第5話 ギザにピラミッドを作るために
1か月ほどをかけた、ピラミッド建築場所を決定するための現地調査は終了した。
この調査は、神の化身である王が、地方を視察する初めて行事だったらしく「シェムス・ホル」(王による視察)と名付けられて各地の神殿の壁に、この行事の記念としてカッコいいレリーフを作ることになってしまった。
(目立ちたくない俺としては、ちょっと恥ずかしい・・・)
王宮に帰り着いた後に、執務室でヘミウヌ叔父さんを説得するための資料集めに取り掛かった。
(ギザにピラミッドを作る利点は、スマホの情報でたくさん集められるけど、スネフェル王のピラミッドの場所の欠点は見つからないなぁ。)
説得資料の作成に頭を抱えていたが、通常の業務が視察に行っていた1か月分も溜まっていたので、サクサクと片付けなくてはいけない。
宰相や神官、地方長官からの報告は、基本的に「余は満足だ。」と答えて先に進めていった。
ところが、筆頭書記プタホテプからの収支報告の資料を受け取って、中身を見た時におどろいた。
「プタホテプよ、この資料を頼んだ覚えがないのだが。」
筆頭書記は、表情を変えずに語りだした。
「ネブイ(我が主)、その資料が現在必要な内容を網羅していると愚考いたします。」
プタホテプがまとめてくれたスネフェル王の3つのピラミッドを建築した時の詳細な資料に目を通した。
そこには、俺が欲しかったスネフェル王のピラミッドの情報が、分かりやすく書かれていた。
(心の中を覗くスキルを持っている訳ないから・・・)
プタホテプの顔を覗いた後に、侍女のセネトの顔を見ると申し訳ないといった表情でうつむいていたので、俺は何となく流れを理解した。
「プタホテプは妻がいるのだな?」俺はセネトが妻なのだろうと考えた。
「ネブイ、私は独身であります。」
勘が外れたので、次の候補を言ってみた「では、セネトと付き合っているのだな?」
筆頭書記は、明らかにまずい!といった表情に変わった。
(あれ?俺の勘違いだったのか・・・)
考えていると、セネトが頭を下げながら近づいてきた。
「ネブイ、王の侍女はお付き合いすることは許されておりません。。」セネトは「王以外とは」と言うべきところを抜かしてしまった。
「申し訳ない、二人は仲が良いので、協力して必要な資料を探してくれたのだと勘違いした。忘れてくれ。」男女間の事は今も昔も良く分からないな。
「ネブイの手足としてお役に立てるように、2人でセナクト(仲間会議)を作って、メル(ピラミッド)の資料を準備しようと提案したのは私です。お咎めでしたら、私にお与えください。」決心したような硬い表情でセネトが訴える。
「プタホテプ、セネト、ありがとう。この資料は大変役に立つ。引き続き余のために努めるようにせよ。」
プタホテプとセネトは離れて立っていたが、お互いに顔を見あってうなずいていた。
「ところで、セナクトと言うのは人数制限はあるのか?」俺は興味があったので二人に聞いてみた。
「ネブイ、そのセナクトは王のために私たちが作った集まりですから、他にも心から王のために尽くしたい仲間を見つけた場合は増員する可能性はあります。」
「では、俺も仲間に入れてくれ。」神の化身の言葉は断れないだろうと、意地悪な笑顔で二人の様子をうかがった。
すると、プタホテプとセネトは、その場で片膝をついて「ははっ」と頭を垂れた。
(まだ、本当の仲間を作るのは難しそうだけれど、少しずつ触れ合っていこう。)俺はこの世界でも、多少の自由が出来そうに感じた。
3日後に必要な資料の準備が出来たので、宰相のヘミウヌおじさんを執務室に呼んだ。
宰相は部屋に入るなりに、初めて見る壁に貼り付けたプレゼン資料に目を奪われていたが、何もなかったかのように静かに俺の前に立った。
「ネブ・タウイ(上下エジプトの主)、本日はメル(ピラミッド)の建築場所を決定する場といたします。」
「余は理解した。まず、先王の地に、私のメルを作る理由を確認したい。」
宰相は、「ネブ・タウイ、3つの利点がございます。」そう言って説明を始めた。
「1つ目は、巨大なメルの建設にも問題ない、広大な土地の存在です。スネフェル王の墓であるカハ・スネフェル(現代名:赤いピラミッド)の周辺には、今後、数代の王の墓を建築できる余剰の土地が豊富にあります。」
「2つ目に、我が国の主要産業である麦の最大産地が周辺に存在することです。ここに王のメルを建築することで、王の権威を国民に示すことが出来ます。」
「最後に、スネフェル王以前の王の墓はサッカラに作られていましたが、先王はその地から独立た場所に、新たに墓を作ることで王の神聖性を高める宗教的な目的を達成されました。」
