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トーヤのささやかな願いは叶わない

 トーヤの旅立ちから一月が過ぎ、ドワーフの村からは久しぶりの買い出し隊が出発しようとしていた。

 買い出しのメインを務めるのは老練な長老である。ヒューマンの商人相手でも、粘り強く交渉ができる彼は、買い出しになくてはならない存在だ。

 護衛としてゴウジも付き従う。村から一歩外に出れば、危険な魔物に遭遇する可能性はゼロではない。戦闘経験が豊富で、何度も魔物を退けてきたゴウジの存在感は大きい。

 それ以外にも、荷物持ちとしてくじ引きで選ばれた3人の若いドワーフがくっつく。3人とも買い出しは初めてで、ヒューマンの街に行けることに色めき立っている。その姿に、ゴウジはどことなく不安を覚えつつ忠告する。


「……いいか、お前ら。絶対油断するな。その背の斧が何のためにあるか、忘れんじゃねぇぞ」

 実際、道中魔物や野盗の襲撃に会って命を落とす若者がいないわけではないのだ。ゴウジの目の届く限りそんなことはさせないが……絶対だとは言えない。

 それに、街に出て詐欺師などに引っかかる危険性もある。そちらの監督もしなければいけないとあって、ゴウジの気苦労は増えるばかりだ。

 気もそぞろに返事をする若者たちはいつもの光景だ。ゴウジは深く溜息を吐くと、ともあれ出発の号令をかける。

「とにかく出発すんぞ」



 大きな馬車に、ここ最近の鍛冶で仕上がった製品を山積みにし、御者はゴウジが務める。長老は馬車の上で休んでいるが、若者たちは馬車には乗らず、他の荷物を背負ってえっちらおっちらと歩くのだ。

 街道の調子はすこぶる良く、次の村までの旅路は順調だった。普段から、この村で少し休んでから街まで行くのが慣習である。

 そう、この村は通過点に過ぎないのだが……。


「オイ、トーヤ……お前何してやがんだ」

 そこには一月前に旅立ち、今はどことも知れない旅の空にいるはずのトーヤがいた。


「あ、ゴウジ。いやぁ、最近労働の喜びに目覚めちゃってさ、もうこの村に骨埋めようかって迷っている感じなの。穏やかな生活って……本当いいよね!」

 素晴らしい笑顔で、鍬を握りつつトーヤが言う。鍛冶仕事など小さな村なのでろくになく、農作業もさせてもらっているのだ。

 ゴウジが呆れながら呟く。


「お前……ひょっとしてたったの数日で旅終えちまったのか?」

 あの感動的な別れの場は何だったというのか。数日で歩ける場所に定住していると知ったら、今もトーヤを追いかけるために頑張っているはずのギエンたちが、かわいそうになってくる。


 まぁ確かに掟に反しているわけでもないのだが……「お前それでいいのか」と詰め寄りたくなる。

 前世からして怠惰極まりないトーヤの性分を、ゴウジはあまり理解していなかった。トーヤがどちらかと言えば平穏を望む性質であることはわかっていたが、それにしたってたった数日の旅であっさり諦めるほどとは想像もしていなかった。

 単調作業で生きる糧を得られるなら、それに越したことはないと言うのがトーヤの信念なのだ。旅立ちのために真剣に修行していた姿からは想像もつかないが、それこそトーヤの本質である。

 京也について知るためにディクサシオンに向かうことや、親方やハルたちとの約束を忘れたわけではなかったが……それにしたって「後でいいや」という怠け心がムクムクと沸いてくる。大体ここ最近は「国喰らい」なんて化け物のせいで死にそうな目に会いながら頑張っていたのだ。ちょっとぐらい平穏な暮らしを楽しんだって、罰は当たるまい……とトーヤは思っていた。


「だってこの村の人たち親切だし……お年寄りばっかで若い労働力が欲しかったらしいし。働いて感謝されるってとってもいいことだと思うんだ!」

 鍛冶仕事で感謝され、数日滞在するだけだったつもりが、ずるずると先延ばしにし早一月である。あまりに早いトーヤの旅の終着点であった。「ヒゲなし」などと差別されることもなく、やる仕事はそれなりに多いが単純。トーヤにとっては、ある意味楽園なのだろう。


