兄妹
何処かのSSコンテストに応募したもの 女をストーカーし続ける私の兄の正体は
私の身内にストーカーがいる。
正確に言うと兄だ。兄はストーカーだ。どこからどう見ても紛れもなくストーカーなのだ。
勘違いしないでほしいが、ちゃんと女性の尻をつけ狙う王道パターンのストーカーである。「ちゃんと」という曖昧な補足をつけずとも、ただのストーカーでいいじゃないかと思う者は多いだろうが、老若男女を追いかける最強の変わり者の方がまだよかったのだ。ただの変質者だとしか思われないからだ。若い女性のみを狙うようになったら、それは変態だ。
兄は自意識過剰で、我侭というよりは理不尽、とにかく周りを巻き込んだり煙たがられたりするタイプだ。おかげで私は昔から何度も兄のことで悩んだ。
両親がいないときを見計らって、兄は自宅へ帰ってくる。黒いダウンジャケットをそつなく着こなす兄が、くたびれたようにスニーカーを脱いだ。
「今日は大変だったよ。危うく警察を呼ばれるところだった」いつ刑務所にぶち込まれてもおかしくない兄は、いつも暢気なことしか口にしない。
「兄さん、そろそろいい加減にしたらどうなの。高校で噂になってるのよ、この近くにイケメンストーカーがウロついてるって」
「ストーカーにイケメンなんていう最強の肩書きをつけた奴は、さぞかし付きまとわれてもお構いなしって言っているようなもんだ」
「浮気性の馬鹿女なのよ」クラスメートとはいえ、派手な女子が好きではない私は、彼女を思い出すと腹が立った。
兄さんはさっさと家に上がって、紅茶を用意し始めた。
「なあ、アールグレイはないのかよ。アップルティーなんて子供じみたもの、買ったのはお袋だな。林檎だからって騙されるな、苦い上に舌触りがよくない。なんでもかんでもお茶に混ぜたって失敗作が量産されるだけだ」
「兄さんが嫌いなだけでしょ。それ、私が買ったの」
私は兄が嫌いではないが、好きかと聞かれたらそんなことはない。兄妹なんてそんなものだろう、と兄は評論家のような口ぶりでいつも言うけど、普通ならストーカーになった兄とそこそこに接することができる女子高生の妹なんて、いるのだろうか。うちの父と母でさえ兄をないがしろにするのに、だ。
「そのネックレス、買ったの?」自分のカップに紅茶を注ぐ兄に聞いた。「いいや、違う」あまりにも予想通りな答えが帰ってきた。
「読者モデルの女子大学生が、彼氏にもらった大切なネックレスなんだと」
シルバーのクローバーが下がっている、センスとしては微妙だった。「バーで声かけたら息が合っちゃって、話し始めてから10分経ったぐらいでこれを自慢してきた。ムカついたから、あいつが風呂に入ったときに盗った」
「馬鹿じゃないの」
ストーキングだけでなく、物色も盗みもプロフェッショナルな兄を見ていると、どうも日本の法律は甘い気がしてくる。最近は裁判員裁判のおかげか、せいと言うべきか、死刑判決が増加してきているが、兄を見ているとわかる。兄は女性たちに撲殺されてもおかしくない。
裁判員は彼女たちでないから、兄の罪の重さがわからないのだ。
その女性もストーカー男に引っかかって不幸なものだ。彼女の家への道のりと距離と時間は間違いなく兄の頭に入っている。
それを兄に言うと、「算数みたいだな。なんだっけ、その公式」とどうでもいいところに食いついた。兄はアップルティーを飲んでいて、ガムシロップをどぼどぼ入れた。
「ちょっと身体に悪そう」
「中途半端に苦いのは嫌なんだ。フルーティーさも増す」
「フルーティーとスイートって、兄さんが思ってるほど近くないわよ」
「近いさ。瑞々しさと甘さがあの赤い玉に凝縮されているんだぞ。まったく種類の違うものが合わさったら、林檎はおいしくなくなる」兄は自信満々に頷いた。
実を言うと私もストーカーに追い掛け回されて悩んでいる。両親は私を鈍感だと思っているから、誰も私の憂鬱を見抜けないだろう。兄に相談してもいいのだが、私はそのときなにかを覚悟しなければいけなかった。最悪の場合は、僅か十数年の人生にピリオドを打たれるかもしれない。
目の前の兄は、最初から家族ではないのだから。