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ディクサシオンへ

 毛皮を売って少しばかりだが路銀を稼いだトーヤは、旅荷物と情報を仕入れた。

「そうだねぇ。ディクサシオンまでは……歩いて3、4日ってところかな? ディクサシオンが最終目的地なら、そんなにガッツリとした荷物はいらないと思うよ」

 親切な雑貨商のアドバイスに従い、軽い保存食と水筒、毛布などだけを買ってトーヤは旅立った。


 小さな村を後にして、森の中を一日歩くとトーヤは草原に出た。前世でもテレビぐらいでしか見たことのない広々とした草原だ。顔を撫でる風が気持ちいい。

 考えてみれば、転移されてからこっちほとんどずっと森の中だけを旅してきたのだ。このエリシール北の森がどれだけ広大なのかわかる。

 この辺りになると、道幅もだいぶ広くなってくる。……というか、ある程度歩いてようやく気付いたが、いつの間にか大きな街道に合流していたらしい。トーヤが辿っていたのは、森の中まで延びる細い道だったのだ。

 ふと横を見ると、大きな乗合馬車がトーヤと並走している。随分ゆっくりしたスピードだな、とトーヤが思っていると御者が声をかけた。トーヤのためにスピードを落としたらしい。


「おーい、そこのホビットの兄ちゃん。乗らないかい? ディクサシオンまでは後ちょっとだ。安くしとくぜ?」

 御者を務めているのは、若い虎の獣人の男だった。歩きながら値段を交渉して、納得したトーヤはヒラリと馬車に飛び乗る。

「お、随分身軽だな。ま、ホビットならそんなもんか……飛ばすぜ? 今日中には街に着かぁ」

 御者が鞭を入れ、馬車がスピードを上げる。ガタガタとあまり乗り心地は良くないが、早く着くのはありがたい。

 トーヤが客席を見ると、3人しか乗っていなかった。これなら、トーヤを拾おうとしたのも無理はなかろう。

 そのうちの一人がトーヤを見て目を細める。


「……なんだ、ホビットとか言ってたが、同族じゃないか」

 トーヤよりやや年かさのドワーフだった。17、8歳だろうか? なぜか、ドワーフはヒゲの生えていないトーヤを見ても、一目でその種族が分かるらしい。

「あんた、名前は?」

「トーヤ。南のガレオンの傍の村から来た」

「ふーん……俺はヴァン。ディクサシオンの鍛冶師だ。にしても、ガレオンねぇ……ずいぶん遠くから来たもんだ……ん? それにしちゃ歩いていた道がおかしかないか? なんで東から来てんだよ」

「あー……ちょっとトラブルがあって……」

 トーヤは自身の身に降りかかった災難を説明していった。追放云々は面倒くさいので自発的な旅立ちということにしたが。

 ふと気づくと、他の2人に加え、御者も耳をそばだてているのに気付いた。まぁ乗合馬車なら同乗者の旅話は数少ない娯楽なのでこんなものだろう、と気にせず話を続ける。

 一座に出会い、様々な村を巡った話をすると、皆興味深そうだった。あの森の中のルートはあまり人が通らず情報も少ないらしい。商人風の男が「そんな村があったのか」などと感心している。

 そして話が「リャーマン」の村に差し掛かった時……トーヤは胸が痛くなった。


「……で、2つ前の村で一座とはぐれちゃってさ……ディクサシオンで落ち合おうって約束していたから、こうして向かっているわけ」

 結局「リャーマン」とルーカスについては話さなかった。なんだか話すのも億劫だ。どうせここで別れる人々であるし、わざわざ嫌なことを思い出してまで話すことはないだろうと思ったのだ。

「……はー、ご苦労なこったな」

 ヴァンは呆れたように言う。

「……その様子からすっと、懐寂しそうだな」

 そして、ぽつりとつぶやいた。

「ディクサシオンでの生活の当てはあんのかい?」

「いやぁ……なかなかね、街なら何か仕事はあるんじゃないか、って思ってるけど」

「ま、確かにその意味じゃいい時期に来たって言えるだろうな。見ろよ、この乗合馬車。普段なら俺が鉱石仕入れに出掛けりゃ常に満員なんだぜ? お前なんか乗せる余裕ないっての」

「……なにかあったの?」

「聞いてねーのかよ。疫病だよ、疫病」

「……あぁ」

 解決したと聞いていたので、トーヤの頭にすぐに浮かんでこなかったのだ。


「確かに疫病そのものは沈静化したよ。だけど、逃げ出した街の連中だって怖がってなかなか帰ってこないし、旅人も言わずもがなだ。確実に安全だって言えなきゃ、寄る気にはならんだろうさ」

 ヴァンが自嘲気味に言う。

「だから人手不足が深刻化しているし、移民だってあっさり受け入れてくれるはずさ。その意味じゃディクサシオンに長期滞在するにはいい時期だってことだ」

 そこまで言うと、不意にヴァンが窓の外を指し示す。それに従ってトーヤは馬車の行きつく先を見た。

「……うわぁ……!」

 ……トーヤはこの世界の技術を少々甘く見ていた。確かに魔法を始め不可思議な力はあるが、基本的な文明レベルは地球の中世レベルだろうと思っていたのだ。その感じ方はおおむね正しいが……このディクサシオンにおいては当てはまらなかった。

 トーヤの視界の中で夕日に照らされたディクサシオンの街までは、まだまだかかりそうだ。しかし、この距離からでもはっきりと建物を区別できるほど個々の建物が大きい。街を囲む城壁も、とても高く分厚そうだ。そして何よりも目立つのは街の中心部の巨大な塔……否、城だろうか? とにかくどこからでも目に飛び込んでくる威容を放っている。

