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転生したら、ドワーフだった

 神(自称)には散々呆れらた京也だったが、別に次の人生に興味がなかったわけではない。自分をいじめる人のいない人生、というのが第一希望だったが、同時に平坦な人生をのんべんだらりゆるりと楽しみたい……ぐらいの希望はあったのだ。名誉も栄華も望まないが、平穏と怠惰を好む人格であった。


 そして、そんなことを今更ながらに思い、少しは例の存在に意見を言っておくべきだった、と後悔しているのは要は今の状況が彼の望みから全く外れているからである。人間、不本意な状況に置かれないと、本来の望みというのは中々見えてこないものだ。


 まぁ今の彼は正確な意味では「人間」ではないのだが。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「うおぉらあぁぁぁ! トーヤ! てめぇ、その剣焼き入れとけえぇぇ!」

「了解です! 親方!」

 がなり立てる親方に、トーヤ-前世の名前と似た響きなのは偶然だ-は自身も怒鳴り返す。別に怒っているわけではなく、鎚の振るわれる音、窯の燃え上がる音、水桶に熱せられた鉄が突っ込まれる音が響く中では、怒鳴らないと声が通らないのだ。今も、工房のあちらこちらで、背は低いががっしりしたドワーフたちが互いに大声を張り上げている。

 そう、ここはドワーフたちが日夜熟練の技を振るう鍛冶工房。種族の秘伝が山ほど晒されるその場に、同族以外が入れば立ちどころに窯の燃料にされかねない。

 当然、京也……今の名前はトーヤだが、彼も人間ではない。

 何の因果か、ドワーフに転生させられてしまったのである。


(そりゃ確かに希望は言わなかったよ、だけどこれはないんじゃないの、神様)

 トーヤは心の中で文句を言う。自身の置かれた状況を自覚して早14年、心中で文句を呟くのはもはや日課と化している。

 前世の記憶を持ったまま、ドワーフなどという未知の種族として産声を上げた時は、それはもう驚いた。それから、自力で何とか動けるようになるまでの日々は、あまり思い出したくもない。16歳の精神年齢で乳を与えられたり、おしめを代えられた経験など、今後の人生でまず役には立たないだろうから。


 平均的なドワーフの子よりも、はるかに早く立ち上がり、言葉を操り、自発的に書物を漁るようになったトーヤを周囲は神童ともてはやした。彼としては、単に自分の置かれた状況に不安が過ぎて、知識を吸収しようとしていただけだが、褒められて悪い気はしない。

 何より、この世界には温かい家庭があった。前世のおばは、彼に優しく接してくれたが、それでもどこかギクシャクしていた面は否定できないだろう。しかし、今は誰はばかることなく父母と呼べる存在がいる。それだけでもトーヤの心は救われていた。


 兄弟もたくさんいたし、友人もできた。幼いころからやり直した人生は思ったよりも順風満帆で、テレビもネットもないけど、童心に帰って現代日本では失われた里山を駆けまわるのはとても楽しかった。


 が、この世界も悪くないじゃないか、と思えていたのは、8歳の誕生日までだった。

 ドワーフは8歳を過ぎると庇護される子供ではなく、半人前の大人として扱われる……というのは知っていたが、その具体的な意味についてはあまり考えていなかった。

 8歳の誕生日、父の部屋に呼ばれたトーヤは野太い声で尋ねられた。


「お前何かやりたいことがあるのか」

 特に考えずトーヤは前世からの癖で答えてしまった。

「今は特にありません」

 トーヤの覇気のない返事に、父親は「そうか」と幾分失望しながら返した。


 ドワーフと言えば職人という印象が強いが、当然のことながら万人が万人鍛冶屋をやっているわけではない。

 それでは社会構造が成り立たない。大食らいなドワーフたちの胃袋を満たす農家はもちろんのこと、森に出て狩りや釣りを行う者がいたり、料理人がいたり、腕力を活かして戦士になる者もいれば、魔法の才に長けていれば魔導士の道を選ぶ者もいる。


 が、「ドワーフ=鍛冶師」のイメージは決して誤ってはいない。ドワーフにおける一番人気の職が鍛冶師であることは事実である。

 不幸だったのは、ドワーフたちにモラトリアムなどという習慣はなかったことだ。本人の意思は尊重するが、それは職業選択においてのみ。「職に就かずプラプラする」などというのは勤勉なドワーフの精神性においてありえないことだった。

 どういうことかと言えば……8歳の誕生日に自分の意思を示せなかった若者は、とりあえず鍛冶場に放り込まれる慣習なのである。


 彼としては、炎渦巻き怒号飛び交い絶対の上下関係が支配する鍛冶場など、自身の好みからすれば真逆の環境であり、御免被りたい場所だったのだ。……本来なら。こうなるぐらいなら、とりあえず魔導士のクズミ婆さんにでも弟子入りしておくんだった……と後悔したのは一度や二度ではない。

