第9話 俺に出来る事
王宮の自室に戻った俺は、早速、ピラミッド労働者の生活改善方法を考えた。
(衣食住と言うけれど、この時代の着る物はそれほど気にしなくて大丈夫だ)
自分の服を見てみるが、厚手で質は良いが彩色もされていない無地のリネンで麻製だ。
(この時代には、まだ綿製品や絹糸は出回っていないから、王の服でもこの程度だ。庶民と大差ないな)
Wiki 情報では、もう少し時代が下ると王宮の女性の服に上質な絹製のドレスが流行るらしい。
(その絹製のドレスは極薄らしいので、目のやり場に困るからリネン製で良かった)
王宮の美しい女性たちが、全員シースルーのドレス姿なのを想像すると、少し顔が赤くなった。
(・・・食事の事を確認するか)
俺は筆頭書記のプタホテプを呼んだ。
彼は侍女のセネト、ピラミッド設計主任のマアトカレと共に、俺の私設応援団「セナクト(仲間会議)」だ。
「ネブイ(我が主)、お呼びでしょうか」プタホテプは以前のように、数歩下がって頭を垂れて王の発言を待つことは止めたようだ。
「メル(ピラミッド)の『労働者村』で支給している食事について教えてくれ」
「詳細は存じませんのでお時間を頂きますが、概略でよろしければ直ぐにお答えできます」
「概略で構わない」
(突然の質問に答えられるとは、広範囲の知識があってスゴイな)俺はそう思ったが、王なので表情には出さない。
しかし、すぐ後ろに控えている侍女のセネトには隠しているのがバレたのか、少し笑われた気がした。
「『労働者村』で出される食事には、大きく分けて3種類あります。」
「1つ目は監督官や神官などの高官用ですが、この方々の食事は王宮とほぼ同じなので省略します」
マアトカレは、軽く胸元を触りながら話を続ける。
「2つ目は技術者用の食事です。石工や工房の技術者には、その技量に応じて食事が出されます」
「どの程度だ?」
「普通の場合ですが、技術者は弟子を抱えていることが多いので、1日単位で10人前の食事を支給しています」
「分かった」一番心配なのは数の多い石材の輸送員なので、話を先に進める。
「最後に王が気にされている一般の作業員です。彼らには朝と夕以外に追加食が支給されます」
「詳細は?」
「3食ともにパンとビールにナツメヤシ等の果物が、夕食用にヤギ肉、追加食として干し魚が出されています」
俺は確認のために、小声でセネトに尋ねる。「普通の庶民は朝夕の2食だったな?」
セネトは表情を変えずに「そのとおりです」と答えた。
体を酷使する石材運搬要員には、この時代では特別な昼食用の食材も支給されていた。
「『労働者村』で飢える者はいないか?」
「通常の徴用は年3回の交代制ですが、太って自宅に帰る者が多いと聞きます」
(古代エジプトのパンは美味しくて高カロリーだから大丈夫か)俺は納得した。
次に、衣食住の住を改善するために、ピラミッド設計主任のマアトカレを呼んだ。
小太りな男は、今日も少し言葉遣いが独特だ。「王様、何用ですか?」
「先日見せてくれた労働者の住居は、直ぐにでも改善しなければならない」
「良かった。分かってくれましたね」
「そのために、最後にあそこへ案内したのだろう?」
マアトカレはニヤニヤしている。
「彼らの宿舎は1部屋10名のユニットにする」
「にゅにと・・・ですか?」
(この時代に無い言葉は翻訳されないらしい)
「人数分の部屋の事だ。これを見てほしい」俺は準備しておいた図面を見せた。
「王様、これは何の図面です?」
(この時代には早かったか)
俺が描いた図面は、現代風の3面図として作った労働者用の住居だった。
「昨日の祈祷の際に神から授かった、聖なるメル(ピラミッド)を建設する民のための宿舎だ」
俺は図面に描いた、壁のないカプセル・ホテルのような部屋を設計主任に説明した。
「1部屋は10名分のベッドを作り付けにする。そして、ベッド横に個人の収納棚を設ける」
「なるほど・・・」
「全てを日干しレンガで作るが、1部屋の横幅と縦の長さは同じ設計なので、簡単に増設する事が出来る」
「これを横に並べれば、直ぐに宿舎が出来ます!」
労働者の最小単位は10名と聞いていたので、部屋を規格化する方法を思いついたのだ。
(材料は普通の建物に使われている日干しレンガで簡単に手に入るし、これなら気の知れた仲間単位で生活できて、ベットも人数分を作り付けなのでゆっくりと休むことが出来るだろう)
「このユニットを増産して、労働者の宿舎を改善してくれ。ちなみに、同じ広さの土地でも2階建てなら2倍、3階縦なら3倍の人数が収容できるぞ」
マアトカレは、初めて見る建物を理解するのに少し時間がかかったが、その利点が分かると大声を上げた。
「この『にゅにと』は素晴らしいです!偉大なる神に感謝いたします」
(そんなにユニットって言いづらいかな?)
