第2話 次の日の朝
この時代に日食が起きると、パニックで最悪の場合は死者が出たりするらしいが、俺のアドバイスが役立って何の問題もなく世紀の天体ショーは終了した。
そして、日食の細かいことを言い当てた俺は、今まで以上に太陽神の化身としての尊敬を集めた。
でも、体調を崩したので、その後の予定はキャンセルになって自室で休むことになった。
(言葉だけでも通じて良かったな。古代エジプトの言葉なんか習っていないし。)
あ、忘れてた。不思議なことに身体一つで転生したと思っていたら、手にはスマホを持っていた。
もちろん、電波は圏外だけど、このスマホは電池が減る事がなくなって、2日たってもバッテリーは満タンだ。(神様ありがとう!)
さらに不思議なことに、このスマホは俺以外には見ることも触る事も出来なかった。
そこで、寝る前に以前見たことのあるブログや検索履歴を探して、古代エジプトの事を調べてみた。(俺のスマホには、電波が悪くても Wiki が見られる「Kiwix」というアプリも入っている。)
なるほど、古代エジプトを統一したのが「ナルメル王」で、紀元前3,100年の事だから現代から見ると5,125年前だ。
クフの時代と比較しないと分かりづらいな。これは今(クフの時代)から511年前だ。
クフ(俺)の父はスネフェル王で、即位したのが紀元前2,613年なので、今から24年前だ。
ちなみに、Wiki 情報が正しければ、今年はクフが即位した年なので紀元前2,589年になる。
・・・しかし、考えれば考えるほど、こちらの世界で生きていくには協力者が必要だなぁ。
明日、俺の事を理解してくれそうな身近な人を探してみるか。
今のところ第一候補は白髪のおじさんだけど、彼には「現地人のアドバイザー」的な立場でアドバイスをもらいたい。
色々と考えているとなかなか眠れなかったが、新しい環境で疲れていたのか、いつの間にか眠りについていた。
翌日の朝、日が昇る前から一人の侍女が起こしに来た。
「我が主、ラーの光が貴方を祝福します。」深々と頭を下げている。
そのままの姿勢を崩さないので、何か声をかけるべきかな?
象牙製のベットから立ち上がって、話しかけてみる。
「ありがとう。」
俺の声を聴いて、離れている俺から見ても分かるほど、侍女はビクッと反応した。
再度声をかけてみる。
「こんな朝早くから、何かあったかな?」
侍女はとっても驚いた顔のままで、こちらを見ていた。
「ネスウ(王)・・・でいらっしゃいますか?」
彼女の反応を見て、何も知らない俺がクフ王の真似をするのは無理だなと理解した。
そして、彼女の聡明な瞳を見て、昨日の考えを実行に移すことにした。
「よく聞いてくれ。私は昨日、大いなる意思により、この国に導かれた。」
「・・・」
「新しい魂が入ったことで、以前の王の記憶は失われた。あなたの名前は?」
「セネト・・・と申します。」
「セネト、この後の予定を教えてくれ。」
セネトと名乗った侍女は、少しずつ確認するように、今日のスケジュールを教えてくれた。
どうやら、人格が変わって変なヤツになったと思われることは無かったようで安心した。(嘘は言っていないし。)
クフ王となった俺の1日の予定は、細かいところは省略するけど、こんな感じだ。
・起床は日の出とともに始まり、侍女に体を拭いてもらって香油で清める。
・その後、神への朝の祈りが終わったら朝食だ。
・そして、宰相・高官・地方領主などからの報告を受け、必要な決済をし終わると昼食になる。
・午後は予定があれば王宮の外へ視察に出向き、なければ王族との協議や外交使節の謁見を受ける。
・夕方に太陽神ラーへの夕方の祈りのために神殿に出向く。
・夜は、音楽と踊り子の踊りを楽しんだ後に、家族との夕食の時間で1日が終了する。
・朝が早いので、就寝時間は夜9時前だ。
そして、体に香油を塗られながら暇だったので、侍女のセネトから主要な人物と王宮の様子を教えてもらった。
(しかし、心は30代の健全な男なのに、きれいな女性に全身マッサージしてもらっても特に変な気が起きなかったのは、クフ王の器に心が引っ張られている影響かな?と思って納得した。)
・最初に会ったキレイな女性は、思ったっとおり王妃で、名前はメリテーテス 1世、21歳
(まだ会っていないが王様の俺には、第2王妃のヘヌツセン20歳と側室のイセト19歳という3人のヨメがいるらしい。)
・白髪のおじさんは宰相で、国のナンバー2のヘミウヌ、俺の叔父さんだったけど、あの見た目で42歳だった。
どうやら、この時代の平均寿命は50代ぐらいなので、40代でも老人になるんだな。(日本語でも「初老」は40代の意味だもんな。)
・丸坊主の神官は自分で名前を名乗っていたけど、神官長のラホテプ40歳で、全国の神殿のトップなので、俺に次ぐ絶大な権力を持っている。
