平穏なる日々/トーヤの幸せ
トーヤは馬車の上に座り込み、借りたギターを爪弾いていた。
「かーらぁすーなぁぜなくのぉー」
前世の唱歌をギターに乗せて演奏する。先ほど食事を終えたばかりで腹は満たされ、空は快晴。旅路は順調で、心配することなど何もない。
じゃらん、とギターをもう一度弾く。
「俺……旅芸人になるために……生まれてきたのかもしれないなぁ……」
しみじみとそう呟いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ユキの誘いに、トーヤは迷わず応じた。ワイマーたちも歓迎してくれた。腕の立つトーヤが同行してくれれば、この先の危険がぐっと減るのは間違いないからだ。
そういうわけで、トーヤは護衛兼雑用兼見習い吟遊詩人としてこの一座に加わることになったのである。
ドワーフの腕力を活かせば、雑用などお手の物だ。ちなみにドワーフだと自己紹介したら、全員ホビットと間違えていた(ワイマーとイーザすら久しぶりに同族と会ったと思っていた)のは地味にトーヤにショックを与えていた。
そして、旅芸人の一座は当然村や街に寄る必要がある。そこで公演を行いお金を稼ぎ次の村を目指すのだ。無論、移動のペースはゆったりしたものであり、そこは急いで無事を伝えたいトーヤの望みから離れているのでは……と一同は心配していたが、当のトーヤは実にあっさりしたものだった。
「どうせ、本来ならどこへなりと行って行方知れずになっていたはずなんだし、今更慌てて無事を知らせることもないと思う」
そもそも、故郷の村からあんなわずかな距離に滞在していたこと自体、イレギュラーなのだ。当初の予定ではもっとあちこち回るつもりだったのだから、行方がわからなくなっている今の状況こそ本来のトーヤの旅路に合致していると言える。
ミオリとギエンがトーヤを追って村を飛び出していることなど知らないトーヤにしてみれば、旅芸人一座として旅をするなどという面白そうなチャンスを逃す方が、よほど問題だったのだ。
「えーと……それでどこに向かえばいいのかな?」
トーヤが一座への加入を決めた後、ワイマーがトーヤに尋ねてきた。
「え……? 俺が決めていいんですか?」
「もともと、決まった目的のある一座じゃないからね。何かしら目的地のあるメンバーがいるなら、可能な限りそれを尊重するのが習わしさ」
「……それならガレオン……いや、ディクサシオンってわかります?」
「ディクサシオン? それは行かない方がいいわよ」
イーザが咎めるように口にする。
「性質の悪い疫病が流行っているらしくてね。私たちも4か月前、あそこに向かう直前に慌てて取りやめたぐらいなのよ」
「んー……多分大丈夫だと思います」
京也がその問題の解決に奔走していたはずだ。「国喰らい」討伐からこれだけ時間が経ったのだから、そろそろ沈静化していもおかしくないだろう。
「……そう? じゃあとりあえず情報を集めつつディクサシオンに向かいましょうか。確かにガレオンよりはあっちの方が近いし、そちらに用があるならディクサシオンに先に寄るべきね」
ディクサシオンは王国北部の都市だったのだ。トーヤの故郷からでは、ほとんど情報がなかったのも納得である。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「素敵な歌ね、トーヤ。……でもそれって夕暮れ時の歌なんじゃないの?」
荷物の陰からユキがひょこりと顔を出して声をかけてくる。
「フッ……今の俺は自由人……時間帯なんぞ、何の意味もないのさ……」
トーヤが気取って答える。
「……似合うと思っているの? そんな物言い?」
「うん、自分でもちょっと恥ずかしいと思った」
年代の近いユキとは、あっという間に打ち解けて気安く話ができるようになった。前世では女の子と親しげに喋るなど考えたこともなかったトーヤにしてみれば、今の状況はとても幸せに満ちている。
「……そろそろ次の村に着くぞ。みんな、準備しろ」
ワイマー一座として旅を始めて一月。立ち寄る村はこれで4つ目だ。
「じゃ、そういうわけで自由人さん。荷物下ろすから支度してね」
「あーはいはい。わかりましたよ、っと」
ゆったりと速度を落とし始めた馬車からユキとアリアがヒラリと飛び降り、興味深げに寄って来た村人たちに挨拶を始める。
男衆は馬車の中で荷物の確認だ。
「……今回はいつも通り?」
「んだな。座長のマジックとユキの軽業、アリアの踊りに俺の占い。そんでお前は雑用だ」
ショーンが応じる。ここまでの村で演目は全て同じだった。ちなみに「いつも通り」でない時は、皆で協力して劇などをやるらしい。その時は普段は裏方のイーザも舞台に立つらしいので、トーヤも芸を見せられるかもしれない。
しかし今のところは単なる雑用である。ちょこちょこと練習しているが、流石にトーヤの歌はまだ人前で聞かせられるものではないので、本人も雑用扱いに不満はない。
が、トーヤには雑用以外に別の仕事がある。
馬車が止まり、ワイマーが村長と公演に関する交渉を始めたところで、トーヤも馬車を降りる。
こちらは公演と一切関係ないので、トーヤが自分で話を進めるのだ。
「この村に鍛冶場はあるかい!」
大きな声で呼びかける。するとひょいっと鍛冶師と思われる男が顔を出す。
「……俺が鍛冶師だ。芸人さん、なんか打って欲しいのかい?」
いつも通りの反応だ。旅芸人が村に寄って鍛冶場があるか聞けば、普通用件はそれだろう。
