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転生した破壊神、限界孤児院の守護神(美ショタ)になる〜小ヌルい日常を脅かす火の粉は、神の権能ですべて塵に帰す〜  作者: 十目 イチ


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第5話 最も死に近い安息の地

 教会の裏手に広がる丘に登れば、地平線の向こうに巨大な石造りの影が見える。

 

 この国の北端を守る『アイゼン砦』

 隣国ファルバラ帝国との国境線を引き受けるその要塞には、今も数百の兵士が詰め、絶え間なく続く小競り合いの最前線となっている。


 風に乗って、時折「ドン、ドン」という低い地鳴りのような音が聞こえてくることがある。遠方で魔導砲が放たれた音か、あるいは大地の精霊が嘆く声か。

 

 ラオ達が暮らすこの教会はそんな血生臭い最前線から、馬を走らせれば半日もかからない「最も死に近い安息の地」だった。


「……チッ。空気が鉄の臭いで満ちておるな。小ヌルい。実に小ヌルい争いだ」


 教会の屋根の上で、ラオは寝転びながら遠くの砦を眺めていた。

 破壊神の鼻は、千里先で流れる血の匂いさえ嗅ぎ分ける。人間どもが領土という名の「ただの土」を奪い合い、命という名の「ただの灯火」を消し合う。ラオに言わせれば、それは蟻の巣を壊し合う子供の遊びと大差なかった。


「ラオくーん! お洗濯物を取り込むのを手伝ってー!」


 地上からリオラの暢気な声が飛んでくる。

 ラオは深いため息をつき、ひょいと屋根から飛び降りた。着地の衝撃で地面がわずかに沈むが、誰も気にする者はいない。


「我を誰だと思っている。洗濯物だと? 我は世界の因果を断ち切る者――」

「はいはい、破壊神様。このシーツの端っこを持っててね。風が強いから、飛ばされちゃうと大変なの」

「……ぬ。貴様、我の権能を風よけ程度に使うなと言っておろうが」


 文句を言いながらも、ラオは真っ白なシーツの端を掴んだ。

 戦火が近いというのに、この教会の洗濯物はいつも石鹸の清潔な香りがした。神父夫妻が、井戸から汲み上げた冷たい水で、毎日毎日、子供たちの服を丁寧に洗っているからだ。


「ラオ兄ちゃん、見て! 剣作った!」


 五歳の少年、トトが木の枝を振り回して駆け寄ってきた。その後ろを、他の子供たちが追いかける。

 

「僕がグリハン兄ちゃんで、トトが悪役の将軍な!」

「えー! 僕、将軍やだ! ラオ兄ちゃんがいい!」


 子供たちの遊びも、否応なしに戦争の影響を受けている。彼らにとってのヒーローは最前線の砦で戦うグリハンであり、時折現れては「魔法(のような手品)」を見せるラオだった。


「……フン。将軍になりたければ、まずその突き出した尻を引っ込めよ。小ヌルい構えだ。こうだ、脇を締めろ」

「わあ! ラオ兄ちゃんが教えてくれた!」


 破壊神が、五歳児に殺人的な剣の軌道を伝授する。もちろんトトがそれを理解できるはずもなく、ただキャッキャと笑いながらただ枝を振り回すだけだ。


 その時、教会の門が開いた。

 現れたのは、ボロボロの鎧を纏った数人の兵士たちだった。

 アイゼン砦から後方に伝令か、あるいは物資調達に来た者たちだろう。彼らの顔には隠しきれない疲労と、死の影が張り付いている。


「神父様……。少し、休ませていただけないか」

「おお、御苦労様です。さあ、中へ。今、温かいお茶を淹れますよ」


 神父夫妻は、兵士たちがどこの所属であろうと、敵であろうと味方であろうと、分け隔てなく迎え入れる。

 食堂に座った兵士たちは、三歳児のルルが差し出した「不格好な形のクッキー」を見て、ようやく強張った表情を緩めた。


「……可愛いもんだな。俺の田舎にも、これくらいの娘がいたんだが……」

 

 一人の兵士が呟く。その言葉に宿る重みを子供たちは知らない。

 ただ「おじちゃん、これ美味しいよ!」と笑うだけだ。


 ラオは食堂の隅で、その光景を冷めた目で見ていた。

 この兵士たちは、休息を終えると再び戦地に戻り、あるいは死ぬ。子供たちもこの『最も死に近い安息の地』ではいつ消えてもおかしくない存在だ。


「リオラよ。この者たちはこれほど脆い世界で、何故これほど必死に笑うのだ?」

 

 ラオの問いに、隣で茶葉を量っていたリオラが、少しだけ手を止めた。


「それはね、ラオ君。明日がどうなるか分からないからこそ、今の『温かい』を大切にしたいのよ。ゴルドアン様(創造神)も、きっとそう願っているわ」

「……チッ。あのジジイの考えそうな甘ったるい考えだな」


 ラオは眉間にシワを寄せて、そっぽを向いてリオラから離れて行った。


◇◇ 


 その日の夕食時。

 ラオは神父夫妻が戦争で亡くした、二人の実の息子たちの小さな遺影の前で、静かに祈りを捧げている姿を見た。

 

 夫妻の背中は小さく、震えていた。どんなに笑顔で孤児の子供たちを包み込んでも、彼らの心の奥底にある「空洞」は、決して埋まることはないのだ。


 すっかりと暗闇が空を染める中、ラオは一人で屋根の上に登った。

 暗闇の中、遠い北の空が時々かすかに赤く光っている。砦の方角だ。今夜もどこかで、誰かの「大切なもの」が壊されているのだろう。


「……我は破壊神だ。壊すことが我の本分」

 

 ラオは右手を天に掲げた。

 

「だが、我の寝床を汚す火の粉は、一粒たりとも許さぬ」


 ラオが指をパチンと鳴らす。

 神の権能――【因果の遮断】。

 教会の周囲数キロメートルに、目に見えないほど薄い、だが絶対的な障壁が展開される。迷い込んだ銃弾も、悪意を持った魔物も、この内側に入ることはできない。


「ふむ。この体も少しは馴染んできたか。……勘違いするな。我は、明日シチューを食べる邪魔をされたくないだけだ」


 自分に言い聞かせると、ラオは屋根の上で丸くなった。

 遠くで鳴り響く戦火の音を、小ヌルい子守唄代わりに聞きながら、破壊神は眠りについた。翌朝、子供たちの賑やかな笑い声と、リオラの「ラオくーん、朝ごはんよ!」という呼び声で目が覚めるまで。


 その「小ヌルい平和」は、普段通りの朝を迎えるのであった。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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