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天界の破壊神、転生する〜少年の姿で降臨した破壊神が自分の平穏(破壊)の為に世界やら孤児院やらを守護る?〜  作者: 十目 イチ


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第19話 聖都の夜は更けて(前編)

 聖都アステミアの夜は、月光さえも教会のステンドグラスを透かして七色に輝く。

 大教会の広大な敷地内にある「白銀の宿舎」の食堂は、王国全土から集まった修道女見習いや神官たちで、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。


「おい、そこのっしょ! スープのお代わりはセルフサービスっしょ! 聖水の恵みに感謝して、胃袋に叩き込むっしょ!」


 ベッキーの野太い(が軽い)声が響く。彼女はこの大教会でも中堅どころの「教育係」らしく、各地から集まった初々しい見習いたちを、その独特な語尾で圧倒していた。


「……ぬ。……小ヌルい。小ヌルすぎるぞ、この『聖水シチュー』とやらは。ゴルドアンの奴、信者には慈愛を説くくせに、出汁だしの取り方までは教えなかったようだな。……ただの、お湯の味がするぞ」


 ラオは不機嫌そうに、透き通ったスープをスプーンで弄んでいた。

 彼の周囲には、珍しい「黒髪の美少年」に興味を抱いた各地の修道女たちが群がっている。


「きゃあ、見て! この子、なんて綺麗な髪なの!」

「サミエル閣下が直々にお連れになった子なんですって」

「可愛いわねぇ。ねえ、お姉さんと一緒にシチュー食べない?」

「…………離れろ、羽虫ども。我のパーソナルスペースを汚すな。貴様らのその無駄に高い徳(と見せかけた世俗の欲)が、魔力回路にノイズとして響くのだ」

「まあまあ、ラオ君! そんなに怒らないのっしょ! 王都のシチューは、心に平安をもたらすための『静かな味』なんだから!」


 リオラが、少しだけ「王都の空気」に馴染んだ顔で、楽しそうに『〜っしょ』を使いこなしている。彼女は既に他の神官見習いたちと打ち解け、「辺境の聖女」として注目の的になっていた。


「……チッ。リオラ、貴様まであのゴルドアンの毒に当てられたか。……我は少し空気を入れ替えてくる。この場所は信仰心という名の加齢臭が強すぎる」


 ラオは椅子を蹴るように立ち上がり、食堂を後にした。


 ◇◇◇


 ラオの目的は「静寂」であった。

 だがこの巨大な迷宮のような大教会において、初見の子供(の姿をした破壊神)が一人で歩き回るのは無理があった。


「……ぬ。……右も左も白亜の石壁。……方向感覚を狂わせる結界でも張っているのか、あのクソゴルドアンめ。……それとも我の魔力が回復途上で空間認識に支障が出ているのか」


 迷い込んだのは、宿舎の深部。

 そこには、大教会の地下深くから湧き出る霊泉を引いた「大浴場」が存在していた。


「……フン。湿り気を帯びた魔力が漂っているな。……清浄な水の気配。少し身を清めてから寝るとしよう。この身体、人間の油が溜まると動きが鈍くなる」


 ラオは何の疑いも持たず、豪華な彫刻が施された大きな扉を、因果を少しだけ捻って音もなく開けた。

 湯気ゆげが、濛々(もうもう)と立ち込めている。


「…………ぬ?」


 視界が開けた瞬間。ラオの眼前に広がっていたのは、黄金の装飾が施された浴槽と、そこに身を浸す「数十人の聖なる肢体」であった。


「――っしょ! やっぱり仕事の後の風呂は最高っしょ! 肩まで浸かって、煩悩を洗い流すっしょ!」


 最前線で、無防備に手足を伸ばし、豊かな胸元を天窓から差し込む月光の下に晒しているのは、ベッキーだった。

 そしてその隣には、驚愕に目を見開き、両手で顔を覆おうとして間に合っていないリオラの姿がある。


「ラ、ラララ、ラオ君!? な、ななな、何でここに……っしょ!?」


 阿鼻叫喚の悲鳴が上がるかと思いきや……真っ先に声を上げたベッキーの反応は、あまりにも「小ヌルい」ものであった。


「あー、ラオ君っしょ。迷子になったっしょ? ここは女子風呂っしょ。……でもまあ、そんなチビ君に見られても減るもんじゃないっしょ! ほら、リオラちゃんも隠さなくていいっしょ、弟みたいなもんっしょ!」

「べ、ベッキーさん! 何を言ってるんですか! ラオ君、出口はあっち! 今すぐ、今すぐ出ていってぇぇぇっしょ!!」


 顔を真っ赤にして発展途上の身体を浴場に飛び込ませたリオラと、一切の動揺を見せず「むしろ入ってくればいいっしょ」と浴槽の縁から手招きするベッキー。

 ラオは、自分より大きな「双丘」や「曲線」がひしめく光景を、無表情のまま一瞥した。


「……ふん。……小ヌルい。肉の塊が多すぎて、視覚情報が汚染された。……リオラ、貴様のその『小ヌルい膨らみ』に、我を辱めるほどの価値があると思っているのか? 我は概念の美を追求する者だ。このような、原始的な肉欲の象徴など……」

「屁理屈言ってないで出ていってぇぇぇっ!!」


 リオラが投げた洗面器が、ラオの鼻先をかすめて背後の扉に直撃した。

 ラオはフンと鼻を鳴らし、悠然とした足取りで(だが内心では少しだけ、心拍数が人間並みに上がっているのを感じながら)その場を去った。


 ◇◇◇


 浴場を出て、涼しい廊下を歩く。

 火照った体を夜風に晒しながら、ラオはふと足を止めた。


「…………ぬ」


 廊下の隅、深い影の中にわずかな「異物感」を察知した。

 それは、この教会の持つ清浄な魔力とも、ベッキーのようなふざけた活気とも違う、湿り気を帯びた『悪意』。


 影が動く。

 大教会の庭園を掃除する下働きの男が一人、不自然なほど足音を消して、重要書類が保管されている「禁書庫」の方角へと消えていった。


(……フン。ゴルドアンの庭にも、害虫が紛れ込んでいるようだな。……あの身のこなし。王国のものではない。どこか他の国の隠密か?)


 ラオは、指先を小さく鳴らそうとして、止めた。

 ここで派手に消去すれば、サミエル神父……大司教に余計な疑念を持たれる。


(……小ヌルい。実に小ヌルい侵入者だ。……だが我の宿舎の近くでコソコソされるのは、夜の眠りを妨げる。……リオラに恥をかかされた分、少しばかり八つ当たりをしてやるとしようか)


 ラオの瞳が月光を反射して冷酷な銀色に輝いた。

 破壊神の「初めての王都の夜」は、ラッキースケベの余韻を殺意で塗りつぶす、不穏な狩りの時間へと変貌しようとしていた。


(後編へ続く)

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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