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旅路

「ごおらあぁぁぁ! バカギエン!」

 トーヤの追放の翌日のこと。ギエンは普段通り鍛冶場に出て仕事をしていた。感傷はともかく日々の仕事はこなさなければいけない。


「あ……ミオリ……起きたのか……」

 鍛冶場に飛び込んできた小さな影を見て、喜びに満たされる。勇者を名乗る何者かに傷を治してもらった代わりに、体力を使い果たして目を覚ましていない(とクズミ婆は言っていた。ギエンにはよく理屈がわからない)ミオリだったが、ようやく復活したらしい。


 だが、ミオリはそんなギエンの喜ばしい感情には一切構わず、ずんずんと鍛冶場に踏み込むと、ガシッとギエンの胸ぐらを掴んだ。

「あんた、うちの兄貴追放したって何考えてんのよ! そこまで『ヒゲなし』が嫌いか、この大馬鹿が!」

 ミオリはガクガクとギエンを振り回す。


「な、なに言ってんだ、俺が、そんな、こと」

 そういえば、ミオリはトーヤとギエンが和解したことを知らないのだ。ギエンは今更そんなことを思い出す。


「あぁ! こんなことしている場合じゃないわ! バカギエンに関わっている時間が惜しい!」

 ミオリはギエンをいきなり放り出す。

 放り出されたギエンは鍛冶場の隅で膝を抱える。


「俺……頑張ったんだぞ……トーヤ殺させないために……土壇場であのアイディア思いついて……『あれ? 俺天才じゃね?』なんて思ったのに……なんで怒られなきゃいかんの……」

「その……まぁ頑張れギエン」

「いいことあるさ……お前にもそのうち」

 鍛冶師たちがギエンを慰める。


 と、ミオリが再びギエンの元にやってきてギエンの服をひっつかむ。

「さぁ、急ぐわよギエン!」

「はぁ!? 急ぐってどこへ!? っつーか俺仕事あんだけど!?」

「親方! ギエン借りるわよ!」

「……まぁいいだろう」

「親方!? なんで止めないの!? あぁ、引っ張るな! 自分で歩く!」

 ミオリに鍛冶場の外へ引きずり出されていくギエンを見て、鍛冶師一同は深く安堵の溜息を吐く。

「まぁ……落ち込まれるよりはマシか」

 少なくともミオリが前向きであるのはいいことだ。そう思いながら、親方は仕事を再開する。



 ギエンはミオリに連れられて村を歩いていた。

「何だってんだよ、いきなり!」

「わかってんでしょ! 兄貴追いかけんのよ! あんたの責任なんだから協力しなさい!」

「いやいや、追いかけるって……どこ行ったのかもわからんぞ!? っていうか追いかえてどうすんだ!」

「んなこと知るか! 兄貴のいる場所が私の居場所なのよ!」

「なんなんだよ、その理屈!」

「長旅になるわ! まずはゴウジにきちんとした訓練をしてもらうのが先ね! クズミ婆に魔法も教えてもらうべきかしら!」

「無駄に現実的なのが怖い! いきなり飛び出さず、慎重に準備整えているのが怖えよ!」

「あんたは荷物持ち兼護衛よ! 女の一人旅は恐ろしいんだから、命かけて頑張るのよ!」

「いやいやいや……」

 ミオリの発言を諌めようとしたギエンの頭に、ふと天啓が閃く。


 なりふり構わず追いかけるようなことを選ばなかったのはありがたいが、この後支度を整え本格的に旅立つには二月はかかるはずだ。そのころには、トーヤはどことも知れない場所へ行ってしまっている。つまり、トーヤを見つけるには長い時間がかかるということで……


「わかった、ミオリ。俺の責任だ。とことんまで付き合ってやらぁ」

 表向き、ミオリを心配しつつもギエンの下心は燃え上がっていた。


(ミオリと一緒に長い旅に出る……これは婚前旅行という奴だろう! いや、違ったとしてもそうしてみせる!)

 二人っきりの旅路。襲い来る危機。颯爽とそれを薙ぎ払うギエン。ミオリの視線に交じるほのかな恋心……。ギエンの妄想は、どこまでも突っ走っていた。


(悪いな、トーヤ。約束した結婚報告、思ったよりも早く聞かせられそうだぜ……!)

