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コニーの依頼

 トーヤにも不思議なものだが、「巡り合わせ」というのは実在するように思う。

 それは運命と言うほど強固なものではないが、確かに人の生き様を左右しているのだろう。

 例えば、トーヤとギエンの会話をミオリが立ち聞きしていたとか、魔物に襲われていた旅芸人の一座にトーヤが偶然行き会ったとか。

 前者は不幸で後者は幸運だった。

 たった今、コニーと出会ったのも巡り合わせなのだろう。偶々疫病で冒険者がほとんどいなくなっていたこと、それにもめげず毎日のようにコニーがギルドを訪れていたこと、その瞬間トーヤは自分の存在意義について思い悩んでいたこと、いずれも一つ一つは偶然としか説明できないものだ。

 では……この巡り合わせは果たして幸か不幸かどちらをもたらすのだろうか? それは誰にもわからなかった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「アダマンタイト?」

「そ、アダマンタイト。新発見の洞窟にアダマンタイトが眠っているかもしれないのよ。アンタに頼みたいのはその護衛。アンタも興味あるでしょ?」

「そりゃないとは言わないけど……」

 とりあえずマリーには騒ぎを起こしたことを謝り、トーヤはコニーの話を聞くことにした。アダマンタイトはミスリルなどと同じく希少な魔道金属である。魔道具の加工に使われる。特性は……「硬い、重い、強い」。以上。ミスリルのように魔力を増幅させたりする効果は一切ない上、とんでもない重さを持つ。しかしその欠点を補って余りあるほどの強靭さが最大の特徴だ。アダマンタイト製の武器防具は常人にはとても扱えない重量だが、その性能は折り紙付きだ。ドワーフの英雄に愛用者が多いとも言われている。


「話なんか聞く必要ありませんよ。大人しくしていれば紹介するって言っているのに、いつまで経っても騒ぐばかりなんですよこの人」

 マリーが呆れたように言う。

「ギルドが出し惜しみするのがいけないんでしょうが!」

「腕のいい冒険者は疫病の発生と同時にみんな逃げちゃいましたよ。それを非難するつもりはありませんけどね。危機察知能力の高さも実力の証明ですから。ですから彼らが疫病の収束を察知して戻るまでの辛抱だと言っているのにこの小娘は……」

 ポロっとマリーが本音を零す。そしてギルド内にいたわずかばかりの冒険者たちは一斉に目を逸らした。ここでマリーに反論できない辺りが彼らの限界なのだろう。


「話を戻すわ。そこの鼻クソ冒険者どもじゃ、私の依頼に力不足なのは私も重々承知よ……何せアダマンタイトだもの! どんな危険が待っているかわからない! だけど報酬は折り紙付きよ!」

「大した金額出せないでしょうが。貴女理事の娘とは言ってもただの学生なんですから」

「アダマンタイトよ! これ以上の褒美があるものですか!」

「ちょ……ちょっと待って、理事の娘って……」

 トーヤはいきなり飛び出した予想外の名前に慌てる。

「魔道学院の理事のお嬢様なんですよ、コレ。とてもそうは見えないでしょうが」

 とうとうマリーはコニーを物扱いし始めた。フフンとコニーは自慢げだった。


「そうよ、私のお母様は学園の偉い人。だからこんな情報だって持って来てあげているのよ! 新発見のアダマンタイト坑道……かもしれない場所。調査に赴いた学院の魔導士がやたら重い鉱石を見つけたはいいものの、化け物に襲われて逃げ帰り、持って帰った鉱石が本物のアダマンタイトだと判明したって寸法よ。場所は学院の上層部しか知らないわ。内部の調査のために腕の立つ冒険者を雇おうって言うのに、なんでギルドは協力しないのよ!」

「学院からの正式な協力要請が来たら、そりゃ他の街のギルドに連絡飛ばして応援呼びますよ」

 キーキーと騒ぎ続けるコニーに対し、マリーの態度は冷然としている。

「でも、貴女はただの一学生でしょう? 貴女が好奇心からアダマンタイト調査に行きたいのはわかりますが、たかだか一個人の依頼で他ギルドに迷惑はかけられません」

「好奇心じゃないわよ! 学術調査!」

「魔導士がアダマンタイトなんて調べてどうすんですか」

「どうなるか調べるのが学者の仕事でしょうが!」

 トーヤは大体理解する。確かにアダマンタイトなど、魔導士には無用の長物だ。珍しいことは珍しく鍛冶屋と戦士には万金に値する代物ではあるが、魔法的にはあまり価値のない金属である。要は魔道学院は掴んだ情報をどうするか迷っているのだ。アダマンタイト坑道の可能性のある場所という情報は、そのまま流すだけでそれなりの金を生み出すが……自分たちで調べて鉱石を独り占めできればより大きな利益になる。とはいえ、危険を冒してまで調査に出向くほどアダマンタイトに価値を感じているわけではないので、なんとも曖昧な態度になっているのだろう。だが、だとするとコニーの立ち位置が良く分からない。


