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洞窟内部へ

 シュバッ、とトーヤの剣が閃く。

 どう、と倒れ伏した怪物にゆっくりと魔法の灯りを浮かべた二人が近づく。

「……ワームね。随分大きいけどまだ幼体みたい」

 じっと観察するだけでコニーはその種類を言い当てる。さすがの知識量である。トーヤでは地元に出てきた魔物以外は、まともに判別することもできない。


「にしても、アンタやるもんね。不意打って意識を混濁させたところを、一太刀でバッサリなんて」

「……人を卑怯者みたいに言うのは止めてくれないか」

 実際トーヤの取った戦法は、騎士道精神に従うならとても褒められたものではない。のそのそ這ってきたデカい蛇のような魔物、どう見ても蛇だが竜の亜種であるワームの頭上で爆炎魔法を炸裂させ、大きな音で一瞬意識を奪い喉笛を切り裂いたのだ。

「俺は自分が弱いことを良く知っている。無茶はしない。確実に倒せる方法があるなら、それが最優先だ」

「ふーん……私からすれば十分強そうだけど」

「弱いさ」

 自嘲気味にトーヤが言う。京也のような怪物じみた存在は別にしても、先日立ち会ったルーカスの強さはトーヤの自尊心を粉々に打ち砕いていた。魔法は使わず、ただ剣のみでトーヤの命を刈り取りかけたあの死神の存在は、トーヤの中で徐々に重みを増している。

 この冒険は、そんな失われた自尊心を取り戻す作業でもあった。別にトーヤとて、プライドにこだわりがあるわけではないが、いくらなんでもいつまでもルーカスへの敗北のイメージが抜けないと言うのもマズイだろう。


「うん……アダマンタイトね。やっぱりほぼ確実っぽいわ……」

 ワームの腹を裂いていたコニーが灯りを寄せながら呟く。ワームという魔物は鉱石食である。質の良い鉱石を腹の中にため込むことで知られており、ワーム討伐の目的は大抵、「ワームに鉱石を食い荒らされないようにしてくれ」か「ワームの腹から鉱石を持って帰ってくれ」のどちらかである(両方ということも無論ある)。

 コニーに従い、トーヤもワームの胃の中を調べてみる。深い緑色がかった鉱石がキラリと輝いているのが確認できた。トーヤも、故郷で親方が加工していたところぐらいしか見たことはないが……間違いないだろう、アダマンタイトだ。

 高品質な鉱石はなかなか消化されないので、岩ごと食ったワームの腹の中で岩だけが先に消化され、こうして研磨された鉱石だけが残る。ワームとは、研磨の手間を省いてくれる魔物でもあるのだ。

 トーヤはその手のひら大の鉱石を軽く摘まもうとしてみる。が、恐ろしく重い。一抱えもある岩の塊のようだ。

 持ち上げるのは諦める。ドワーフの腕力に任せれば持って持てないことは無いが、邪魔になるだけだ。帰りに拾えばいいだろう。


「ワームの縄張りってことは、結構危険だな……どれぐらいまで踏み込む?」

 トーヤは確認する。ワームは肉を好んで食う魔物ではないが、縄張り意識は強い。今は不意を打って倒せたが、次からも同じように行けるかは定かではない。

「んー……そうね、それなりの規模な鉱脈が確認できればいいわ。要は、ここが間違いなくアダマンタイトの埋まっている場所である、ってわかればいいんだから」

 そう言いつつも、コニーの目は好奇心でキラキラ輝いている。建前としての目標など、興味深い物を見つけたらすぐ消し飛ぶだろう。

 これは自分が気を付けていた方が良さそうだ、とトーヤは決心を新たにする。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 何度の戦いを経ただろうか。大きなサソリのような魔物を落ち着き払って倒しながら、トーヤはじっと周囲を観察する。

 洞窟の内部は、ワームに食い荒らされてかそれなりに広かった。分岐も何か所かあったが、コニーは地属性魔導士らしく、大地の様子を見るだけで現在地がわかると言っていたので、帰り道については特に心配していない。

