お仕事開始!
肉と酒の匂いが辺りを包み込む酒場。
魔王軍に立ち向かわんとする勇敢な冒険者メンバーは、それぞれのギルドの仲間と祝杯を交わし、高らかな笑い声は厨房にまでよく響く。
そんな中、観葉植物で隠れる席の一つ、顔に翳りを見せる二人の男がいた。
「なあ、シャールド。今日の戦い、お前ほとんど活躍してなかったよな?」
「…仕方ねぇだろ。俺はヒーラーで相手が弱けりゃ回復魔法使う場面なんてないんだし。」
「ほんとに言ってるのか!?この腕を見ろ!ガッツリ切られてるだろ!今もジンジンするんだからな!」
「あー…何がいいたいんですかーー……?」
「何って…お前MP回復魔法ばっかりで、全然HP回復してくれないよな!?今回はなんとかやられる前に決着つけれたけど、こんなんじゃいつやられるか分からない!」
「しょうがないでしょ!?こっちだって努力してるし!」
「いやだから…頑張ってるのは知ってるが…。
その…正直最近、お前に金を払ってる意味をあんまり感じない…。キャスキルは活躍してるがお前は俺の要望に答えた試しが一度もない。
人件費とかも馬鹿にならない時代だし…。
できるならその…退団を…」
「あぁーあー!!せっかく俺が回復してやってるからMP切れ起きないのになぁー!俺の偉大さを分からずにそういうこというんだー!
自分ができないこと他人にやらせるのは"ハラスメント"ですよーー!?」
「ハラスメントって…おいシャールド!?どこ行くんだ!?」
バンッ!
荒っぽく扉を閉めれば、酒場との繋がりは完全に絶たれて、広がるは青空に照らされたレンガ造りの足場と街並み。
夜の吹き抜ける風に哀愁を抱きつつ、彼の中ではある一つの感情が煮えたぎっているのだった。
「許せねぇ…この俺をあんなにコケにしやがって…!絶対に見返してやる…!!見てろよ…俺の秘められた力を!!」
こうして、ギルドメンバーから追い出されかけられている彼の復讐劇が始まる!
彼の秘められた力とは!?
残されたギルドメンバー達は!?
今更帰ってきてと言ってももう遅い!最強チート能力者の物語が今、幕を開ける……!!
…ということはなく、酒場から徒歩十分。三階建ての小さな事務所に、物語のスポットライトが当てられる。
河原に夜空が浮かぶのがよく見える事務所の窓際。
桃色の髪に緑の眼を光らせて、社長のマジェルメはゆっくりとコーヒーを飲み込み、名残惜しそうに後ろを振り返る。
「…さて、あなたももう卒業ね。前線でもシャキッとしなさいよ。」
「はい!マジェルメ様!一緒に働けて、大変光栄でした!いつか私もあなたのような立派な兵となり、魔王様に貢献致します!」
「よろしい!ゆくがよい!"鮮血のレイヴァル"よ!」
「は!」
ボッ!
魔法陣が出現し、炎に包まれた彼の姿は、一瞬にして陽炎のように消えていく。
取り残されたマジェルメは、ドサっと椅子に座って、机の上の資料に目を通す。
「さて…交代で配属される子は…"怪恐のシャハタカ"。
二つ名ついてるし中々上澄ね。
直近の活躍は、ゲルターデ戦線で生き残った経歴アリ。魔王様からの評価は"トレミー星団"副団長にも引けを取らない実力の持ち主。
最近入った若い子だから、ここに配属されたって感じね。」
ググッと伸びをして、部屋の時計を見る。
すっかりこの事務所も、新人育成の場として定着してしまったな。
今まで送り出した子達は今どうなってるだろうか?
物想いに耽りながらネクタイを直して身だしなみを整える。
ふと時計を見ると、秒針は午後8時49分を指し、細かく音を刻んで針が動く。
さて、ご対面だ。
カチッ!
