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トーヤと京也

 トーヤは立ち上れるようになると、すぐさまミオリの元に駆けて行った。幸い、先ほど確認できたように傷は一つもない。すやすやと眠っているだけだ。

「俺はこの化け物倒しに行かなきゃならんけど、あんたはどうする? ここはしばらく安全だと思うけど、すぐに離れた方がいいかもしれないぜ?」

 京也を名乗る男が尋ねてくる。


「俺は……少しお前と話したい」

「……手短に頼む」

 男はどうも急いでいるらしい。拘束してしまうことをトーヤは申し訳なく思うが、聞かなければいけないことは山ほどある。


「……お前……日本人なのか」

 トーヤは慎重に言葉を選ぶ。明かしても良い部分と、言ってはならない部分を選り分けながら、この男の正体を探らねばならない。

「ッ!?」

 果たしてその効果は絶大だった。ここまで常に落ち着き払っていた男……京也の雰囲気が一変する。


「……な……なんでそのことを……」

「俺も日本人だから名前を聞けばわかる……今は転生してドワーフになっているがね。訳あって日本人としての名は言えん。トーヤと呼んでくれ」

 自分も京也だなどと言えば、話がややこしくなるばかりだ。


「転生……そうか、そんなことも起こるのか……てっきり召喚されるだけだと思っていた……」

 京也は、考えながら言葉を返してくる。


「お前は……召喚?されてこの世界に来たのか?」

「……あぁ、そうだ。階段から転げ落ちてね。こりゃヤバイかな、って高さだったんだが、なぜか傷一つなくて……気が付いたらお城でお姫様に懇願されてた。『お願いです。勇者様、私たちをお救いください』って」

「プッ」

 トーヤは思わず吹き出した。一体どこの世界のファンタジーだという話である……まぁそもそもこの世界がファンタジーだが。

 それより……「階段から転げ落ちた」というところまではトーヤの記憶と一致している。同姓同名顔も同じでこの世界に来る直前の行動も同じとあっては、この男がトーヤと同一人物なのは疑う余地もないだろう。

 ……が、それだと辻褄が合わない。


「京也、だっけか? 今、何歳だ?」

 自分の名前を他人のように呼ぶのは気恥ずかしいが、これは聞いておかなければならない。京也は見たところトーヤの享年と同じ16歳程度に見える。しかし、トーヤが転生したのは14年も前の話だ。


「俺? 16で召喚されて、それが半年ぐらい前だから……今17、ってとこかな?」

 不老などということもなく、見た目通りの年齢だったらしい。2人いるのはまだしも、この世界への登場にタイムラグがあるのは一体どういうことなのか、とトーヤは頭を悩ませる……が、すぐに「転生も召喚も自分にはさっぱり理屈がわからないのに、考えたところで結論が出るわけもない」と思考を放棄する。それよりも、京也について情報を得る方が重要だ。


「……すまんな、話の腰を折って。で、召喚されてどうなったんだ? その能力は……」

「いや、最初は救えるわけないって断ろうとしたんだけど、知らなかっただけで、剣も魔法も俺にはすごい才能があるらしくてさ……お姫様の国を襲っていた邪龍とやらを倒しちまって……ドラゴンスレイヤーなんて呼ばれるようになって……そっから世界中駆けまわって色々してんだけど……で、どうしても『国喰らい』の核が必要な状況に巻き込まれてさ、都合良く昨日ここに現れたって聞きつけて……」

 京也はトーヤの想像もつかないような大冒険を繰り広げていたようだ。


「勇者様!」

「京也!」

 突然声がかかる。両者とも女の子の声だ。


「勇者様! 何をしておられるのです! 『国喰らい』の核を早く回収して秘薬を作らねば……」

 旅装束ではあるが、見るからに仕立ての良い服を纏い、手には豪奢な錫杖を握った魔導士風の金髪の美少女が言う。

「いきなり走り出して何だってんだよ! お前メチャクチャ足速いんだから、あたしら置いてったら付いてけねーだろうが!」

 こちらは褐色の肌の健康的な美少女だ。腰の両側に差した短剣からすると、身軽さを活かした盗賊のような職業だろうか。頭には猫耳が生えており、この辺りでは滅多に見かけない獣人族であることがわかる。


「あ、ごめん……この人たちの悲鳴が聞こえたからつい……」

「そんなことより、急いでください! ディクサシオンの疫病は、もはや一刻の猶予もありません!」

「あたしらじゃ、『国喰らい』なんて化け物倒せるわけないってことわかってんのに、何のんびりくっちゃべってんだよ!」

「わ、わかった。わかったから……」

 京也は名残惜し気な視線をトーヤに向ける。


「ごめん、すぐ行かなきゃ……まだトーヤと話したいこともあるけど、コイツ倒したら急いで向かわないといけない場所があるんだ。もし俺と話してもいいと言うなら、ディクサシオンの街に来てほしい!」

 京也はそれだけ言うと、2人の女の子と共にすさまじい速度でその場を離れていった。その直後、かなりの遠方から魔法の爆音が響く。触手を撃退しているのだろう。



 トーヤは夢でも見ているような気持だった。いきなり現れた自分と同じ顔と名前を持ち、途方もない戦闘力と魅力的な美少女を従えた男。世界を股にかけた大冒険を繰り広げているのだろう、もう一人の自分に思いを馳せる。


「……でも忙しそうだよなぁ……」

 なんで自分が2人いるのかはさっぱりだが、1つ言えるのは京也はトーヤよりもはるかに強いが、トーヤは京也よりものほほんとしていることだ。自分の性格からして、頼まれたら嫌と言えなかったのだろうが、あんなに重荷背負わされて大丈夫なのかと他人(自分?)事ながら心配になる。


