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『宇宙雑音 -The Fansy Noise-』 第1号 (2014年夏号)

幽霊と電車と焼肉

作者: 野ヶ宮 ノガ

 「お願いします! 死に方を教えてください!」

 寂れた駅に男の声がこだまする。

 この駅――日暮駅には不思議な都市伝説が存在した。


 ある駅員がその異変に気がついたのは今から約一年前のこと。

 この駅の三番ホームのベンチに一日中ずっと腰掛けている男がいるのだ。それも毎日。

 駅員が注意しようと声をかけると男は決まってこんなことを尋ねるのだ――「死に方を教えてくれ」と。

 駅員の話を聞いてくれそうにもないので無理矢理ベンチから引きはがそうと駅員は試みた。そのとき男の腕を引っつかんだが駅員はあまりの恐ろしさに手を離してしまった。

 なんと男の体はぞっとするほど冷たかったのだ――まるで死体のように。

 そこで駅員はあることを思い出した。一ヶ月前この駅の三番ホームで起きた人身事故のことだ。

 駅員は死んでしまった男について調べた。そしてその情報を手にもう一度男に話しかけた。

 駅員は恐る恐る尋ねた「あなたの名前を教えてください」

 男は不審そうな表情をしながらも自分の名前を口にした。

 その名前を聞いた瞬間駅員はその場を逃げ出した。男の名前は一ヶ月前人身事故で亡くなった男の名前と一致したのだ。

 そのころだろうか。この駅にこんなうわさが流れだしたのは。

 「日暮駅の三番ホームにはその駅の人身事故で亡くなった幽霊がいる。その幽霊は誰の目にも視認することができ、『死に方』を尋ねてくるときがある」

 『電車幽霊』と安直なあだ名をつけられた男の霊はなおもベンチに居座り続けた。

 しかし、半年ほど前だろうか? その男の霊がこつぜんと姿を消したのである。

 人々は「『死に方』を求めて町へ繰り出したのだ」とささやいた。


 その真偽は定かではない。




「ふーっ! やっと終わった!」

「これで来月号も間に合いそうですね!」


 午後六時三十分。僕たちの修羅場が終わった。

 僕が務めているマイナーゴシップ雑誌の編集部に、安堵のため息と達成感で満ちた歓声が満ちる。やっと来月号の記事が完成したのだ。


「やー今回はきつかったですねー」「マジで修羅場だったねー」「何はともあれお疲れー」


 口々にお互いを励まし合う声、闘いをかみしめる声がこだました。


「深宮くんもお疲れー」

「お、お疲れさま……です」


 編集長の疲れがにじんだ笑顔が僕の視界に映る。どんなときでも笑っている編集長も少し堪えているようだ。


「今日はみんなに相当ムリさせちゃったから、なんかごちそうしてあげるよ!」


 編集長の提案に、生気を失ったみんなの目がキラキラと輝きだす。


「ほっ本当ですか!」「やったー!」


「なんか行きたい店の希望ある?」編集長が問いかける。


「なんかガッツリしたヤツ食べたいです!」「そういえば駅の近くに焼肉店新しくできたよね?」「じゃあそこ行く?」


「賛成!」の声が十割を占めたので僕らは焼肉店に行くことになった。


 夕飯時なので席が確保できるか心配だったけど、どうやらそれは杞憂だったようだ。みんな並んで座ることができ、さっそく肉に手を伸ばしている。


「ほら深宮くんも食べないと肉なくなっちゃうよ! ただえさえヒョロヒョロした体してんだからもっと 食べないと!」


「あ、ありがとう……ございます」


 隣に座っていた山本さんにお肉をよそわれる。


「あ、もしかして深宮くんベジタリアン?」

「そういうわけでも……ないです」

「そうだよねーみんなお肉好きだよねー!」


 温かな賑わいがテーブルの上いっぱいに広がる。


「騒がしい奴らばっかでごめんね。深宮くん物静かだからうるさいの苦手でしょ?」


 網の上に肉をのせながら話しかける編集長。


「いえ……そんなことは……」


 ない。器用に会話できない僕だけど、この雰囲気が大好きだ。見てるだけで、聞いてるだけで体中がぽかぽかしてくる。

 もっと言うと編集長の存在が僕にとって何よりの安心感を与えている。人と接するのが苦手な僕に話しかけてくれること、真剣に耳を傾けてくれることがありがたくて、感謝してもしきれない。


