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逃避行

 ショーンは群がる人々を切り捨てつつ、今夜の惨劇を思い返していた。


 トーヤが突然「散歩に行く」などと言い出し、フラッと出ていったのは日が沈んで間もなくだった。

 トーヤの腕前のことだから、1人でもさほど心配はあるまい、トーヤにも1人で考えたいことがあるのだろうと一同揃って送り出してしばらく後、無数の村人が集会所に踏み込んできたのだ。

 ショーンは慌てて応戦しようとしたが、ルーカスはそれを素手で制した。瞬く間に取り押さえられ、縛り上げられて広場の隅に転がされた。そしてルーカスは嬉々として「ユキが神の下に送られる」などということを語りかけてきた。まるでそれが喜ばしいことのように。そんな話を聞いて呆然としていた矢先にトーヤが乱入してきたのだ。

(まぁ……連中がトーヤをホビットだと思ってくれて助かったけど……)

 ホビットというのは、逃げ足が速く手先が器用だが、戦闘力には欠けると普通は思われている。ワイマーとイーザを見る限りその見方は一般的には正しいだろう。だからこそ、連中はトーヤを単なる旅芸人見習いとしか思わずろくな見張りを置いていなかったのだ。


「座長! イーザさん! アリア! 大丈夫か!」

 ショーンがユキを片手に抱え、後ろから迫る村人たちをいなしつつ、村の外縁部で待っていたワイマーたちに声をかける。即座にお荷物であるユキをワイマーに手渡した。ワイマーがほぼ同身長のユキを背中に背負う。小柄なホビットにユキは重荷だろうが、アリアやイーザに任せるわけにもいかない。

 拾った剣の二刀流で、ショーンが殿(しんがり)を務める。

 村人たちは武器を手に必死でショーンを追うが、素人同然のその動きはショーンの鋭い剣さばきに全く敵わず、瞬く間に倒れ伏していく。

 ショーンはその光景が不気味だった。


(なんで……笑いながら死んで行くんだよ、こいつらは……!)

 ショーンに斬られる瞬間、彼らは「これこそ幸せ」とばかりに満面の笑みを浮かべるのだ。

 ナイフを手に向かって来た小さな子供を手にかけてしまい、ショーンの気分が最悪になる。だからと言って最後尾にいる自分が手を止めれば、ワイマーたちの命がない。吐き気をこらえながら感情を押し殺して村人を次々に屠る。

 と、その時次々襲ってきた村人たちが急に動きを止めた。後ろから追いついた村人が何事か話すと、一つ頷き一斉に村の広場に戻って行った。

(助かった……のか?)

 トーヤが心配だが、引き返している時間はない。非戦闘員を4人も抱えたこのチームで、あのリザードマンの下に戻れば……結果は想像したくもない。

「今はとにかく一歩でも遠くあの村から離れるしかない、か……」

 ショーンはルーカスが大剣を手に取ったのを確かにこの目で見た。それが自分の背中に迫るだろうことも長年の経験から察せられた。あの時は死を覚悟したが……

「またしても俺たちはトーヤに助けられたわけか……」


 振りむいている暇はなかったので何が起きたかはわからなかった。だが、ショーンが今こうして生きているということは、トーヤが何かしらしてくれたのだろう。

「この恩、どうしたって返さなきゃね……だけど、今は私たちが生き延びないと……」

 アリアがポツリと呟く。彼女は彼女なりにトーヤを気に入っていたのだろう。何もできないことが歯痒そうだ。

「! おい、この道……引き返してんじゃねぇのか!」

 ショーンが叫ぶ。暗かったうえに慌てていたので、自分の現在地を確かめることができなかったが、こうして村を離れると月明かりに照らされた街道に覚えがある。間違いなく昼間通ったばかりの道だ。

「仕方なかろう! ディクサシオン方面の街道に進んでいる暇はなかった! 今から引き返せば嬲り殺しだ! 今更道は変えられん!」

 ワイマーが悔しそうに叫び返す。ショーンはギリッと歯噛みした。

 馬車を取り返している時間はなかった。商売道具も金庫も全部あの中だ。旅人の心得として全員ある程度の現金は身に付けているが、金銭的余裕は全くない。街道を逆流して、さらにディクサシオンまでたどり着くためには……

(悪い、トーヤ……ディクサシオンまで行くの、時間かかりそうだわ……)

 ショーンは心の中でトーヤがルーカスから逃げ切ったことを祈りつつ、そう謝罪した。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 トーヤはとぼとぼと街道沿いの森の中を歩いていた。見覚えのない街道だ。勢い任せに飛び出してきたが、無事ディクサシオン方面に出れたらしい。

 ルーカスとの死闘を、肉体的なダメージ無く切り抜けたトーヤだったが、精神的には大きな負担を抱えていた。

 生物としては、恐らく「国喰らい」の方が遥かに強いだろう。だが、ルーカスから感じた恐怖は「国喰らい」の触手からの物より断然大きかった。

「国喰らい」は言ってみれば単なる天災である。そこに意思は存在せず、ただただ去るのを待つのみであった。しかし、ルーカスは明確にトーヤを大剣の錆にせんと襲い掛かって来た。しかも殺意など抱かず、むしろ善意からそれを為したのだ……。

 背後から今にもルーカスが微笑みながら襲い掛かってくる気がして、街道を歩くことはできなかった。だからと言って、街道が見えないほど深くまで森に踏み込むのは自殺行為でしかない。結果的に街道がチラチラ見える森の中をこうしてこっそり歩いているのだ。整備されていない森の中は、枝や木の根が随所にあり何度も転びそうになった。

