出発の前に
コニーはトーヤが依頼を受けると言うとすぐにギルドを飛び出した。色々支度があるのですぐさま出発というわけにはいかず、7日後に出掛けることになった。場所はコニーが案内するのでトーヤは教えられていない。情報を止めるためには当然の処置だろうとトーヤも納得した。
ひとまず、当座の生活費以外は物騒なのでもう一度ギルドに預けておくことにする。それらの雑務を済ませるとマリーがポツリと話し出す。
「……コニーさんの依頼を受けるのも、学院に入るのも止めませんし、それらにトーヤさんがどんな目的を持っているかも聞きません」
「別に大した理由はないですよ」
トーヤは何を大げさな、と手を振る。しかしマリーはあくまで真剣にトーヤに言葉を投げる。
「ですが、覚えておいてください。学院内では貴方と京也さんの関係は明かさないように」
「……? どうしてですか? 学院も疫病収束には尽力したんでしょう?」
「ほとんど役には立っていませんでしたけどね。未知の疫病に対する非道な人体実験の噂だって漏れ聞こえてくるぐらいでしたから。……だから、学院は京也さんに恨み……というのも大げさですが、ちょっと悪感情を抱いているんです。学院にとって京也さんは恩を着せられた上に、弱みを握られた目の上のたんこぶですから、そこに貴方が関係者として入学したら何が起こるかはわかりません。学院だって関係者に過ぎないあなたに嫌がらせするほど馬鹿ではないと思いますが、だからと言って余計なリスクを負う必要はありません。学院内ではうかつに京也さんの名を出さないのが賢明だと私は思います」
「……わかりました」
コニーの親切なアドバイスを素直に受けておくことにする。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
宿はこれも何かの縁と、ギルドに案内してくれた安宿屋に取ることにした。宿の主は機嫌よく京也について語りだす。
「美少女2人連れてフラッとやって来た変な奴だとは思っていたんだよ。わざわざ疫病が蔓延するこの街にやってくるのも変わっていたしな……だけど、命賭けて俺たちを救ってくれたアイツには感謝してもしきれねぇ。お前も京也さんに命救われた口だろ? あの人は感謝されるのが苦手らしいが……どっかで絶対恩は返しておけよな」
「……はぁ……」
どうにも生返事になってしまう。「自分自身に助けられた」というのが何ともむずがゆい感覚をトーヤに与えていた。
(ほとんど別人みたいなもんだけどね……)
それでも、何というか素直に感謝しきれないもどかしい感情をトーヤは抱いていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ひとまず腰を落ち着ける場所を得たトーヤは、旅荷物を整えるついでに、ディクサシオン観光に出掛けることにした。
「さて、どこに行こうかな……」
大都市なので、それなりに見どころはあると宿の主人は言っていた。王国最大規模という大聖堂や、学院に付随する図書館などが有名らしい。本来なら活気あふれるバザールは、今は開店休業状態だと言っていたが。
「あ……」
そこでこの街に入る時にヴァンに誘われたことを思い出す。確か「北部第三地区のリョーンの鍛冶場」だったはずだ。
「一度顔を出しておこうかな」
当座の生活費には困らないとはいえ、これから先お世話になることもあるかもしれない。コネと言うのは小さなものでも大事にしておくべきなのだ。
「んー……? トーヤじゃん。なんだ、仕事が欲しいのか?」
道を聞きながら目的の鍛冶場にたどり着くと、折よくヴァンが表に出て一服していたので軽く手を上げながら挨拶する。
「いや、一応生活費の当てはできたから、今のところはいいよ。そのうち来るかもしれないけど」
魔道学院というのがどれほど学費がかかるのかはよくわからない。その辺りもコニーに相談すべきだろう。
「ふーん……運のいいこったな。で、金に困らないなら何すんだよ? まさかフラフラしているだけってこたねぇだろ?」
「あー……一応魔道学院にでも入れてもらおうかな、って」
そう口にした途端、ヴァンの髭面がピクリと痙攣する。
「……学院? あんなとこ、ヒューマンとエルフの巣窟だぞ。ドワーフが行ってどうすんだ」
どこか吐き捨てるようにそう言う。
「故郷の親方と約束していたんだ。魔道具作りの修行だよ。何かしら参考になることもあるだろうと……」
「やめとけ、やめとけ。そりゃ魔法の修行すりゃ魔道具にも生かせるかもしれねぇけどよ……あいつら本当に鼻もちならないんだぜ。普段から俺ら市民を小馬鹿にしている上に、疫病の時も右往左往しているばっかで、まるで役に立ちゃしなかった。頭でっかちなんだから、非常時ぐらいその知恵振り絞れってんだ」
唾棄するように言うヴァンにトーヤは驚く。
「……えーと、学院のおかげで疫病の特効薬ができた、って聞いていたけど」
表立ってはそういう話になっているはずだ。