針が50分を指した瞬間、静まり返った部屋に重苦しい雰囲気が容赦なく乗り掛かる。
蛍光灯がパチパチと点滅し、一瞬の暗がりから彼は現れた。
「お初にお目にかかります、マジェルメ様。魔王軍、
"トレミー星団"より配属されましたシャハタカで御座います。
これからどうぞよろしくお願い致します。」
膝をついてお辞儀をする彼を、マジェルメはじっと吟味する。
鍛え抜かれた体にこの魔力… 相当なパワータイプね。
血塗られたような赤い瞳…ガタイもいいし、立派なツノもあるじゃない。
とうとう魔物らしい魔物が来てくれた!
ふふっ、とついつい笑みをこぼす。
きっとニンゲン達には、大層恐ろしい化け物に映るだろう。
すぐ逃げ惑うニンゲン達の姿を想像してしまうのは私の悪い癖だが、そうあってくれた方が仕事も捗るので、やっぱりニンゲンどもには恐怖を抱いてもらうのが好ましい。
「ええ、こちらこそよろしく。
さて、早速だけど私達が行う業務。どんなのか聞いていい?」
「はっ!魔王様から聞いております。
ギルドに不満を持ちながら、そこを抜けることのできないニンゲンの代わりに、退団の手続きをする、という業務です!」
「んー…半分正解。けどやることはまだある。」
「それはいったい…?」
コンコンコン。
規則正しいノックオンが部屋に響く。
マジェルメは席を立ち、資料を机の脇に退けてドアの前まで歩いてく。
「シャハタカ。脳内通信できる?知っての通り、お客さんはニンゲンだから、クローゼットにでも隠れといて。」
「あっはい!あ…。」
「…早くしなさい。」
「その…肩幅が…」
「…はぁ、仕方ない。ちゃちゃっとやりますか。」
ドアから手を離し、シャハタカに向けて手をかざす。
息を整え、彼の姿をイメージする。
接客の時は怖がられないように可愛い系…茶髪で瞳は赤色のまま…顔は童顔にしちゃおうかしら。
クローゼットに入れるようにそこそこちっちゃめ。
歳は14歳ぐらいをイメージして…
「それじゃいくわよ!"幻惑魔術"メタモルフォーゼ!」
瞬間、シャハタカの体が光に包まれる。
どこからともなく突風が吹き抜けて、その姿は…
「…わっ!ニ…ニンゲンの子供…!?」
"幻惑魔術"メタモルフォーゼ。対象の精神を直接惑わし、イメージした通りに体を作り替えるように神経や筋肉、細胞までも支配する能力。
ほんの些細なダメージや、少しでも対象が拒絶すれば解除されるから仲間限定のこけおどしだ。
それにしても我ながら…
「ふふっ、可愛い顔してるじゃない。それじゃ、早く隠れて。結構待たせてて悪いから。」
バタバタと急足でクローゼットに入るのを見届けた後、ようやくドアに手をかけ、心の底から申し訳なさそうな顔を作り挨拶をする。
「申し訳ございません…!社長のマジェルメです!
少し事務所内がごたついていて…!どうぞ中へ!」
「ああ…いえ、こちらこそこんな夜遅くに…お邪魔します。」
外から入ってくるのは、背中に立派な剣を携えた男騎士だった。
身軽な装備のおかげかその体格がはっきり見え、細身ながらも中々の場数を踏んできたのが上腕二頭筋からよくわかる。
「コーヒーどうぞ。」
「あ、すみません。」
「それで、今日はどういったご用件ですか?」
ニコッと笑うマジェルメは、まるで魔物とは思えず、その笑顔に心が溶かされていく者は少なくない。
声のトーンや表情に姿勢。一瞬でこの仕事への慣れが伺えており、シャハタカはクローゼット越しに息を呑む。
「…自分のギルドに回復魔法の使い手がいて…けれど正直、もう必要がないから退団してほしいんですが…
…その。」
気まずそうに俯き、コーヒーの中の揺れる自分を見つめたニンゲンは、まるで戦いを経験してきた者とは思えない。
しかし聞くところによると、これは彼が退団したいというより…
(これが、もう一つの業務よ。シャハタカ。)
まるでシャハタカの思考を読んでいるかのように、マジェルメが脳内通信を送ってくる。
驚いてガタッとクローゼットを傾けてしまい、一瞬気まずい時間が流れたが、ニンゲンは気づいていないようだ。
(あれ、でもこのニンゲン。立場が上のものですよね?
