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森の中で

 時は少し遡る。それはトーヤがコニーの依頼を受けることを決めてから、数日ほど経った夜のこと。ディクサシオンの東に位置する森の中で、勇者と剣豪は密かな邂逅を果たしていた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


 ルーカスの握っていた大剣が半ばから折れ飛び、剣の欠片が月明かりにキラリと輝く。ルーカスは先ほどまで打ちあっていた、青い波動を纏った長剣を構える若き剣士を感嘆のまなざしで見つめる。

「……本当に素晴らしい。立て続けにこれほどの魂に出会えるとは。リャーマンの導きあればこそ、ですか」

 自身は武器を失った一方、相手は健在だと言うのにルーカスの顔に動揺は一片たりとも浮かんでいない。全ては神の思し召しなのだ。ここで死ぬことになろうとも、喜びこそあれ恐怖を感じる道理はない。


「……俺はアンタが恐ろしいよ」

 肩で息をしながら、黒髪の青年……暁京也が応じる。リーザに時折もたらされる神託……様々な事象について、直感的に訪れる予言(『国喰らい』の登場を察知できたのもこれのおかげであった)に従い、ディクサシオンを離れて、京也たちは旅立っていた。そして、神託の導きに応じて東部の森の中に来たところ、リャーマンの信仰者の一団に遭遇したため、京也一行はこうして交戦しているのである。

「なんで……アンタは味方が死んでヘラヘラしていられるんだよ……」

 リーザとランは、敵の中で一番の手練れであるルーカスを京也に任せ、他の信者たちを相手取っていた。容赦なく魔法と剣が飛び交い、信者たちを屠っていく。……1人でも残せば京也たちの目的は果たされないとはいえ、心優しい2人が一切の慈悲を見せずに、弱弱しく抵抗する信者たちを殺す姿を、京也は見ていられなかった。


「奇遇ですね。つい最近、同じことを言われたばかりですよ」

 ルーカスは頬の傷を懐かしそうに撫でながら呟く。

「貴方と同じ匂いの魂の持ち主です……そう、見た目は別人でも双子のようによく似ていた」

「……? どういうことだ?」

 京也の問いかけに、ルーカスは答えるつもりはなさそうだった。

「さて……時間切れです。どうやら同胞たちは無事リャーマンの下へと旅立てたようです」

 ルーカスは少し残念そうに、そしてそれ以上に嬉しそうに言った。リーザとラン、いつの間にか現れた2人の美少女がそれぞれの武器を構えて京也の隣に並ぶ。彼女たちの仕事に狂いはない。……生き残りは、このリザードマンだけだ。


 京也はあらゆる感傷を投げ捨て、無感情に目の前の戦士を殺すことに努めようとする。この世界に召喚されて1年近く。人を手にかけた経験も無論あるが……それでもその度に、平和な世界に生きていた京也の心が軋むのは避けられない。

「……私が生き残るのも、またリャーマンの思し召しでしょうか。わかりました、リャーマン。私の旅立ちの時は今ではないのですね」

 ルーカスの意味不明の呟きに構わず、3人が迫る。京也の長剣が閃き、ランの短剣が踊り、リーザの魔法が轟く。


 一流の冒険者たちの必殺の一撃が余すことなく炸裂し、ゴウ、と風が薙いだ。


 油断なく全員がその場で警戒態勢を取る。手ごたえはなかった。何かしらの手段でルーカスが避けたのは間違いない。

「やれやれ、あなたに救われるとは思っていませんでしたよ」

 少し離れた森の中から、ルーカスの声が響く。一斉に3人はそちらを見る。

 そこにいたのは、無傷のリザードマン。そしてその傍らには、ローブのフードを目深に被った性別年齢種族不詳の人影。ルーカスの台詞からするに、この人物がルーカスを救ったのだろう。

「……逃げられると思っているのか」

 迷わず全速力で駆けるランが、物騒に言葉を投げる。

「逃げられますよ」

 平然とルーカスが応じる最中にも、準備は終わっていた。

「……転移(テレポート)

「! しまった!」

 ランの短剣と、リーザの氷の槍がたった今までルーカスのいた場所を貫くが……押し殺した詠唱の言葉が終わると同時に、2人のリャーマンの信者は掻き消えていた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「……転移魔法使いまで向こうに紛れ込んでやがるのか……厄介だな」