 次の魔物を警戒していると、コニーが呟く。

「……おかしいわ」

「ん? 何が?」

「魔物が少なすぎる。この規模の洞窟で人の手が入っていないなら、もっといてもおかしくないはずなのに……」

 それはトーヤも思っていた。地球と異なり、この世界の洞窟は大型生物の宝庫なのだ。鉱石を餌にする魔獣たちにより、洞窟内だけで食物連鎖が形成されている。

 にもかかわらず、あまり魔物に遭遇せずにかなり奥まで来てしまった。訝しく思いながら、トーヤは歩みを進める。


「……ん?」

 それに気づいたのは、コニーが先だった。洞窟の分かれ道の1つを何気なく灯りで照らし、思わず呻く。

「なにこれ……」

 そこにあったのは、トーヤが仕留めた物より大ぶりなワームの死体。既に洞窟内の食物連鎖に組み込まれて分解しかかっている。

 無論、たかだか魔物の死体程度で動揺するほどコニーは温室育ちではない。コニーが驚いたのは、腐敗してなお鮮やかに残るそのワームの死因。

「アンタ……私に先行してこの洞窟に潜ったりしてないわよね……?」

「するわけないだろ」

 トーヤもじっとそのワームの……一刀両断された首を眺める。

 魔物同士の争いで、こんなに綺麗な切り口ができるわけはない。ならば……何者かがコニーとトーヤに先駆けてこのワームと戦い首を落としたことになる。


「誰かが入ったのかしら……最初にここに入った魔導士は、誰の手も入っていないように見えた、って言っていたけど」

「……偶然だろ。その魔導士がここに来てから、俺たちが来るまでの間に誰かが潜り込んだんだよ」

 トーヤは冷静に観察する。見事なものだ。相当な腕前がないとこれは無理だろう。しかも太いワームの首を、迷い傷なしで一撃で断ち切っている。トーヤが持っているショートソードではどうやったって無理だ。ロングソードでも長さが足りないだろう。そう、長大な大剣なら(・・・・・・・)……大剣を使う凄腕の戦士であって、ようやく可能な所業だ。

(…………)

 トーヤは頭に浮かんだ嫌な考えを慌てて振り払う。あのリザードマンのことを思い出して、気分が悪くなった。偶然に決まっている。大剣使いの戦士など、この世にごまんといる。そのうちの1人がフラッと目についた洞窟に潜りこんで、何の不思議があるのだ……。

「さ、行こう」

 トーヤは、努めて明るくそう口にする。ここにいるとまたぞろ自尊心が失われそうで、トーヤは少し怖くなった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 往々にして、嫌な予感というのは当たるものである。良い予感が的中した例など、ほとんどないと言うのに。

 トーヤは眼前の死体を諦めを含んだ醒めた目で見つめる。

(さすがにこれは……間違いない、か)

 巨大なワームである。間違いなく成体、しかもこの洞窟内のボス格であったはずだ。このワームの巣と思しき広々とした空間内に、魔法の灯りを跳ね返して多数のアダマンタイトの緑がかった輝きが見えるのが、その証である。より強大な個体ほどより上質な鉱脈を独占できるのがワームの順位付けである。

 このサイズになると、戦うのは絶対に避けたいところだ。ワームの成体は土のブレスを吐くと言う。曲がりなりにも亜竜の一種なので、肉体戦闘力も計り知れない。もし生きている状態で遭遇していたら、即時撤退を宣言しただろう。

 無数の刀傷を刻まれて無残にも息絶えている洞窟の主に、トーヤは静かな恐怖を覚える。

 魔法による傷は1つも見当たらない。見たところ、この亜竜の命を奪ったのは全て剣によるダメージだ。

 トーヤの知る限り、これだけのことができる剣士など1人しかいない。1人いれば十分だ。

(ルーカス……)

 もちろん、トーヤの知らない凄腕の戦士である可能性もある。だが、トーヤは確信にも似た思いで、これを為したのがルーカスだろうと考えた。

 周囲のアダマンタイトは、明らかに人の手でかなりの量掘られている。どうやら、ルーカスはアダマンタイトに用があったらしい。


「……コニー。もういいかい? ここがアダマンタイト坑道だということははっきりわかった。そろそろ帰っても……」

 トーヤは内心の動揺を悟られないよう声をかける。死体の状態から察するに、ルーカスがここにいたのはかなり前のはずだが、それでも一分一秒でも早くこの洞窟から逃げ出したかった。

「う、うん……」

 トーヤの隠し切れない緊張を察してか、あるいはワームの死体に恐怖を感じたのか、コニーもそれに反対しなかった。



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