白と黒の事件簿
昔書いたものを加筆・修正して投稿しました。一応サスペンスものを意識して書いています。
プロローグ
「ヤッバ! かり遅くなっちゃった!」
人気のない夜道を少女は一人走っていた。市内の某女子高校の制服を着、肩にはスポーツバックを斜め掛けにしていた。どうやら部活帰りの女子高生ようだった。
「しっかし、ノンもヒドイよなぁ。今日彼氏とデートだからって、いきなり片付け変わってくれだなんて……今度なんかオゴらしてやる!」
そう友人への愚痴を呟きながら角を曲がると
「あれ?」
街灯の中に蹲る人の姿を見つけて少女は思わず呟いた。近づいてみるとどうやら苦しんでいるのは紳士風のいでたちをした老人のようだった。
「大丈夫ですか?」
「うぅ~……」
少女が恐る恐る声をかけてみたが、返ってきたのは苦しそうな呻き声だけだった。
「どうしよう……」
少女は途方にくれた。老人と自分は他人だから放って置いてもよいものでは、と今時の若者は考える者もいるだろうが少女は現代には珍しく(?)困っている人を放っては置けない性格だった。とは言えこの状況は少女にはどうしようもなかったが。
「ともかく救急車を……」
少女がバックから携帯を出して199番に掛けようとすると
「……そ、其処に誰か居るのですか?」
老人が苦しみに顔を顰めながら訪ねてきた。どうやら苦しみの余り少女が近くに居るのに気づいていなかったようだ。
「は、はい」
少女が返事をすると
「……す、すみませんが……く、薬を……鞄の中、に……」
「鞄ですね。えっと……」
少女があたりを見渡すと老人の陰にデパートの物と思わしき紙袋と、有名ブランドのロゴが入った黒皮のセカンドバックが置いてあった。少女は薬が鞄の何所に入っているのか判らなかったので手当たり次第に漁ってみることにした。緊急事態でなかったら一大事である。
「あった!」
バックの外側のチャックの中に薬袋らしき紙の小袋と小さな金属製の水筒があった。
「はい。どうぞ」
少女は老人に薬と水筒を渡したが、老人は手が震えて上手く受け取ることができなかった。
「ちょっと待って下さい。えっと、何錠ですか?」
少女が尋ねると老人は震える手で指二本立てた。
「二錠ですね……」
少女はカプセル型の錠剤二錠を取りだすと、それを手に握りしめたまま水筒からコップに水をそそいだ。
「はい。飲んでください」
少女は老人の口にカプセルを入れるとコップを老人の口に近付け水を飲ませた。
「んぐ、んぐ……ふぅ」
老人は何とかカプセルを嚥下し、一息つくと街灯の支柱に背を預けた。少女は本来ならすぐにでも立ち去りたかったが成り行き上最後まで付き合うことにした。数分後、老人は全快とはいかないまでも少しは回復したようで
「どうもありがとう」
老人は立ち上がりながら少女にそうお礼を言った。
「いえ。あの、もう大丈夫なんですか?」
少女はそう返事を述べながら改めてこの老人を視てみた。「老人」というより「初老」といったほうが良いのかもしれない。年齢は五十歳ぐらいで(暗がりでほとんど黒にみえるが)濃紺のスーツの上下で首には蒼のスカーフを巻いて山高帽を被っていた。帽子から覗く髪には多少白いものも混じっていた。
「ええ、もう大丈夫。万全ではありませんが、一人で帰るには十分に回復しましたよ。重ね重ねどうもありがとう」
初老の紳士は帽子を取って軽く会釈しながら言った。
「そうだ、何かお礼をしないと」
「い、いえ!そんな、別にいいですよ、お礼なんて!」
少女は辞退しようとしたが紳士は
「遠慮することなんてありませんよ。親切にしてもらったお礼をするのは当然のことですから。ちょうど今日買ったお菓子がありますから、これをどうぞ」
と傍らに置いてあって紙袋を少女に差し出した。
「そ、そうですか。それじゃぁもらっちゃおっかなぁ~」
少女は照れ隠しなのか頭をポリポリと掻きながら紙袋を受け取った。
「そうそう。若い人は遠慮なんかするものではないのですよ」
紳士は笑いながら言った。
少女は此の時気づかなかった。背後から音もなく近づいてくる「モノ」に。
少女は此の時知らなかった。「ソレ」が狂喜っていたことに。
少女は此の時わからなかった。背後の「ソレ」と眼前の紳士が「同じ」表情をしていたことに……。
第一章 黒と白登場
「そこ! 寝るな!!」
勢いよく飛んできた学級簿の角が少年の頭頂部に突き刺さらんばかりに直撃した。アニメだと頭から血が噴出しても可笑しくないほどの勢いであった
「んぎゃぁ~!!」
少年はたまらず跳ね起きた
「はい、おはよう」
「痛ぅ~。んだよ先生ぇ!角はねぇよだろ角は!!」
そう涙目で抗議するする少年に投げた本人は満面の笑みで――
「堅く~ん?今ので君が先生のお・は・な・し中に寝ていた回数、何回目だと思う~?」
学級簿を投げつけられた少年の名は『黒岩 堅』。それほど大きくは無いがガッシリとした体躯、ボサボサで少し茶色味を帯びた黒髪、不機嫌そうな口、眼光鋭い眼、まるで「一匹狼」を具現化したような彼は、ここ、私立黎明高校に通う高校一年生である。学校はつい一週間前に新学期が始まったばかりだった。
「んん~と……五回?」
堅が少し思案して答えながら学級簿を返すと
「十五回よ!じゅ・う・ご・か・い!!!二学期が始まってから毎日ホームルームの時も授業中もずっと寝ているじゃない!少しはまじめに聞きなさい!」
先生と呼ばれた女性は受け取った学級簿を少年の机に何度も叩きつけながら怒鳴った。
「毎日ってまだ始まってから一週間しかたって……」
「いいからちゃんと話を聞く!わかったわね!」
――バシッ――
「あてっ!」
最後に堅の頭に懇親の一撃をお見舞いして先生は教卓に戻っていった。
「いいですかぁ~。最近若い女性が次々に殺される事件が多発しているようですから、夜道には十分注意して帰るように!以上。」
そう告げてホームルームを終えた先生が教室をでるとざわめきが室内を満たした
「この前K校の生徒が殺されたんだってぇ」
「その前はどっかのOLだったよね」
