十年目の奇跡
馬車の中、一流の傭兵パーティはため息を零した。
国からの依頼を受けて、この東方領の監査護衛を始めて半年
前領主が搾取するだけして放置した村々を巡ること、十二個目…廃村として放置された村の現状は酷い物だった。
人は魔を呼ぶ。
苦しんで死んだ者達が、きちんと供養もされず放置されれば、そこは魔物の発生地となりやすい。
前領主はそうゆう人里離れた小さな村達を、いくつも作り出していた。
きちんと税を納めないのが悪いという主張は、勿論却下された。
国の規定以上を搾取しつくし、更には国に納める分も誤魔化していた。
これから行く最後の記録上の廃村は、十年も放置された山に囲まれた小さな村だ。
畑の大半は湿地帯で、麦の収穫量は少ないのに交通の便があまりに悪かった。ゆえに東方領の中で、うま味が無いと最初に打ち捨てられた場所だった。
廃れてほとんど塞がっている道を、魔剣使いのユーゾと魔法使いのリリィ協力で切り開いていく
主戦力の二人の消耗も勿論、この先の廃村の状況を思うと不安しかない。
十年もの放置…場所がら最後の供養となってしまったのだが、最強と謳われるメンバーでも無事ですむか分からないほどの魔物が産まれている可能性もある。
善良な人達が死霊となり魔物と化すのを見るのも悲しい。
暗くため息が止まらないメンバーに清めの巫女はパンッと手を打ち鳴らした。
「皆さんしっかりなさって下さいなっ!思考が魔を呼びこみますわよっ」
傭兵達はハッと顔を上げた。
「すまないヨーコさん、ちょっと悲惨な物を見続けて気落ちしてたな」
「そ、うですね、うわ、髪の色が濁り始めてら」
「村に到着する前に一度お清めした方がよさそうね…」
「しかし十年物ですよ、法力は温存しておいた方が…」
「あなた方が死霊に取り込まれたらおしまいですもの、準備はちゃんとしなければ」
しかし暫く進んで…馬車の中は微妙な空気に包まれた。
「…魔物の襲撃少ないですね」
「……と、いうか山を越えた辺りから、ぱったりじゃねぇ?」
「魔物転化前ならともかく…十年放置されてる村一つ分の死霊達の周辺状況じゃありえませんね…」
魔物に転化する前…つまり死に絶える前…急速に濁っていく人達は魔を呼びこみ取り込んでいくので力を奪われないために周囲から魔物の出現は減る。
転化してしまえばそこは魔物の温床となる。
「もしかして……更にヤバいのが産まれようとしてる?」
「急げっ!転化進化前に叩かないとっ、土地が枯れるっ!」
慌ててペースを上げ、日暮れ前に村のあった場所…についた彼らは……目の前に広がる光景に顎を外した。
ぽか~んである。
「うわー、しゅげー、ぱしゃだー」
「山ん中から知らない人達がきたーっ」
「ひょわー、いなほ色の人だー」
わらわらと健康そうなちみっ子達が寄ってきた。
「あんら、あんたら領主様んの使いかい?ひっさしぶりやねぇ」
子供達の声に、やっぱり健康そうな老婆が珍しい物を見るように彼らに声をかけた。
見慣れぬ服装に履き物、しかし艶やかで濁りのない人達が、浅い水たまり…というか池?のような場所から上がってくる。
水面はキラキラと輝き、小さな草が規則的な間隔を開けて生えていた。
「おー、終わった終わった」
「腹へったぁ」
カンカンカンと何かを打ち鳴らす音が響いてくる。
「皆さんお疲れ様~、おにぎりとけんちん汁出来たよー」
少し甘い響きの声がいい匂いと共に届いてくる。
「あんたらもいらっしゃい、今夜は田植え完了の宴会じゃに」
老婆はそう言うと、ひょっこひょっこと立ち去ってしまう。
…なぜかその背に自分の五倍はありそうな大イノシシを背負って。
丸太に括られた獲物は、とんでもなくでかいが、魔物化していない。
大型の獣は殺すと魔物化しやすいはずなのに…と、見れば、老婆の腰に吊るされた大ナタは刃先からキラキラと聖力を零している。
彼らは顎が閉じられなかった。
刃物に聖力は相性が悪いはずなのだ…
「チヨばーちゃん、待ってぇ」
「こらこら危ないからばっちゃにたかるんじゃないよ、あっちの馬車のおじさんに乗せてもらいな」
「おぢちゃん、ばしゃのっけてー」
「ばちゃ、あっちの道からじゃないと田んぼにはまって動けなくなるよー」
子供達にわらわらと集られ、手を引かれ…彼らは茫然と連れて行かれた。
「皆さん三日間田植えお疲れ様でしたーっ!豊作を願って、かーんぷぁいっ!!」
「かんぱーいっ!」
村中の人達が集まった広場で、皆がコップを掲げる。
片手に具だくさんな汁物のお椀とスプーン、片手に水のように透明な…しかしどこか甘くて辛くていい匂いのする強い酒を持って、周りにつられるようにコップを掲げた傭兵パーティと清めの巫女と監査役人は、やっと開けっぱなしだった口を飲んだことも無い美味しいお酒を口にしながら閉じた。
あれ?ここどこの桃源郷?と日本人なら思うだろう状況だった。
「ほーらあんたらも、おにぎり食いな」
「チヨばーちゃんの獲物も焼けたよーっ!取りおいでー」
「んじゃ、いただきまーす」
「「「「「いただきますっ」」」」」
少し甘い響きの声のあと、重ねるように『呪文』が響くと、空気がキラキラと煌めき、人々がほんわりと輝きを放ち出す。
それは聖なる輝き、清めの法力…聖力だった。
「うーん、すっかり定着したなぁ」
最初はいただきますと、サバイバルゆえに心底から…血肉になる食べ物に、感謝しつつ挨拶すれば光る体にビビったものだが、異世界で半年サバイバルで暗闇に怯えてた私は異世界独特の現象でラッキーだと思ってた。
村人たちが驚いた時にはヒビったが、いただきますの意味合いを知った彼らもすっかりお仲間だから、やっぱりこれは異世界独特の現象なんだろう。
私しか光らないのか?と思った時には異世界技能か?とも思ったけれど……まぁ、光るだけだもんなぁ…チートとは、やっぱりコレもずれてるよねぇとがっくりしたもんだった。
なーんて十年ひと昔と思い出に浸る彼女は知らない。
この光が清めの法力で、誰でも使えるようになるものではないと。
魔物や害意のある獣を遠ざける効果があるなど、大きな獲物を殺してもちゃんと食用肉として食べられる効果をもたらすなど……
そのせいでやっぱり、かなり上位の夜と月の精霊に愛された巫女さまだーと、村人達に密かに崇められてることも。
「村人全員法力使い…って、ありかよ」
「私、夢見てるのかな…」
「あは、あははははは」
「わー…空気がおいしー…この村聖域化してるんですけど…あはは」
「私どもの覚悟っていったい…あははは」
なし崩しに宴会に巻き込まれたメンバーは、もう現実逃避気味に初めて口にする素朴だが美味しい料理と酒を周囲に勧められるままに堪能しつつ、あはははは~と乾いた笑い声を小さく上げたのだった。