、早速宿屋に部屋を取る。宿屋の主人に話を聞くと、ここからならディクサシオンまで歩いて一月……と言ったところらしい。

「……まだ半分かよ」

 ぶちぶちと文句を言いながら、ギエンは宿屋の酒場に座り込み、雑貨屋で買った皮で手早く斧のカバーを作っていく。最初は普通にカバーがあったが、初戦においてうっかりその存在を忘れて魔道具の力を解放したせいで、燃え尽きてしまったのだ……別にいいか、と思ったのだがやたら目立つこの斧のせいで盗賊に狙われまくるのだからたまったものではない。


「はいよ、一丁上がり」

 鍛冶師の仕事ではないとはいえ、手先の器用なギエンは裁縫も得意なのでこの程度は大した仕事ではない。あっという間に雷撃斧にぴったりと合った簡素な皮の鞘を作ってしまった。

「ほう? 兄ちゃん、随分手早いね」

 四十がらみの客が酔っぱらった勢いで絡んでくる。ギエンもパカパカとジョッキで酒を空けながら作業していたのだが、ヒューマンの飲む酒程度で手元が狂うほどドワーフはやわではない。


「ま、このぐらいはドワーフならたしなみだな」

 ギエンは軽く応じるも、その鼻は自慢げにピクピクと動いている。

「背中の物見る限りじゃ、腕の方もそれなりに立つんじゃないのか? いやぁ、すごいもんだね」

「ハッハッハ、たしなみ、たしなみ……おっとありがとう」

 男が瓶からギエンのジョッキに酒を注いできたので、感謝しながら受け取る。


「顔立ちだって、いかにも精悍で将来大物になりそうな気配がプンプンしているしよぉ……なんだってできそうだねぇ……」

「いやいや、それほどでも……」

 話を聞いているうちに、ギエンの中で警戒心が徐々に湧き上がってくる。初対面の人間にやたら馴れ馴れしく話しかけてくる奴は……底抜けのお調子者か、生粋の詐欺師のどちらかだと相場が決まっている。


「俺もよぉ……兄ちゃんみたいに腕が立てばよぉ……」

(そら来た)

 ギエンは心の中で呟きながら、逃げる算段を立てる。大方面倒事に巻き込ませるに違いない。冗談ではなかった。自分はとっととディクサシオンに行かなければならないのだ。

「ほぅ? オッサンだって随分と立派な人物に見えるけどな? 初対面の人間に酒奢るなんてそうそうできるもんじゃないぜ?」

「金だけはあるんだよ、金だけは。……だけどよぉ……こんなちっこい村で小金持ち気取って何ができるよ? だからって、街まで出て一角の人物になろうなんて度胸もねぇしよぉ……」

 ねちねちと絡み酒を始めた男に相槌を打ちながら、ギエンはそっと席を離れる。男はぶつぶつと文句を言い続けていたが、部屋へと帰っていくギエンにはまるで気付いていない様子だった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 翌朝、ギエンはチェックアウトを済ませながら、宿の主と雑談する。

「……へぇ? 昨日のオッサン、本当に金持ちだったんだ」

「この村じゃ有名だよ。なんでも、昔希少な鉱石見つけたとかで……だけどそれ以来仕事もせずにブラブラしては酒飲んで管巻くだけになっちまってねぇ……」

「……希少な鉱石?」

 ギエンの鍛冶師の血がピクリと騒ぐ。


「オリハルコンのでっかい鉱石見つけたって言うんだよ。眉唾だろ?」

「……はぁ」

 あっという間にその血は冷めた。オリハルコン……ミスリルやアダマンタイトを遥かに上回るほどの希少金属である。ギエンはおろか、親方ですら扱った経験は皆無に近いと言う。そんなものがこの辺りで発見されたことがあるなら、ギエンの耳にも入っているはずだ。

 本当に金持ちなら理由があるはずだが、きっとそれを隠すために眉唾な噂を自分で広めているのだろう……ギエンはそう当たりを付けた。

 どちらにせよ、興味のない話だ。今はディクサシオンへの道を急がなければ。


「そう言えば、この辺りだいぶ治安が悪化していないかい?」

 ギエンは出発の準備を整えつつ尋ねる。

「あぁそうだね……幸いこの村は大丈夫だけど、襲われた旅人はちょいちょい来るね……騎士団も要請しているんだけど、なかなか色よい返事は来ないな……」

「やっぱりディクサシオンの疫病か?」

「それもあるけど……今、だいぶ景気が悪いからね。そっちの方が主要かな? アンタも気を付けな……世直しを謳うならず者もゴロゴロしているらしいからね」

「世直し?」

「貴族様を打ち倒して万人平等の世を作る……とか言ってんのさ。馬鹿馬鹿しい」

「へぇ……」

 流石に広い世間に出ると、村では聞きもしなかった話を聞けるものだ。ギエンは軽く聞き流しながらそう思う。


「じゃあまぁ……世話になったな」

「あいよ、ありがとさん」

 宿屋の主の見送りを受けながら、ギエンは再びディクサシオンへの道を急ぎ始めた。

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