「そうそう」
「コワいよねぇ」
「私殺されたらどうしよう!」
「ないって、そりゃ」
言ったなぁ、と冗談交じりに事件の話題がながれていると
「堅ちゃん災難だったねぇ」
そんな暗い話とは無縁そうなおっとりとした感じの少女が堅に話しかけてきた。少女の名は『白峰 小雪』。小柄な身体、腰ぐらいの高さまで伸ばした黒髪、あどけなさの残る顔、透き通りそうな白い肌。一見するとどこかの大企業の箱入り娘にもみえる(ある意味それは間違った意見ではない)。彼女は堅の家の隣に住んでいるいわゆる幼馴染だ。堅が小雪の方に顔を向けると
「なんだ、小雪か……。しょうがねぇじゃん眠かったし。それに先生の話、退屈だし。」
「またそんなこと言って。そんなに面白くなかった?真理子先生の話。」
真理子とは先ほど堅と一悶着していた先生のことで名前は『藤紫 真理子』この高校の数学担当教師で、堅ら二年B組の担任の先生であり演劇部の顧問でもある。セミロングの茶髪に美人とは言えないがかわいらしい顔つきで男子生徒からかなり人気がある。キリッと下目と眼鏡がいかにも『女教師』という雰囲気をかもし出している。
「面白いも何も、ただの諸注意じゃん。んなのいちいち真面目に聞いていられるかっての!」
「でも一応『事件』の話だったし……。」
『事件』というのは堅たちが住んでいるここF市で最近多発している連続通り魔事件のことだ。事件は約三ヵ月半前の早朝に少女の変死体が発見されたことから始まった。死因自体はテレビドラマ等でよくある大量出血による失血死だが、その殺され方が奇妙だった。少女は右手首を鉈の様な物で切断されていた。それだけでも不可解なのに犯人はわざわざ少女の頭を殴って気絶させてから切断していたのだ。しかも手首が切断されたのに現場にはほとんど出血の跡が見られなかった。一番奇妙なのは、少女の体の中心にポッカリと大きな孔が開いて本来『そこ』にあるはずのものが欠損していた。まるで犯人が血を持ち去ったかのように……・。それから同じような手口の犯行が現在に至るまで五件続いている。いずれも殺害されたのは十代後半から二十代前半の若い女性だった。今F市をはじめ近隣の都市でもこの事件は話題になっていて主婦の井戸端会議からネットの掲示板まで事件の話で賑っていた。もちろんこの黎明高校も例外ではないのだが、
「だいたい狙われていんのは女ばっかだろ?男の俺には関係ねぇよ」
「でも……」
なおも何か言いたげな小雪だが、堅がすごい目で睨んできたので出そうとした言葉を途中で飲み込んだ。
「それに寝てたつってもちぃとばかし目瞑ってウトウトしていただけだっての!」
「それって完全に眠ってるんですけどぉ~」
さっきのお返しといわんばかりに小雪がジト目で堅を睨んだ。
「うっせぇよ!ったく!んなこと言ってると先生みたくいつまでたっても結婚できねぇ女に――」
「……誰が結婚できないって?」
「だから真理子せんせ――」
堅が声のするほうへ顔を向けると、そこには当の真理子の顔の、鼻同士がくっ付かんばかりのどアップがあった。真理子の額にはヒクヒクと浮き立っており顔面は引きつった笑顔でいっぱいだった。
「やだなぁもう先生。誰も真理子先生のことだなんて一言も――」
「言ったわよ!たった今!思いっきり私の名前だ・し・て・た・じゃ・な・い!」
真理子は朝よりもかなり強い力を込めて堅の頭を殴打した。教科書の背の方の角で。何度も。
「ず・び・ば・ぜ・んぎぃ!」
その殴打にあわせて堅も一応謝罪はした。最後に舌は噛んだが。
「……と言うわけで堅君は放課後補習授業をしまぁ~す♡」
「ええ~!」
当然堅は抗議の声を挙げたが真理子はすまし顔で
「当たり前です!だいたいただでさえ授業中に寝てるんだからいい機会だと思いなさい。」
「そうそう。先生の一番気にしてること言っちゃった堅ちゃんが悪い。」
「……白峰さんついでにあなたも補習ね……」
押し殺した声で真理子が小雪に告げた
「ええ~!!私そんなに成績悪くないですよ~。」
小雪が悲惨な声をあげるが真理子はどこ吹く風で
「だからついでよ、つ・い・で♡……はぁ~い、皆!授業始めますよぉ。」
とだけ告げ教卓についた。
「……最悪……」
「……ああ……」
後には授業の始まろうとする喧騒から取り残されたように唖然と佇むふたりの姿があった。
――放課後――
堅と小雪は皆が帰った教室で真理子が来るのを待っていた
「……にしても遅いな、先生。」
それまでの会話を打ち切るように堅が机の上に腕を組んでその上にアゴを乗せて呟いた。隣では小雪が心配そうに眼を忙しなく動かしている
「何かあったんじゃ……」
「んなわけねぇって。まだ学校の中だぜ?」
小雪の心配などそ知らぬ顔。堅は頬杖をついて無表情で言った
「どうせ今頃急いで来てるよ。」
「でも……」
――タッタッタッタッ――
小雪が何か言おうとした時、誰かが廊下を走る音が聞こえてきた
「ほらきた。」
堅が言ったのとほぼ同時に
――ガラッ――
勢いよく教室のドアが開かれ真理子が顔を出した
「先生遅いよぉ~」
小雪が不満げに言うと
「ごめ~ん!急用が出来ちゃってさ。もう帰んないといけないの。補習は後日改めてということで♡じゃぁねぇ~♡」
そう言い残して真理子は駆け足で教室を去っていった。後には
「な……」
「な……」
『なんじゃそりゃぁ~~~~!!!』
二人の虚しい悲痛の叫びが木魂していた。
ソイツは誰かに電話を掛けていた。
「もしもし? うん。今日ぐらいが丁度いい感じだ。……うん、そう。……うん、わかった。じゃぁ打ち合わせの場所で。……うん。じゃ」
――ピッ――
電話を切った時、ソイツの表情は……・狂喜っていた。
「まったく!なんなんだよ、一体!」
堅はそこら辺に捨ててあった空き缶を蹴飛ばしながらどなった。
「そんな事言ってもしょうがないよ」
さっきからブツブツと不平をぶちまけている堅とは対称的に小雪は穏やかに言った。
「何でお前はそんなに落ち着いていられるんだよ!こっちは小一時間待った挙句あの様だぞ!普通怒るぞ、普通」