 ゴウジはハァとため息を吐く。これがトーヤの選択なら、仕方ないだろう。

「わかった、わかった……こりゃ急いでミオリたちにも伝えてやらにゃいかんな」

 そう考えたゴウジは、荷物持ちの1人を一度村に戻すことにした。荷物持ちというのは、実は若者の観光が主目的だったりするので、1人減ったところでさほど不都合はない。当人は不満そうだったが、次回の買い出しに必ず同行させるということで折り合いを付けた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「え? 遺跡?」

「ガーディアンがね……暴走しているっぽいのよ」

 ゴウジたちを街に見送ってから数日後、トーヤは朝食を食べながら村人から相談を受けていた。


 話を聞くと、村の傍の森に今の技術では作れない、謎の魔法技術文明の遺跡があるらしい。こういった遺跡が世界中に散在しているとはトーヤも知っており、それに挑むトレジャーハンターも後を絶たないと聞く。

 この村の傍の遺跡はとうの昔に発掘されつくされており、今は動かなくなったガーディアン……人工的に作られた遺跡の守護者が転がっているだけだったのだが、最近急にそのガーディアンが遺跡の外に姿を見せるようになり、森に入って薪を拾おうとする村人たちの間に、不安が広がっているらしい。


「あー……多分原因はあれかなぁ……」

 トーヤは思い当たる節があった。「国喰らい」である。あの超弩級魔獣の放つ魔力が何かしら作用して、ガーディアンを再び目覚めさせたとしても不思議はあるまい。「国喰らい」討伐から1月以上が過ぎた今更ではあるが、暴走しているなら地上に出るのに時間がかかっていたのだろう。そもそも、遺跡を守る役割のガーディアンが地上に湧き出していること自体おかしいのだ。


「トーヤって、腕っぷしにも自信があるんでしょう? 調査と……できれば退治をお願いできないかしら?」

「えぇいいですよ。俺の手におえる範疇なら、いくらでも頑張りますとも」

 この村には随分とお世話になっている。それに、村には若者があまり多くない。これではガーディアン退治は難しかろう。

 そう思ったトーヤは、この村に来て以来久々に剣と弓を手に取り、森へと立ち入ったのだった。

(手におえなかったらどうしようかな……)

 命かけてまで討伐する気はない。そうだったらさっさと街に行って傭兵でも雇う他ないだろう。そんな微妙に情けないことを考えていたことは、村人には秘密だった。



 森に入り遺跡に近づくと件のガーディアンはあっさり見つかった。向こうに気付かれないうちに、トーヤは冷静に矢を放ち、ガーディアンの関節を狙う。

 ガーディアンはトーヤの前世の記憶で言えば、スーパーロボットか何かに似ている。人に似た体形で直立二足歩行しており、全身を金属の鎧で覆ったうえで、さらには何の意味があるのかわからない刺々した飾りが付いたその姿は、かなり物々しい。


 もっとも、トーヤにしてみれば見かけ倒しもいいところだったが。

 関節部に矢が刺さっただけでろくに動けなくなるなど、欠陥品でしかないと思いながら、動きの鈍ったガーディアンの首をショートソードで刎ねる。生き物ではないので、これだけで仕留められるかはわからない。油断なく観察するも、そのままドゥっと地に倒れたところを見るとキチンと倒せたようだ。

(急所ぐらい、首以外の場所にしとけよ……)

 なんでこんな欠陥機をわざわざ大量に作って、遺跡の守護をさせているのか疑問が沸く。

 もちろん、怪力を持ち、関節以外の場所への攻撃がほとんど通じないガーディアンは、一般人には恐ろしい存在だろう。だからってそれなりの腕があれば冷静に対処できる程度の性能では、ほとんど役に立っていない気がする。