退団させると言っていますし…。弱い立場の者が退団を言えないのは理解できますが…)
(それは話を聞いていれば分かるわ。ニンゲンにも色々あるのよ。)
そういって通信を切り、深く息を吸い込んでマジェルメが話し出す。
「…"ハラスメント"…そう言われたんですか?」
「っ!何故それを……!?」
ニンゲンが素っ頓狂な声をあげて顔を上げる。
対照的にマジェルメは冷静沈着。
笑顔は崩さず、まるで聖女の生まれ変わりかのような、慈愛に満ちた声色で話しかける。
「あなたのようなお客様は少なくありません。厳しいですよね、昨今は。
俺だって努力してるんだ!厳しく言うのはハラスメントだ!なんて…。
一番努力してるのはあなたなのに。」
「……マジェルメ…さん…。うっ…くっ、ぅぅ。」
突如ニンゲンが苦しみ出したかと思うと、ポタポタと涙をこぼす。
その姿は情けないこと限りないが、マジェルメはニンゲンのそばに行き、優しく背中をさすってあげる。
「大丈夫です。私はいつでも、あなたのそばに寄り添いますので。」
「……!!ぁ…ありがとう……ありがとう……!!」
そうしたやりとりを何度か続けて、完全に心を許したニンゲンは何かの書類にサインをして事務所から出て行った。
何度も何度もお辞儀をして中々扉を閉めないので少しイライラしたが、6回目ぐらいでようやく出て行ってくれた。
「…ふぅ。出てきていいわよ。シャハタカ。」
キィッとクローゼットの扉を開けて、ようやく狭い空間から解放されて、窓を開けたわけでもないのに心なしか空気が新鮮味を感じる。
「シャハタカ、似合ってるわよ。そのスーツ。体型が合ってるのがあってよかったわ。」
マジェルメはシャハタカの姿を見るや否や、顔を綻ばせてシャハタカを褒める。
スーツ姿のシャハタカは、まだ慣れないニンゲンの体に戸惑いつつも、流れるように出たお褒めの言葉につい体をよじってしまう。
「いえ…そんな身ではありませんので…。というより、流石と言うべきか、褒め上手ですね、マジェルメ様。」
「この仕事やってると嫌でもニンゲンの気持ちを良くしてあげる必要が出るからねぇ。
私達の姿だって、ニンゲンの趣味嗜好に合わせたものなんだから。」
「…ニンゲンは可愛いが好きなのですか?」
「あら、自分の姿、可愛いと思う?」
「へっ!?ああいや…えーと…。」
…なんだか胸が苦しい。これが三栄星の力というのだろうか?
心臓に直接作用する魔術とは流石に魔王様直属の部下なだけはある。
それはそうとして、シャハタカは心に引っかかったもう一つの事柄について、マジェルメに説明を求めるよう質問をする。
「マジェルメ様。先ほどニンゲンが言っていた"ハラスメント"とはどういった呪文ですか?」
「ああ、ハラスメントね。別に呪文じゃないけど、ある意味呪文より厄介かも。
ニンゲン達は最近、弱い立場の者を守るのに必死で、少しでも自身が傷つけられたと思ったら、ハラスメントと言うことで上の立場の者に攻撃できるの。
それを言われた者は、世間から魔物扱いされて針の筵って訳。」
「なるほど…それを怖がっての"弱き者に対する"退団代行ですか。」
「ちなみにこのサービスは私が考えた独自のもの。
普通に退団代行するだけなら魔王様に教えてもらったそれで終わりだけど、私は一味違うの。」
「流石知将のマジェルメ様です。"プレアデス星団"を率いていた実力は本物ですね!」
心の底からの賛辞を送ってくれたシャハタカを他所に、マジェルメは棚を漁り出す。
木製の棚には規則正しくファイルが羅列されており、マジェルメは真っ先にサ行のファイルを手に取ってパラパラとめくり出す。