「ハ。真っ当な市民ならんな話信じてやしねぇよ。あれだけ混乱しきっていた学院がいきなり特効薬作ったなんて、んなことあり得ねぇっつうの。どうせどこぞの無名の学者が必死こいて作った薬を横取りしたんだろ。いや、下手したら口封じしていてもおかしかねぇな……」
どうやらヴァンは酷く学院を毛嫌いしているらしい。プカリとパイプを吹かしながら、不愉快そうに学院のある街の中心部を睨み付ける。
「ヴァンは学院が嫌いなの?」
「そりゃあそこの研究で色々俺たちが恩恵受けているのは認めるさ。ありゃ俺たちの街のシンボルよ。……だからこそ、あそこにいる奴らの性分がムカつくんだよ。俺たちが必死こいて働いている間も、優雅に研究研究って……挙句の果てにはあの疫病だろ? 平民からすりゃどことなく恨めしい存在よ」
だからと言って、お前の夢を否定するつもりはないがな、と付け足すようにヴァンが言う。
「……ま、ドワーフなら普通入学試験で弾かれんだろ。あそこは良くも悪くも魔法のエリートの集まりだからよー。よっぽど腕に自信ないと無理じゃね?」
「……う」
そうだった。学院には入学試験というものがあるはずなのだ。
「一応それなりには使えるんだけど……」
「どうだかなー。あ、でも今は入学条件緩くしているって噂もあるな。疫病で学生が減っちまったから、何が何でも人を集めたいんだと。どこまで本当かは知らんがね」
なんだかんだ言いながらも、ヴァンは親切にも自分の持っている情報を開示してくれる。根本的には人がいいのだろう。
「上手い事入学出来たら、報告に来いよ、若き学士様?」
冗談めかして言いながらヴァンは仕事に戻り、トーヤは買い物と観光に街へと繰り出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あっという間に日は過ぎ去り、明日は出発と言う日になった。既にトーヤは冒険の準備を整えていた。往復でおおよそ10日前後の旅荷物があれば良いとのことだったので、荷物は厳選しつつ小さくまとめた。
既に買い物の必要はないのだが、トーヤはプラリとディクサシオンの東門へと立ち寄っていた。馬を使えば、件の「リャーマン」の村までは往復で6日ほど。そろそろ報告が来ていてもおかしくないと思い、ルーに話を聞きに来たのだ。
(一応ちゃんと派遣はしたって言っていたけど……)
ルーの不真面目そうな態度に、そこだけは事前に確かめていた。無気力そうではあったが、3人ほど送り出してはくれたらしい。……番兵3人程度ではルーカスに本気で襲われたらどうしようもないだろうが、怪しげなトーヤの情報に対し、不足する人員の中から人手を割いてくれただけでも感謝すべきだろう。
「……おー、トーヤか」
ダランと詰所の椅子に座り込んだルーが挨拶してくる。仕事していないようにしか見えないが、彼の仕事はここで番兵たちを総括すること……いまだに信じられないが、これでもルーは東の番兵の隊長なのだと言う。
そのことを聞いたとき、いよいよもってディクサシオンの人手不足は致命的な域に達しているのだな、とトーヤは思った。
「報告帰って来たんですか?」
ともあれ、この無垢力怠惰な男が責任者なのは間違いないので、トーヤは尋ねる。
「……帰ってきた。1人だけ、な」
ルーが目の前の書類を見ながら額を揉んでいる。
「……!」
その言葉にトーヤは椅子を蹴倒して立ち上がる。まさか……本当にルーカスの手にかかって……。
「落ち着け……残りの2人も無事だ。異常事態が起きていると踏んで、1人だけ先にこっちに戻らせたらしい」
ルーが諌めるように口にし、トーヤもホッとしながら椅子を戻して座りなおす。
「簡潔に言うぞ。お前の言っていた例の村だがな、そこにあったのは……無人の家だけだった」
「……は?」
「人も、家畜も、きれいさっぱり消え去っていた。真新しい家を残してな。いきなり村ごと引っ越したとしか言えない状況だ」
「……俺たちが襲われてすぐ逃げ出した、ってことですか」
「お前の話が本当なら、そうとしか説明できんな」
ルーはあくまで客観的に事態を捉えるつもりらしい。意外と真面目な一面があると知って、トーヤは少し見直した。
「あそこの村を通っている街道は一本だ。森の中に入るわけはない。にもかかわらず、ディクサシオン側の村は、大規模な引っ越しなど目撃していない、と言うんだな。じゃあ逆側に向かったのだろうが……そのことを確かめるために、2人はさらに街道を進み、1人は報告に戻った、という次第だ。村一つ丸ごと消えたとなれば、その行き先は確かめねばならんからな。納得したか?」
「……はい。ありがとうございました」
いきなり消え去った村人というのは確かに不思議だが、ひとまずこれ以上あの街道を通る旅人が襲われることはなさそうだ、とトーヤは思う。
(街道をさかのぼれば……一座に会えるかな?)
同時にそんな考えも浮かぶが、一座の現在地が分からない以上、下手に追いかけると互いに見失いそうである。やはりここはディクサシオンを拠点に情報を集めていくべきだろう。
トーヤは礼を言いながら詰め所を後にした。
そして、翌日。トーヤが自らの手で選び取った冒険の旅立ちがやってくる。




