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破壊神、美ショタに転生する〜我の日常を脅かす火の粉は、神の権能ですべて塵に帰す〜  作者: 十目 イチ


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第13話 鋼の決意と聖女の祈り

 セステアの丘に立つ教会には、朝靄あさもやと共に冷たい鉄の匂いが流れ込んでいた。

 北の空はどんよりと重く、アイゼン砦の方角からは、地響きのような魔導砲の音が断続的に響いている。ファルバラ帝国の魔獣兵団が、いよいよその攻勢を強めた証拠だった。


 礼拝堂の奥、朝日が弱々しく差し込む一角で、一人の男が立ち上がろうとしていた。


「……っ、ぐう……」


 グリハンは、まだ包帯が巻かれた脇腹を押さえ、脂汗を流しながら軍靴の紐を締め直していた。サミエル神父の「治癒の奇跡」とシャルロッテの(過剰な)看病、そしてリオラの献身的な手当てにより、致命傷だった傷は驚異的な速度で塞がっている。だが完治にはまだ遠い。一歩踏み出すたびに焼けるような激痛が全身を走る。


「……駄目だよ、グリハンお兄ちゃん」


 背後から届いたのは、鈴の音のように澄んだ、だが悲しみに震える声だった。

 振り返ると、そこには聖白の法衣を纏ったリオラが立っていた。その手には、朝食の盆ではなく、彼愛用の剣の帯が握られている。


「リオラ……。止めてくれるな。砦の仲間たちが戦っているんだ。俺だけがここで、温かいスープを啜っているわけにはいかない」

「分かってる。お兄ちゃんがそういう人だってことは、子供の頃からずっと見てきたもの。……でもその体で出れば今度こそ……本当に帰ってこれないんじゃ……ないかって……」


 リオラの瞳に、大粒の涙が溜まる。

 彼女は神官見習いとして、多くの死を見てきた。戦場から運ばれてくる兵士たちが、二度と目を開けない瞬間をこの教会で何度も看取ってきた。

 だがその対象が幼馴染であり、密かに心を寄せるグリハンであることは、彼女の心を粉々に引き裂くのに十分だった。


「……死ぬために行くわけじゃない。守るために行くんだ。この教会を、君を、そしてあの生意気なラオや子供たちを。……俺たちが砦で踏み止まらなければ、この場所もすぐに火の海になる」


 グリハンは震える手で、リオラの手から剣帯を受け取った。

 その時リオラがグリハンの胸元に縋り付いた。


「行かないで……なんて、言えない……でも約束して。……もし、もしも砦が落ちるようなことがあっても、お兄ちゃんだけは生きて、ここへ帰って来て……」

「リオラ……」

「お兄ちゃんがいない世界を守っても、私は……私は、どうやって笑えばいいのか分からない」


 二人の間に流れる痛切な沈黙。

 それを破ったのは、礼拝堂の影に隠れて様子を伺っていた、不遜な少年の声だった。


「……チッ。朝から小ヌルいメロドラマを見せるな。粥が不味くなるではないか」


 柱の影から、ラオがのんびりと姿を現した。

 彼は腕を組み、冷めた目で二人を見据えている。


「ラオ……。起きていたのか」

「我を誰だと思っている。貴様のその錆びた鉄屑のような不協和音を出す足音で、目が覚めぬはずがなかろう」


 ラオはグリハンの前に立つと、その傷ついた体を上から下まで値踏みするように眺めた。


「……死にに行くというのなら、勝手にするがいい。魂など器が壊れれば霧散するだけの塵だ。だがな、グリハン。貴様が死ねばこのリオラはまた塩辛いスープを作るようになるだろう。……我は味の落ちた食事を摂る趣味はない」

「ラオ、お前……」

「行け、小ヌルい兵士。……ただし、一つだけ我の『呪い』を授けてやる」


 ラオが、グリハンの胸元に指先を触れた。

 一瞬金色の紋章が軍服の上に浮かび上がり、すぐに消えた。

 それはラオが密かに施した【因果の固定】――致命的な攻撃を受けても、一度だけ魂を肉体に繋ぎ止める「絶対生存」の権能だった。


「これは何だ……? 体が、急に軽くなったような……」

「フン。気休めのまじないだ。……さあ、とっとと失せろ。我はこれから二度寝を楽しむことにする」


 ラオは背を向けた。

 グリハンは、少年の背中に宿る形容しがたい重圧と、その奥にある「期待」のようなものを感じ、力強く頷いた。


「……ああ。行ってくる。……リオラ、必ず帰るよ」


 グリハンはリオラの頭を一度だけ優しく撫でると、教会の重い門を開け、朝靄の中へと消えていった。


 後に残されたリオラは、彼が見えなくなるまで立ち尽くしていた。

 彼女はそっと手を合わせ、神――かつて信じていたゴルドアンではなく、今、目の前で欠伸をしている少年の背中に向かって祈った。


「……ラオ君。ありがとう」

「礼など不要だ。……それよりリオラ。腹が減った。あの兵士どもがいなくなった分、我のオムレツは三倍の厚みにせよ。……いいな?」

「ふふ……。ええ、とびきり美味しいのを作るわね」


 リオラは涙を拭い、笑顔を作った。

 ラオはそれを横目で確認すると、再び尖塔へと向かった。


 視線の先、北の地平線では数百の魔獣の軍勢が黒い津波となってアイゼン砦に押し寄せていた。

 ラオの瞳が、破壊神としての深紅の輝きを帯びる。


「……さて。小ヌルい人間たちの足掻き、せいぜい見物させてもらおうか。……万が一、我が食卓を汚す者が現れたその時は――」


 ラオは右手の指をパチン、と鳴らす構えを取った。


「――この世界から、帝国の名ごと消し去ってくれよう。我のこの脆弱な身体の次の試運転には良い機会だ」


 教会の静かな朝。

 最強の守護者が静かに見守る中、運命の防衛戦が幕を開けようとしていた。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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