「…あった。これが依頼対象のシャールドね。」
「えっ!もしかしてこのファイル。冒険者のデータが載ってるんですか!?」
「ええ。そいつの位置情報とかもこれで知れるわ。
早速会いに行きましょう。」
「ええっ!?もう退団を言い渡しに行くんですか!?」
「さっきから驚きすぎよ。
それに…いやむしろ私達の業務はここからが本番。」
ついてきなさい。そう言ってささっとドアを開けて階段を下っていく。
事務所のビルの構造としては、外に階段があって、そこから直に2階に上がって入る。
1階には鍵がかかっており、2階からも繋がっていないのでニンゲンが入ることはない。
故に事務所として使ってるのは2階で、3階には何があるかはまだ知らないが、1階は何やら魔法陣が描かれており、様々な薬品も貯蔵されてる秘密の部屋のようだった。
「ここの魔法陣は、この街一体のニンゲンのとこにワープできるの。さっ、入って。」
「はっ、はい。…魔法陣、ちっちゃくないですか…?」
「そう思うならもっと詰めなさい。ほらっ。」
「…胸。当たってます…。」
「考えなしにデカくしたから不便なのよねー…。
さ、飛ぶわよ!」
─────────
街の極東にある路地裏通り。
誰の目にも止まらない小さな物陰で、シャールドは杖を使って高らかに呪文を詠唱する。
「ふっ!我が暗黒の力よ開け!グリードラグア!
天を繋いで奇跡をもたらせ!エグリットヴェーゼ!
何故…何故だぁぁーー!俺は最強のはずなのに…俺はチート能力で最高のハーレムを築くはずなのにイィーー!」
しかし、何度やっても彼の言葉を虚空に揉まれて爆ぜていく。
息も絶え絶えになり、民家の肉料理の匂いにお腹を空かせつつ、シャールドは渾身の呪文を唱える。
「…うおおおお!目覚めよ神秘!エクスペクトパト…」
ギュオン!
魔法を詠唱するシャールドの前に、突如魔法陣が出現する。
来た…!とうとう俺の時代…天下タイムが!!
突風を携えて出現した魔法陣は徐々にその勢いを止めて、そこから現れた男女二人組は、まさに美男美女と言った様子であり、暗がりに包まれたこの場所に光が差したような感覚があった。
「お前らが俺のハーレム相手か…。よし、ついてこい二人とも!俺がお前らを生かしてやる。」
シャールドが自らの胸を叩いて豪語する。
彼の体内では未知の出会いとお酒で興奮状態であり、自らが世界の中心だと疑わない。
そんな様子にマジェルメとシャハタカが呆れるように声を潜めて会話する。
「……ヒソヒソ。なんか言ってるんだけど…」
「…ヒソヒソ。こういう時にぴったりの氷結魔法がありますよ。」
「…ふんふん。おけおけ。せーの…」
「うおっw」
「ああそういうノリ…w」
…………………
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁまれぇぇぇぇぇぇ!!俺のことを否定すんなぁぁぁぁー!!」
木々が揺れ動くほどの轟音が街を貫き、道ゆく人もこちらをチラリと見る。
ジタバタと駄々をこねる醜い姿は、魔物以上に魔物をしており、気おされたシャハタカは一歩後退りをしてしまったが、マジェルメは再び笑顔を作ってシャールドに歩み寄る。
「こんにちは、シャールドさん。
私は退団代行のマジェルメという者です。
以後お見知り置きを。」
マジェルメがすっと出した名刺を受け取り、小さく「退団代行…」と呟いた瞬間、目の色が変わる。
その目は焦燥感か怒りか、どちらにせよプラスのものではないのは、彼の動揺ぶりから明らかだった。
「あの野郎…そんなに俺を退団させたいのかよ…!ふざけんな!こっちだって、誰がお前のギルドに入ってやるかよバーカ!!