「まぁこの遺跡ショボイらしいから、仕方ないか……」

 どうでもいい場所にはどうでもいい護衛しか置かなかったのだろう。聞いた話では発掘されていた当時ですら、ろくなお宝が出なかったらしい。

 とりあえず、遺跡の中に踏み込み、ガーディアンを殲滅しなければならない。

 トーヤは少し緊張しながら、遺跡に足を踏み入れた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 閑静な小村に駆けこむ2つの影があった。片方は酷く小柄な少女。もう一つは一般的なドワーフのイメージに沿った、ヒゲにバトルアックスを背負った戦士風の男。

「兄貴はどこ!」

 到着するなり、小さい方の影……ミオリが一番最初に目についた村人に叫ぶ。

「え? えーと……」

「すいません! いきなり声かけて……えーと、ドワーフのトーヤ……ヒゲの生えてないドワーフの男ってこの村に滞在していませんか?」

 ミオリを諌めつつ、ギエンが丁重に尋ねる。村に着いた荷物持ちから聞いた、トーヤの情けない現状に、両親及び村人たちの制止も振り切り、ミオリが飛び出したのは2日前である。ギエンはそれを慌てて追いかける格好になっていた。駆けて駆けて3日の道のりを2日でたどりついたのはすさまじい執念である。

 そして、ギエンのその言葉……というより、ギエンの姿に村人の女性は酷く慌てる。


「貴方たち、ドワーフの村から来たのね!? 今、使いを出すところだったのよ!」

 その言葉で、トーヤに何事か起きたのは明らかだった。



「行方不明!? 遺跡の調査で!?」

 落ち着いて話を聞くと、とんでもない言葉が飛び出してきた。ミオリたちが来る2日前、旅荷物は全て置いて、武器だけ持って調査に出たが、いつまで経っても帰ってこないと言う。男衆が何人か集まって恐る恐る調べに行ったところ、何体もの壊れたガーディアンと……既に機能を失った魔法陣だけがあったらしい。

「……魔法陣?」

「踏んだら効果を発揮するタイプの魔法陣ね、村の魔法使いの人に見てもらったら……発動したのはつい最近だって」

 村人が説明するには、壊れたばかりの壁の奥に件の魔法陣はあったらしい。どうも暴走したガーディアンが暴れたせいで、昔の調査では見つからなかった隠し部屋が明らかになり、そこに不用意に踏み込んだトーヤがトラップにかかったのでは……とのことだった。


「……それで、その魔法陣の効果は……」

 ミオリが心配そうに尋ねる。

「古代魔術だからハッキリしないけど……多分転移魔法だろうって魔法使いの人は」

「よ……良かった……」

 ミオリはほっと安堵する。転移魔法は様々な場所に対象を瞬間移動させる魔術で、今の時代使用者のほとんどいない高等魔術だ。少なくとも命に関わるタイプでなかったのは安心だ。

「オイ、何安心してんだよ。これじゃトーヤを探すのは……」

 ギエンの言葉にミオリはハッとする。

「そ……それってどこに転移したとか……」

「わからないわね……近衛団の魔導士か、魔道学院の教授でも引っ張ってくれば話は別でしょうけど、自分には無理だってこの村の魔法使いは言っているわ」

 近衛団の魔導士はエリート中のエリートだ。魔道学院の教授も同様である。そんなものへの伝手は、田舎者のドワーフ2人には欠片もない。

 ここまでか、とギエンが諦めようとした矢先。

「フフフ……兄貴と私を結ぶ絆は、この程度じゃちぎれたりしないのよぉ!」

 ブンと拳を振り上げつつ、ミオリが宣言する。

「急ぐわよ、ギエン! どこへなりと大きな街に行って、とにかく情報を集めるの! 『ヒゲのないドワーフ』なんて珍しいから、きっといつかは見つかるわ!」

「……俺はお前のポジティブさが羨ましいよ……」

 そういえば、トーヤもなんだかんだ言って前向きだった。この性格は遺伝性のものなのだろうか?

 この兄妹は本当にどうしようもないな、と思いつつ、駆け出していくミオリを追ってギエンは村を後にした。

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