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転生した破壊神、限界孤児院の守護神(美ショタ)になる〜小ヌルい日常を脅かす火の粉は、神の権能ですべて塵に帰す〜  作者: 十目 イチ


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第12話 黄昏の鏡、あるいは神の不器用な慈悲

 その日の夕暮れ、セステアの町は一際赤く染まっていた。

 国境の砦から流れてくる硝煙の臭いも、負傷兵たちの呻き声も、この教会の厚い石壁とラオの結界に阻まれ、どこか遠い世界の出来事のように感じられた。


 礼拝堂の片隅でサミエル神父と妻のメアリが、二人の若者の肖像画を前に静かに祈りを捧げていた。アステミア王国の軍服に身を包んだ、精悍な顔立ちの兄弟。彼らが戦死したという報せが届いてから、もう数年の月日が流れている。


「……お父さん、今日もあの子たちの夢を見ましたよ」

「ああ、私もだ、メアリ。……あの子たちが最後に食べたかったのは、お前の焼いた固いパンだったのかな、なんてな」


 二人の会話には、もはや激しい悲しみはない。あるのはただ静かに、絶え間なく溢れ続ける砂時計のような喪失感だけだった。


 その様子を礼拝堂の二階にある回廊から、ラオは見下ろしていた。

 

 彼の指先には、天界との通信を無理やり『地上仕様』に書き換えた、青白く光る複雑な魔導回路が絡みついている。


「……小ヌルい。実に、小ヌルい光景だ」


 ラオは鼻で笑い、階段を音もなく降りた。

 神父夫妻が顔を上げると、そこには夕闇を背負った不遜な少年が立っていた。


「ラオ君? どうしたんだい?」

「……口を慎め。我は今、極めて不機嫌だ。貴様らが毎日毎日、その肖像画に湿っぽい念を飛ばすせいで、我のシチューが僅かに塩辛くなっている気がするのだ」


 もちろん、それは真っ赤な嘘だ。

 ラオは、天界に置き忘れてきた権能の一部――【因果の逆行】と【次元の投影】を、現在の乏しい魔力で実行するための「媒介」として、礼拝堂に置かれた大きな姿見すがたみに歩み寄った。


「おい、サミエル。それにメアリよ。……一度しか言わぬ。その鏡を見ろ」


 ラオが鏡の表面に指を触れた。

 刹那、鏡面が水面のように波打ち、天界の純白の光を吸い込んで青白く発光し始めた。

 

「……な、なんだ、これは……!?」

「騒ぐな、虫ケラども。……我は破壊神だ。生者と死者の境界など、我にとってはただの薄っぺらな紙に過ぎん。……おい、ドジ女! 回路を繋げ! 座標はアステミア王国軍、第十四歩兵連隊、戦死者名簿の三十二番と三十三番だ!」


 ラオが虚空に向かって怒鳴ると、鏡の中に霧が立ち込め、次第に実体を持った「影」が結ばれていった。


「――父さん? 母さん……?」


 信じられないような、懐かしい声が響いた。

 鏡の中に映し出されたのは、肖像画よりも少しだけ大人びた、軍服姿の二人の息子たちの姿だった。


「……アレン!? カイル!? ああ、ああ……神様……!」


 メアリが悲鳴を上げて鏡に駆け寄った。サミエル神父もまた、震える手で鏡の縁を掴む。

 鏡の向こう側の二人は、驚いたように自分たちの体を見つめ、それから目の前の両親に気づくと、破顔して笑った。


「本当に父さんたちだ! ……どうなってるんだ、ここが天国なのか?」

「馬鹿を言うな。ここはまだ泥沼の地上だ。……我が、貴様らの未練がましい親を黙らせるために、一時的に『道』を作ってやったに過ぎぬ」


 ラオが不機嫌そうに言い放つと、息子たちは鏡越しに少年の姿をした神を見つめ、深々と頭を下げた。

 

「……ありがとうございます、神様。……僕たちは、ずっと伝えたかったんです。父さんと母さんに……」


 それからの時間は、まさに奇跡だった。

 二人の息子たちは姿見の前にいる両親に向かって、戦場での最後が苦しいものではなかったこと。今も二人で不思議なほど穏やかな場所で過ごしていること。そして何より自分たちの死を理由に、両親が笑顔を失うことを一番悲しんでいることを語った。


「父さん、母さん。……僕たちは二人が作る教会のシチューが大好きだった」

「あそこにいる弟や妹たちは、僕たちの代わりじゃない。……けど父さんたちがこれからもずっと、あの子たちの『父と母』であってほしいんだ。それが僕たちの願いだよ」


 サミエルは声を上げて泣いた。メアリは鏡を抱きしめるようにして、二人の姿を瞳に焼き付けた。

 息子たちは、優しい笑顔を浮かべながら、ゆっくりと光の中に溶けていく。


「……愛しているよ、父さん、母さん。……また、いつか」


 光が収まり、鏡はただの古い姿見に戻った。

 礼拝堂には、ただ静かな嗚咽だけが満ちていた。


 しばらくしてサミエルが涙を拭い、ラオの方を振り返った。

 

「……ラオ君。いや、ラオデレティオ様。……あなたが見せてくれたのは、ただの幻かもしれません。ですが私たちの魂は今、数年ぶりに救われました。……心から、感謝いたします」

「……フン。感謝など小ヌルい。貴様らがいつまでもメソメソしているのが目障りだっただけだ」


 ラオは背を向け、回廊へと続く階段を登り始めた。

 彼の指先は、無理な魔力行使によって赤く腫れ、小さく震えていた。少年の肉体で「生者と死者の対話」などという、世界の法を捻じ曲げる奇跡を行う代償は、決して小さくない。


 二階に辿り着き、影に隠れたところで、ラオは壁に寄りかかってズルズルと座り込んだ。


『……ラオデレティオ様! 無茶です! 今の出力で天界の魂を現世に投影するなんて、存在が消滅してもおかしくなかったんですよぉ!?』

 

 脳内で通信担当のドジっ子天使が半泣きで叫んでいる。


「……やかましい。……これでシチューの味が元に戻るなら、安いものだ」


 ラオは、痛む指を隠すように腕を組み、目を閉じた。

 下の階からはサミエルとメアリが、明日からの食事について語り合う、穏やかな声が聞こえてくる。


「……小ヌルい。……実に、小ヌルい世界だ」


 破壊神(ラオ)は、そう毒づきながらも、満足げに口角を上げた。

 今回彼が守ったのは、教会の敷地ではない。そこに住む人間たちの、『心』という名の脆い境界線だった。


 翌朝、神父夫妻の顔からは憑き物が落ちたような清々しさが溢れ、その日のスープには、ラオの好物である厚切りの肉が、いつもの二倍入っていたという。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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