 トーヤがこの世の魂でないことを言い当てた「リャーマン」とは何者かなど、考えなければいけないことは山ほどあったが、トーヤの脳はほとんど働いていなかった。

 ハァっと溜息を吐くと、急速に身体が重くなってきた。緊張の糸が完全に途切れて体が睡眠を欲している。

 背中の荷物がずしっと重い。弓と矢筒だけだったはずなのに……と思いながら背中に手をやる。

 トーヤはハッとした。


「ギター……返してなかった……」

 背中に背負ったまま、荷物を改める暇もなく戦闘に突入したため、完全にその存在を忘れていた。ドワーフの腕力の前では大した重量ではなかったので、ルーカスとの死闘の間も全く意識していなかった。

 このギターはかつて一座にいた演奏家の持ち物だと聞いている。今は弾く人もおらず、馬車の片隅に転がっていただけだったのをトーヤが借りていたのだ。

「……返さなきゃ、な」

 本来なら荷物にしかならないギターなど捨ててしまえばいいのだろう。だが、トーヤにはそんなことはできなかった。

 これこそ、一座と自分を繋ぐ唯一の証である気がしていた。

「……ワイマーさん、イーザさん、ショーン、アリアさん……ユキ」

 一座のメンバーを思い返す。皆いい人だった。ちゃんと逃げられただろうか、ディクサシオンまで行けただろうか?

「絶対返しに行くから……待っていてくれよ」

 確かディクサシオンまではもう一つ村があったはずだ。ひとまずそこまでたどり着こうとトーヤは疲れ切った足に力を込めた。


 3日後、昼夜問わずろくに休憩も取らずに歩き続けトーヤは次の村にたどり着いた。……本音を言えば休みたかったのだが、ルーカスが襲い掛かる幻影がどうしても振り払えず、寝るに寝られなかったのだ。

 水は街道にそって川が流れていたので困らなかった。動物にもそれなりに会い肉も得られたので腹は空いていない。ただ、睡眠不足でトーヤは今にも倒れそうだった。

 村にたどり着いたトーヤはひとまず宿屋の扉を叩いた。

「いらっしゃい……なんだい、お客さん、随分お疲れのようだが……」

「……とりあえず一晩、いいかな?」

 まだ日も高いが、とにかく休まないと動けそうにない。そんなトーヤの思いが伝わったのだろう。宿屋の主はすぐさまトーヤを部屋に通した。

「……俺を訪ねてきた人がいたら……中年のホビットの夫婦、エルフの剣士、兎の獣人の女の子、赤毛の20代ぐらいのヒューマンの女性以外は絶対に上げないでください……」

 忘れずにそう言い含めておいた。宿屋の主にルーカスを止められるとも思わないが、口論にでもなれば逃げ出す時間は稼げるだろう。

 そこまでやってようやく安心したトーヤは、真っ白で清潔なベッドで久しぶりの睡眠を堪能したのだった。


 夕食も食べないまま、トーヤが目を覚ましたのは翌朝だった。腹が空っぽだ。

 手持ちの現金は服の下に忍び込ませたわずかな額しかない。これではディクサシオンまでは心もとないだろう。

 ようやくまともな睡眠を得て、頭が正常に回るようになったトーヤはこれから先の計画を立てる。

 ひとまず宿屋の主人に情報収集だ。

「おはようさん……悪いね、眠そうだったから昨夜の夕食に起こさないで……」

「いえ、おかげでぐっすり眠れました。ところで……昨日言っていたような人たちって、この村を通り過ぎていませんか?」

「うん? ホビットの夫婦とかいう奴かい? いや、見てないね。ご覧の通りヒューマンばかりのちっこい村だ。そんな変わった連中が来れば絶対噂になるよ」

「……そうですか」

 例の「リャーマン」の村から延びる街道は一本だけ。トーヤは街道沿いをひたすら歩いていたので、先行したワイマーたちを追い抜いたとも思えない。よって導き出される結論は……

(逆方向に行っちゃったか……)

 あの混乱の中では仕方ないだろう。問題は、街道を引き返そうと思うと「リャーマン」の村に必ず突き当たるので、一度反対に行ってしまえばもう一度ディクサシオン方面に進路を取るのが難しいことだ。

 無論、街道を通らず森の中を突っ切る手もあるが、それこそ危険極まりない。ワイマーたちがそんな判断ミスを犯すとは思えなかった。


 一番確実なのは、他の街道が交差している場所まで引き返し、そこから他の街道をたどってディクサシオンを目指すルートだろう。時間はかかるが、それが最も安全だ。トーヤはワイマーたちがそのルートを取るだろうと考えた。

(とりあえず、俺はディクサシオンに向かってそこでワイマーさんたちを待つべきだな……)

 ここは約束通りに動くべきだろう。トーヤが勝手な行動を取れば、それこそ行き違いになる可能性がある。

 とりあえずの結論を出したトーヤは、そのための方法を考え始める。ひとまず懐を温めないと話にならないだろう。

 朝食を出してきた主人に話を振る。

「物は相談なんですけど……毛皮って買い取ってくれませんか?」

「ほう……? お客さん、狩りの腕に自信があるのかい?」

「ここまで食料が心もとなくてちょっと狩ったんです……兎ばかりだけど、どうですか?」

 肉だけ食べて毛皮はポイなど、彼に教えを与えたハルが許しはしなかった。狩った獲物は最大限利用するのが自然への感謝だとトーヤは教わっていた。

 宿屋の主人が興味を示しているのを見て、ある程度は稼げそうだとトーヤは思った。


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