「だって先生急用だって言ってたじゃん。」
「そりゃぁそうだけど……」
堅はまだ何か言いたげだったが小雪の言うことも尤もなので頷いた。
「それに、待たされたとはいえ補習が無くなったんだから良しとしようじゃない」
「無くなったんじゃなくて延期になっただけだ。ま、結果としては良かったけどな」
「そうだよ。でさ、先生の急用ってなんだろ?デートかな?」
小雪は目を輝かせていった。やはり女の子この手の話にはびんかんである。
「知らねぇよ。んなこと」
しかし堅はこの手の話には元々興味がないのかそれとも真理子のことだからか素っ気無く応えた。
「だいたい俺たちが詮索するもんでもないだろ」
「でも気になるし」
「じゃぁ明日先生に直接聞け」
堅はどこまでも素っ気無い。ズンズン一人で歩いていく。小雪は、はぁあ~。とため息をひとつくと慌ててついていった。それきり二人は黙って歩き続けていたが、
「あ、そうだ。ね、堅ちゃん!」
突然小雪が何か思い出したようで、少し声を上げて堅を呼んだ。堅が声に釣られて振りかえると。
「堅ちゃん、さっきの話なんだけど」
「さっきの?」
堅は訝しげだに首を捻った、が直ぐに小雪の表情を見て思い出したようだった。小雪のさっきの真理子の話の時よりも輝いている眼を見て。途端に堅の顔が険しくなった。
「お前『アレ』本気だったのか!?」
「うん♡」
険しい剣幕で問う堅に対し小雪は笑顔で、周りにキラキラしたものが見えるくらいの、笑顔で答えた。堅の表情は険しさを通り越して呆れ顔になっていた。そして彼は再び「ソノ」問答が繰り返されるであろうという予感がしてならなかった。
「だから、だめだって言ってるだろ!」
「ええ~!なんでぇ?」
「危ないから」
「大丈夫だよ」
「その根拠は?」
「堅ちゃんが守ってくれる」
「俺の安全は?」
「そこは何とか」
「却下」
「ええ~!」
二人の会話はいつしかこの果てしないこの問答になっていた。
「だいたい現実的に無理なんだよ、俺たちだけで事件を解決するなんて」
そう、二人が真理子を待っている間、そして先ほどから繰り返されている会話の中身はとは、「二人で事件を解決しよう」である。持ち掛けたのはやり取りから察するに小雪で、堅はひたすらに拒絶している。
「だって『あの時は』解決できたじゃない!」
「だから、『あの時』は偶然だったって何度も言ってるだろ」
『あの時』とは堅たちが以前解決した事件のことで二人にとっても初めての事件だった。
それ以来、小雪は自分たちには探偵の才能があると思い込んで「事件」と聞くとすぐに首を突っ込もうとすると堅に止められる、という具合になった。一方堅は、今彼が言ったように『あの時』は偶然解決できただけで自分たちにはそんな才能はないと言い切り、なるべく日常を平和に過ごそうと思うようになった。だが小雪がいろんな「事件」に首を突っ込もうとするので、それを止めるのに必死である。今回の「事件」もいずれ諦めるだろうと堅は踏んでいたのだが、
「協力してくれないんだったら、『あの事』バラすよ?」
小雪のこの一言で事態は一変した。『あの事』とは堅が中学時代に起こしてしまった、ある「騒動」のことである。
第二章 消したい記憶
三年前の「あの日」堅は校舎の屋上で寝ていた。堅は所謂「不良」だった。いや実際は彼が不良ぶっているだけで決して世間一般の「不良」ではなかった。具体的に彼がやっていた事は、遅刻、サボり、惰眠といったもので喫煙や飲酒、薬物も夜遊びもやってなかった。本人曰く、「そんなもんやらんでも授業サボるだけで十分不良」だそうで、実際彼のクラスで授業をサボるのは彼ぐらいだったので一応クラスの「不良」ということにはなっていた。教師も注意はしていたが成績がすこぶる悪いというわけでもなかったので特に問題はなかった。
この日もホームルームだけ出て、一時間目の数学からサボっていたわけだが。ふと眼を覚まして時計を見てみると二時間目の授業はとっくに終了していて、もうすぐ三時間目の体育が始まろうとしていた。
「やっべ!」
堅は慌てた。どこの学校にもいるだろう、他の授業はサボるくせに体育だけは真面目にする生徒が。自称「不良」の堅もそんな生徒の一人だった。 階段では間に合わない、そう感じた堅は屋上の縁から下を見た。堅たちの通う中学の屋上にはフェンスがなく男子生徒の肩口くらいまでの塀がある程度だった。しかも堅のクラスは屋上のすぐしたにある。運のいいことに丁度配管近くの窓のカ――テンが外に出て風にたなびいていた。しかも堅の机は丁度その窓際にある堅は躊躇なく配管に捕まるとそれ伝いに降りていった。そして窓が近づくと降りる勢いを利用して教室内に滑り込んだ。そして自分の机から体操着のはいったナップザックをとって顔を上げたその瞬間、堅の思考は一時停止した。目の前には、着替え中の小雪がいた。堅たちの中学では男女ともに教室で着替える。その際、女子は偶数、男子は奇数のクラスで着替える。堅は慌てていたので忘れていた。堅のクラスが「四組」であることを。そして、大概の学校がそうであるように、女子の着替えが遅いことを。堅の思考は数秒たらずで回復したが、堅はあまりの事態に動けずにいた。小雪の方もあまりの唐突の事態に身動きがとれずにいた。
「き、きゃあ~~~~~!」
「!」
「!」
誰かの放った叫び声によって双方とも我に返った。
「ちょっと堅ちゃん何やってるの!」
「い、いや、これは」
「変態!」
「助平!」
「エッチ!」
「最低!」
「シメてやる!」
小雪その他大勢の女子から浴びせられる非難と罵詈雑言。最後には堅に制裁を加えるべく誰かが号令をかけた。
「ちっ!」
