再び死後の世界で
トーヤはまたもどことも知れない空間を漂っていた。
「あれ? 俺また死んだの?」
「死んどらん。まだ生きとる」
聞き覚えのあるあの声が響く。老若男女誰ともつかないその声は、神を自称する例の存在のものだ。
「あんたか……で、何の用?」
「不満そうだな」
「そりゃあんたに会ったら、言ってやりたい文句が山ほどあったからね」
「いい目をするようになったじゃないか。何もかもどうでもいいというような、濁ったドブ川のようなあの頃の目とは大違いだ」
「俺そんな目してた?」
「してたな。今はそれなりに気合の入った目になっている。転生させた甲斐もあったというものだ」
「……まぁ14年も生きてれば、それなりに大事なものもできるしね……」
「で、文句があるのか? 今の人生に不満があるなら、やり直させてやってもいいぞ?」
神(自称)がニヤニヤと……顔は見えないが、声の調子から間違いなく楽しみながら聞いてくる。思惑に乗せられるのは癪だが、トーヤは素直に答えるしかない。
「……遠慮しておく。俺なんかにゃもったいないぐらいいい人生だ」
苦労も多いが、自分を思ってくれる人があれだけたくさんいる人生に文句をつけたら、それこそ罰が当たる。
「そう言ってくれて助かるな。実はそんな権限などありはしないんだ」
「馬鹿にしてんのか、あんたは!」
真面目に相手をするのも疲れる存在だ。
「……そう言えば、転生して俺の記憶があったのって何か意味があるの?」
これも疑問だったのだ。色々調べた限り、前世の記憶を持って転生した人物など噂ですら聞いたことがなかった。
「実験だ」
「実験?」
「普通は記憶は全て消すんだが、それを持って転生した場合、魂がどう成長するか……の実験だ。お前のような無気力極まりない輩なら、成長の度合いもわかりやすかろうと選ばれた。単なる偶然以上の意味はない」
「へー……」
なんだかモルモットにでもされたようであまり気分は良くない。
それはともかくとして、こんなところに連れてこられた目的を聞かなければならないのだ。
「次に会うのは俺が死んでからじゃなかったの?」
「そのつもりだった。生きてる者の人生に関わるのはルール違反だからな。……だが、事情が変わった。お前があのイレギュラーに遭遇したことで、放っておくわけにもいかなくなった」
「……あれは……」
「偽物じゃないさ。正真正銘本物のお前、暁京也だ」
「なんで2人いるんだよ」
「お前が死のうとしたまさにその瞬間、どこぞの姫君の召喚魔法が発動した……らしい」
「それで?」
「死にゆく者に召喚魔法が使われた実例はないが、恐らくそのせいで死ぬべき魂と召喚される魂という2つの運命が同じ暁京也という魂に押し付けられてしまった。その時に何が起きたかと言えば……因果律が歪んで……存在確率が……魂の分割……」
自称神はぶつぶつと呟いている。
「つまり?」
「何がどう作用したのかさっぱりわからんが、お前は2人に分かれた。そして片方は召喚魔法の作用に従ってこの世界に呼び出され、もう一人はそのまま死んでドワーフに転生した」
「……それでも神?」
あまりに適当な説明に、トーヤの中でもとより低かったこの存在に対する評価がさらに低下する。もう神(自称)ではなく神(笑)と呼んでやろうか。
「全知全能の神というわけでもないからな。せいぜい、死者の転生先を決めるぐらいの権限しかない。というかこれが正解かどうかもわからん。全く別の理屈が働いていても、おかしくはないな」
「……あっそ」
思ったよりもはるかに下っ端だったらしい。この神(笑)は。
「タイムラグは?」
「あぁそれは……特に意味はない」
「へ?」
「2つの世界の時間の流れはリンクしておるから、召喚なら直接同じ時間に呼び寄せられて来るがな……転生の際は時間軸など関係なく生まれ変わることになる。いつに生まれ変わろうが、異世界のことだから未来の知識など持たないし、本来問題はないんだ。だから、お前がもう一人の自分と14年差程度で遭遇したのは、すさまじい運命だと言えるな」
「そうなのか……」
トーヤが仮に100年前に転生していたら、それこそ京也とトーヤは全く別々の時間に生きることになるので、会うことはなかったのだろう。そう思えば、確かに運命じみたものを感じなくもない。
「一つ覚えておけ……2つの同じ魂が出会ったことで何が起こるかは、誰にもわからん。何も起きんかもしれんし、世界の根幹に関わる問題に発展する可能性もある。本来、全く同じ魂が同一世界に存在するなど、ありえないことだから、何も言えない。いずれにせよ、神はそれに干渉することはない。今回はあまりにイレギュラーだったために、お前にある程度の事実を伝える許可は下りたが、ここから先は全てがお前に任せられることになる」
声が少しずつ遠くなっていく。
「前世の記憶を持った唯一の転生者……その魂が同時に同じ世界に出現したのは単なる偶然なのだろうか? ひょっとすると、運命という言葉ですら言い表せない大きなうねりにお前が巻き込まれる可能性も、否定できんのだ」
既に、トーヤの意識は薄れかけている。
「何も出来んが……次に会う時、お前が幸せであることを願っておこう」
その言葉を最後に、トーヤの意識は空間から急速に遠ざかって行った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
トーヤは牢獄の中で目を覚ます。牢と言っても、質素な村のことだ。頑丈な鍵付きの扉があるだけの、集会所の一室である。
「……意外と親切だったのかな、あれ」
神(笑)などと思って失礼だったかもしれない。自分にできる範囲でトーヤに教えられることを教えてくれたのなら存外、人(神?)のいい性格なのだろう。
ふと、ガチャガチャと扉の鍵が開けられる音がする。
ほどなく、開いた扉から顔を出したのは見張り番を仰せつかったゴウジだった。
「……よう、調子はいいか?」
「まぁ悪くはないよ」
「そうか……誕生日おめでとう、と言いたいところだがな」
ゴウジは言いづらそうに続ける。
「追放だ。表に出ろ」