「……俺が言うこっちゃねぇけどよ」

 ヴァンが少し誇らしげに言う。

「ようこそ、学究都市ディクサシオンへ」



 馬車からは、街の入り口で降りた。通行証を持っているヴァンたちと違って、トーヤは手続きを済ませないと街の中に入れない。村とはレベルの違う警備の厳重さにトーヤは目を白黒させる。

「ま、どうしても行く当てがなきゃ、俺の鍛冶場に来な。北部第三地区の『リョーンの鍛冶場』だ。お前さん、鍛冶の心得があるんだろ? 親方に頼めば使ってくれるさ」

 気前よくそう言ってくれたヴァンに感謝しつつ、馬車は街の中に入っていく。

 小さな部屋で無気力そうな番兵がトーヤの相手をする。

「はー……めんどくさ。えーと、トーヤ、か? お前、犯罪歴は?」

「……ありませんけど」

 追放は犯罪ではなかろう。「ヒゲが生えていないこと」が罪だと言っても、通じまい。……灼熱の斧強奪の件は村長が見逃してくれたので黙っておく。

「んじゃいいや。ホレ、仮通行証。役場行って手続き済ませりゃ、ディクサシオンのどこでも住めるぜ」

「……え? いいんですか、そんなあっさり」

「普段ならいかんけどな。今じゃ人手不足が過ぎてどこもこんなもんよ。……腰の物見る限りじゃ、お前それなりに使えそうだな。どうだ? 番兵もいつでも募集中だ。公務員だからちったぁ安定しているぜ?」

「あ……はは、考えておきます」

 ディクサシオンに入るまでに2件も仕事の誘いがあるとは、人手不足というのは本当なのだろう。

 しかし……ここまでガードが甘いと、心配にもなる。治安は悪化していないのだろうか?


 そこで、トーヤはようやく「リャーマン」の村についてこの番兵に話すことを思いついた。ルーカスのあの口ぶりからして、他にも襲撃されていた旅人がいたのだろう。ここで報告しておいた方が良いのではないだろうか?

「……すいません、少し時間ありますか? 実は、この街までの旅の途中で……」

 トーヤは嫌なことを思い返しつつ、「リャーマン」の村であった惨劇を話し出す。


「……はー。確かにあそこに妙な宗教の村ができたって話は聞いてたけどよー……」

 番兵……ルーと名乗った中年のヒューマン……はどこか疑わし気だ。まぁトーヤだって「怪しい宗教人に生贄にされそうになりました」など自分が経験していなければ、眉に唾付けて聞くだろうが。

「ま、何人か送って調べてやるよ。それが本当だったら一大事だ」

 顎を掻きながら答えるルーの表情は、明らかに「本当だったらな」と言っていた。人手不足の折に厄介事を持ち込まれて嫌な気持ちはわかるが、そこまで露骨に面倒くさがらなくても……とトーヤは思った。

 相談する相手を間違えたかもしれない、と思いつつトーヤは番兵の詰め所を後にした。



 トーヤはあっさり通過できた街の門をくぐりながら、転生して以来初となる都会の空気を堪能していた。

 整然と立ち並ぶ建物は皆4階建て以上はありそうだ。そして、この道を真っ直ぐ突き進んで正面には、馬車からも見えた巨大な城が鎮座している。どうやら、城から放射状に大通りが伸びている構造になっているらしい。真上から見たらさぞ綺麗だろう。

 しかし……

(活気がないな……)

 荒んでいるという空気ではないが、通りを行きかう人の数が少ない。疫病の影響はいまだ続いているのだろう。

 とりあえず、トーヤは行動の優先順位を考える。

(真っ先にすべきなのは……京也に会うことかな)

 誘ってくれたヴァンには申し訳ないが、京也に会って頼った方がこれからの生活は楽だろう。何せ相手は「勇者様」であるからして。とんでもないコネを持っている可能性は十分ある。

「……酒場か。まずはあそこかな」

 目についた酒場に足を進めつつ、そう呟く。そろそろ日も沈む。情報源も十分集まっているのではなかろうか。



「はぁ……ここもダメか……」

 トーヤは魔法の灯りを浮かべてすっかり暗くなった大通りを歩く。今しがた5件目の酒場を後にしたところだった。

 今のところ京也に関する有力な情報は見つかっていない。「黒髪で背中に長剣を背負い、魔法使いと獣人の少女を連れたヒューマンの男」など、目立つだろうと思っていたのだが、ディクサシオンの広大さはトーヤの想像を超えていた。

「……今日はここで終わりにするか」

 安酒場のくっついた小さな宿屋だった。トーヤの乏しい所持金でも泊まれそうだ。ついでに部屋を貸してもらえるよう頼んでみよう。

 そう心に決めつつ、宿屋の扉を開く



「え!? 俺のこと知っているんですか!?」

 その酒場の主人は、京也を知っているばかりでなく、トーヤについても聞き及んでいた。

「あぁ。『ヒゲのないドワーフが尋ねて来たら、ギルドに案内してくれ』って京也さんが頼んで来たんだ。時間がなかったらしくて、俺のところと後数件頼んでそのままどっか行っちまったけどな」

「……そうですか」

 京也は不在だったらしい。伝言だけ頼んで慌ただしくどこかに行ってしまう程に忙しいなら仕方ないだろう。

「……で、どうすんだ? 俺んところ泊まるんなら明日の朝一でギルドまで連れてってやるが……」

 酒場の主人であり、宿屋の主人でもある男は楽しそうに聞いてくる。なかなか商売上手なことだ。

 トーヤは苦笑しながら、この宿に泊まる旨を告げた。

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