堅は、舌打ちを一つ付くと全身のバネを総動員させ必死で逃げた。狭い教室の中で女子は追いかけてくるは、物は投げられるは、てんやわんやだったが何とか女子の間を潜り抜けて教室から脱出した。当然、堅が体育の授業に参加できるはずもなく、再び屋上に行く事になった。その後も昼休憩と放課後に職員室と校長室に呼び出されたし、学校から連絡があったのか、PTAも来て散々非難と文句を言われた。男子からはあれこれ聞かれたり野次をとばされたり、なかには「コツ」を教えてくれというのも出てくる始末だった。女子からは以来一年中「スケベ大王」のあだ名で呼ばれるようになり、「覗き事件」が起きると、犯人=堅という公式ができてしまうほどになった。
なにより一番厄介だったのは小雪で、事件そのものは許してくれたが、この事件を脅し文句に使うようになった。テストの山はりから小雪の友人の恋愛相談まで、中学生の範囲内でのありったけの相談事に付き合わされた。相談事の幾つかは堅があれこれと理屈をつけて諭すと小雪も諦めたが、こと恋愛相談の類はなかなか諦めようとしなかった。さらに厄介なことに学校で起きたトラブルの解決には一切の拒否を受け付けなかった。いくら堅が諭しても頑として聞く耳を持たなかった。おかげで堅は「除き事件」以来、中学時代のほとんどを小雪の相談相手とトラブル解決のパートナーとして過ごした。
そしてそれから三年後の現在。今までに無い大きな事件を前に小雪の眼は爛々と輝いていた。そんな小雪を見て堅は不安で胸が一杯になった。
「……はぁ~」
堅は重い溜め息をひとつ吐いた。
「わかったよ。手伝えばいいんだろ。手伝えば」
堅は半ば観念して小雪の申し入れを承諾した。それを聞いた小雪は今まで十分輝やかしていた眼をさらに輝かして喜んだ。
「本当!?嬉しい」
――ガバッ――
小雪が堅の腕に思いっきり抱きついた。
「うぉ!急に抱きつくなよ。危ないな」
「えへへ♡ごめん、ごめん。でも本当に手伝ってくれるんだよね?」
「何度も言わすなよ。けど、危ないのは無しだからな」
「わかってるって♡」
「ホントかよ?」
小雪の言うことは余り信用が無かったが、堅は一応信じることにした。そうこうしてるうちにいつもの交差点に差し掛かった。小雪の家は交差点を左に、堅の家は真直ぐ行ったとこにある。
「じゃ、今度の日曜日に駅前の喫茶店で待ち合わせね。バイバイ♡」
「ああ」
堅と小雪は手を振って別れた。堅はしばらく帰途についていたが
「あいつ本当に解決できると思ってんのかな?」
と立ち止まって疑問を呟いてみた。が考えてもどうにかなる問題でもなかった。
「ま、解決できなくてもそれは警察の仕事だって言えば諦めるだろ」
堅は此の時、二人が事件の奥深くまで関わっていくことになろうとは思ってもいなかった。
「……やっぱりつけられてる」
その女性は後ろを振り返ってそう呟いた。年の頃は二十代半ばか、ブルーのスーツに身を包んだ、なかなかの美人だった。彼女が後ろを振り返るのも、これで三度目である。
「はぁ~あ。近道なんかするんじゃなかった」
彼女が呟きたくなるのも分かる。ここは公園、時刻は深夜、人通りは皆無に等しい。
「クッソ、部長の奴め!ちょっとミスったからってこんな時間までさせやがって!一人じゃお茶汲みもできないくせに! OLなめんな!」
彼女は少しでも気を紛らわすため大声で少々意地汚い言葉を使って文句をたれた。
――コツ、コツ、コツ、コツ――
だがいくら彼女が誤魔化そうとしても、彼女の歩みに合わせるような足音が消えてなくなるわけはなかった。
――ピタ――
――ピタ――
「……はあ」
彼女が歩みを止めると足音もしなくなった。これで四度目。彼女はこの公園に入ってからずっと誰かにつけられていた。この公園は面積がかなり広く近所でも人気のあるジョギングスポットだった。昼間は大勢の人が訪れるのだが、今は深夜、見える人影といえば浮浪者ぐらいである。
「ああ! もう! 何なのよ!」
いいかげんウンザリしてくる。彼女は内心の苛立ちを隠せずにいた。面倒な残業を押し付けられた挙句この不審者である。苛々するなというのは無理というものだ。
――ダッ――
意を決して彼女は走り出した。これでも彼女は中・高・大と陸上をしてきたので、走りには自身があった。実際同年代の男性と比べても速かった。当然後ろの足音も走って追いかけてくる。
「……しつこいわね!」
だがいくら彼女は足には自身があっても、今彼女が履いている靴は運動靴ではなくてパンプス。これではスピードがでるはずかなかった。さらに追手の足もかなり速かった。ゆえに二人の距離は伸びるどころか縮んでいく一方だった。
「でも、もう少し。この角を曲がれ……危ない!」
「!」
――ドンッ!――
「きゃ!」
「うわ!」
全速力疾走していたのでブレ――キを掛ける間も無く、角を曲がってきた男性とぶつかった。
「いってぇ……あ、大丈夫ですか」
男性はパッと起き上がると彼女の腕をとって起こした。
「え、ええ。私は大丈夫。あなたこそ怪我はありませんか?」
「僕は大丈夫。体はタフなんで。それより、何かあったんですか?」
「ええ、ちょっと……」
彼女は自分が全速力疾走していた理由を話した。すると彼は表情を険しくして
「それはいけませんね。よかったらそこの大通りの交番まで送りましょうか? 二人の方が安全ですし」
「ええ……でも」
彼女は迷った。今の自分の状況からみると彼の申し出を断る理由ない。しかし初対面のしかも今会ったばかりの人に頼るのは。だがやはり状況を考えると迷っている暇はなかった。
「……分かりました。お願いします」
「はい、では」
彼はそういって手を差し出した。彼女は彼の手をとって歩き出した。
第三章走査・迷走
日曜日、堅は小雪との待ち合わせ場所の喫茶店にいた。
「……遅いな」
堅は少々イラついていた。小雪が三十分遅刻しているからだ。普段小雪は待ち合わせには遅刻しないむしろ約束の時間より早く来るほうだ。それがこの遅刻である。普通何かあったのではと心配するとこだが、堅は違った。
「あいつ、まさか……」
堅が眉をひそめると、
「ごめ~ん。待ったぁ?」
「……やっぱり」
小雪が到着した。フリフリのワンピース姿で。これから映画でも見に行くのかという格好だ。肩には少々服装に不釣合いな大き目の手提げ鞄を提げていた。
