見つかった手がかり
改めてカレーを出しつつ、京也の話を聞く。どうやらトーヤとディクサシオンという街で会おうと約束していたのだが、2月以上経つのに一向に来ないため、ディクサシオンからガレオンまで行き違いにならないようトーヤの手がかりを探しつつ旅をしてきたらしい。その途中で「トーヤのカレー」なる料理の噂を聞き、これは間違いなくトーヤの関係者だろうと勢い込んで来たのだと言う。
「行方不明? トーヤが?」
京也がカレーを頬張りつつ、ミオリの話に応じる。
「そーなんですよー。兄貴ったら、変なトラップにかかっちゃったらしくて……今頃どこで何しているやらさっぱりなんです」
「……その割には心配してないけどな」
店の奥から出てきたギエンが突っ込みを入れる。村を救った勇者が店に来たと聞いて、モイと共に興味を抱いて挨拶をしに来たのだが、ごく普通のヒューマンにしか見えなくて少しがっかりしたところだった。同行している魔法使いと思われる少女と、獣人の方がよほど凄そうに思えた。
……それよりギエンの頭を占めている問題は……
(京也だと……コイツ……ナニモンだ?)
トーヤの前世の名前……「暁京也」を名乗る男をじっとギエンは観察する。トーヤが前世について打ち明けたのは、ギエンが唯一だと聞いている。家族にすら明かしていなかったらしい。無論、ギエンもこんなプライベートな問題をホイホイ風潮したりはしていないので、ミオリもモイも京也の名前は「風変りだな」としか感じていないはずだ。
……それでいい。2人は村を救った勇者に友好的に接していればいいのだ。……余計な警戒心を抱かせないために。
この男を怪しむのは、自分の仕事だ。そうギエンは心に決めて、京也の一挙手一投足も見逃さないようにする。
ミオリとモイは、あまり会話に加わろうとしないギエンを訝しんでいたが、京也と話す方が重要だと、そちらに意識を集中する。
「……トラップとは転移系の罠ですか? ミオリさんの口ぶりからすると命の心配はないようですが」
トーヤについて話していると、魔法使いの少女が口を挟んできた。先ほどリーザと紹介された。
「あ、はい。そうらしいです。その罠があった遺跡の傍の村の人はそう言っていました」
高貴な人物だと言うのはわかっていたので、ミオリの口調も改まる。
「それで……行き先が分からず困っているのですね?」
リーザが重ねて尋ねる。
「そうですね。もう2か月近く前なのかな? 兄貴のことだから、なんだかんだ文句言いながら、どっかで逞しく生きてんじゃないかなーとは思ってますけどね」
「……そうですか」
リーザがスプーンを口に運びつつ考える。
「ひょっとしてリーザ……トーヤの転移先がわかるのかい?」
京也がリーザに質問する。
「あ……はい。たぶんその遺跡にさえ行けば……」
「本当ですか!」
ミオリが思わず立ち上がってリーザに詰め寄る。
「え……えぇっと……その……絶対ってわけでは……場所も正確にわかるとは限りませんし……」
「それで構いません! 少しでも手がかりが欲しいんです! お願いします、調べてください!」
「おい、ミオリ。落ち着け」
手がかりが見つかりそうで嬉しいのはわかるが、興奮しすぎのミオリをギエンが諌める。
「……すまない。リーザさん。俺たちはほんの少しでもトーヤの足取りを掴みたいんだ。できれば、で構わないんだが……手を貸してもらえないだろうか?」
「わしからも頼む。村を救った勇者殿の手をさらに煩わせるのは心苦しいが……どうかトーヤの行き先を調べてはもらえんじゃろうか」
ギエンとモイからも頼まれて、リーザは一瞬困惑したが……すぐに凛々しく表情を作る。
「わかりました。困っている人を見捨てるわけにはいきません。……京也さん。協力してくれませんか?」
「わかった」
京也も打てば響く調子でリーザに応じる。そしてカレーを置くと、すっと立ち上がる。
「ん? 出かけんのかよ」
それにようやく気付いたように一心不乱にカレーを食べていた獣人の少女……名はランだと紹介された……が声をかける。
「ランはカレー食べてていいよ。気に入ったんでしょ、それ」
「おう。旨いな、これ」
「ではすぐに戻りますので……あ、ミオリさん村の場所は……」
「え? 大体この辺だけど……片道5日はかかりますよ? ランさん置いていって……」
ミオリが不思議に思いながら地図を指し示して説明すると、京也は一つ頷いた。
「……『国喰らい』出現時の転移先と同じでいいかな? それが近そうだ」
「そうですね。ではお願いします」
ミオリたちが訳の分からない会話に目を白黒させているうちに、京也はリーザの手を取り何事か呟き始める。それが呪文だと気付くより先に京也は全てを唱え終えた。
「……転移」
京也がそう厳かに言うと同時に……京也とリーザは店内から跡形もなく消え去った。
店内の全てのドワーフがポカンとしている間、ランがカレーを咀嚼する音だけが響いていた。やがてカレー皿とスプーンが当たる音がする。
「……カレーお代わり」
「いやいやいや、なんですか、あれ! ランさん説明してくださいよ!」
ミオリが泡を食ってランに質問する
「ラン」
「え?」
「さん付けで呼ばれるの嫌いなんだよ。あと敬語やめろ。それとカレーお代わり」
「あ……うん」