見てろよ……!絶対にお前を見返してやる…!!」
シャールドがそう息巻いては杖をブンブンと振りかざして周りを威嚇する。
しかしこの場にいる全員が、まるで警戒に値する様子を見せない。
上澄の魔物にとって、ニンゲンとの力量差を図るのは朝飯前であり、シャールドというニンゲンが取るに足らない人物であることは言うまでもないからだ。
そのことを確認すると、マジェルメは今度は意地悪そうに笑い、シャールドに囁くように話しかける。
「シャールドさん。」
「んだよ!」
「私達は魔物です。」
空気が揺れる。
その一言はただ一人に向けたものなはずなのに、世界が凍りついたかのようなら静寂が訪れる。
「は…?な…えっ?」
シャールドは当然のように困惑して、形を持たない言葉を繰り返す。
シャハタカも焦ったように目配せをするが、それを意に介さずマジェルメは話し続ける。
「復讐、したいですよね。ギルドメンバーに。
お手伝いしますよ、私達が。」
「な…なにを言って…」
「あなたがそこまでの自信を持っている理由。近年よく起きている退団したものが驚異的な力を隠し持っているパターン…通称"ザマァ"があるから、違いますか?」
「…だったらなんだよ。」
ギラリとこちらを睨んでくるシャールドに関心は持ちつつ、シャハタカはまた知らない単語がでてきたことをマジェルメに伝える。
(マジェルメ様。"ザマァ"…とは?)
("ザマァ"はギルドを追放されたものが、実は強い力を隠し持っていて、ギルドメンバーから見返してもらい、しかしそれを跳ね除け"ザマァ"と言って復讐するやつらのことよ。
基本的にそんなこと起きないし、こいつは追放されたからチート能力を得ると思ってる馬鹿だけど、私達はそれを演出する仕事なの。
事実、今起こってるほとんどの"ザマァ"の事例は、私が裏で手を回しているものよ。)
(そんなことをして何になるのですか?)
(まず私達は、ハラスメントに怯えた者から退団代行のサービスでお金を得る。その後、追放されたそいつをこうやって言いくるめて、"ザマァ"を演出する依頼料を貰う。
そして"ザマァ"を完遂したそいつは強いと思われてまたギルドメンバーとして迎えられて、でもやっぱり弱いからまた退団代行を使ってお金を払ってくれる。
完璧な作戦でしょ?)
(ですが、"ザマァ"というのは、ギルドメンバーへの復讐がメインで、ギルドには戻らないのでは…?)
(こいつの顔をよく見なさい。高待遇をくれてやればすぐころっと堕ちそうな顔してるわ。長年やれば分かるのよ。)
(しかし、我々が魔物と公言されれば…)
(そん時は全員ぶっ殺しちゃえばいいのよ。姿形は変えれるし、何よりもう何回かやっちゃってるし。)
コホンと咳払いをして、シャールドに圧をかけるような声色で再度話しかける。
「もう一度いいますが、私達は魔物です。
だからあなたがいかに弱かろうと私達が強い魔物を用意してヤラセをすれば、あなたをいかようにも強く見せることができます。
無論依頼料はいただきますが、あなたはギルドに逆襲ができて、我々はお金をもらえる。
双方得ではありませんか?」
「い…いや!そもそもアンタらが魔物だなんて…どう考えても人間だろ!」
「そう思いますか?それなら…見せてあげなさい、シャハタカ。」
そういってチラリとこちらを見るマジェルメに、シャハタカは笑顔で応える。
瞬間、シャハタカの顔が割れ、先ほどまでの小柄な体がみるみる膨れ上がって膨張する。
鳥がざわめき、煌めく星々の光すら覆う威圧感が惜しげもなく発揮され、内臓が縮こまるような感覚に襲われたシャールドは、尻もちをついてその場にへたり込む。
「あ…なぁ…は…ぁぁ…」
「さぁーて、シャールドさん?」
「ひっ!」
「今すぐここで死ぬか、私達と契約を結ぶか。
安心してください。お客様を無下には扱いません。」
───────────