「お前今日がどういう日か分かってるのか?」
「もちろん!事件の捜査の日だよ」
「だったらその格好は何だ?」
「どう?かわいいでしょ♡」
堅は「はぁ」とため息をついた。無理もない。堅の格好はジーパンにシャツという動きやすい軽装。小雪の格好とは正反対である。
「そういうことじゃなくて、何で捜査するのにそんな格好してんだって聞いてんだよ」
「だって堅ちゃん危ないの無しだって言ったでしょ? これなら危ないことできないし」
「そうは言ってもな……限度ってもんが」
「何か文句でも?」
小雪はこうなったら頑として引かないのを堅は十二分に理解していたので何も言わなかった。
「まったく。じゃ、行くか」
「あ、ちょっと待って」
小雪はさっきまで堅が座っていた席の向かいに腰を下ろすと鞄から大き目のファイルを出した。表紙には黒いマジックで大きく『極秘』の文字。
「はい、これ。出発する前にこれ読んどいて」
「何これ?お前の脅迫ネタ帖?」
「違うよ!いいから読んで!」
「はいはい」
堅は胡散臭く思いながらもファイルを開いた。途端に堅の表情が固くなった。
「お、おい、これ……」
「ね、すごいでしょ♡」
堅が驚いた理由は想像するに難くない。小雪が堅に渡したのは事件の捜査資料のコピーなのだ。しかし、堅はふと疑問を感じた。
「お前これどうやって手に入れたんだ?」
「え?それはお父さんに頼んで……」
「……やっぱり脅しか」
「ち、違うもん!」
小雪の父親はF市警察署に勤める警察官で階級は警部。今回の事件の担当でもあった。
「ま、いいや。サンキューな。これでこっちもだいぶ楽になる」
「でしょ?」
小雪はご満悦である。 堅はファイルを読み進めていくと二つの『あること』に気づいた。
「……おい、この被害者たち……」
「あ、堅ちゃんも気づいた? 酷いよね」
二人の表情が暗くなる。堅が気づいた『あること』の一つは被害者のある『身体的特徴』のことだ。
「まいったな、よくもこんな女性ばかり狙えるな」
「だよね~これじゃ楽になるどころかますますこんがらがってきちゃうよ」
「それにこの現場。警察の捜査も難航するはずだよ」
そう、堅が気づいたもう一つのことは『現場に規則性や法則が無い』ことだ。この手の事件には被害者だけでなく、大抵現場にも規則性もしくは法則があるものだが、今回はそれが無い。いや、あるのかも知れないが判りにくい。堅の表情がますます険しくなった。
「考えていてもしょうがない。取敢えず行くか」
「うん。そだね」
二人は喫茶店を出た。その直後
「あら?何してるの?二人とも」
『先生!』
真理子に出会った。真理子の隣には二人が知らない男性が一人いた。
「もしかして……デート?」
真理子が悪戯っぽく聞いた。
「い、いえ、あの、その……」
「違いますよ。俺が小雪の買い物につき合わされてるだけです」
しどろもどろになった小雪に代わって堅がさらっと答えた。
「先生こそ、彼氏とデートですか?」
お返しとばかりに堅が聞き返した。
「ええ。そうよ。紹介するわ、私の彼氏の青山君」
「青山悟朗です。よろしく」
悟朗は自己紹介をして手を出してきた。二人ともそれに応えた。
「彼とは大学の演劇部からの付き合いなの。こう見えても彼、結構演技上手かったのよ」
「へぇ、そうなんですか」
真理子の説明に小雪はなぜか感心していた。
「よしてくれよ。今じゃしがないサラリーマンさ」
テレながら悟朗は抗議した。
「いいじゃないの、別に。それじゃ、二人とも学校でね」
堅たちに別れを告げ、真理子たち二人は去っていった。去り際に、
「そうそう、もう知っているかもしれないけど、また『事件』の被害者がでたみたいだから。帰り道気をつけてね」
と忠告して。
「俺たちも行くか」
「うん」
堅と小雪も目的のために歩き出した。
捜査は当然のように難航した。堅たちは取敢えず始めに、一番最近に事件の起きた現場に行ってみたが、まだ立ち入り禁止になっていたし、たまたま居合わせた小雪の父親に被害者について尋ねてみたが、犯人に繋がる様な情報は得られなかった。
次に最初に事件の起きた現場に行ってみたが、そこはもうすでに警察が調べ終わったあとなので、資料に載っている以上の情報が得られるはずもなかった。そうこうしているうちに日も暮れてきた。
「今日はここまでだな」
「そうだね。日も暮れてきたし。じゃ、また来週ね」
小雪の言葉に堅はわが耳を疑った。
「え!来週も?」
「当然じゃん。解決するまで続けるよ」
「マジで?」
「マジで」
堅は先が思いやられる気分になった。
それから堅たちの捜査は週一のペースで行われたが、有益な情報は一切得ることができなかった。それどころか、事件のほうは新たに被害者が現れ、数はニ十人に達しようとしていた。
「やばいな、全然、解決する見込みがねぇよ」
「そんなこと言わないで頑張ってよ」
「お前が頑張れよ言いだしっぺだろ」
とは言ったものの、小雪がそう簡単に犯人逮捕に有効なアイデアがすぐに浮かぶとは堅も思ってなかった。
「うう~ん……あ、そうだ!」
「何か思いついたのか?」
「うん!あのね……私が囮になればいいんだよ!」
堅は絶句した。考えた挙句の答えがこれである。最初に約束した「無茶をしない」を完全に無視していた。
「……で、どこで囮役をやるつもりだ?」
「う……」
言われて小雪は口を瞑った。犯人の意図がわからない限り、囮捜査をやりたくてもやれないのは警察も同じである。ましてや素人の二人にできるはずもない。
「まったく。もう少し考えてから物を言えよ」
「だってぇ」
「だってって言ってもな。……仕様がない、もう一度資料を見直すか」
堅は資料に目を通していった。資料は最近のも含まれているので、最初よりも情報は多くはなっているがどれも似たり寄ったりだった。
「これじゃ何度見ても一緒……うん?」
「どうしたの?」
堅が何かに気づいた。
「いや、ちょっとな。……でもこれは」
「ねぇ。だからどうしたの?」
小雪がじれったそうに聞いた。
