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動き出す事態

「……んで? この大盛況はなんだってんだ?」

 村への届け物を終えて帰って来たゴウジが、客で溢れかえったカレー屋の店内を見て呆れたように呟く。

「ホラホラ、見てよゴウジ! この証書! 『バウゼン公国大公令嬢御用達』だよ! いやぁすごい宣伝効果だね!」

 ミオリが嬉しそうに指差す壁にかかった紙を見て、ゴウジの口がポカンと開く。

「おま……なんだこりゃ! いつの間にそんなお偉いさん抱え込んだんだよ!」

 大公印など偽造すれば問答無用で死刑である。これが本物であることは疑う余地がない。それでもゴウジは目を丸くして信じられない、と繰り返しつぶやく。

「あ! それと兄貴の手がかりも見つかったんだ!」

「オイオイ……俺がいない間に何があったってんだよ……」

 ゴウジが手を洗い接客の支度を整えつつぼやく。疑問は山積みだが、今はこの大量の客をさばかねばならない。しばらくカレー屋で働くうちに、いつの間にか客が来ると自動的に体が反応するようになっていたゴウジだった。

「いらっしゃい! 『トーヤのカレー』へようこそ!」

 胴間声を張り上げ、ゴウジが新たに来た客を席に案内する。



「なるほどねぇ……村を救った勇者様にもう一度救われたわけだ、俺たちは」

 ようやく客の波が引け、ゴウジは一服しながら事情を聞いていた。

 しみじみとゴウジが言うのも無理はない。彼らへの恩はどこかで返さなければいけないだろう。

「これで借金は大丈夫よね? それで……そろそろディクサシオンに行こうと思っているんだけど、後は任せていい?」

 ゴウジから村での決定は聞いている。曰く、この店は村からガレオンへの出張所扱いとするのでモイを店長に続けて良いとのことである。手伝い(兼モイがまたもや無茶をしないための見張り)として、村からドワーフも数人来た。その中には、仕事の経験のある要員として荷物持ちたちも無論含まれていた。

「姐さん……どっか行っちまうんですか?」

 荷物持ちが寂しそうに言う。

「兄貴を探しにディクサシオンに行くのよ! 大丈夫! ギエンを連れて行って、いざとなったらギエンを盾に私は生き延びるから!」

「オイ」

 ギエンが突っ込みを入れる。もちろんミオリが危機にさらされたら、迷わず身を挺して助けるが、それを当人が言っては元も子もない。


「……いや、ミオリ。お前は俺と一緒に村に帰れ」

 今にも飛び出しそうだったミオリにゴウジが冷水を浴びせる。

「……え?」

 ミオリがぽかんとする。まさか止められるとは思っていなかったのだろう。ゴウジからすれば、彼女がそう思っていることの方が意外なのだが。

 嘆息しつつ、ゴウジは説得する。

「親父さんとお袋さんにこれ以上心配かけんな。『往復で10日もかからないから』って強引に言い含めて飛び出したんだろうが。借金もあったし、人手不足だったからガレオンに残るのも見逃したが……店の心配がなくなった以上、お前がここにいる理由はない。大人しく村に戻るんだ」

「……なんでよ! 妹が兄に会いに行っちゃいけないっての!」

「……親が一人娘に会っちゃいけないってのかよ」

 ゴウジがミオリの言葉を借りて返す。豪放なゴウジらしからぬその冷淡な物言いに、ミオリは言葉を失う。


「トーヤを胸が張り裂けるような思いで追放した親御さんの気持ちも理解しろ。この上お前の安否が不明と来てお袋さん、飯も喉に通らずやせ細っちまっていたぞ? お前さんが心の底からトーヤに会いたいのはわかるが……ディクサシオンまでの長旅などとても許可できん。ギエン」

「ん」

「お前、ディクサシオンまで行って帰ってこれるか?」

「あー……多分大丈夫」

「じゃ、お前が行って向こうで情報集めてこい」

 京也たちはあれから戻ってきていない。つまり、ディクサシオンにトーヤはまだいなかったのだろう。ならば、ギエンがディクサシオンに滞在してトーヤを待つのは有効な手段だ。

「……すまんな、ミオリ。だけどゴウジの言うことももっともだと俺も思う。お前を守って旅をする自信は……悪いけどまだない。必ずトーヤの情報持って村に戻るから、そうなったら今度こそ一緒にトーヤのところへ行こう」

 ミオリは黙ってうつむいていたが、やおらガバリとギエンの胸ぐらを掴む。そして驚くギエンにそっと囁いた。

「……絶対に生きて帰ってきなさいよ。兄貴は大事だけど……あんたに死なれても困るんだから」

「……おう」

 必ず約束を果たそう。そうギエンは心に誓った。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「上手いもんだな。ドワーフってのはみんな釣りが上手なのかい?」

