第7話 シャルロッテ劇場第二幕
「……ぬ、不敬なり。我は破壊神だぞ。なぜ、この矮小な肉体で、木の板と釘を持って、原始的なパズルをせねばならんのだ」
教会の湯浴み場の屋根の上。ラオは、不機嫌の極致にあった。
昨夜、自らの「飛翔魔力調整ミス」により粉砕した天窓。昼食のシチューを人質に取ったサミエル神父から「ラオ君、これも労働の喜びだよ」と、聖人のような微笑みと共に重いハンマーを渡されたのだ。
本来なら指パッチン一つで屋根ごと概念消去し、新たな屋根を創造するところだ。だが今のラオの魔力は、昨夜の暴走からはまだ回復しきれていない。
「……小ヌルい。小ヌルすぎるぞ、創造神……! 我をこのような、重力作業に縛り付けるとは……!」
ラオが曲がった釘を忌々しげに睨みつけていた、その時……
「オホホホホホ! 皆様、ごきげんよう! 薔薇の香りと共に、このシャルロッテ・ド・パンペルムースが降臨いたしましたわ!」
教会の門をまるで自室のドアのように勢いよく開けて、シャルロッテが登場した。今日の縦ロールは、いつもより三回転多く巻かれ、気合の入り方が物理的な威圧感となって周囲を圧倒している。
「シャル子……。貴様、我の神聖なる労働(修理)の邪魔をしに来たか。……消えろ。さもなくばその頭の脂っこい菓子を切り取ってそこらの犬畜生に食わせてやる」
「なんですってぇ!? 相変わらず生意気な口を! ……でも今日の私は慈悲深いですわよ。屋根の上でまごついている貴方に我がパンペルムース家自慢の護衛を貸し出してもよろしくてよ?」
シャルロッテが、扇子をビシッと背後の二人の男へと向けた。
そこには、いかにも「雇われました」という顔をした、没個性的なモブ兵士AとBが、借りてきた猫のように直立不動で立っていた。
「……フン。小ヌルい。名前を覚える価値もない、ただの肉の塊ではないか」
「なんですって!? この二人は、パンペルムース家の私設軍の中でも、最も『真面目』な二人ですのよ! さあ貴方たち!あの小生意気なラオ君を手伝って貴方達の優秀さを示してあげなさい!」
「「はっ! お嬢様!」」
モブ兵士たちは、無駄にキビキビとした動きで屋根の下に陣取った。
だが彼らはあまりにも「真面目」すぎた。
「敵の襲撃を確認……! 屋根からの落下物はすべて排除する!」
兵士Aが、ラオが横に置いていた予備の木の板を「落下する凶器」と勘違いし、槍で叩き落とした。
「……ぬ。貴様、何をする」
「上空に不審な鳥を確認! 投石で排除します!」
兵士Bが、どこからか拾ってきた石を投げ、ラオのすぐ耳元を掠めていった。
「……おい。貴様ら、”手伝う”の意味を間違えておらぬか」
「オホホホホホ! どうですわ、ラオ君! この機敏なる動き!」
下でシャルロッテが扇子を振り回し、勝ち誇ったように笑う。
そこへ、騒ぎを聞きつけた孤児の子供たちが、ワーワーと集まってきた。
「あーっ! シャルロッテお姉ちゃんだ! また面白い人たちを連れてきた!」
「おじさん、その槍かっこいい! 見せて見せて!」
「こ、困りますお嬢ちゃん! 今は任務中だ! 近寄ると……ああっ、危ない!」
子供たちに囲まれた兵士Aが、槍を振り回しながら後ずさりし、そのままシャルロッテの足を踏みつけた。
「アッーーーッ!? 私の特注の靴がーッ!!」
「お、お嬢様!? 申し訳ございません! 今すぐ泥を……ああっ!」
慌てた兵士Bが、持っていた水筒の水をぶちまけ、シャルロッテのドレスをさらに無惨な状態に変えていく。
「な、何をしてますの貴方たち! このドレスは……」
下で繰り広げられる「モブたちのパニック」と「シャルロッテの絶叫」。
屋根の上に取り残されたラオは、ハンマーを持ったまま、深いため息をついた。
「……もうよい。貴様らのその『小ヌルい茶番』、我が幕を引いてやろう」
ラオの指先に、青白い魔力が僅かに収束する。
「――因果の拒絶。去れ、賑やかな羽虫どもよ」
パチンッ!
ラオが指を鳴らした瞬間。
シャルロッテと二人のモブ兵士、そして彼らが散らかした槍や水筒が、まるで巨大な見えない掃除機に吸い込まれるように、ふわりと宙に浮き上がった。
「な、なんですのこれ!? 私が飛んで……飛んでおりますわーッ!?」
「わあ、空飛ぶお姉ちゃんだ!」
「お、お嬢様ーっ! 重力が……重力が働いておりません!」
「これが、本当の『配置転換』かぁぁぁ……!」
三人は、ラオが即興で作った「排斥の斥力場」に包まれ、そのまま教会の門の外へと、滑るように押し出されていった。文字通り、物理的な接触を一切断たれたまま、町の中心部の方角へと「強制退散」させられたのである。
ラオはその様子を見向きもせず、自らの手の感触を確かめる。
「ふむ……回復具合は悪くないな」
そして遠く離れて行った三人の方に目を向けると、
「二度と、我のシチューの香りを、その脂っこい芳香剤と安物の鉄の匂いで邪魔するな」
ラオは小さくなっていくシャルロッテの絶叫を背に、再びハンマーを握り直した。
「ラオ君……今飛んで行ったのって、シャルロッテ様達だよね?」
リオラが呆れ顔で、掃除をしていた下の湯浴み場から顔を出して言った。
「……フン。騒がしいゴミを掃き出しただけだ。……おい、リオラ。今晩のスープはあの女を追い払った手間賃として、さらに肉を一塊追加せよ。いいな?」
「はいはい。もう……ラオ君ってば……」
静寂が戻った教会の屋根の上。
高く昇った太陽の光に照らされた破壊神は、今度こそ完璧な一打で釘を打ち込み、小さな家を守るための修理を再開するのだった。
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