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ギルドでの出会い

「……ドワーフ? ホビットじゃないんですか?」

 あぁやっぱりここでもこう言われるのか。

 トーヤは目の前の受付嬢の言葉に軽く嘆息する。もう慣れ切ったとはいえ、いい加減毎回修正するのも疲れてきた。


 ディクサシオン到着の翌朝、トーヤは早速宿屋の主に案内されて冒険者ギルドにやってきていた。

 ここは魔物討伐だったり、遺跡の探索情報だったりと言った情報を冒険者たちが共有するための場所である。トーヤの想像と違って、朝早いということを差っ引いても人はそんなに集まっていない。もっと屈強な冒険者がゴロゴロしているものだと思っていたのだが。


 そんなことを考えているうちに、受付嬢がトーヤに質問をしてきた。

「……京也さんのお知り合いだということですが……申し訳ありませんが、京也さんの特徴を言ってくれますか?」

「えぇっと、髪は黒、瞳も黒、中肉中背で……」

 何せ自分自身のことだ。前世で鏡を見た記憶を頼りにスラスラと答えていく。

「では、次に彼に会った状況は……」

「故郷の山で『国喰らい』っていう化け物に襲われているところを……」

 こちらもよどみなく答えていく。受付嬢は手元の何かを見ながらフンフンと頷いている。


「……はい、結構です。すいませんね、本当に貴方が京也さんの言っていたトーヤさんだということを証明できないと、こちらはお渡しできないもので……」

 申し訳なさそうに、受付嬢が棚から包みを持ってくる。トーヤにすればむしろこれだけ厳重に管理してくれて信頼できると思ったほどだ。ディクサシオンの番兵にも見習ってほしいものだ。

「こちらが手紙です。先にこちらをお読みになってはどうですか?」

 受付嬢の勧めに従い、包みの上に乗せられた手紙をトーヤは手に取った。14年ぶりに目にする日本語の手紙だ。自分の字はこんなに汚かったかな? などと思いつつトーヤは読み進める。


『トーヤへ。この手紙を読んでいるということは、ディクサシオンへはたどり着けたのだろう。今、俺たちはとても面倒な事件に巻き込まれている。リーザの故郷を襲った邪龍、ディクサシオンに蔓延した疫病とも関係した根の深い問題だ。これを解決するために、俺たちは旅に出ることにした。たぶん、しばらくはディクサシオンへは戻れないだろうから、この手紙を残しておくことにする。

 何かやりたいことがあるなら、そのギルドの受付嬢のマリーさんに相談するといい。顔が広いから、何かしらの方針は示してくれるはずだ。それと、ドワーフの村から誰か……多分ミオリさんかギエンさん……が様子を見にやってくるはずだ。気を付けておいてほしい。同封しておいた金は、トーヤが困っているといけないだろうとミオリさんから預かったものだ。気兼ねせず受け取ってくれ。

 暁京也』


「……?」

 トーヤの頭には疑問が一杯だった。

(リーザってのは多分あの魔法使いの女の子だろうけど……)

 いつの間に京也がミオリやギエンの名を知ったのかが不思議だ。そもそも、トーヤの故郷からディクサシオンまでは馬を駆使して一直線に行っても1月はかかる。トーヤが追放されてから、つまり京也が「国喰らい」を倒してからはおよそ3月と半分。京也たちが「国喰らい」の核を持ってすぐにディクサシオンに向かい、その後トーヤの故郷に取って返してミオリたちに会い、すぐさまディクサシオンに戻って来てこの手紙を書いたならギリギリ計算は合うが……

(いや、そんな慌ただしいスケジュールで動く理由がないだろ)

 そもそも京也たちの目的は「国喰らい」の核であり、トーヤの故郷にさして興味はなかったはずだ。ディクサシオンで待っていればトーヤが来るかもしれないと言うのに、慌ててディクサシオンを離れてそちらに行く理由がない。

(……うーん)

 京也が転移魔法を使えることも、ミオリたちがガレオンでカレー屋を開いていることも知らないトーヤには、この手紙の内容がイマイチ謎であった。


「……と、それより荷物は……」

 手紙の内容よりも、そちらの方が重要だった。ミオリから預かった金、というのが何なのかよくわからない。

「財布ですよ。中身はずっしりですね」

 受付嬢……トーヤの手紙からするとマリーという名前らしい……が荷物の中を指し示す。

 見ると、間違いなくトーヤがクズミ婆からもらった財布だった。例の小村に置きっぱなしだったはずだが、と思いながらトーヤが手に取る。

(……重い?)

 旅立ちの時よりだいぶ重くなっている気がする。中を改める。

「コラコラ。お金なんてカウンターで広げるもんじゃないですよ。そちらのテーブルを貸しますからこっそりやってください」

「あ、はい……」

 確かにお金をじゃらじゃらとこんなところで広げたら物騒だ。大人しく指示されたテーブルに着き、背で隠すように一枚ずつ硬貨を数える。


「……7600デルス? こんなにあったわけないな……」

 確かクズミ婆にもらった寸志は4000デルスほどだったはずだ。金を使う機会もなかったのでざっと数えただけだが、流石に倍近くも数え落とすわけがない。

「……ま、いいか」

 減ったならともかく、増えているのだから文句を付けることもあるまい。……ミオリが財布の中身を詰めなおす際に色を付けたことや、ゴウジやモイ、ギエンもポケットマネーをそっと継ぎ足したこと、気を遣った京也たちも少しばかり財布を開けた結果、倍近く増えていたことなど、トーヤは知らなかった。


 財布を手にカウンターに戻ると、マリーが話しかけてきた。

「京也さんからは、できる範囲で貴方に協力するよう言われています。仕事や滞在先の相談など、何でも言ってください。私たちにできるのは紹介ぐらいですが、これでも顔は広いので」

「……いいんですか、そんなに良くしてもらって……俺、何も返せませんよ?」

「京也さんから頼まれたんですから、これぐらいなんてことありませんよ」

「……?」

 トーヤの頭に疑問が浮かぶ。なぜ、マリーはここまで京也に恩義を感じているのだろう?


