死後の世界
彼はどこともしれない空間を漂っていた。
彼の名前は、暁京也。無駄にかっこいい名前がコンプレックスの16歳。男子高校生。いじめられっ子。先ほど死んだ。
(……なんで死んだんだっけ?)
頭を捻って考えてみる。……思い出した。クラスの不良グループにパシらされている途中、階段から滑って落ちて頭を打ったのだ。
……考えてみれば、恐ろしく情けない死に方だ。
(おばさん、悲しむだろうなぁ……)
唯一彼にとって救いだった人物、女手一つでここまで育て上げてくれた恩人のことを考える。両親がいなかったことも、彼がいじめられるようになった原因の一つであることは否定できないだろう。
(……ま、いいか)
彼の数少ない長所の一つがこのポジティブさである。勉強もスポーツもろくにできず、常におどおどしていていじめられながらも、そんな状況から逃げようと思ったことは一度もない。
死んでしまったなら、現世に関わることはできないのだろう。少なくとも、そんなことができるなんて話は聞いたことがない。
だったら、あの世なのか生まれ変わりなのかは知らないが、この先に待つものを考えた方が建設的だ。さっさとそう頭を切り替える。
というか先ほどから何もないが、一体ここはどこなのだろう……ひょっとして永久にこのままなのだろうか……と京也が漠然とした不安を抱いていると、
「ほお……ドライというか、無感情というか……今時の若者はこんなものなのか」
突然その空間に声が響く。老若男女誰とも取れない、不思議な声だ。
「……誰ですか?」
京也は変化があったことに少しほっとしつつ、誰何する。
「神だよ、神。ま、それが信じられんなら、管理人か何かと思ってもらえばいい」
神を自称する存在が言葉を続ける。
「どうせ、すぐにお別れだ。私の正体など、考えても意味はなかろう」
そう言うなら、そうなのだろう。京也は素直に納得する。
「……少しは訝しがるとかせんのかね。本当にまぁ感情の起伏のない奴よ」
京也は反論したかった。別に感情がないわけではない。感情を露わにして得をしたことが、今までの短い生涯でろくになかっただけだ。が、反論したところで意味がないと言葉を飲み込む。
「そこで反論しようとしないから、お前はいじめられていたと思わんのか」
呆れたように神(自称)が語る。確かに、生前教師や真面目そうなクラスメイトからも、「少しは反抗する勇気を身に着けるべきだ」とはさんざん言われたが、生来の性分なのか、結局そんなことはできなかった。
「ふむ……だとすると、次の転生先は気合の入る場所がいいだろうな」
「転生?」
京也は耳慣れない言葉に引っ掛かりを覚える。
「お前に足りなかった物を補い、より完璧な魂に至るための試練だ」
彼は仏教か何かでそんな話を聞いたことがあった。最後は悟りを開いて輪廻から外れるのだろうか。
「そんな先のことは考えんでよろしい。今はお前の転生先を決めることの方が重要だ」
「なるほど、それも道理ですね。だったら、さっさと決めてください」
「お前……仮にも、この先の人生すべてがかかっているんだぞ……少しは自分の意見出そうとかそういう気概は……」
声の呆れの色がますます強くなる。知ったことか、と京也は心の中で吐き捨てる。いい加減この空間にも飽きてきたのだ。
「あぁわかったわかった。お前と議論しても、無駄だなこれは。とっとと次の人生歩ませた方が、話が速い」
神(自称)は色々と諦めたたしい。その声と同時に京也の意識は空間から弾かれ、どことも知れぬ場所へと飛ばされていく。
「では、お前の次なる人生の終焉でまた会おう」
最後に声はそれだけ言い残していった。