ミオリが山盛りのカレーを持ってテーブルに戻ると、ランは嬉しそうにそれに取り掛かる。
何だか毒気を抜かれた一同は、ランが自分から話し始めるまで黙ったままだった。
「京也は転移魔法が使えんだよ」
カレーを半分ほど食べ進めて、ようやく先ほどの質問を思い出したのか、ランが説明を始める。
「あれぐらいの距離なら一瞬で移動できる。そんで、件の遺跡まで行って調査終えて……日が沈むまでには帰ってくんじゃねぇの?」
事もなげにランが説明するが、一同はあまりの驚愕の大きさに言葉も出なかった。
転移魔法はほぼ失われた古代魔術と言われている。現代でも研究は盛んだが、使える者はほとんどいないはずだ。田舎のドワーフたちですら知っているほど有名な話である。
それを何の気なしに使って見せた……ギエンは半信半疑だった「あの勇者が『国喰らい』を倒した」という話が急速に現実味を帯びるのを感じた。
「リーザだって只者じゃねぇしな」
もぐもぐとカレーを食べながら、行儀悪くランは語る。
「あの歳で5系統の魔術極めた『賢者』だ。感覚で魔法使う京也よりも分析能力は上だぜ。あいつにわからなけりゃ、国中どこ探してもトーヤとかいう奴の行き先はわかる奴はいないさ」
ミオリたちは自分たちが何の気なしに頼んだ相手が、とんでもない存在だとわかってぽかんとするばかりだ。
ふぅ、っとランが大盛りカレーを食べ終える。
「……水くれよ。喉乾いた」
ランの言う通り、京也たちは日が沈む前に店に戻って来た。どことなく浮かない顔つきだ。
「お帰り……んで……聞くまでもねぇな」
ランが最初に声をかける。
「……あぁ、あまり望ましくはなかった。最悪ではなかったけれどな」
京也が努めて明るく声を出そうとしているのがわかり、ミオリは呆然とする。
「あ、ミオリさん! 大丈夫ですか! 椅子に座って……」
リーザが立ちくらみを起こしそうになったミオリを、慌てて椅子に座らせる。心配していなかったのは、むしろ何の情報もなかったからなのだ。悪い知らせが来たと思えば、気分も悪くなるだろう。
「……最悪ではないということは、死体が見つかったわけではないということじゃな」
モイが代わりに話を進める。
「転移先は王国北の森。かなり深い上に魔物も横行している。転移先と思われる場所に俺たちも転移して周囲一帯を調べたが……手がかりは全くなかった。無論、死体もだ。あそこはろくな準備もなく2月も生きられる場所じゃない。たぶん森の中を走っているどこかの道に出て、人里にたどり着いたんだと思うが……」
京也は「森の中で魔物に跡も残さず食い尽くされた」という最悪の可能性はあえて言わなかった。消沈しているミオリに追い打ちをかけるだけであるし、何より……
(生きている気はするんだよなぁ……)
「国喰らい」の猛攻を、ミオリをかばいつつ凌いでいたトーヤである。その腕前には京也も信頼を置いていた。何とか切り抜けて街道に出ることはできたのではないだろうか?
その予測には同郷のトーヤともっと話をしたい京也の希望的観測も交じっていたが、実態に近いところを突いていた。
「……北の森からは、ディクサシオンが比較的近いです。彼が京也さんとの約束を覚えているなら……恐らくディクサシオンを目指すのではないかと」
リーザがそう続ける。その言葉に、燃え尽きていたミオリが急に復活する。
「……ディクサシオンね? そこに兄貴がいるのね? ……フッフフ……ギエン! 急ぐわよ、いざディクサシオンへ!」
「何言ってんだよ! カレー屋はどうすんだ!」
「……あ……んん……えぇい! なりふり構っていられないわ! リーザさん!」
「は、はい!」
「家名……教えていただけませんか?」
「え? 家名……ですか?」
「はい。下世話な話ですが……この店今少しピンチでして……『あの○○家の御令嬢御用達!』って広告打ち出せればなぁ……と」
「いいじゃねぇか。教えてやれよ」
リーザが応じるより先にランが口を挟む。
「減るもんじゃなし。それに絶対売れるぜ? ……『あのバウゼン公国大公令嬢御用達!』って書いてあればな。ついでにサインしてやれよ、『リーザ・バウゼン』姫様?」
ランが愉快そうに語り掛け……ドワーフたちはこの日何度目かわからない驚愕に包まれた。
バウゼン公国……エリシール王国の西に位置する小国である。小国なれど、豊富な鉱物資源と優れた魔道兵団を武器に独立を保ってきた由緒正しき公国でもある。そこの大公の娘となれば……
(まさか……本物のお姫様!?)
なんでそんなものがこんなところを勇者引き連れてウロウロしているのだ。いや、それよりも……
ミオリはガバリとリーザの前で土下座する。プライド? そんなもの食えはしない。
「お願いいたします、リーザ姫! 数々の無礼に重ねて、さらなるご迷惑をおかけしますが……どうかお名前をお貸しください! 決してご迷惑はかけませんので!」
「矛盾しているぞ、オイ……」
「バカギエンは黙っていなさい!」
いきなり土下座を始めたミオリにリーザは困惑の色を強めるが、やがてどもりながら許可を出す。
「わ……わかりました。大公令嬢としての印がありますので……それを持ってバウゼン大公令嬢の証としましょう」
「ありがとうございます!」
これで店は大丈夫だ……ミオリは心の底から感謝した。




