第1話 転生破壊神、降臨する
「世界の一つを、掃除してこい」
天界の絶対意志、創造神ゴルドアンの命は簡潔だった。
破壊神ラオデレティオ=ゴーディロン――通称ラオは、不敵な笑みを浮かべて次元の狭間へと身を投じた。
本来であれば、漆黒の劫火を纏った巨躯が大地を割り、降臨した瞬間に空を赤く染め上げるはずだった。
だが……
「……ぬ? なんだ、この視界の低さは」
目を開けたラオを待っていたのは、穏やかな陽光に煌めく湖面と、そよ風に揺れる草原だった。そして、水面に映る自分の姿。
そこには、燃え盛る魔王のような姿ではなく、白磁のような肌と夜空を溶かしたような黒髪を持つ、せいぜい十二歳程度の可憐な少年が呆然と立ち尽くしていた。
「……おい。おい、聞こえるか。転送担当のバカ天使」
ラオはこめかみに指を当て、天界との神域通信を無理やり繋いだ。脳内に情けない悲鳴のような女の子の声が響く。
『ひ、ひいぃぃ! ラオデレティオ様! す、すみません! 転送プロセスの途中で創造神様が「あ、やっぱり子供の方が可愛くない?」って呟きながら設定をいじられまして……!』
「何だと? あのジジイ……! それに、なんだこの体たらくは。魔力が指先に灯す種火ほども感じられぬぞ!」
『そ、それは……。後で分かったんですけど、 子供の肉体には破壊神の全魔力は耐えられないみたいで……。なので魔力の九割九分九厘を天界のストレージに置いてきました! ちなみに創造神様は用事が出来たとか言って何処かに行かれました! で、でも私がちゃんとラオデレティオ様の格好は最新トレンドの短パン半袖スタイルにしておきましたから!』
「小ヌルい! 小ヌルすぎるわ! 貴様、我を誰だと思っている! 我は破壊神――」
プツン、と通信が途絶えた。魔力が低すぎて維持できなかったのだ。
最後何故かドヤった転送担当に、ラオデレティオがイラつきを覚え舌打ちする。
「……チッ。あの創造神め、余計な真似を。だがまあよい。残された一厘の力とて、この程度の小ヌルい世界を滅ぼすには十分だ」
ラオデレティオはふんぞり返り、目の前の湖を指差した。
「まずはこの水たまりを干上がらせ、魚どもを消滅させてくれよう。――【終焉の、】」
ぐぅぅぅぅぅぅぅ……。
荘厳な詠唱を遮ったのは、雷鳴のような咆哮ではなく、ラオの腹の虫だった。
「……ぬ?」
激しい眩暈。力が、入らない。
そういえば、人間の体というやつは、食事などという面倒くさい作業をこなしてエネルギーを摂取せねば死ぬという欠陥品であったことを思い出す。
「お、おい、誰かおらぬか。我に貢ぎ物を持ってまいれ。最上級の……パンとか、そういうやつを……」
膝をつく破壊神。視界がかすむ。
そんな彼の背後に、草原を駆け下りるパタパタと軽やかな足音が近づいてきた。
「まあ! 大丈夫!? こんなところで倒れているなんて!」
透き通るような声。顔を上げると、そこには質素ながら清らかな修道服を纏った少女がいた。
宝石のような瞳に、溢れんばかりの慈愛を浮かべている。
「……き、貴様。我に……貢ぎ物を……」
「貢ぎ物? お腹が空いているのね。可哀想に……戦争で独りぼっちになっちゃったのね」
「違う……我は……破壊、神……」
「はいはい、もう大丈夫よ。お姉ちゃんがついてるからね」
少女――リオラは、ラオデレティオの言葉を「空腹によるせん妄」と断定し、迷わず彼をその柔らかな胸に抱き寄せた。
「なっ……不敬なり! 離せ! 貴様、我の鼻に押し付けられているこの柔らかいものは何だ! 窒息死させる気か!」
「よしよし、怖かったわねぇ。さあ、おうちに帰りましょう」
リオラは自分よりも少し小さなラオデレティオの体をひょいと抱え上げた。
破壊神のプライドは、少女の腕の中でかくも見事に粉砕された。
◇◇◇
辿り着いたのは、街外れの丘に立つ古い教会だった。
戦争の傷跡だろうか、壁にはいくつかの補修跡があるが、不思議と温かい空気が漂っている。
「お父さん! お母さん! 湖のほとりで、新しい弟を拾ったわ!」
リオラの明るい声に、中から優しそうな初老の男性――サミエル神父と、ふくよかな笑顔を浮かべた女性――その妻メアリが顔を出した。
「おやおや、リオラ。また迷い子を連れてきたのかい」
「まあ、なんて綺麗な顔をした子。大変な思いをしただろうね……、すぐにご飯にしましょう」
◇◇
ラオデレティオは食堂の椅子に座らされた。目の前には、わらわらと子供たちが集まってくる。
三歳ほどの幼子から、自分と同い年くらいに見える少年まで、合計七人。
彼らは皆、戦争孤児だった。
リオラが連れて来た新しい孤児の周りに興味津々で集まって来る。
「おい、虫ケラども。気安く我の服を触るな。あと、その鼻水を我の短パンで拭くのはやめろ」
ラオデレティオが精一杯の威圧を込めて睨みつけるが、子供たちに怯える様子はない。
「ラオ君ね! 呼びにくいからラオ君でいいよね!」
会話が、噛み合わない。そこへリオラが湯気の立つ木皿を運んできた。中には、ゴロゴロと野菜が入ったシチュー。
「さあ、冷めないうちに召し上がれ。創造神ゴルドアン様が与えてくださった、今日の恵みよ」
「創造神だと? ……ハッ! 貴様ら、あのアホジジイを拝んでいるのか。あんな奴に感謝するなど、正気の沙汰ではない。このシチューとやらも、毒が入っているのではないか?」
ラオは疑わしげにスプーンを取り、一口、黄金色の液体を口に含んだ。
(……!?)
電撃が走った。口の中に広がる、肉の旨味。野菜の甘み。そして、心を溶かすような温かさ。
「……ど、毒だ。これは毒に違いない。あまりの不敬な美味さに、我が破壊の衝動が削がれていく……。だが毒を盛られた以上、完食して無力化せねばならぬ。そう、これは戦いだ……!」
ラオは物凄い勢いでシチューを口に運び始めた。
「ゆっくり食べなさいな、おかわりはあるから」
サミエル神父が優しく頭を撫でる。神の頭を気安く触るなど本来ならその腕を切り落とすべき不敬だが、今のラオにはスプーンを動かす方が重要だった。
「……ふぅ。小ヌルい。小ヌルい食事だったぞ。……おかわりだ。今度はあのパンを二個つけろ」
「はいはい、今持ってくるわね」
リオラの笑顔に、ラオは顔を背けた。
なんだ、この場所は。自分は世界を壊しに来たはずだ。だがこの教会の空気、神父夫妻の眼差し、そしてリオラの温かな手。
ラオはおかわりを待ちながら賑やかな孤児達が囲む食卓を見回す。
「……まあ、よい。この地を滅ぼすのは、明日でも良いだろう」
破壊神は最後のパンの一片を口に運びながら、心の中で自分に言い訳をした。
こうして、世界の終わりを司るはずの少年と、彼を「ちょっと変わった弟」として受け入れた教会一家の、騒がしくも温かな共同生活が幕を開けたのである。
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