「……なぁ親父さんに連絡とれるか?」
「へ?たぶん大丈夫だけど?」
小雪は何がなんだか分からなかったが、取敢えず言われたと通りに父親に電話を掛けてみた。
「あ、お父さん?堅ちゃんが話があるんだって」
「もしもし?……ええ、事件の事でお話が……はいすぐに伺います」
「……ねぇいい加減教えてよ!」
小雪がせかした。
「小雪……もしかしたら事件解決するかも」
「ええ!」
堅の顔は自信に満ちていた。
第四章夜襲
小雪は暗い路地を歩いていた。捜査の帰りである。
「はぁ、今日も収穫無しかぁ」
小雪と堅は今日も捜査に出ていたが、どうやらいまひとつだったようだ。
「それにしても、堅ちゃんもひどいよなぁ。こんな時間に、か弱い乙女に一人で帰れ、だなんて……通り魔がでたらどうするのよ!」
堅は用事があるとかで、最後に訪れた現場で小雪と別れていた。小雪が胸を不安でいっぱいにしながら帰路を歩いていたら、
――コツ、コツ、コツ――
小雪の歩調に合わせて足音が聞こえてきた。
「え!?」
小雪は驚いて後ろを振り返って見たが、
「誰もいない」
後ろには誰もいなかった。どうやら路地裏に隠れたようだ。
「……どうしよう」
確かめに行こうと思ったが、時間と場所とがあいまって、なかなか勇気が湧いてこない。そこで小雪は、
「無視しよ」
無視することにした。しばらく無視して歩いていたが、
――ダッ――
とうとう痺れを切らし、小雪は走り出した。
――ダッ――
当然足音も走り出した。小雪は、走りは速い方では無かったが、恐怖のなせる業か、いつも以上の速さで走って逃げた。
「ハァ、ハァ」
しかしそろそろ限界が近づいてきた。それでも小雪は全速力で走った。そのため、曲がり角に差し掛かったところで、
――ドカッ――
「きゃあ!」
「ぐふっ!」
中年太りの男性と正面衝突してしまった。
「いたたたぁ、何なんだね、君は……」
「助けてください!誰かに追いかけられているんです!」
「ええ!」
小雪の訴えに男性はびっくりした。
「本当かい?」
「ほ、本当です!」
「でも、後ろには誰もいないみたいだけど?」
「え?」
言われて小雪は後ろを振り返ってみたが、そこには誰もいなかった。なんだかよく分からないが、どうやらいつの間にかまいていたようだ。
「た、助かったぁ」
小雪はホッと胸を撫で下ろした。
「大丈夫かい?」
「はい……たぶん」
いくらまいたからといったって、再び追ってこないとは限らない。そう考えると、小雪の胸にまた不安が戻ってきた。
「あの……もし良かったら、一緒に来てくれませんか?」
「え!そりゃ僕は構わないけど……君は良いの?」
男性が当然の質問をしたが、小雪はいたって平然として、
「はい。もしあなたが私に何かしたら、返り討ちにしちゃいますから」
と言ってのけた。
「ハハハ。面白い娘だね。分かった、引き受けよう」
男性は苦笑しながらも小雪の申し入れを受け入れた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
二人は連れ立って歩き出した。
しばらく歩いていくと
――コツ、コツ、コツ――
あの足音が聞こえてきた。小雪の身が強張ってきた。
「これかい?」
「はい」
小雪は震える声で答えた。
「……よし、一旦止まって後ろを振り返ってみよう。君は僕の後ろに隠れていてね。怖かったら、眼を瞑っていてもいいからね」
「……はい」
「いくよ。……一、二、の三!」
二人は勢いよく振り返った。小雪は男性の陰に隠れた。怖かったので、言われた通り眼を瞑って。
「……大丈夫。誰もいないみたいだ」
「……本当ですか」
「うん。眼を開けてごらん」
小雪が眼を開けて覗いてみると、そこには誰もいなかった。
「本当だ。良かった」
「ね、言ったとおりでしょ?」
小雪が「はい」と答えよとした時、
「小雪!危ない!」
「え?」
後ろから堅の声がした。振り返ってみると、そこには堅険しい顔をしたがいた。
「小雪!ソイツから離れろ!」
「な、なにいって……」
最後の言葉は言い終わる前に飲み込んでしまった。さっきまで一緒にいた男性の手に大振りのコンバットナイフが握られていた。
「チッ」
男は舌打ちすると、小雪を抱き寄せた。小雪の喉元にナイフを押し当てて。
「う、動くなよ!こいつの命が惜しかったらな!」
男は凄んで見せたが、堅にはまったく効いた様子が無かった。むしろ余裕綽々な感じだった。
「それ脅しのつもり?全然怖くないよ」
「な、なに!」
堅の台詞に男の方が狼狽した。
「……言ったよね……」
男の下で小雪が言う
「!?」
男はますます狼狽した。
「……あなたが私に変な事したら、返り討ちにするって!」
小雪はそう言うや否や男の右足の甲を思いっきり踏んづけた。
「ぎゃ!」
男は悲鳴をあげた。途端に腕の力が緩んだので、小雪はスルリと男の腕から逃れた。
「やるじゃん。小雪」
「だって、あの状況じゃ狙える急所は足の甲しかないでしょ?」
小雪がどこかの刑事物のドラマの台詞を引用して言った。
「クッソ!こ、殺してやる!ふ、二人とも殺してやる!」
男は悪態をつきながらいきり立った。
「……もう一回言うけど、それ脅しもつもり?なら止めといたほうがいいよ。あんた、いや、あんたらにもう勝ち目は無いから」
「!ふ、ふざけるな!」
男は二人に襲い掛かろうとしたが、
「そこまでだ!」
――カッ――
どこからか聞こえてきた静止の声と、浴びせられた無数のライトによって、男の行為は止めさせられた。声をあげたのは小雪の父だった。男が周囲を見回すと、周りは警官たちに囲まれていた。
「観念するのだな。貴様を殺人未遂の罪で現行犯逮捕する!」
小雪の父が号令を掛けると、一斉に警官たちが飛び掛った。男はすでに観念したようで、抵抗はしなかった。
「貴様の仲間も今押さえに行っている。こっちに連行されて来るのも時間の問題だな」
小雪の父は満足げに男に告げたが、
「け、警部!たった今無線で、ヤツを取り逃がしたようです!」
