第18話 聖都アステミア~創造神の庭~
馬車が石畳を叩く規則正しいリズムが、一段と高く、尊大に響き始めた。
アステミア王国の心臓部であり、大陸最大の聖教拠点。白亜の城壁が天を突き、巨大な尖塔群が夕日に輝くその光景は、巡礼者たちに「神の庭」への到着を予感させる。
「……ぬ。……吐き気がするな。この街全体に漂う、あのクソジジイの威光の匂いが……」
馬車の窓から顔を覗かせたラオが、忌々しげに鼻を鳴らした。
街の至る所に、この世界の「創造神」を象った彫像や紋章が溢れている。広場には慈愛に満ちたポーズを刻んだ噴水があり、家々の軒先には太陽と天秤を象った飾りが掲げられていた。
「……フン。これほどの石像を並べねば存在を誇示できぬとは。ゴルドアンの奴、相変わらず劣等感の塊だな。自分を美化した偶像をこれほど作らせて、鏡を見るのが怖いのか?」
「こらこら、ラオ君。あんまり不敬なこと言っちゃダメよ? ここはサミエル様の本拠地なんだから」
隣に座るリオラが、旅のしおりを閉じながら、クスクスと不敵な笑みを浮かべた。
その余裕のある態度にラオは違和感を覚え、片眉を上げる。
「……サミエル『様』だと? 貴様、いつからこの食えない老いぼれを、そこまで敬うようになった。たかが田舎の神父ではないか。あの男、我にジャガイモの芽を抉り出させて悦に浸る変質者だぞ」
「あら、ラオ君。……もしかして、本当に気づいてなかったの?」
リオラはわざとらしく人差し指を口元に当て、勝ち誇ったような「ドヤ顔」をラオに向けた。
「サミエル神父様はね、アステミア王国の聖教会のナンバーツー。正真正銘の『大司教』閣下なのよ。私が神官見習いとしてあの教会に配属されたのも、実は閣下直々のご采配だったんだから。……ね、びっくりしたでしょ?」
「…………は?」
破壊神の思考が、一瞬停止した。
あの毎日縁側でお茶を啜り、ラオに「掃除の時間が小ヌルいわ」と嫌味を言われても「ホッホッホ」と笑っていた老人が? ゴルドアンの教えを広める組織の最高幹部の一人だと?
「嘘をつけ。あんな枯れ木のような老人が、それほど高位の存在であるはずが……」
ラオが言いかけたその時、馬車は一般の巡礼者が立ち入ることすら許されない、白銀の装飾が施された大教会の「大司教専用」の車寄せへと滑り込んだ。
◇◇◇
扉が開くが早いか、そこには純白の法衣を纏った高位聖職者たちがズラリと居並び、深々と頭を下げていた。
「――サミエル様! サミエル・ヴァンス大司教閣下! 御帰還、心待ちにしておりました!」
馬車から降り立ったサミエル神父は、いつもの麦わら帽子を脱ぎ、乱れた白髪をスッと整えた。その瞬間、彼の背筋が鋼のように伸び、慈愛に満ちた「好々爺」の仮面の下から、信者を統べる者の圧倒的な「威厳」が溢れ出した。
「おや、ラオ君。そんなに目を見開いて。……ホッホッホ、驚かせてしまいましたか。これでも王都では、少しばかり肩書きが重いのですよ」
「……ぬ。……貴様、サミエル。我に屋根の修理をさせ、雑巾がけを命じていたのは、大司教としての権力行使だったのか。あのアホ面をしたゴルドアンの銅像を拝ませるために、我をこの地に招いたのだとしたら、今すぐこの街ごと概念消去してやるぞ」
「まあまあ、ラオ君。サミエル様はとってもお忙しいんだから、挨拶くらいちゃんとしなさいっしょ!」
背後から、不意に軽薄な声が響いた。
振り返ると、そこには修道女の格好をしているものの、ベールを後ろに跳ね上げ、快活な笑顔を浮かべた長身の女性が立っていた。
「……ぬ。なんだ、この騒がしい生き物は。ゴルドアンの教えには『落ち着き』という項目は無いのか」
「あ、私が案内役のシスター・ベッキーっしょ! 大司教サマ直々の指名とか、マジでテンション上がるっしょー! 聖都アステミアへようこそっしょ!」
ベッキーと名乗った修道女は、ラオの頭を遠慮なしにガシガシと撫で回した。
「……貴様。その汚い手を退けろ。さもなくば、そのふざけた語尾ごと、貴様の存在を虚無へパージしてやる。我をこのような『小ヌルいガキの姿』で送り込んだあいつの罪を、貴様が肩代わりしたいのか?」
「ぎゃはは! 威勢がいいっしょ! ラオ君マジでウケるっしょー!」
「ほらラオ君、行きますわよ。ベッキーさん、よろしくお願いしますっしょ!」
リオラまで楽しそうに「っしょ」を真似し始め、ラオの首根っこを掴んで歩き出した。
「離せ! 貴様ら、あのアホ神の総本山に来て、我の扱いが雑になりすぎてはおらぬか……! リオラ、そのドヤ顔をやめろ! 破壊するぞ、貴様のその小ヌルい自意識を!」
「はいはい、ラオ君。今日は王都大教会名物の『聖水シチュー』を食べるっしょ!」
サミエル大司教の威厳、ゴルドアンの趣味の悪い銅像、そして癖が強すぎる案内役。
ラオの「王都編」は、かつての天敵への毒を吐き散らしながらも、周囲に全く相手にされない、騒がしすぎる幕開けとなった。
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