とにかく、これで労働者の生活環境は改善されるだろう。
翌日の宰相との懇談で、今度はヘミウヌ叔父さんに相談をしてみた。
「こんな物を作ってみたのだが、どうだろうか?」
「ネブイ(我が主)、この像は何でしょうか?新たな神殿の装飾にしては小さすぎるようですが」
俺は、日本にいる時はソロキャンプに行くのが好きだった。
あまり頻繁には行けなかったが、炭火で焼いた旨いつまみを食べながらビールを飲みに行っているようなものだった。
そして、昼間の暇な時間にいつもやっている事があった。
「今日は、この枝でいいかな?」
俺は、拾ってきた枝をナイフで削り始める。
「この丸みを使ってクマにしてみよう」
とても人に見せられる出来ではないが、夢中でナイフを使って枝を削っていると心が落ち着いた。
その趣味の木彫りで使う技を、近くで拾った石灰岩に持ち替えて、手のひらに乗る彫像を作ってみた。
(青銅製のナイフで石を削るのは大変だったな)
俺は力作を宰相に見せながら言った「余の像である」
「ネブイ(我が主)の像ですか。メル(ピラミッド)の内部に埋葬いたしますか?」
「先日、メルの建設現場を視察したが、聖なる任務に全霊で取り組む民たちの行いに大変感動した。そこで働きの著しい者たちにこの像を下賜したい」
叔父さんは目を丸くして驚いていた。「・・・」
しかし、俺の真剣な顔を見て、意見を引くことはないと理解したようだ。
「ただし、実際に配る像の製作は工房の者にお任せください」
「分かった任せよう。あと、もう1つ指示したいことがある」
俺は続けて宰相に告げた。「この像を与えるのは、毎年の神殿祭礼に合わせて行いたい」
「ネブイ、お心のままに」そう言うと叔父さんは部屋を後にした。
(これで、今すぐに俺が出来る事は終わったな)
その後も、王の仕事の合間に、人々の生活を良くしようと色々な物を作ってみた。
それは、第1王子の最後にプリンが間に合わなかった反省を込めてのことだった。
まず、転生小説では主人公が異世界で販売して膨大な富を得るリバーシ(オセロ)をみんなの娯楽のために作ってみたが、すでに流行しているボード・ゲームがあるので見向きもされなかった。
食材で定番の、異世界で飛ぶように売れるマヨネーズも、新鮮な卵と酢を苦労して手に入れて作ってみたが、この時代の料理に合わない上に、酸っぱい味が腐っていると思われて誰も食べてくれなかった。
製紙も試してみたが、羊皮紙が普及している中世ヨーロッパ的な世界なら需要があるはずの普通の紙は、安価に出来るパピルスの紙が普及していて、識字率が2割を切る世の中では使う人がいなかった。
最後に、女性に絶対気に入ってもらえると考えてシャンプーを開発しようと頑張ったが、シャンプー製造の知識がゼロの俺には無理だった。
もちろん、鉄製の剣や黒色火薬、初歩的な銃などの武器も、製造方法を見たこともない俺には作る事が出来なかった。
(現代知識があっても、実用的なものが作れなかったので、何か素晴らしい事を思いつくまでは、『新発明』計画は中止だな)
しかし、国内や近隣諸国に何か役に立つ鉱物や資材が見つかるかもしれないので、宰相のおじさんには色々な場所へ『資材捜索隊』を派遣するように指示をしておいた。