「なんでコニーはそんなにアダマンタイトにこだわるのさ? 学院の態度が決まるまで待てばいいんじゃないの?」

 トーヤは疑問を口にする。コニーがどう動こうが、それは学院の意図に反しているように思われる。

「だから学術調査よ。これでも私、地属性が専門なの。人の手の入っていないアダマンタイト坑道なんて、そんなもの滅多に見られないじゃない。採掘が始まったら、生息している魔物もいなくなっちゃうし……」

「魔物を観察するの!?」

 トーヤは驚きだった。あんな危険なものをなぜ好き好んで観察するのか。

「当たり前じゃない。私の熱意が通じて、母様も調査を認めてくれたわ。成果が出たら、正式に学院で調査団を足してくれるって。ただし、それまではお金は私の小遣いで出せ、って言われたけど」

「へー……」

 コニーの母親というのは大層風変りな人物のようだ。なんでそんな危険な場所に娘が行くのを認めるのやら。人手不足なので調査要員が足りないことを差っ引いてもそれを認めるということは、コニーの実力が確かなのかあるいは……

(娘の懇願も切り捨てられない親馬鹿か、だな)

 前者であることを祈りつつ、トーヤは話を進める。


「具体的な報酬としては?」

「お金はあんまり出せないけど……少しばかりだけどアダマンタイト持って帰っていいことになっているから、それ報酬ってことで……」

「……本物の坑道かどうかも確定していないんだろ?」

「ウッ……」

「化け物の正体も明らかじゃない。人手不足で事前調査もろくにできていない場所に護衛として潜り込めって?」

「……そ、そうよね……普通、無理……」

「いいよ。一緒に行こう」

「え!?」

「えぇ!?」

 コニーとマリーが同時に驚きの声を上げる。まさかこの話の流れで引き受けるとは思っていなかったのだろう。

「トーヤさん! いいんですか、そんなわがままに付き合って!」

「危なくなったらすぐに逃げますよ」

「……そんなにアダマンタイトに興味あるんですか? 立派なミスリルの剣まで持っているのに……」

「そうでもないんですけどね……」

 トーヤは苦笑する。


 トーヤだって普段だったらそんな危険なことに首を突っ込んだりはしない。ただ……

(なんかミオリに似ているんだよなぁ……)

 どうもコニーの危なっかしい雰囲気が、ミオリのものとかぶさって放っておけない。エルフなので下手したら見た目に反して、トーヤより遥かに年上かもしれないのだが。

 それに、トーヤの心の内にはある思いがあった。


(俺だってやればできるんだ……)

 京也の大活躍を聞いて、怠惰極まりない己の半生を振り返ってみたのである。考えてみれば、ミオリを助けたのも、森の中でのサバイバルも、ルーカスとの死闘もやむに已まれず巻き込まれただけである。一度ぐらい、自発的に危険に飛び込む冒険だってしてみてもいいのではないか、と思うようになったのだ。

 さらに、トーヤにはもう一つ狙いがあった。ここで学院生に出会ったのも何かの縁だろう。学院について話が聞ければ良いと思っていた。


「条件があるんだ。まず一つ。危険を感じたら即撤退。絶対に深追いしないこと」

「当たり前ね。命あっての物種よ。死んだら研究はできないわ」

 トーヤとて、ここで死ぬつもりはないのでこれは絶対条件だった。

「それと……これはお願いなんだけど、魔道学院について話を聞かせてくれないかな?」

「? それぐらい構わないけど……」

「トーヤさん、なんですかそれ? 学院についての情報?」

「いえ、一応ここに来た目的の一つが魔道学院に入れてもらおうかな、っていうことなんでそれについて何かアドバイスもらえればな、っていうことですよ」

「コネが欲しいの? 悪いけど、うちの母様その辺厳しいから、裏口なんて絶対認めてくれないわよ」

「そんなんじゃないんだ。ただ学生の目線で授業とかお金とかその辺を聞きたいだけだよ」

「ふーん……変わってるわね、アンタ。ま、構わないわ。学院は種族で差別はしないから、才能があればホビットだって入れるでしょ」

 ガクッとトーヤが倒れこむのは、旅に出て以来これで何度目だっただろうか。



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