「さて、と」

 ミオリを背負い、「灼熱の斧」を忘れず手に持つ。自分に見合う荷物など、これが限界だ。本来なら、男子の本懐とも言えるチート能力を得て大冒険している自分をうらやむべきなのかもしれないが、トーヤにしてみればそんなものより背中に確かに感じる家族の温かみの方が大事だった。

 少し歩くと触手が襲い掛かってくる。しかし、全く恐ろしくはなかった。あの男ならすぐに終わらせてしまうだろう。

「……ほらな」

 蠢く触手の動きがピタリと止まり、一瞬だけ身震いしたかと思うとそのまま地面に崩れ落ちた。京也が頭脳部を破壊したのだろう、とすぐにわかった。

 もはや恐れるものなど何もなくなった山を、トーヤは一歩ずつ踏みしめるように降りて行った。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 村長たちは、トーヤを村の入り口で待っていた。突如として不穏な気配が消えうせた山に、何事かを感じたのだろう。村中のドワーフたちが避難準備をほっぽり出して集まっていた。

「村長。ご迷惑をおかけしました。『灼熱の斧』、お返しします」

 村長に「灼熱の斧」を手渡す。

「うむ。……それで、『国喰らい』はどうした」

 村長が受け取りながら尋ねる。

「突然現れた3人組の勇者が倒していきました」

 トーヤは素直に答えた、ただし、異世界から召喚された勇者云々は伏せておく。そこまで言ったら話がややこしくなりすぎる。


「なんと……それで、その3人組はどうしたと言うのだ。村を上げて礼をせねば……」

「用があったのは、『国喰らい』の核だったらしくて、多分それを回収してもう他の街に移動していると思います」

「……そうか」

「国喰らい」の件はこれで片が付いた。後は、トーヤの処遇だ。


「……わかっておろうな? 秘宝を強奪した者は……理由を問わず死罪だ」

「己のすべきことをしただけです。それで結果的に掟を破ったなら、掟に従うまでです」

「覚悟はできているようじゃな」

「……はい」

 死が恐ろしくないわけはない。だが、ここで逃亡を選べば、命は長らえても一生罪悪感に苛まされるだろう。14年生きたドワーフの誇りにかけて、それだけは絶対に嫌だった。何よりそんなことをすれば、家族が……ミオリが「死罪から逃げた臆病者の『ヒゲなし』の一族」と永久に後ろ指を指されることになる。

 トーヤはじっと事の行く末を見守っていた家族に、ミオリをそっと託す。


「ごめんね、みんな……ミオリを……責めないでやって欲しい」

「……立派に育ったな、トーヤ」

「トーヤ! なんであなたみたいないい子が、死ななきゃいけないの! あなたは家族を助けようと……」

「やめろ、母さん。トーヤを惑わせるな」

 ゼンジ兄が母親を抑える。その様を見てトーヤはグッと感情が動きそうになるが……振り切って村長の元に戻る。


「村長……一つ頼みがあります」

「……何でも言うが良い」

「俺の墓は作らないでください。それでミオリには……トーヤはどことも知れない場所に旅立った、って言っとくようにみんなに頼んで……」

「……どこまで兄バカなのじゃ、お前は……。まぁよかろう」

「ありがとうございます……それじゃ、ミオリが起きる前に……」

「死ぬまで兄バカを貫くつもりか」

「それが俺の生き様ですから」

「では……ゆくかの」

 ゴウジがトーヤの後ろに回り手を縛り上げる。

「……すまんな」

「謝るのはこっちだよ……ごめん、さっきはいきなり吹っ飛ばして」

 処刑は広場で行われる。皆がそろって広場に行こうとしたその時だった。



「待てー! その処刑、待てー!」

 誰かの叫びが皆の歩みを止める。

「……ギエン。何をしておるのじゃ」

「トーヤの処刑を止めに来た!」

「……いかなる理由で止めるのじゃ。トーヤが『灼熱の斧』を奪い取ったことは本人も認めておる。弁護など不可能じゃろう」

「違う! 俺が言いたいのは……トーヤは『ヒゲなし』だってことだ」

「おいギエン。今更それを言うか。トーヤは誇り高くドワーフとして死に臨もうとしているんだぞ。ヒゲが生えてようが生えてまいが、ドワーフとして扱ってやるのが……」

 ゴウジがギエンを諌めようとする。だが、その言葉を受けてギエンはニヤリと笑う。


「知らねぇのかよ、みんな。掟にはこうあるぞ……『14を過ぎてヒゲの生えぬ男子は、ドワーフではない。即刻村の外へ追放すべし』ってな。最近は全く適用されていなかったみたいだが……掟は掟だろうが! 殺す前に今すぐそこの『ヒゲなし』を追放しろ!」

 村長がポカンと大口を開けて、ギエンを見つめる。やがてくつくつと笑いをこらえるようにしながら、ギエンに声をかける。


「くっく……おい、ギエン。知っておるか? トーヤの14歳の誕生日は明後日じゃぞ?」

「ウ!? それは……えーい! 俺は『ヒゲなし』が大っ嫌いなんだ! 何でもいいからとっとと追放すりゃいいんだよ!」

「くっくく……なるほど、なるほどな。可愛い息子の頼みじゃ。2日ぐらいは職権乱用してやってもいいかもしれんのぉ……おい、ゴウジ!」

「はい!」

「その『ヒゲなし』を牢に入れておけ。明後日の朝、村から追放だ」

「はっ!」

 何が何やら理解できないままのトーヤをよそに、事態が進行していく。


「おい、トーヤ! 良かった……とも言えないかもしれないが、とにかく良かったな!」

 ギエンが駆け寄ってくる。

「え? えーと……」

「生きられるんだよ! 追放される代わりに、生きていられるんだよ!」

 ギエンは我が事のように大げさに喜び続けた。



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