 一人静かに燃え上がるギエンをミオリは不気味そうに眺め、(付き人の選択間違えたかしら……?)と悩んでいた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ギエンが並々ならぬ決意(というか下心)を燃やしていたころ、トーヤはのんびりとことこと歩いていた。ドワーフの短い足では、どの道大した速度は出ない。急ぐ旅路でもないので、ゆっくりと歩くことにした。食料程度、狩りの腕前に自信のあるトーヤなら少し街道を外れて森に入ればいくらでも手に入れられるので、村や街への到着を急ぐ理由はない。トーヤの村からは街道が2方向に伸びているが、トーヤが選んだのはより街に近いほうの道である。

「うーん、やっぱりディクサシオンの街とやらに行ってみるべきなんだろうけど……」

 トーヤは荷物の中に入っていた、このあたりの地図を何度も見返す。


「……どこにあるのやら」

 地図と言っても、街道と村や街の名前が書かれただけのシンプルなものである。しかも、ある程度より遠くの地名は載っていない。


「……つまり、ディクサシオンってのはかなり距離があるのかな」

 京也たちは一体どこから来たのだろうか。あの口ぶりからすると、「国喰らい」の出現の第一報を聞いてすぐ来たようだったが、そもそもトーヤたちの村から1日で情報が届く距離などたかが知れている。


「……やめた」

 街にでも行けば、ディクサシオンについての情報もあるだろう。今深く考えたところで、何もわかるはずがない。

 それよりも、トーヤの心は初めての旅路に浮き立っていた。前世まで含めても徒歩で延々と歩く経験などろくにない。それでも不安よりは期待の方が強かった。ならば周りの風景を楽しまねば損というものだ。

 追放されているにも関わらず、このポジティブさ。これこそトーヤの強みなのかもしれない。


「ケ・セラセラ~」

 自然と歌が口を突いて出てくる。正確なメロディなど知らないが、とりあえず歌っているだけでも楽しくなってくる。

「オ~、ケ・セラセラ~」

 同じフレーズを繰り返しながら、トーヤは一路先を目指す。



 旅立ちから3日が過ぎ、野宿にも慣れてきたころ、トーヤは初めて生まれ故郷以外の村にたどり着いていた。

「お~……」

 それ以外に感想が出てこない。当たり前の話で、この村はむしろトーヤの村よりも規模が小さい。宿屋があるかどうかも怪しいものだ。


「……街に急いだ方がいいかな?」

 何も得るものがなさそうな閑散とした昼下がりの村を見て思う。一応この街道を急げば、4日後ぐらいには街に着けるはずだ。無理に滞在するよりもその方がいいかもしれない。


 トーヤが迷っていると、

「お兄さん、何者だい?」

 声がかけられた。見るとヒューマンの40代ほどの女性だ。


「あー、ドワーフの旅人です」

 素直に答える。追放された云々は別に言うべきことではないだろう。

「……ドワーフ? でっかいホビットかと思ったよ」

 ドワーフの識別記号はヒゲしかないのだろうか。トーヤが自分の種族のアイデンティティに少し悩んでいると、

「まぁいいさ。ところで……旅人ってことは買い出しじゃないのかい?」

 婦人が話を進める。


 村のドワーフたちは4か月に一度ほど、街に出て鍛冶の注文などを取り付けると共に、買い出しを行う。その際大抵この村に立ち寄るのだと言う。トーヤは買い出しに付き合った経験がないので知らなかった。


「いやね、この村唯一の鍛冶師の爺さんが腰痛で倒れちまってね……鍋釜の修理できる人がいなくなっちまったんだよ。この程度でドワーフの村に出向くのもなんだし、買い出し待ってついでに頼もうかって思ってたんだが……あんた、鍛冶はできるかい?」

「できますけど……」

「じゃ、頼んだ。鍛冶場はあっちだ」

 トーヤが引き受けるとも言わないうちに、さっさと決められてしまい、婦人は先導するように歩き始める。

「えぇー……」

 とはいえ、別に急ぐ旅でもない。それなら、ちょっとした手伝いぐらい構わないだろう。そう思って、指示された鍛冶場のある小屋に足を進める。

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