「いや、俺は特別に狩りをしている人に教えてもらったんで……」

 ワイマーが小川で釣りをしているトーヤに声をかける。魚籠にはなかなかの釣果が収まっていた。

「……少し話をしてもいいかな?」

 ワイマーがトーヤの横にそっと腰を下ろす。

「……どうぞ」

 真剣な話であることはわかったので、トーヤも静かに応じた。

「ユキのことなんだがね……どう思う?」

「好意を向けられるのは嬉しいですけど……戸惑いが強いですね」

 いくらトーヤが前世では女の子とまともに会話したことのないいじめられっ子だったとしても、あそこまでストレートに好意を示されればさすがに気付く。無論嬉しい気持ちもあるが、自分などに惚れるなんて……という混乱もまたある。


「君はどうしたい? もちろん、君が私たちと共に一座として旅を続けたいというなら、歓迎するが……君にも目的があるんだろう? 一生を芸人として生きるつもりはあるまい」

「そうですね……魔道具作りのためにどっかで腰を落ち着けて鍛冶と魔法の修行もしなきゃいけないかな、とは思っていたんですけど……」

「それなら早い方が良い。旅はいつでもできるが、勉学は若い時分にしなければ身につかんからな……おっ」

 ワイマーがいいことを思いついた、と言う風に手を打つ。


「そうだ、ディクサシオンには魔道学院がある。そこに入れてもらってはどうかね?」

「そうなんですか?」

 トーヤは行き先であるディクサシオンについてはあまり知らなかった。

「……でもお金が……」

「十分な才能を示せば奨学金も出るらしいぞ。仕事しながらでも勉強はできるのではないかな?」

 ワイマーはトーヤの目標を強く後押ししたいらしい。


「それに……少しだが私たちからもお金を出してあげよう」

 そんなことまで言う始末だった。

「本当ですか!」

「君は良く働いてくれたからね。それぐらいは当たり前の報酬さ」

「……それじゃ、ディクサシオンで……お別れですかね」

「うむ。君はやりたいことをやるべきだ……若人が旅芸人にあこがれる気持ちはわかるが……こんな辛い道にあまり引き込みたくない。ユキもあれはあれで幸薄い半生を送って来たからね……だが、君は他の道を選べる才覚と機会を持っている。旅の空に生き急ぐこともあるまい。少し腰を落ち着けて己の道を究めてみるのも、良いことさ」

「……ユキを悲しませないために……心残りができる前にお別れ、ということですか」

「……そうだ」

 トーヤはワイマーの狙いをよく察していた。トーヤが一生をワイマー一座に捧げるなら問題ないが……そうでないなら、別れはできるだけユキの心を傷つけずに済ませたい。

 その思いで、トーヤとワイマーは「ディクサシオンでの別れ」で合意に至ったのだった。


「あ、遅いよトーヤ。お魚釣れた?」

 トーヤが焚火の元に釣果と共に戻ると、ユキが嬉しそうに声をかける。

「……あぁ、それじゃ焼こうか」

 ギリギリまで別れは伏せておきたい。そう思っても、どこかそっけない態度になるのは避けられなかった。

「……? 調子悪いの、トーヤ?」

 ユキがグッと顔を寄せてくる。美少女に近づかれて、トーヤは慌てる。

「あ、いや。大丈夫だから……ギールさんも、どうですか?」

「ありがたいね。いただこうか」

 それに応じたのはイーザたちと談笑していた中年の旅人だった。トーヤたちとは逆方向、つまりディクサシオンからやってきた旅商人で、ディクサシオンの疫病がすっかり解決したことなどを嬉しげに話していた。先ほどワイマー一座と偶然この休憩場所で行き会い、旅は道連れと情報交換を兼ねて昼食を共にすることになったのだった。


「……ディクサシオンまでは後村が2つ、か。だいぶ近づいてきたな」

 ショーンがギールの情報を元に呟く。このルートは一座が通ったことのない道だったので、あまり情報がなかったのだった。

「君たちが次に向かう村……つまり私がつい先ほど寄った村なんだがね、なかなか親切な人々だったよ。君たちも行くと良い。何か新興宗教の人が集まって最近作った村らしくて、娯楽に飢えているようだったから旅芸人は歓迎してもらえるだろう」

 ギールが機嫌よく自分の情報を開示する。こういった場で情報を出し惜しむのはかえって自分のためにならないと言うのは、旅人なら誰でも知っていることだ。

「……へー? 宗教人なんて堅苦しいイメージしかなかったけど……ずいぶんオープンなのね?」

「どうなんだかね? 私にも良くわからん宗教だったんだが……そうそう、彼らの信じている神様の名前が変わっていたんだ。これからこの名が世界中に広まるのが夢だと言っていたんだが……」

 アリアの疑問にギールが応じる。

「……変な名前?」

 トーヤが聞いてほしそうにしているギールに尋ねる。するとギールはよくぞ聞いてくれた、とばかりに答えた。単純に話好きなのだろう。


「彼らの神の名前は……『リャーマン』とか言うんだ」

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