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探索の道

「……う、馬ぁ!?」

 トーヤはポカンと口を開けてしまう。久しぶりに会ったコニーが宣告したのは……あまりに無慈悲な移動方法だった。

「そうよ、馬で片道4、5日……言ってなかったけ?」

「聞いてない聞いてない」

 ブンブンと首を振るトーヤ。確かに聞いていなかった自分にも非があるが……そんな根本的なことを説明し忘れたコニーにも責任の一端はあるだろう。


 ドワーフは基本的に馬に乗らない。……というより乗れない。当たり前の話であり、足が短すぎるのだ。小ぶりなロバぐらいなら乗れるが、ロバではいかんせん馬に比べて足が遅すぎる。

 その代り短くても頑健な足があるので、長距離移動する際はえっちらおっちらひたすら歩くか、馬車にでも乗せてもらうことになる。

 当然、トーヤも乗馬の経験は前世含めて皆無であった。


「なんで旅すんのに馬の1つも乗れないのよ!」

「無茶言うな! ドワーフにできないこと求めるんじゃない!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ合う2人だったが、結局のところ解決策はそう多くはなかった。

 1つ。遅いのを我慢して馬を諦める。

「何馬鹿言ってんのよ! 1日でも早くたどり着いて研究すんのよ!」

 これはコニーが却下。

 2つ。馬車を借りる。

「高い」

 お前の責任なのだから、借り賃はお前が出せ、と言われたトーヤが料金表を見て即座にそう呟き、この案はなかったことになった。

 となれば、残る案は1つしかなかった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「……ごめんね、アルフレッド。重いだろうけど我慢してね」

「……俺は不服だ」

 草原を疾走する1頭の立派な白馬。その背には……コニーとトーヤが相乗りしていた。結局馬には負担だろうが、これが一番早かろう、という結論に達したのだった。

 コニーの愛馬アルフレッドは、とても力強い肉体を持った名馬だった。馬のことなどろくに知らないトーヤでもわかる。初めて馬に乗り嬉しい気持ちもないわけではない。

 だが、それ以上に目の前に女の子の細い背中が揺れているというこの状況が、トーヤの心を落ち着かなくさせていた。


 落ちると大変なので短い足でしっかりアルフレッドの尻を挟み、目の前のコニーの背中に抱き付く(最初は驚いたコニーに殴られかけた)やや情けない姿勢で、トーヤは必死で馬に揺られていた。

 ……もちろん、最初は紳士的にコニーからやや距離を離して乗ろうとしたのだ。だが、初めて乗る馬の背中は、素人のトーヤを容易く振り落としかねなかったため、仕方なく妥協してこんな形になってしまったのだ。

(……早く休みたい……)

 ある意味トーヤの今までの旅で、最も過酷かも知れない旅路であった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「情けないわね、あれぐらいでフラフラなんて、大丈夫なの?」

「……あー、最後の方は少し慣れたから、明日からはもうちょっとマシだと思う」

 ディクサシオンを離れて最初のキャンプであった。焚火を囲んで、毛布だけを頼りに2人は喋っている。夕食(トーヤの釣ってきた魚)を食べて、後は寝るだけである。


「……それで、いくつか聞きたいことがあるんだけど、いいかな……?」

「な……何が聞きたいのよ……」

 思わずじりっとコニーが身構える。……コニーは唐突に気付いてしまう。今この場にいるのは、このドワーフだかホビットだかわからない変人と自分だけだ。この男がフラッと気まぐれを起こせば……自分の命はない。

 普通に考えれば、トーヤがそんなことするメリットなどそうそうないだろうが、疑心暗鬼は募る。

 が、その次にトーヤが投げかけた質問に、コニーはガクッと肩を落とす。


「魔道学院って……いくらぐらい学費がかかるの?」

「……ハァ!?」

 あまりに庶民的なその質問にコニーは驚きの声を上げる。

「いや、言ったよね? そういうこと聞きたいって」

「言ってたけどさ……」

 まさか、この状況でいきなり聞いてくるとはコニーは思わなかった。……トーヤだって、そんな話出発前に落ち着いて済ませたかったのだが、コニーがどこを走り回っているのか捕まらなかった上、今日の日中は舌をかまないようにするのが精いっぱいだった。質問タイムがこの時間になったのは必然だった。