「なに!どういう事だ!」
「そ、それが路地裏にバイクを隠していたらしく……」
「ええい!もういい!すぐに非常線を張れ!」
堅は手錠を掛けられ俯いている男に声を掛けた。
「……あんたの仲間、うまく逃げおおせたようだな」
「ああ、うれしい限りだよ」
「……どうしてあんなに多くの女性を手に掛けたんですか?」
小雪が質問すると、男はクックと笑い、
「多くの?こんなの、世界中で起きているテロや飢餓で死んでいる人の数に比べたら少ないものだろ?」
と答えた。
「……てめぇ!」
堅がいきり立った。
「そう、がなるなよ。あとなんだっけ……そうそう、『殺しの理由』だったっけ?フッ、それも君たちが考えることだろ?……堅君に小雪ちゃん」
「え?」
堅はいきなり二人の名前が出で来て、しかも名前を呼ぶときに男の声色が急変したのでびっくりした。それは小雪も同じだった。
「……ああ、そうか。『この顔』だもんね。びっくりするもの無理は無いか」
男はそう言うと、手錠をはめられたてで自分の顔の『皮』を剥ぎだした。
「あ、あんた!」
「!?」
二人は先ほど以上に驚愕した。男が剥ぎ取った後には、青山悟朗の顔があった。
第五章 真実
青山悟朗逮捕から数週間が経った。堅と小雪は普段どおり登校していた。犯人を逮捕できたものの、二人の心境は複雑だった。
「……まさか青山さんが犯人だったなんて」
「……ああ」
「しかもあんなことになるなんて……」
「ああ」
青山は取り調べの間、ずっと黙秘し続けてきた。ところが四日前の深夜、突然獄中死した。自らの舌を噛み切ったのだ。そのため、真相は闇に葬られることとなった。
「先生、ショックだよね……」
「……たぶん」
二人が真理子の心情を察していると、
「ハーイ、皆!HR始めるよぉ!」
予想とは裏腹の真理子の明るい声が聞こえてきた。
「あ、そうそう。黒岩君と白峰さん、今日の放課後延期していた補修やるから」
「……はい」
「……あい」
二人とも渋々だが頷いた。真理子が無理をして明るく振舞っている、それは事情をしっている二人の眼からそたら明白だった。だから二人は真理子の気が少しでも紛れるなら、と甘んじて受けることにした。
――放課後――
堅と小雪は教室で真理子が来るのを大人しく待っていた。今回は「遅い」と文句も言わずに。暫くして真理子が着たが、
「ごめん!これから演劇部の打ち合わせに行かなきゃ行けないの!これ飲んで待っていて。私の奢りだから」
と、コーヒーの入った紙コップと砂糖とミルクを二つずつ置いていった。
「……はい、じゃあこの問題を……黒岩君、解いてみて」
「はい」
堅が黒板に向かって問いに答える。
「……うん。そうね。正解よ。それじゃ白峰さん、こっちの問題を解いてみて」
「はい」
小雪が黒板に向かって歩き出す。入れ違いに、堅は自分の席にもどった。
「えっと……」
小雪が黒板に答えを書こうとチョークをあてた瞬間、
――ズルッ――
「へ?」
小雪の体が床に崩れ落ちた。黒板にチョークの引掻き傷を残して。
「小雪!?」
堅が慌てて傍にかけ寄ろうとしたが、
「な!」
堅の身体がガクッと床に落ちた。
「クッソ!」
「な、なんれ?」
二人とも力が入らない。小雪に至っては呂律も回らなくなってきた。
「……ふふ。効いてきたみたいね」
真理子が妖しく微笑んだ。
「な!」
「み、みゃりきょ、しぇんしぇいが?」
二人とも驚きを隠せない。
「あら?気づいてなかったの?彼を捕まえたくらいだから、とっくに気づいていたと思っていたのに」
「ど、どうして」
薬のため、途切れ途切れの言葉で堅が聞いた。
「どうして?……そうね、あなたたちには教えてもいいわね。冥土の土産に」
真理子は笑顔のまま事件の経緯を語るため教卓の上に座った。
「まずは何から聞きたい?」
真理子が悪戯っぽく聞いた。
「な、んで、あんな、女、の人、ばかり、を」
堅が苦しそうに問う。
「そこからきたか。……簡単に言うと、私は、『エリザベート・バートリー』なわけよ」
「な!」
堅は驚愕した。エリザベート・バートリーについての知識は堅にも少しはあった。
エリザベート・バートリー。自らの美貌のために乙女たちの血を集めていたハンガリーの伯爵夫人。彼女は鉄の処女などの拷問具を使って多くの乙女たてから血を奪っていった。
「そう、私も自分のために血を集めていたわけ」
「なん、で、そんな、ことを」
「そうね……。最初は私が親友を誤って殺してしまったからかな」
真理子は自分の親友が真理子の恋人を奪ってしまったこと、その親友を神社の階段の上から突き落として殺してしまったこと、助け起こしたときに付いた血を拭ったとこが白く光ってみえたことを語った。
「それからね、人の血には肌を綺麗にする作用があるって思うようになったのは」
「そ、そんなの!」
「ええ、医学的には何の根拠もないわ。でも、それがどうしたの?この世には科学や医学で解明できないことが沢山あるでしょ?」
「……どう、やって、さがして、いった?」
「ああ、それ。私分かるのよ。匂いで」
真理子がさらりととんでもないことを言った。
「……あ、青山さんは?」
堅は青山について聞くことにした。
「彼?彼はああ見えて医学部卒でね。どうやったら効率よく血が採取できるか教えてもらったの」
「利用、した、って、言うのか」
「利用?違うわよ。彼はれっきとした仲間だったのよ。彼、働いていた病院クビになっちゃってね。荒れていたとこにこの話を持ちかけたの。『世間を見返してやれ』ってね。面白いように食いついてきたわ!ち・な・み・に、特殊メイクで変装するアイデアを考えたのも、あ・た・し♡」
「それを利用って言うんだよ!」
堅が大声で言い返した。真理子は真顔になって堅に近づくと、
――ドグッ――
「がはっ!」
真理子が堅の鳩尾を思いっきり蹴り上げた。
「ゲホッ、ゲホッ」
堅がむせ返った。
「……そこで大人しく見てなさい。幼馴染が殺されるところを。あ、でも、次は君の番だから安心してね♡」