シャハタカが配属された日から3日が立ち、マジェルメ達は草木を掻き分けて平原に身を潜める。
シャールドは新調した杖を握りしめて、マジェルメは狩りをするかのように目を細めて神経を研ぎ澄ます。
「予定では今日の午後1時ごろ、シャールドのギルドメンバーがコモンスライムの大量発生、その討伐に向かう予定です。」
「了解。
さて…いいシャールド?まずはシャハタカがあなたのギルドメンバーをボコボコにするわ。
んでもって、その杖で、あなたがシャハタカを倒すのよ。」
「……!よっしゃぁ任せとけー!!」
シャールドは持っている杖の位置を調節する。
本当に成功するだろうか?不安に期待に胸を襲われながらも、ただゆっくりと時を待ち、あの日の言葉を信じる。
時はまたあの夜に戻り…
「それで、マジェルメ様。一体どうやってこの雑魚を強く見えるように仕向けるんですか?私がこいつにやられるのは構いませんが、いかんせんヒョロガリすぎて説得力が…」
「おい。」
「簡単よ。私は幻惑魔術の使い手。こいつの技を派手に盛るくらい朝飯前。ほら、その杖捨ててこっち使いなさい。」
マジェルメはシャールドが持っている杖をポイと投げ捨て、新しい杖を差し出す。
その杖はなんの変哲もない木製の杖で、シャールドは苦言を呈するように唸るが、マジェルメは自信満々の表情で対応する。
「この杖を振ってごらんなさい。私の幻惑魔術の息がかかったものだから、きっとド派手な技が繰り出せるわ。」
「ほんとかよ…おらっ!」
バチィ!
大きく杖を振り上げて下の方向にブンッと振ると、杖が煌めき、地面が揺れ動く。
稲光にも似た光が辺りにパチパチと逡巡して、何かが燃えるような匂いすら感じる。
「な、なんて魔力…!これが本当にニンゲンの力…!?」
「うおおお!!!杖が重い……!!!ぐっ…けど、コントロールできてる俺鬼強えぇぇぇぇ!!」
「馬鹿ねアンタら。私の力だってのに。けどシャールド、それだけじゃないわ。杖に念じてみなさい。」
「ね、念じる…?こ、こう?」
杖をぎゅっと握りしめて額を杖の先端につける。
すると杖は眩しさを増し、膨れ上がった魔力は街の電気すら止め、舞い落ちる木の葉すら空中で切り刻む。
(ように見えてる。)
そしてついに…その魔術は杖にすら自我をもたらした!
「我が光で敵を切り裂け!エクスカリバースラッシュ!
ザシュー。」
「ウワァァ!!シャベッタァァァァァ!!」
「これが私の渾身の幻術!DXエクスカリバーよ!!」
「杖なのにエクスカリバーなんですね……」
「さあシャールド!私を信じなさい!あなたを"ザマァ"系の主人公にしてあげる!」
回想終了。
「ぐふっ、ふふふ…ふふふふふ……」
「ほんとに気持ち悪っ……
あっ、見えてきたわ!男女二人組のパーティー!」
マジェルメの声に反応して目を向けた先には、あの時の軽装備の男騎士と、その横を素手で歩く女がいた。
白髪の髪をいじりながらつまらなそうに欠伸をする女の方は、なんとも間抜けと言った感じで、我々魔王軍がいるのによくこんなに平和ボケできるなと叱責したくなる。
ま、仕事がやりやすいに越したことはない。
(いける?シャハタカ。)
(はっ!お任せください。)
シャハタカの気合の入った声と共に、どんどんと景色が曇り空になっていき、霧のようなものが立ち込める。
「グォォォォォォ!!」
空間を割るようなシャハタカの雄叫びと同時に霧は霧散し、大きなツノをこしらえた化け物が二人の視界を支配する。
その姿は悪魔を体現したような姿であり、人の恐怖を本能的に引き出す迫力であった。
「なっ…なんだこいつ…!」
「だ…団長!今日こんなやつと戦う予定じゃないっすよね!?」
ふふっ、いいわよぉーもっと怯えなさい!その表情、たまらなくゾクゾクするわ…!!
(さあシャハタカ!まずはデカい一撃をかまして戦意を喪失させなさい!)