 ホッと安堵の溜息を吐きつつ、コニーは答える。


「……大体年間で1000デルス。今なら入学金無料、試験料200デルスよ」

「へ?」

 コニーの答えは、トーヤの予想を大幅に下回るものだった。


「しょうがないじゃない。人がいないのよ! 疫病のせいで生徒数3分の1よ! 貧乏人でもとにかく頭数集めないと、学院の威信にかかわるのよ!」

 コニーは悔し気だった。どうも疫病のせいで、授業料を安くして人を集めようとしているらしい。

「それなら……良かった」

 トーヤはほっと安心する。


「あ、でもその代わり試験の厳しさは変わっていないわよ。庶民から優秀な才能を募るって建前なんだから、レベル落とすわけにはいかないんだから」

 そこは自慢げに言うコニー。その姿にトーヤはやたら不安になる。前世からこっち、試験と名の付くもので碌な目に遭った経験のないトーヤである。

「……で、アンタどの程度魔法使えるのよ」

 コニーは実に楽しそうだ。根本的にサディストなのだろう。本能でここがトーヤの責め所と察したに違いない。


「……使用魔法は5系統。炎、風、雷、回復、飛翔。得意魔法は飛翔」

 トーヤは恐る恐る答える。平均的なドワーフの魔導士よりは遥かに優秀だと言えるトーヤだが、ヒューマンやエルフと比べた場合の実力は未知数だった。

 魔導士の才能はおおよそ使用魔法の系統数で表現される。その中でも特に得手とする魔法を、自分の得意魔法として申告するのが普通だった。

 トーヤが主に使う攻撃魔術は炎と風。雷は一応使えるが、コントロールなどに難があり、実戦ではほぼ使い物にならない。飛翔魔法は、かなり自在に空を飛べるため最も自信のある系統だった。回復はあくまで応急処置レベルで、癒し手と呼ばれる回復専門の魔導士には到底及ばない。もっとも苦手なのは、氷の攻撃魔法。ただし、これはドワーフという種族の特性でもあるらしい。実際エルフは、炎と雷の魔法がかなり不得手だと聞く。

「……へー。ドワーフの飛翔魔法使いは初めて見たわ。エルフでも、なかなか使えるものじゃないのに」

「相性が良かったんだろうさ」

 コニーが感心する姿に、トーヤはピクピクと鼻を動かして少し自慢げだった。


「……うーん。ドワーフでそれだけ魔法が使えるなら珍しいし、上手くすれば合格できるかもね。特に飛翔が使える学生はほとんどいないわよ。たぶん、そこをひたすらアピールすれば、先生の目にも止まるんじゃないかしら」

「試験形式はどんな感じなんだい?」

「そうね、まずは自分の得意魔法を宣言して……」

 コニーのアドバイスを神妙に聞きながら、その夜は更けていった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 そんなこんなで、トーヤは道中細かな相談をしながら旅をつづけた。コニーがトーヤの冒険譚に目を丸くしたり、前世で聞いた面白い話をアレンジするのを興味深く聞くのが面白くて、トーヤの口も弾む。

 コニーはミオリに似ていると最初は思ったが、長く接していると今まで会ったことのないタイプの女の子であることがわかってきた。何よりすごいのは、その知的好奇心だった。好奇心だけでアダマンタイト洞窟に出掛けようと言うだけあり、トーヤの様々な話をいちいち深く考察してくる。例えば……


「いや、だから川上から桃が流れてきた理由なんて知らないって。おとぎ話なんだから」

「中に人間が入っていたって、きっとその桃は魔獣の一種ね。善良な人間に寄生して生きるために、人間に擬態しているに決まっているわ」

「魔獣じゃないって……鬼退治に出掛けたんだから」

「同族の縄張り争いじゃないの? お供の動物たちも、怪しいものね……」

「…………」


「え? アンタギター弾けるの?」

「んー、まぁ一応。素人レベルだけど。今回は、邪魔になりそうだったから預けてきた」

「ふーん……今度聞かせなさいよ。思いっきり笑ってやるから」

「……あのさ」


「そのカレーってのは美味しいの?」

「コニーの口に合うかはわからないけどね」

「機会があったら食べてみるわ。……にしても、アンタ色々知っているのね。まるで違う世界でも見てきたみたい」

「ハハ……」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「さて」

「……ここか」

 トーヤたちの前には、黒々とした洞窟が口を開けていた。入り口はかなり小さい上藪に隠れている。これではなかなか見つからなかったのも道理だろう。

 ここまで来るだけでも、林の中を突っ切って来たのでかなり大変だった。よくこんなところを見つけたものだ、とトーヤは感心する。


「油断するんじゃないわよ」

「はいはい」

 軽口をたたき合いながら、二人は洞窟の中へと足を踏み入れた。

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