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第3話 重大な国家行事

 翌日も、太陽が昇るより前に侍女のセネトに起こされて、香油で清められて1日が始まった。

 宰相のヘミウヌ叔父さんから、明日は重要な報告があると聞いていたので、早めに朝食を済ませて執務室で待っていた。


「ネブ・タウイ、本日はメル(ピラミッド)の建設に関する事前調整に伺いました。」

 この時代は年齢ではなく王の血筋を基にした家系が絶対で、20歳ほど年上のヘミウヌ叔父さんは王の俺には絶対服従の姿勢を崩さなかった。

 俺に対する呼称も、王妃や侍女のように「ネブイ(我が主)」ではなく、正式名称の「ネブ・タウイ(上下エジプトの主)」と呼んでくる、真面目な人である。

 この頃のエジプトは、2つの地域が統一されて1つの巨大な王朝が作られた後で、王の正式名称は「上下エジプトの主」だった。


「ピラミッド」とは後年付けられた名前で、当時はメル(昇る場所)と呼ばれていて、侍女セネトの手ぶりを付けた耳打ちを受けるまで気づかなかった。

 セネトは、俺が記憶を失っていると語ったことを信じてくれているようで、昨日から色々と教えてくれている。でも、顔色変えないあたりは完璧な侍女教育を受けているんだなと思った。

「メルの建設場所は決定してるのか?」

 俺は可能な限り威厳を持った声で答えた。


挿絵(By みてみん)


 ヘミウヌ叔父さんは、少し困った顔で答えた。

「スネフェル王の墓所の近郊で、現地調査を進めております。」と言ってきた。

(叔父さんは、亡くなった王は名前で呼ぶんだな。)

 スネフェル王はクフの父親だけれど、1か月ほど前に亡くなっていた。

 父が亡くなって第1王子だった俺は、自動的に王に選ばれたらしい。

 そして、王に就任して王位継承式典の次にやる一番の仕事が、自分の墓であるピラミッドを作ることだという事はセネトから聞いていた。


 スネフェル王のピラミッドは宮殿のあるメンフィスから 5 km 位と近いけれど、史実でクフ王がピラミッドを建設するギザは 20 km ほど離れている事はスマホ情報で調べておいた。

「すでに計画を進めていることは分かった。しかし、近日中に実際にこの目で見て建設場所を決定したいと考える。良いだろうか?」と王としては弱気な言い方で聞いてみる。


「ネブ・タウイのお心のままに。」 宰相は頭を下げて静かに部屋を去った。

 叔父さんには本当に申し訳ないが、すでに計画が進んでいても、ピラミッド建築地はギザに変更しないと歴史が変わってしまう。歴史が変わると現代日本に帰れなくなるような気がしたので、絶対にギザにピラミッドを作ろう!


 その後、執務室に筆頭書記プタホテプと名乗る精悍な顔つきの若者が入ってきた。(でも、俺(クフ王)は25歳だから彼の方が年上かな?)

「ネブイ(我が主)、今回の収支管理報告をいたします。」

 侍女のセネトは、今日も俺のすぐ横に控えているが、事前に受け答え方を聞いていた。

「許す。」

「ありがたき幸せにございます。」プタホテプは頭を下げると退室しようとし始めた。

(えっ!収支管理報告って言っておきながら、挨拶だけじゃないか。)

 セネトを呼んで、彼ともう少し話をしたいと伝えるように頼んだ。

「・・・!」

 セネトが俺の意思を伝えると、離れた位置からでも分かるぐらい筆頭書記が驚いて目が飛び出すかと思った。

 プタホテプは執務室の扉の手前から走って戻ってきた。

「ネブイ、何なりと申し付けください。」膝をつき頭を下げて待ちの姿勢になった。

「頭を上げよ。」俺は続けた。「収支管理の詳細を聞きたい。」

「お心のままに。」

 いやぁ、面倒くさいなぁ。この話し方じゃ、全然前に進めないぞ。

「色々と聞きたいことがあるので、皆の話し方に合わせることにする。このことは口外無用だ。」

「ははっ!」プタホテプはさらに頭を床に付くぐらいまで下げた。

「我の話は、立ち上がって対応せよ。」

 彼は飛び上がるように立ち上がったのは言うまでもなかった。


「まず、王国の収入の概要は?」

「ここ10年ほど、聖なるナイル川の水位が高い状態が続いているために、主要産業の麦の収穫は豊作であります。おかげをもちまして国庫に保管している麦は溢れんばかりの状態であります。」