「はっ!消え去れニンゲン共!"亡滅魔術"カタストロフインパクト!」
シャハタカが呪文を唱えた途端、光球が辺りに浮かび上がり、それを一瞬のうちに七発ほど打ち込む。
とてつもない爆破音と共に、あたりは土埃で満たされ、冒険者達が蒸発してしまったのではと不安になる。
「あら、やっちゃったかしら。ギリギリのラインはこれから一緒に練習しない…と……」
土煙が、だんだんと形を変える。
いや土煙ではない、ゆらめく紫の炎が煙を出し、その中にいたニンゲンは…
「なっ…無傷……!?」
「なんすか団長!こんな強いやつの討伐だなんて言ってくれたら、もっとテンション上げてきたのにぃー!!」
「キ、キャスキル!それ俺の剣…!」
「荷物持ちは黙るっす!!うおおおーー!!
"獄炎魔術"人牙絢爛斬!」
バンッ!と弾けるような音と共に、刀身の炎の火力が上がり、一瞬でシャハタカの体に3回切り込み上にジャンプする。
切られた後が炎の軌跡となり、キャスキルが拳を握り締めてけたたましく叫ぶ。
「炸裂!!」
すると掛け声と同時に切られた部位が爆発し、シャハタカの右腕が遥か彼方へ消し飛ぶ。
「シャハタカ!」
「ぐっ…生意気な…生意気なぁぁ!」
「もいっちょいくっすよー!!
"獄炎魔術"紫炎一刀星!!」
シャハタカの拳とキャスキルの突き技が真正面からぶつかり合い、とてつもない魔力の衝突が辺り一体を吹き飛ばす。
紫炎一刀星、先端に炎を凝縮させて敵を仕留める必殺技。
刺された部位が内側から爆破され、爆破の衝撃でその者の魔力すらも吹き飛ばす。
魔力が活力の源である魔物にとって、それは最大の攻撃であった。
「がっ…ぐぁ…ぁ………」
両腕を吹き飛ばされたシャハタカは、頼りなく地に臥して、目の前のニンゲンに背中を見せる。
顔を上げて、なんとか敵を見据えて離さない。
しかしできることといえばそのぐらいで、戦わんとする闘争心は消えてはいないが、ロウソク程度のその炎では、獄炎に勝てる道理はない。
「両腕失ったら、もうやりようがないっすよね。」
「お、お前、そんな強かったのか…。」
「団長が全然いい仕事寄越してくれないからっすよー!
こういうのじゃないと、炎は燃え上がらないっす。」
「おいおいどうすんだよ!これじゃ俺が倒せないじゃん!!チート能力持ってんのあっちじゃん!!
おいマジェルメ…っておい!?お前…」
燃え広がる草木を踏み交じり、マジェルメは悠然とシャハタカの側に歩み寄る。
メタモルフォーゼを解除して、彼女の体はボロボロに砕け、その中からは銀の毛を靡かせる狼が現れる。
その姿は、ニンゲンの形態のような美しさを持ちつつ、魔物としての深淵を持っていた。
「立ちなさいシャハタカ。ニンゲンに負けることは、魔王様への侮辱。けっして許されない。」
「マジェル…メ…様……」
「"怪恐のシャハタカ"…恐怖を力に変え、光球を放つあなたの能力が由来の名前。
もっと恐ろしく振る舞いなさい。魔物らしく、魔王様らしくね。
…"絶技解放"、惑わぬ心で死に向かえ」
アオーン………。
どこからともなく聞こえてくる狼の声。
その音になぞられた場所が凍えていき、太陽が壊れて月に変わる。
その雄叫びに呼応するかのように、シャハタカの体が溶けて、混ざり、解けては弧を描く。
それを人はなんというだろう。
魔物、ニンゲン、鳥、狼?
どんなものでも表せない、その者の根源的な恐怖を形にする。
幻惑魔術の絶技、それは人の中にある"魔王"を降臨させる。
「やべーす…っね…これ……」
「に…逃げ……」
「…いいコンビになれそうね。私達。」
「"亡滅魔術"カタストロフインパクト!」
─────────
「あーきっつ。シャハタカ、もうちょっと我慢ね。
シャールド連れてくるから。」
「…っはい。はぁ…はぁ…シャールドは…大丈夫なのですか?」
「あの子にはそんな凄いことが起こってないように見せる幻惑をかけてるから大丈夫。さ、ラストよ。気張っていきましょう!」
「…はい!」
ふぅ、と大きなため息をつき、最後に何か油断した悪役っぽいことをいって退場しなければいけないので、次の息を吸い込む間に考えて、目一杯の力を込めてセリフを吐く。
「おーほっほっほっ!あなた達はこれでお終いね!