 しかし、一度将来の目標を聞かれ、そこで明確な意思を示せなかった以上、鍛冶師になるのが掟だ、と言われればそれに逆らうだけの根性もまたなかった。

 要するに彼の人格を一言で言うなら、「言われたことはこなす程度には真面目だが、重大な決定は可能な限り後回し、それで自分が損してもヘラヘラ受け入れる謎のポジティブさを併せ持つ」というおよそ褒められたものではなかったのである。


 ともあれ、今は親方から指示された剣の焼き入れ、つまり炉から出たばかりの赤熱した刀身の冷却を行わなければならない。

 炉に走り寄り、吹き荒れる熱風に怯むことなく中から剣を取り出す。ドワーフの肉体は、この程度で火傷するほどやわではない。


「……ッ!」

 だからと言って、灼熱の鉄塊を手に持って、全く苦しくないかと言うとそんな訳はない。当然厚手の手袋はしているが、それでも熱は容赦なくトーヤの全身から汗を吹き出させる。

 拭いたくなるが、手を止めるわけにはいかない。ここからはスピード勝負だ。


 炉の脇に据えられた水桶に、剣を突っ込む。焼き入れはそれだけの作業だが、肉体的負担は大きい。

 刀身から急速に熱が奪われ、同時に周囲に蒸気が吹き荒れる。

「いよっし!」

 トーヤは一気に剣を引き上げ、次の剣の焼き入れに取り掛かる。これは職人が一本一本手をかける名刀ではなく、分担作業で大量生産される安物だ。だからと言って手を抜けば容赦なく親方の拳骨が飛んでくるので、油断はできない。

 トーヤの担当している焼き入れだって、剣の質に関わる重要な工程であるのだ。やることは単純だが、炉から桶に入れるのに時間がかかると、鉄の質は大幅に悪くなってしまう。


 やりたくもない仕事なのに、トーヤが真面目に鍛冶に取り組んでいるのは理由がある。下手なことをすれば親方にどやされて、仕事が終わるのが遅くなるのだ。それなら初めから真面目にやった方が、拘束時間は少なくて済む。


「親方、作業終わりました! 上がっていいですか!」

「……あぁ、上がっていいぞ」

 親方は渋々と言った風情で返事を返す。


 基本的に仕事一筋のドワーフの生活サイクルは、怠惰な高校生だったトーヤからすれば信じられないものである。

 朝起きて、山盛りの朝食を腹に収めて、仕事して仕事して仕事して仕事して、山盛りの昼食を腹に収めて、仕事して仕事して仕事して仕事して仕事して、山盛りの晩飯と大量の酒をかっくらって寝る。ほぼこれの繰り返しである。


 とはいえ、これは職人気質の彼らが、ほとんど趣味でやるべきこと以上に仕事をこなしているだけなので、実は若者に課せられるノルマはそこまで大したものではない。

 だからと言って、大半の若手はノルマをこなしたからと言って鍛冶場から出たりはしない。「先輩たちがノルマ以上に仕事している」のに自分の欲を優先させようなど、そこまで空気が読めない者はそういない。


 が、トーヤは幸か不幸かその「空気読めない」例外だった。やるべきことをこなしたなら、後は自分の時間とばかりに鍛冶場を飛び出してしまうのだった。

 これで遊び回っているなら、親方も首に縄付けて鍛冶場から逃がさないところなのだが……そういうわけでもないから、親方も色々言いたいことを飲み込みながら許可を出さざるを得ないのだ。


 親方の許可に、トーヤは満面の笑みを浮かべながら「ありがとうございます!」と返事を返すと、疾風のように駆け出して行ってしまった。……まぁ所詮短足のドワーフなので、疾風のようだと思っていたのは本人だけだが。


 親方は一つため息を吐くと、鍛冶場の隅に置かれた棚に歩み寄る。そこに仕舞われていた一振りの剣を見て、再度溜息を吐く。


「……やっぱいい腕っすよね」

 そんな姿を見て、親方が右腕と頼むこの鍛冶場の古参の一人が、声をかけてくる。

「……鍛冶一筋に打ち込んでくれりゃ、『親方』の座も夢じゃなかろうに……」

 親方が剣を灯りにかざしながら、もう一つ息を吐いた。

 その剣は、トーヤが練習として一から十まで自分で打ち上げた剣だ。まだまだ荒削りではあるが、確かな才を親方も古参も感じていた。

 が、そんな親方の言葉を古参が苦笑しながらやんわりと否定する。


「そりゃ無理っしょ。本人の意思以前に『ヒゲなし』の親方なんて、前代未聞っす」

「……そうだよなぁ……才能はあるのに……本当に『ヒゲなし』が惜しいんだよなぁ……」

 親方は、たっぷり蓄えられた自慢のヒゲを撫でつつ、そう呟いた。

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