「違う違う……鍛冶場を貸してほしいんだ。実は俺、これでも鍛冶師でね。腕が鈍るといけないから、旅先でもちょこちょこと練習させてもらっているんだ。燃料と材料の分の金は払うから……どうかな?」
鍛冶の練習をしているのは、トーヤの思い付きである。魔道具作りを親方と約束していたのだから、そのための練習を怠るわけにもいかないだろう。どの道、今まで5人でも回せていた規模の一座なのでトーヤの仕事などさしてあるわけもない。空いた時間でこうして鍛冶をさせてもらうことにしたのだ。
あの村で鍛冶をさせてもらってから、急に鍛冶仕事の楽しさに目覚めてきたトーヤであった。上から頭ごなしに指示されて作るのではなく自分の思うがままに鎚を振るうのが、思ったより面白いことがわかってきたのだ。なので旅芸人としてこうして村を回りつつも、鍛冶師としても働くことにしているのである。
「……へー、面白いじゃねぇか。鍛冶師で芸人とは俺も初めて見たな……いいだろ。貸してやるよ」
鍛冶師が一つ頭を振って「ついてきな」とでも言うようにトーヤを先導して歩き始める。
「ほー、鍋の底あっという間にふさいじまった」
「流れの鍛冶師ってのはこんなに腕がいいものなのかね」
「見ろよこっちの鍬。ドミが打った奴より刃が輝いているぜ」
「…………」
トーヤの作品が褒められているのを、この村の鍛冶師-ドミが面白くなさそうに眺めている。
「よし、買った。こんならドミの鍬より長持ちしそうだ」
「どうもありがとうございます」
トーヤもあまり気づいていなかったが、トーヤの鍛冶の腕前は、そんじゃそこらの村に住むヒューマンの鍛冶師とは比べ物にならないほど上回っていた。そもそも、ドワーフの鍛冶職人というだけで平均レベルはかなり高い上に、トーヤは不真面目ではあったが鍛冶にかなりの才能を持っていた。
「おい……お前人の商売邪魔しに来やがったのか?」
とうとうドミがトーヤに食って掛かる。
「いやいや、滅相もない……ただ、こっちも練習するだけとはいきませんから……ね?」
愛想笑いを浮かべドミの手を握りつつ、少し多目に金を渡す。どの道この後すぐに旅立つトーヤでは、自身の作った物の手入れはできない。その仕事があることはわかっているのだろう。ドミも手に乗せられた金を確かめつつ、納得したようだ。
「おう、ドミ。お前も頑張れや。流しの鍛冶師に負けてちゃ食いっぱぐれるぞ」
「そうそう、ドワーフならともかくホビットの鍛冶師に負けたんじゃ、才能の差なんて言い訳も効かないよ」
村人たちのヤジにガクッと肩を落としたのはトーヤの方であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「うーん……付け髭も考えるべきかなぁ……」
一座は公演を終えて村を発っていた。大体一つの村に滞在するのは3日間というのがルールらしい。最初の日は挨拶と設営。2日目が本公演。3日目が撤収準備。その間には、イーザお手製の各地の名物料理などがふるまわれたり、トーヤが鍛冶仕事をしたりするのだ。
今は街道沿いの休憩場所で昼の休憩中である。昼食当番でないトーヤは馬車の中でじっと考え込んでいた。
旅立ってから気付いたが、トーヤを一目でドワーフと気づいてもらえたことは数えるほどしかない。その数少ない例外は大抵同族のドワーフと会った時であった。
馬車に備え付けの鏡を見ながら思い悩む。確かにドワーフとしてもやや低めの身長に、若干の細面、しかもヒゲが生えていないとなると、パッと見では大き目のホビットと思った方が自然だろう。
生まれ故郷で付け髭なんぞ付けた日には、むしろ余計に馬鹿にされるだけだったので考えたこともなかったが、どことも知れぬ新天地なら別にそんなことを気にする必要はない。
「だーめよ。付け髭なんてつけたら、普通のドワーフになっちゃうじゃない」
が、そんなトーヤを後ろから抱き付きつつ止める影があった。ユキである。
「トーヤはヒゲが生えてないのが可愛いんだから。むっさい付け髭なんて許さないんだからね」
「……あの、ユキ。そういう風に抱き付かれると、ちょっと動けないんだけど……」
「付け髭なんて諦めるって約束するまで離れなーい」
「……う、うん。わかった……」
微かに鼻腔を刺激する女の子の匂いに、トーヤはそう応じるほかなかった。
2人の若者のじゃれ合いをじっと見つめる大人たちがいた。
「……ありゃ、惚れてるね、ユキ」
アリアが蓮っ葉な口調で自分の見解を述べる。
「ま、予想の範疇だわな」
ショーンはさして興味もなさそうだ。
「他の男なんぞ、私の旦那と、そこの何考えてるかわからないエルフしかいなかったからねぇ。同世代の男でしかも自分たちのピンチを颯爽と救ってくれたと来たら、そりゃ惚れない理由はないだろうね」
面白そうにその様子を眺めているのはイーザだ。
「……おい、イーザさん。そりゃ俺を馬鹿にしてんのかい?」
「まさか。あんたは男として付き合うにはちょいと顔が良すぎて、雰囲気も危なっかしいってだけさ」
イーザがショーンの追及を笑ってごまかす。ショーンも別に問い詰めるつもりはなかったのでそこで話が途切れる。
「……だが、トーヤはそのうちうちを離れるつもりなんじゃないのか」
ぽつりとワイマーが呟く。
「男女の付き合いも良いが……別れが決まっている以上、あまり入れ込まんようにさせておかんとな」
それはユキの保護者として、別れの日をできるだけ穏当に迎えさせてやろうという親心であった。