真理子がナイフを取り出して、小雪の手首にあてた。
「じゃ、いくわよ!」
ナイフが真理子の頭の高さまで振り上げられる。
「や、ヤメロ――――――!!!!」
堅が悲痛の叫びを上げた。
「……なぁんてね」
「え?」
真理子が堅の方を振り返った。
――シャッ――
堅はその隙に隠し持っていた消しゴムを真理子に向かって投げつけた。
「くっ!」
真理子がナイフそれをはじいた。
「ふっ!」
堅は短い呼吸をひとつすると、バッと跳ね起きて、一気に真理子との間合いを詰めた。
「はぁ!」
気合一閃。真理子の反撃の暇を与えず、真理子の鳩尾を蹴飛ばした。カランと音がなってナイフが床に落ちた。
「か、は」
真理子が床に転がった。堅が小雪を抱え起こす。
「小雪!大丈夫……じゃないな」
「じぇんじぇん」
小雪はまだ回復してないようだ。
「もう少し待ってろ」
堅は小雪をそっと寝かした。
「な、なんで?効いてなかったの?」
「そりゃそうさ。飲まなかったんだもの」
「!」
真理子が信じられないという顔をした。
「そ、そんな!だって……コップは空だったし、砂糖にミルクだって」
「ああ、やっぱりあれに入っていたか。あの時俺、喉渇いてなくてさ、たまたまそこに居合わせたダチにやっちゃったんだよね。結果的にそれが功を奏したってわけだ」
堅が自慢げに話した。
「そいつ多分部活中に倒れているはずだから、いずれ先生にたどり着くと思うよ」
「……そうね。ここらで年貢の納め時かしらね」
真理子は観念したように、壁に背を預けて座った。
「……最後に聞かせて。どうして、彼だって分かったの?」
「……別に青山さんが犯人だって分かったわけじゃないですよ」
「え?」
真理子が気の抜けたような返事をした。
「……ただ、次に事件の起こりそうな場所が特定できただけですよ」
「……気づいていたの?」
「最初全然分かりませんでした。けど事件が起きるにつれ、分かっていったんです」
堅は自分の推理を語りだした。
「普通、この手の事件には、被害者や現場に共通点や法則があります。先生もそれからかぎ当てられるのを恐れた。だから『あること』をしてそれを隠そうとしたんです」
「あることって?」
「殺人の『順番』をバラバラにすること」
「ええ、そうよ」
真理子が肯定した。
「まあ最初は分かりませんでしたよ。何せ本当にバラバラに見えたんですから。けど、事件が起こるにつれだんだんと形をなしてきた。だから気づいたんですよ。現場を結ぶと『螺旋形』になることに」
そう、堅が気づいた法則とは、『現場を結ぶと螺旋形になっている』といいことだった。
「もしも、先生たちがその形を描く様に殺人を犯していたら、警察もすぐに気づいて警戒線を張ったでしょう。しかし、先生は『順番』をバラバラにすることによって、その危険性を回避した。人目は変装することによって紛らわした。全く、シリアルキラーの典型的な事例ですよ」
「まぁね。特殊メイクの変装なら、もし通行人に顔を見られたとしても、心配することないしね」
「はい、おかげでこっちも最後まで先生たちが犯人だったなんて信じられませんでしたよ」
これは堅の本心である。
「それに、結構危ない掛けでしたしね。もし俺の推理が間違っていたらと思うとね」
「ふふ。そうね。けど……どうして『あそこ』だってわかったの? まだ螺旋には程遠いはずだったのに」
「勘ですよ」
「勘? フフ……なるほど。大したものね」
――ピ――ポ――ピ――ポ――ピ――ピ――ポ――――
――ファンファンファンファン――
窓の外からサイレンが聞こえてくる。
「ああ、やっぱり来たか。パトカーの音が聞こえるのは、多分最近流行の薬物混入だと思ったからかな。ま、強ち間違いじゃないけど」
「そうね」
真理子は目線を窓の向こう側に向けていった。
「先生……ちゃんと罪償ってくださいよ。死んでいった人たちのためにも。青山さんのためにも」
「ええ。約束するは」
真理子は堅に微笑んだ。その表情は、とても穏やかだった。堅は多分約束は守られないだろうなと感じた。
エピローグ
事件の首謀者が真理子だということを知って、学校は大変なパニックに陥った。校長や先生たちはマスコミの対照になったし。生徒たちも例外ではなかった。もちろん、堅と小雪も。二人は事件の当事者ということで、特に集中的な的になった。しかも、マスコミだけでなく、学校、PTA、教育委員会、全校生徒からも、質問攻めにあった。青山の時以上である。しかし、二人は沈黙を守った。警察でそうするように言われた、ということもあるが、やはり、彼女が犯人だと知って一番ショックだったのはこの二人に違いなかった。そして、堅の予想通り、真理子との約束が守られることは、ついになかった。
真理子は事件について包み隠さず供述し、堅に話したことも全て事実だと認めた。だが、全てを語り終わったその日の深夜、彼女も自分の舌を噛み切った自殺した。そのニュースを新聞やテレビで知った、堅の心境は想像するに難くない。いや、想像を絶するものだっただろう。だが堅は、おくびにも出さずにいた。
「何で真理子先生、自殺しちゃったんだろう?」
「……さあな」
「堅ちゃん、知りたくないの? 約束したのに?」
「別に」
二人は平日の午後だというのに帰路についていた。学校が事件の影響をうけて、今日の午後から臨時休校することになったのだ。小雪の質問に堅は無表情で答えた。だが、小雪は知っていた。堅がこういう態度を取るときは、大抵強がりをしているということを。
「……こういう気分を味わうのは二度とないと思ってたのにな」
「……そうだね」
堅の言葉に、小雪も同意した。二人は、自分たちが初めて解決した三年前の『事件』のことを思い出していた。この先またこんな思いをするのかもしれない。けど『あの時』と同じこ思いをするのはもうごめんだ、と二人は思わずにはいられなかった。
そんな二人の思いを知ってか知らずか、空は何処までも蒼かった。
いかがでしたでしょうか? ご意見・ご指摘・ご感想があればよろしくお願いします。