「あぁ……知らないんですね、彼の功績を。まぁ確かに吹聴しないように、とは言われていますし……」

「ひょっとして……例の疫病の件ですか?」

「はい、そうです。この街の住人は全員京也さんに命を救われました。……でも、あまり名前を売りたくない、って言って京也さんは疫病の特効薬作りの功績を全部魔道学院のものにしちゃったんですよ。だから普通の市民は疫病の沈静化は魔道学院のおかげだって思ってます。真実を知っているのは、最初から京也さんと一緒に特効薬作りに協力していた私たちギルドの職員と、後は京也さんの身近な人……貴方を連れてきた酒場のマスターとかだけですよ」

「へー……」

「もう、京也さんには足を向けて寝られないぐらいなもんです。ほとんど見ず知らずの私たちのために、『国喰らい』なんて化け物倒してきたなんて聞いた日にはびっくりしましたよ」

「なるほど……」

 生返事を返しながら、トーヤの心中は複雑だった。確かに自分の性格からして、街を救った英雄なんてもてはやされるのを嫌がるのはわかるから、「名前を売りたくない」という気持ちは理解できる。しかし……


(京也、京也って……まるで(トーヤ)にはなんの価値もないみたいじゃないか……)

 全くの別人だったなら、トーヤだって普通にすごいな、と思って終わりだっただろう。だが、現実に街を救った英雄として賞賛されている自分の分身をこうして目の当たりにして、心中穏やかでいられるほどトーヤは悟っちゃいない。

「羨ましい」という感情とはまた違う。なんというか……「自分がその立場にいてもおかしくなかったのに……」と思うとどうにもやりきれない思いがトーヤの中にこみあげてくるのだ。

 京也だって彼なりの苦労があるのだろうし、トーヤとて京也と立場を交換したいほど今の状況に不満があるわけではない。だが、それとこれとは話が別なのだ。自分はこうして褒め称えられるほどの何かをこの世界でしただろうか? と思うと、自分と言う存在が無価値に思えてくる。根本的には楽天的なトーヤだが、なんだかんだ言ってもトラブル続きのここ最近に精神が参っていたのかもしれない。ミオリやワイマー一座の命を救った事実すら、トーヤの精神を回復させる助けにはならなかった。

 結局京也を頼らなければいけない自分の状況が急に情けなくなってきたり、そもそも京也にマイナス感情を抱くことそのものが人間として酷くダメな気がしたり、様々な感情が渦巻いてトーヤの気分は著しくダウン傾向にあった。


「……あの、トーヤさん?」

 マリーがいきなり黙りこくったトーヤを心配する。

「……大丈夫です。ちょっと落ち込んでいただけですから」

「?」

 いきなり訳もなく落ち込み始めたトーヤをマリーが訝しんでいた時だった。


「邪魔するわよ!」


 突然少女の声がギルド内に響く。

「……コニーさん、またですか」

 マリーが呆れたように呟く。

「何度だって来るわよ! 私の望みが叶うまでね!」

「何度来ても返答は同じです。今、貴女の依頼を受けられる冒険者はここにはいません。もし訪れたらこちらから連絡を差し上げますので、それまではここに来たところで無駄です」

 トーヤは唐突に現れた少女を観察する。見た目18歳ほどの白磁の肌を持った美少女だ。金髪の中からとがった耳が飛び出しており、エルフであることがわかる。勝気で自信に満ち溢れたその姿は、まるで彼女こそこの場の主であるかのようだった。

「あ、申し訳ありません、トーヤさん。彼女のことは気にせずに……すぐ追い返しますので」

「誰が追い返されるかっての! そろそろ来たんじゃないの、私の依頼を受けられる冒険者が! 出し惜しみするんじゃないわよ!」

「……ですから出し惜しみとかじゃなくて本当に……」

 マリーは困り果てている。会話の流れから大体トーヤも状況を察した。

 どうもコニーとかいう少女は冒険者に依頼を出したいらしい。だが、肝心の冒険者が揃わず依頼がいつまでも解消されず苛立っているのだろう。


「……っていうか、いるじゃない。新顔が」

 コニーはようやくトーヤに気付いたように顔を向ける。ユキとはまた違った美貌を向けられて、トーヤは一瞬ドキッとする。

「アンタ。腕は立つ?」

「待ってください、トーヤさんは冒険者じゃありません。ここには荷物を受け取りに来ただけで……」

「問答無用!」

 トーヤが返答するより先に、コニーが腰に差した杖を抜き放ち、トーヤに殴り掛かってきた。

 キンッ!

 少女の一撃はそれなりに鋭かったが、ゴウジやショーン、ルーカスなどとは比べるべくもなかった。トーヤが反射的に抜き放った剣が容易くコニーの杖を断ち切る。

「……あぁ! ごめん、杖壊しちゃって……」

 ポカンとしているマリーとコニーに、慌ててトーヤは謝る。すると、何を思ったかコニーはクツクツと笑い出す。


「フッフフ……いるじゃないマリーさん、腕のいい奴が……しかも得物はミスリルの剣よ? その上この人の良さ……気に入ったわ! アンタ、私の依頼を受けなさい!」

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