「支出の方はどうだろうか?軍事など大きな支出計画は予定されているか?」

「スネフェル王の世で多発していた戦争や他国との紛争は終了しており、強力な軍を維持する時代は終了しております。」

 プタホテプは、少し呼吸を整えてから、続きを話し始めた。

「ご存じのとおり、生活に必要な資源は輸入に頼っております。特に、木材・ロープ・トルコ石・銅・香料などの供給を維持するために、現地と輸送隊の安全を確保する小規模な派遣軍を配置している程度です。今後は大規模なメル(ピラミッド)の建築が予定されていますが予算は問題ありません。」

 どうやら、俺はラッキーな時代に転生したようだ。収入が安定していて支出が少ないなんて、古代国家を運営するゲームソフトの Sim シリーズに熱中した俺としては、この設定はイージーモードに感じた。

「プタホテプよ、今後も色々と知りたいことがあるので、余のために努めるようにせよ。」

「ありがたき幸せにございます。」

 筆頭書記は、感動した顔のまま退席した。

 彼のその態度を見て、俺はセネトに向けて少し微笑んだ。セネトも侍女としての態度を崩さない程度の微笑みを返してきた。


 今後のためにも、国の細かなことを知っておいて損はないだろう。現場好きな俺としては、実際に倉庫などの在庫確認しに行きたいところだ。

 その為にも、筆頭書記のプタホテプとは仲良くしておこう。


 翌日から3日間は、通常業務を行った。

 毎日、朝と夕方の祈祷が俺の重大な任務らしいので、「ジェド・メドゥ・ネトジェル・アンフ」(神の言葉は生きる)という舌を噛みそうな神にささげる言葉を何とか覚えて、胸を張って祈祷を行えるようになった。


 日々の仕事の進め方も要領をつかめてきた。

 執務室で誰かに答える時には「余は満足だ。」、神殿では「ホルス(太陽神の息子)である。」と言っておけば間違いなかった。

 そして、俺の体調が回復したので、明日ぐらいから夜の宴会と家族との懇親が再開される予定だったが、ピラミッドの建設予定地の視察が始まるために、その後に延期となった。

(夜の宴会は問題ないと思うけれど、家族との過ごし方はバレない様に良く考えておこう。)


 4日後に、すごい数の護衛や従者とともに、ナイル川を船で移動して各候補地を視察した。

 陸路では牛が引く馬車的な豪華な飾りのついた乗り物とロバの荷馬車を使っていたが、国民が多く住む町の周辺を移動する時は、セダハと呼ばれる10人ほどの屈強な男たちが担ぐ神輿のような乗り物で移動した。(多分、権威を示したいのだろうが、日本人としては人に担いで運んでもらうのは抵抗があった。)

 ラクダが見当たらなかったので、近くを歩いている侍従に聞くと「ラクダ」という生き物を知らないらしかった。(帰ったら、スマホで調べてみよう。)


 最初に到着したのは、亡父スネフェル王の墓である巨大なピラミッドが見える候補地だった。

 ヘミウヌおじさんが俺の横に立って力強く語った。

「ネブ・タウイ(上下エジプトの主)、ここが第1候補地です。太陽神のお導きによりスネフェル王が昇る場所です。」

 スネフェル王のピラミッドは少し遠くに見えているが、現在のイメージとは違って段差のない滑らかな表面で、キレイに輝いて見えた。

「いつ見ても、このメル(ピラミッド)は素晴らしい出来だな。」

 俺の言葉を聞くと、宰相は満足げに大きくうなずいていた。


 その後、ナイル川を下って移動していると、夕方で陽が傾くころに川が大きく曲がる手前で特徴的な地形を見ることになった。

(場所的に、ここが間違いなくギザだけど、ピラミッド建設前の地形はこんな感じだったんだな。)


挿絵(By みてみん)


 川岸から見ても、3つの丘が並んで見えるところは、21世紀のピラミッドのながめに通じるところがあった。

(この丘を利用すると、思ったより簡単にピラミッドが出来そうだな。)

 この地形を見たら、俺は営業で磨いたスキルを使って、なんとか宰相を説得する決意をした。


 色々な場所を見て回って疲れたので、すぐに休みたかったが、スマホで必要な情報を調べておいた。

 特に、スネフェル王の墓を調べたら、巨大なピラミッドを3つも作っていたので、数日かけて細かなことを資料にまとめることにした。


 また、ラクダについても調べてみると、ピラミッドの周りにたくさんいるイメージのラクダは、クフの時代よりずっと時間が経過した後に飼われるようになったことを知ってビックリした。


転生したクフ王の俺には、侍女のセネトに続き、王宮内の情報を握っている筆頭書記プタホテプという有能な味方が出来ました。

次は、宰相ヘミウヌの説得という難題が待っています。

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