第3章 静かな距離
図書室は、
学園の中で
唯一、
身分を忘れられる場所だった。
高い天井。
並ぶ書架。
紙とインクの匂い。
エリシアは
この場所が
好きだった。
誰も、
何者かを
問わない。
ただ、
本を読む者として
そこにいられる。
「今日は、
ずいぶん
集中しているね」
静かな声が、
背後から
かけられた。
振り返ると、
アルフレド王子が
立っていた。
いつものように、
派手さのない
装い。
けれど、
纏う空気は
自然と
人を惹きつける。
「……
こんにちは」
慌てて
立ち上がろうとすると、
手で制された。
「楽にして。
ここでは、
ただの
一人の読書家で
いい」
その言葉に、
胸が
少しだけ
軽くなる。
「何を
読んでいるの?」
「王国史です。
初期の
改革期について」
「難しいところを
選んだね」
「……
好きなんです」
答えると、
王子は
穏やかに
微笑んだ。
「好き、
という理由は
強い」
隣の席に
腰を下ろす。
二人の間に
流れる沈黙は、
不思議と
心地よかった。
「……
怖くない?」
不意に、
アルフレドが
尋ねた。
「何が、
でしょうか」
「学園生活。
彼女のことも」
一瞬、
迷った。
けれど、
正直に答えた。
「怖いです」
声は、
震えなかった。
「でも……
逃げたいとは
思いません」
「なぜ?」
エリシアは
本を閉じ、
考える。
「ここで
諦めたら、
自分が
自分で
なくなる気が
するからです」
アルフレドは
何も言わず、
じっと
彼女を見ていた。
責めるでも、
試すでもない。
ただ、
理解しようとする
視線。
「……
君は、
強いね」
「そんなこと、
ありません」
思わず
首を振る。
「強い人は、
怖がらないと
思います」
「違う」
即座に
否定された。
「怖いと
知っていて、
それでも
前に進む。
それが
本当の強さだ」
胸が、
少しだけ
熱くなる。
そんな風に
言われたことは、
一度も
なかった。
「……
ありがとうございます」
その声は、
自然と
柔らいでいた。
*
数日後。
中庭で
本を読んでいると、
影が差した。
「また、
一人?」
顔を上げると、
アルフレドが
立っていた。
「ご一緒しても
いいですか」
「……
はい」
返事をしながら、
胸が
少しだけ
跳ねる。
理由は、
わからない。
ただ、
この人が
そばにいると、
落ち着く。
「君は、
将来、
何を
望んでいる?」
問いは、
穏やかだった。
「……
まだ、
わかりません」
正直に
答える。
「でも、
誰かの
役に立てる
人には
なりたいです」
「誰の?」
「……
誰でも、
です」
アルフレドは
小さく
笑った。
「それは、
難しい」
「そう、
でしょうか」
「人は、
守れる数が
限られている」
エリシアは
考え込む。
「……
それでも、
選びたいです」
「何を?」
「誰も、
悪役にしない
選択を」
アルフレドの
表情が、
一瞬だけ
真剣になる。
「……
重い言葉だ」
「でも、
本心です」
風が、
二人の間を
通り抜けた。
遠くで、
鐘が鳴る。
「君は、
不思議だ」
アルフレドは
立ち上がり、
空を見上げた。
「そして……
危うい」
その言葉に、
胸が
締めつけられる。
「けれど」
振り返り、
穏やかに
微笑む。
「私は、
君を
見ていたい」
その言葉は、
告白ではない。
けれど、
確かに
心に
触れた。
エリシアは
何も
言えなかった。
ただ、
頷いた。
その瞬間。
遠くから、
鋭い視線を
感じた。
振り返ると、
柱の影に
マーガレットが
立っていた。
表情は、
いつもの
冷たい仮面。
けれど、
一瞬だけ。
その瞳に、
迷いが
宿ったのを、
エリシアは
見逃さなかった。
恋は、
まだ
名前を
持たない。
けれど。
三人の
距離は、
確実に
変わり始めていた。