そういう俺は、25歳のイケメン王様だ。(この年なら普通は王子だろうと自己突っ込みを入れた。)
そして、侍女のセネトは18歳。王宮に努める高官の娘だった。
今日のこれからの行動に困らないように、他にもいくつか侍女のセネトに聞いておいた。
「この王宮は、どのくらいの大きさで、作りはどうなっているのかな?」
「宮殿の細かな作りまでは存じませんが、長さは1ケトほどの1階建てで、大広間を始めに20以上の部屋がございます。こちらには王族の方々の私室は含まれておりません。」
長さの単位の「1ケト」が分からないので、後でスマホで調べるか。「その他は?」
「中庭には日々の祈りをささげる王専用の神殿と庭園がございます。庭園には噴水が配置されており、イチジクやナツメヤシなどが植えてあります。」
「私が、ラー(太陽神)にささげる言葉を確認しておきたい。」
「ジェド・メドゥ・ネトジェル・アンフ」(神の言葉は生きる)でございます。」
「宮殿は単体の建物なのかな?」
「いいえ、 宮殿には付属設備として、王宮の財産を保管するための倉庫が多数、その横には宮殿管理の事務所なども備えております。」
「宮殿は石造りではないのだな?」
「はい、神殿や一般の民の住居と同じく、日干しレンガで出来ております。」
宮廷スタッフは毎日通勤してくる高官(宰相、王の印章保持者、執事長、台所長)などの他に書記・門番・警備員、侍女など100名以上が勤務していた。
侍女のセネトによる身支度が終わると、侍従がやってきて朝の祈りを行った。
セネトから教わった「ジェド・メドゥ・ネトジェル・アンフ」(神の言葉は生きる)は、一度では覚えられなかったので、口の中でフニフニ言ってごまかした。
続いて侍女セネトの案内で執務室に移動すると、白髪のヘミウヌおじさんがやってきた。
「ネブ・タウイ(上下エジプトの主)、体調はいかがでしょうか?」
「問題ない。」俺は堂々と答えた。
その後、良く分からない内政上の報告があったが、事前にセネトから、全ての実務は宰相が取り仕切っているので、王は任せておけば大丈夫と聞いていた。
俺が自信をもって首を縦に振っていると、宰相の朝の報告は終わったようだ。
最後にヘミウヌおじさんが「明日は重要なご報告がございます。」と言って退室していった。
その後も、昼食やその後の軍事・外交の報告受けの時も、執務室には侍女のセネトが控えていて、俺が困っている時には静かに耳元に移動してアドバイスをしてくれた。
そのおかげもあって、今日1日でエジプト王の仕事を何となく理解した。
簡単に言うと、総理大臣と最高裁判所長官、外務大臣・財務大臣・防衛大臣と警察庁長官を兼務して立法権を持ち、国内経済を回しながら宗教的には祭祀の主宰を行う、国民からは神だと思われている存在でした。(1人でこれだけ働くなんて超ブラック!)
三権分立も政教分離も関係ない、やりたい放題!
一日の中で一番重大な夕方の神殿祭祀と夕食が終わるとセネトから報告があった。
「本日から数日は、ご家族との懇談と音楽・舞踏の宴は中止といたしました。」
「ありがとう。助かったよ。」
どうやら、古代エジプトの王は神の化身と思われているので、その言葉は絶対で、笑いかけたり感謝の言葉は口にしないようだ。
でも、中身が日本人の俺としては、お世話になってお礼をしないのは礼儀に反する。
セネトは(記憶を失ったクフ王)に慣れたようで、帰り際には少しの笑顔が見えた気がした。
とりあえず、侍女がしっかりと時間管理をしてくれるので、スマホの時計や予定表を見て怪しまれることなく、2日目のエジプト生活も無事終了して就寝時間になった。
寝室で「日干しレンガ」と長さの単位の「1ケト」をスマホで調べてみた。
「日干しレンガ」(アドベ: Adobe って、あのソフトメーカと同じ名前だね。)は、粘土や泥と草を型に入れて乾燥させると出来上がり。簡単に作れて用済み後は自然に戻るエコな素材だ。
「1ケト」は、長さの単位で、52.36 m だった。
王宮の四方が 50 m だとすると、この時代の建物としてはかなり巨大だな。
しかし、この時代には時計もないのに、分刻みのスケジュールが流れてゆくのはスゴイ事だ。
侍女以外にも王の執務時間を管理する真面目な官僚が沢山いて、裏で頑張っていることが伝わってくる1日だった。
この時代の王は、神の化身として崇められていて、その言葉は絶対でした。
そのため、神官長や国の No.2 の宰相にも「我は満足」程度の受け答えだったようです。
今回の物語では、「異世界」から転生した主人公は普通の日本人なので、普通の会話を続けます。
そのことが、王と関わる人々にどのような影響を与えるのでしょうか?