「これらの理由から、計画どおりにスネフェル王の墓の周辺に建築すべきと具申いたします。」ヘミウヌおじさんは、やり切った顔で満足げだった。
しかし、俺(クフ王)の墓はギザでなければ、歴史が変わってしまうので困るのだ。
(ピラミッドの建築場所をギザに変更できれば、歴史が修正されて現代日本に帰れるかもしれないな。)俺は勝手に想像していた。
そこで、ギザの利点を実際のピラミッド建設の全責任者である宰相に「プレゼン」することにした。
俺が玉座から立ち上がって、壁の資料の前に立つと宰相は驚いていたが、それが当然のごとくプレゼンを開始した。
「まず、先王の墓の建設場所では十分な石材が採石できず、2つ目のメルの建築でさえ石材の輸送には苦労した。そして、石の不足から最初に建築したメルは崩壊、次のメルは途中で角度を変更するという外見上の大きな失敗作となってしまった。ギザなら、良質な石材を手軽に得られるし、地盤も強固である。」この時代には無い図面と断面図を示した。
「次に、ギザにメル(ピラミッド)を作ると、ナイル川を利用する全ての人民が見上げる事となる。すると、農民だけではなくナイル川を利用する全ての人々と国外の商人に対して王の権威を示すことが出来る。」ナイル川を含んだ地図もこの時代には無いものだ。
「最後に、ギザの地にはナイル川から見える場所に3つの小山があり、ここにメルを作ることは神の意志である。あの小山の位置に世代ごとにメルを建設することで王朝の神聖性と継続性が保てる。」スマホで撮影したナイル川から見た風景を、俺の手書きでイラストにした。その図の横には3つのピラミッドの完成予想図が描かれている。
宰相が執務室に入ってから2時間ほどで、俺のプレゼンは終了した。
ヘミウヌは、クフ王のこれまでを振り返っていた。
初めてクフ王に会ったのは、彼がまだ十代で成人前だった。
スネフェル王の弟だった彼は、当時は筆頭書記だったが王に執務室に呼ばれて相談を受けた。
「ヘミウヌよ、余の後継者にはクフを充てようと思う。」王は決定事項を伝えられたと感じた。
「ネブ・タウイ(上下エジプトの主)、クフと言う王子を私は存じませんが。」ヘミウヌは正直に答えた。
「余の義妹のヘテプヘレス1世の子だ。これを養子に迎える。」
「ネブ・タウイのお心のままに。ただし、ヘテプヘレス1世を正妃に迎えると世継ぎは滞りなく行われると愚考いたします。」
「良きに計らえ」
こうして、王族から非常に遠い血筋の子が第1王子として指名されることになった。ヘミウヌは筆頭書記になるために薬学や医術・祈祷術についても学んでて、あまりに血筋が濃くなりすぎると起きる弊害についても知識があったので、王の考えの細部を聞かなくても理解ができた。
すぐに、ヘミウヌは王宮に住むことになった利発そうな表情のクフ王子に会った。
「クフ王子、筆頭書記のヘミウヌと申します。」
「余はクフである。」一言言うと、王子はうつろな目で遠くを見ていた。
周りは知らない大人ばかりの世界に一人で放り込まれて、不安なんだろうと思った。
しかし、その後、数年続いた王による後継者教育でも、クフ王が王位を継いだ後も他の者に心を開く姿を見たことがなかったので、ヘミウヌはクフ王の叔父でありながら、常に家臣である姿を崩さずにいた。
少し考え事をしていた宰相おじさんが、決心したように俺に話しかけてきた。
「ネブイ(我が主)、王位に就いて短時間に成長されましたな。分かりました。ギザにいたしましょう。」
叔父さんが初めて正式名称以外で俺のことを呼び、少し打ち解けた笑顔で答えた。
(やった!歴史が変わらずに済んだぞ!)
翌日、王宮の大広間で、俺は自分の墓をギザに作ることを宣言した。
(これで俺が転生した理由の「歴史修正」任務は終了だな。あとは日本に帰れるまでスローライフを満喫しよう。)
王は即位したら自分の墓であるピラミッド建設の指示をするのが一番の仕事で、他は日々の雑務をこなして行くだけで楽勝だと聞いていた。
その時までは、そう思っていた。
クフは世界最大のピラミッドを作った王なのに謎が多く、記録が残っていない王です。
前王のスネフェルから王位を継いでいますが、血統を重んじる古代エジプト王朝にもかかわらず実子である記録が見つかりません。
また、スネフェル王の妻ヘテプヘレス1世の子供だという証拠もありません。
スネフェル王には沢山の(濃い血筋の)子供たちがいたのに、王位を継いだクフは養子だという説もあります。
逆に、ヘテプヘレス1世の墓がクフのピラミッドの横にあるため、ヘテプヘレス1世が実母で、スネフェル王はクフに王位を継がせるために彼女と結婚したという説もあります。
今回の物語では、この2つの説を採用しました。