 ランが辺りに散らばった死体を一体ずつ確認しながら言う。それらの死体にわずかでも生存の疑いがあれば、迷いなく短剣で喉笛を掻き斬っていく。

「あのレベルの魔導士がリャーマンの教えに迷うとは……いよいよ、これは早急な解決が必要ですね」

 リーザは「逃げたと見せかけて不意打ち」という王道的戦略を警戒し、複数の攻撃魔法を詠唱完了状態でチャージしている。「重複詠唱」と呼ばれる高等技術だ。リーザの若さでこれができるというのは、天才的と言う他ない。


「…………」

 どこか青ざめた顔の京也が森の中から戻ってくる。

「んだよ、京也。お前また吐いていたのか? クソつえぇ癖に、無駄に繊細だと苦労すんな」

 ランが呆れたように問う。その手は止まることなく、かつて人間だった肉塊の気管を断つ。

「……ランたちは……なんでそんなに冷酷になれるの……」

「はぁっ?」

 いよいよ、ランの声が呆れ……を通り越して怒りの色さえ帯び始める。


「お前馬鹿か? コイツラに話を聞く気はない。やってることは、世界中の人間を不幸にしかねないことだ。何としてでも止めなきゃいけねぇ、っつたのはお前だろうが」

「だけど……捕まえて牢屋にでも入れておけば……」

「その見識は浅慮としか言えませんね」

 心優しいリーザが珍しく突き放したように言う。


「彼らに改宗の可能性はありません。死すら平然と受け入れる教えです……牢獄に入れておいたところで、保釈は不可能、永久に牢に繋ぎ止めるか処刑台に送るか……どちらにせよ、この場で殺すこととさして変わりはありません。それならば、牢に送る手間を省いた方が合理的というものです」

「…………」

 京也にもなかなか受け入れがたいのだが……この世界の人間はリーザのような令嬢ですら、命に対してとても淡泊だ。「大切な命」と「どうでもいい命」を選別しており、「大切な命」のためなら「どうでもいい命」を奪うことに躊躇いがない。全ての命は平等だと教えられて育ってきた京也には拒絶感が強い。

 ごく身近に死を感じて育ってきた異世界の娘たちと、平和な日本でおどおどと育ってきた京也の間には信頼関係は築かれていても、感性と言う意味では埋めがたい溝が存在していた。


「……彼らの主張だってさ、別にそこまで酷いものじゃないと思うんだよね……やり方が酷いだけで……どこかで話し合えないものなのかな……」

 最後の台詞は2人に届かないよう、そっと京也は放つ。殺さずに済むやり方があるなら……それを模索するのも、勇者の務めだろう。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「……ずいぶんと嬉しそうだな、ルーカス。いや、アンタは常に嬉しそうか」

「当然です。私の生き様は全てリャーマンに定められているもの……先に進むことには喜びしかありません」

「…………」

 皮肉のつもりで放った言葉を全肯定されてローブの人物が言葉をなくす。


「ですが、私が特に嬉しそうに見えると言うなら……それは強き魂とこうして立て続けに出会えた喜びでしょう。彼らをリャーマンの下へと送る日を思えば……」

 心の底からの悦びを伴って、ルーカスは言う。それこそ彼らへの救いなのだ。自分の手であの2人は送り届けてやらねばなるまい。ルーカスの心は使命感で浮き立っていた。


「そのためには……」

 ルーカスがチラリと自分の背を見る。普段ならそこに背負っている愛用の大剣は、京也を名乗る黒髪の剣士にへし折られてしまった。彼の握る夜闇にも美しい青い長剣の輝きは、いまだに目に残っている。

「あの剣……見事なものです。何かの魔法剣ですね。私もあれに匹敵する武器を得ねば、これからの使命を果たすことは難しいでしょう」

「それならいいものがある」

 ローブの人影がピンと指を立てる。


「いいもの?」

「アダマンタイトの埋まっている……かもしれない洞窟が最近見つかった。そこに行けば、アダマンタイトが掘れるはずだ。それで新しい武器を作ってはどうかな?」

「ほう……」

「一度ディクサシオンに寄って、アンタのための仮の武器を調達しよう……後は私が洞窟前まで送り届けてやる……さすがに洞窟内に転移するのは避けたいからな。魔物がいるらしいが、まぁアンタなら心配することもないか」

 繊細な位置調整が必要な転移魔法は、狭い空間内に飛び込もうとすると事故につながりやすい。下手を打って地層の奥底に転移してしまえば、命はない。

「なるほど。それは良いことです」

「まぁ精々がんばりな」

 そう言い合いながら、2つの影はディクサシオンに向けて駆け続けた。



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