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第2章 悪役を演じる理由


 扉が閉まった瞬間、

 マーガレットは

 背中を預けるように

 立ち止まった。


 静寂。


 完璧に保っていた

 表情が、

 わずかに崩れる。


「……はぁ」


 小さく息を吐く。


 今日も、

 うまく演じられた。


 誰もが恐れ、

 誰もが距離を置く。


 それでいい。


 それが、

 自分に与えられた

 役割なのだから。


 マーガレット・

 ヴァレンシュタイン。


 名門貴族の令嬢。

 そして、

 王立学園における

 “悪役”。


 その仮面を、

 彼女は

 自分の意志で

 被っていた。


 最初は、

 家の命だった。


 反王権派の動きを

 探るため、

 目立つ存在になれ。


 嫌われろ。

 妬まれろ。

 憎まれろ。


 すべての視線を

 一身に集め、

 王太子から

 遠ざけろ。


 それが、

 ヴァレンシュタイン家の

 務めだった。


 幼い頃から

 理解していた。


 自分の人生は、

 個人のものではない。


 家と、

 国のために

 使われるものだと。


 だから、

 泣かなかった。


 恨みもしなかった。


 ただ、

 役を

 完璧に

 こなしてきた。


 ――今日までは。


「……

 あの子」


 平民の推薦生。


 エリシア。


 彼女は、

 怯えなかった。


 あの視線。

 あの声。

 あの言葉。


 普通なら、

 震えて黙る。


 あるいは、

 媚びる。


 だが、

 彼女は違った。


 まっすぐで、

 折れない。


 それが、

 腹立たしかった。


 同時に――

 怖かった。


 彼女は、

 自分を

 見ていた。


 仮面ではなく、

 その奥を。


「……

 気づかれては

 いけない」


 マーガレットは

 鏡の前に立つ。


 映るのは、

 非の打ち所のない

 令嬢。


 冷たく、

 高慢で、

 隙がない。


 悪役令嬢。


 それで、

 いいはずだった。


 なのに。


 昼休みの

 中庭での会話が、

 頭から

 離れない。


「逃げたく

 ありません」


 あの言葉。


 ――馬鹿ね。


 思わず

 そう言った。


 本心だった。


 この学園は、

 優しくない。


 平民が

 耐えられるほど

 甘くはない。


 自分が

 悪役でいる限り、

 彼女は

 標的になる。


 それでも。


「……

 守らない」


 そう言いながら、

 心の中では

 違うことを

 考えていた。


 ――だからこそ、

 私が

 盾になる。


 自分が

 嫌われ役で

 あり続ければ、

 彼女は

 それ以上

 傷つかない。


 矛盾している

 ことは、

 わかっていた。


 それでも、

 放っておけなかった。


 夜。


 寮の廊下を

 歩きながら、

 マーガレットは

 足を止める。


 窓の向こう、

 中庭。


 そこに、

 エリシアがいた。


 一人で、

 本を読んでいる。


 孤独を

 恐れない姿。


 ――

 似ている。


 そう思って、

 胸が痛んだ。


 自分も、

 ずっと

 一人だった。


 誰にも

 本心を

 見せずに。


「……

 駄目ね」


 これ以上、

 近づいてはいけない。


 情が

 入れば、

 判断が鈍る。


 役を

 全うできなくなる。


 マーガレットは

 踵を返した。


 その瞬間、

 誰かの声がした。


「大変そうだね」


 振り返ると、

 そこにいたのは

 アルフレド王子だった。


 穏やかな微笑み。


 すべてを

 知っている目。


「……

 ご用ですか」


「いや。

 君の演技が、

 少しだけ

 荒れている」


 心臓が

 跳ねる。


「余計な

 心配です」


「なら、

 いい」


 王子は

 それ以上

 踏み込まなかった。


 それが、

 救いでもあり、

 残酷でもあった。


「彼女を、

 巻き込むな」


 去り際、

 小さく

 そう告げられる。


 マーガレットは

 唇を噛んだ。


「……

 わかっています」


 それでも。


 心は、

 すでに

 決めていた。


 もし、

 この先、

 誰かが

 罪を被るなら。


 それは、

 自分でいい。


 悪役で

 終わるなら、

 それでいい。


 ただ――

 あの少女だけは、

 守りたかった。


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