シャハタカ、後は任せたわよ!」
疲れすぎててなんかよく分からないキャラ設定になってしまったことを悔やみつつ、尻尾を引きずってシャールドが隠れてる草にまで歩いていく。
そういえば…チラリと横の倒れた冒険者メンバーを見る。
殺してしまってはいないかを確認したかっただけだが、うつ伏せで倒れながらもこちらのことを視界から離してはいないようだ。
一応殺してしまったら仕事にはならないのだが、こう睨まれると胃が痛くなる。
絶技を使って魔力もカツカツ。
シャハタカのダミーを作れるぐらいには体力はある…かな。
「ほら、仕上げてきなさい。シャールド、あなたが主役よ。」
「ふっ、待っていたぜ。この瞬間をよぉ!」
全く、調子がいいんだから。杖に元々魔術を込めといてよかったわ。今のままじゃ、絶対に幻術かけられないもの。
「おいお前ら!待たせたなぁ!真打登場だ!」
「なっ、やめろシャールドそいつは危険だ!お前だけでも…」
予定通りの進行に、予想通りのリアクション。
なんとか軌道に乗ったっぽいわね。
初仕事、お疲れ様、シャハタカ。
「俺を誰だと思ってる?見せてやるぜ!スーパーアルティメット奥義!エクスカリバースラッ…」
「うーわーーやーらーれーたーーーー」
バターーーーン。
……………………………………
「我が光で敵を切り裂け!エクスカリバースラッシュ!
ザシュー」
………………………………………
は?
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?何やってんのよアンタァァァァァァ!!!」
「痛い痛い!叩かないでください!ハラスメントですよ!」
「この前まで知らなかったくせによくそんな言葉吐けんなおい!
だいっなしだよ!折角退団代行シャハタカの初陣が完璧に終わるとこだったのにさぁーー!」
「退団代行…それにその声…まさかお前…マジェルメさん!?アンタ魔物だったのか!?」
「あっやべ。」
どーしよ…冷や汗が止まらない。考えろ考えろ考えろ!
ああ駄目だ毛が逆立ってきた。耳が張りすぎててめっちゃ痛い!
「ぐっ…いたっ!!マジェルメ様!爪!!爪!!うっ…ガクッ。」
「えっ!?あっ、ごめっ…シャハタカ?シャハタカー!?おーい!!?」
ちょっと!気絶なんて冗談じゃないわよ!?
「シャ…シャールド!なんとか弁明を…」
「実は俺、魔物がやってる退団代行に潜入してたんだよね!
やっぱ俺、主人公体質だからさ!
最後は必ず勝つってわけ!」
「うっせぇわボケ!テメェだけでも食い殺してやろうかゴラァ!」
「ひぃぃ!!」
くっ…シャハタカはもう動けない。
幻惑魔術使って逃げようにも、こんだけガッチリマークされてたら今の私じゃダミーとの入れ替わりもバレて終わり…!
けれど、あの女さえ動かなきゃまだ…
「うっ…くっ…ふふっ、いいっすねいいっすね…。すっごく楽しい……!」
……立つかよ。クソッ。
キャスキルが、剣を松葉杖代わりにしてマジェルメに近づく。
彼女はボロボロの体ではあるが顔は笑顔で、魔物よりも底知れない、まさに深淵のような恐ろしさを秘めていた。
…終わりか。魔王様、申し訳ございません。
目を閉じる。
最後は誇りを持って死を受け入れる。
それが、私にできる最後の仕事だ。
「…ねえ、狼さん。退団代行のお仕事って、二人でやってるんすか?」
「だったら何よ。」
「……!!狼さん狼さん!!
よければ私達も!一緒に働かせてください!!」
「「「……はあ!?」」」
激戦を乗り越えたその日の夜、
私はスーツを三着新しく買うことになった。