「へぇ、この町に都市伝説とかあったんだ」「聞かせて! 聞かせて!」「どうにも嘘くさそうだけ   ど……?」

「なんか騒がしいねぇ」

 と言いながら玉ねぎを口に運ぶ編集長。


「編集長! 俺とっておきの怪談っていうか日暮駅にまつわる都市伝説を知ってるんすよ!」

「なんでまたそんなものを?」

「知り合いの駅員から聞いたんですよ!」

「最寄り駅だしちょっと興味あるかも」

「えっじゃ話ちゃっていいっすか?」


 話し主、河和さんは軽く咳払いしてからその話を語りだした――。




「んーやっぱ信じられないよ」「正直あんま怖くない」「びみょー」

「はあッ? 聞きたいって言ったのはどこのどいつだよ!」

「まあ、聞きたいとは言ったけどね……」「誰にも視認できる幽霊って本当に幽霊なの?」

「あくまでも都市伝説! レジェンド! ホントかどうかはわかんないの!」


 河和さんの話した怪談とは日暮駅の三番ホームに居座る『電車幽霊』の物語。


「信じる信じないはその人次第だから、ね」


 河和さんをフォローする編集長。


「もうしばらくしたら店を出ようか。食べれるだけ肉食べちゃって!」




 編集長の宣告通り数十分後僕らはお会計を済ませてお店を出た。編集長の財布から何人諭吉が出て行ったのか気になるところだけど、久しぶりに楽しい食事だった。


「ところでみんな何使って帰る?」財布に小銭をしまいながら編集長が尋ねた。

「わたしは日暮駅から電車」「俺も」「わたしも日暮駅から」「三番ホームの朝陽方面の電車に乗りま  す」「あっうちも!」

「なーんだみんな日暮駅から来てるんだ」

「じゃあみんなで帰ろうか」と駅までみんなで目指すことになった。


 住宅街にひっそりとたたずむさびれた駅。それが例の日暮駅だ。

 改札口に定期をかざし、順調にホームへと進む。

 はずだった。


「なんかみんな足取りが重たいっていうか、ホームに入りたがっていないでしょ」

「な、なんのことよ! 別にあの怪談なんか怖くないわよ!」

「怪談の話なんかしてないし! やっぱみんな気にしてんだな、電車幽霊のこと」

「そういうあんたはなんなのよ! さっさと改札通りなさいよ!」

「待てコラ、(手の震えが止まらなくて)まだカバンから定期出してねえんだよ」


 みんなホームに入る直前で電車幽霊の話を真に受けているのでした。


「みんなあれだけ信じないって言っていたのにこの期に及んでなんだよ!」

「それにあの話の最後って幽霊この駅から消えたんでしょ」「でもそのラストって絶対脚色じゃない?」「まだいるかもしれません」

「だからってなんでボクを一番前にして縦一列になんのさ」


 呆れ顔の編集長。


「やっぱこういうとき頼りになるのは年長者でしょ!」

「ばか、お年寄りはもっと繊細にあつかうべきだよ!」

「こういうときだけ年寄り面しないでください」

「ボク嫌だからね!」「あ、一番後ろ行かないでくださいよ! わたしが一番前になっちゃうじゃないですか!」「ってお前も後ろ行くな!」「え、わたし一番前いやだよ!」「だから後ろ行かないでってば!」


 三番ホームへの階段を前にして繰り広げられる順々巡り。そして


 「頼んだよ! 深宮くん!」


 僕が一番前になってしまった。


 「深宮くん実は幽霊とか怪談とか大丈夫な人だよねッ?」


 切羽詰まった山本さんの声に――僕はイエスとしか言えなかった。


 「やった!」「でかした!」「今日は君が勇者だ!」歓声をあげる大人六人。

 「じゃあ……行きます」


 僕は静かに階段をおりた。


 人気のない静寂に僕らの足音だけこだまする。照明は仄暗く、タイルの貼ってある壁にはところどころ ヒビが入っている古びた階段。編集部員の中には目をぎゅっとつぶっている者、前にいる人の背中に顔をうずめる者もいる。

 なにか出てもおかしくはない。


 「着き……ました」


 プラスチック製の薄汚いベンチ。それが例のベンチである。

 編集部員の人たちは恐る恐る顔をあげた。




「うん、やっぱり電車幽霊はいなかったんだな」「はぁー怖がって損した」「毎日使う駅なのに幽霊いたらどうしようってめっちゃ焦った~」


 晴れ晴れとした安堵の声が構内に響く。


「これで安心して毎日通勤できるね」「ありがとう! 今日の勇者よ」

「え、えっとこちらこそ……」


 証拠写真としてベンチを撮影する人もいれば、堂々と腰かけふんぞり返る人もいる。とにかく少なからずみんなはしゃいでいた。


「君が来てからもう半年かあ」白線にそってもう編集長は並んでいた。

「はい」

「なんだか君とこの駅にいるとあの日のこと、思い出す」

「…………!」


 僕も同じこと思っていました。




「お願いします! 死に方を教えてください! 僕、線路に飛び込んだはずなのにまだ生きていて、でも

体は冷たくて……もうわけがわからないんです! 助けてください!……死なせてください」

 特に行くあてのない僕はずっとこの駅にいた。一人で黙り込んでいるといたたまれなくなり誰かが僕の前で足を止めたとき、こうして問いかけてしまっていた。

 みんな怖がって逃げてしまった。けれどある人はこう言ってくれた。


「そんな悲しいことを訊くの、やめようよ。もっと楽しいこと考えよう!」


 その人はそう言って無理矢理僕の手を引いて改札口を出た。

 その人が与えてくれたのは気の置けない仲間たちと、温かな空間。僕が生前手に入れることのできなかった『あたりまえだけど大切なもの』たちだった。


 生きていたときよりも死んだあとのほうが楽しいだなんてなんだか不思議なこともあるものだと僕は――――


 『電車幽霊』は微笑んだ。


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