第10話 ピラミッドの作り方1
史実どおりにギザの地にピラミッドの建築が始まって1年が過ぎた。つまり、俺がクフ王に転生してからは1年半が経ったことになる。
(本当に日本に帰れる日が来るんだろうか・・・)俺はこの先の事が少し心配になってきていた。
1年と言えば、この時代のカレンダーは1年が365日で12か月なのは現代と同じだけれど、1月が30日固定なので年末に余った5日を休日(調整日)にするという、のんびりしたものだ。(閏年は無いので、どんどん日にちがズレていく!)
12か月の呼び名は日本のように『1月』という数字を用いたものではなく、農業の収穫時期に合わせた3種類で呼ばれている。
氾濫期(アケト:Akhet)、成長期(ペレト:Peret)そして収穫期(シェムウ:Shemu)で、 この3つの名前に1から4の数字を付けて毎月の名前としていたのだ。
(例えば『氾濫期の第1月』なら現代の7月、『成長期の第1月』なら11月)
先ほど、1月が30日固定だと説明したが、1週間は10日(最終日は休日)なので1か月は毎月3週間と現代より分かりやすい。
ちなみに年数は西暦などはなくて、王の治世の年数だから本日は『クフの治世2年 成長期の第3月 第1週の初日』で、紀元前2,590年1月1日だ。
(あれ、よく考えたら正月じゃないか)
外は暖かいので真冬と言う感じはしないが、少し肌寒いのでセネトが準備してくれた長袖の上着を着こんでいる。
俺は気になったので、侍女のセネトに聞いてみた。
「昨年も何もなかったようだが、年の初めのお祝いは行わないのかな?」
「また神の国のお話ですか?この国では新年は氾濫期の第1月(7月)ですよ」
最近のセネトは、初めの頃のような堅苦しい話し方はしなくなった。俺からの再三の要望で変えたのだが、たまに(王に対する態度として大丈夫なのか?)と心配になる事が多くなった。
昨年の新年(7月)の各種行事は、第1王子カワブの葬儀で規模が縮小されたが、本来ならば最高神である太陽神の誕生祭やナイル川の神に捧げる祭りなどが行われるはずだった事は、宰相のヘミウヌ叔父さんから聞いていた。
(まだ日本に帰れないなら、夏が新年の開始だという事に慣れないといけないかな)俺は少し遠くを見ていた。
(王は最近、心がここにない感じがする時があるわ)セネトは王の顔を見てそう思った。
もちろん、未来から来た転生者が『どうやったら元の世界に帰れるのか?』などと考えていることは想像も出来なかった。(でも、現場視察に行ってからは、すごく王との心の距離が縮まった)
そう思ったときに、セネトの頭の中に母の顔が浮かんだ。
(王と楽しい時が過ごせるのは、すごくうれしいけれど、私は側室になりたいのかしら・・・)
彼女の心の中では、まだ結論が出るには時間がかかりそうだった。
気持ちを入れ替えて『王の侍女』に戻ったセネトは、王がピラミッド設計主任との時間を楽しみにしているのを思い出して、明るい声で「間もなくマアトカレ主任が来る時間です」と王に伝えた。
「よし、来たら通してくれ」王はいつもの優しい笑顔に戻っていた。
冬場だが、上着を来ていない小太りなマアトカレが入室してくる。
「王様、今日は長めに時間が取れました」
「では、メル(ピラミッド)の最新の状況を知らせてくれ」俺は指示を出した。
「まず、現在のメルの高さですが、20段目を少し超えた程度です」
「もちろん急がせる気はないが、建設開始から半年で10段目だったはずだ。次の1年で同じ10段分というのは予定どおりなのか?」俺は思った事を聞いてみた。
「農民から多くの民を徴用できるのは、氾濫期の4か月間だけです。それ以外の期間は人数が半減するので、作業速度は落ちます」
技術主任は、俺の執務机に持参したパピルスの図面を広げだした。
「王様に教わった方法で計算をしてみました」
俺に教わった方法とは、今までやっていなかった『工数見積もり』の出し方だ。
(これは簡単な方法なので、他の建築にも役に立つだろう)
今までのピラミッド建築は、住宅や神殿の建築と違って前例がなかったので、作業結果を見て決めるというドンブリ勘定だった。
例えば、農民を沢山徴用できる農閑期の4か月に千人で10段の建築が進めば、次の1年では少ない人数で次の10段が追加できるという大雑把な見通しだ。
(これじゃあ、巨大なピラミッド建築の計画は大変だ)そう思った俺は、時計がなくても出来る簡単な工数管理を導入してみたのだ。
「まずは白い石(石灰岩)の切り出しです。この石の採石場は、前回の視察で見てもらったメルのすぐそばにあります」
マアトカレは最初のパピルスを取り出した。
「石材を切り出すのは、『石材採掘班』です。1つの班は10名で構成されていますが、そのうちの2名は石工で残りの8名が農民です」
「彼らは1班で1日に2個の石材を切り出すことが出来ます。班は全部で250組作られているので、1日当たり500個の石材が採石できます」
(つまり、『石材採掘班』は10名の班が250組で2.500名だな)俺は不足した情報を頭の中で計算した。
次に2枚目のパピルスに交換する。
「石材の運搬は1班20名です。こちらも250組なので総勢5,000人です。彼らは1日に2個の石をメル(ピラミッド)まで運搬して、管理官に指定された位置へ据え付けます」
「『石材輸送班』も、1日に運搬・添え付け出来る石材の総数は500個です」
「この人数は、農閑期で農民が沢山動員できる時の人数で、麦の収穫時期には数が減るので採石と運搬の人数を均等に縮小します」
マアトカレは3枚目の図面を示しながら「メル(ピラミッド)の各段で使用する石の個数は上に行くほど少なくなりますが、一番下の段で約3万個です」
(今度は、ちゃんと石材の個数を数えたんだな。エライぞ)俺はうれしくなった。
「今回は30段までは地形を利用して石材を節約できるので、その分は計算から除きます。30段目の必要な石材数は2万個まで減ります」
「簡単な見積もりですが」マアトカレは喉を整えてから「30段目の2万個の石材を切り出して積み上げるのに必要な日数は、40日に加えて10日に1日の休日分で44日です」
(思っていたより、随分早くに出来上がりそうだな)俺は技術主任の説明を興味深く聞いていた。
「この計算を各段ごとに加えていくと、頂上まで石材を組み上げるのに約13年、外側を覆う化粧用の石の設置に5年、傾斜路の撤去に1年の合計19年程で、王様のメル(ピラミッド)は完成します」
「非常に分かりやすくまとめられていた。良い仕事だ」俺は良い仕事には十分な評価を行うのだ。
マアトカレは「よしっ」と小声で喜んでいた。
「最後に王様に、さらに良い知らせがあります」
「何だ。早く知らせろ」俺は、良いニュースを最後に持ってくるマアトカレの話の進め方にニヤリとした。
「王のメルの建築と並行して作っていた、内部通路の試作品が完成しました」
「そんなものを作っていたのか?」
ピラミッドの建築については色々な情報を Wiki で調べていたが、知らないことは検索できないので、この試作通路の事は調べようがなかった。
「この試作通路はメルの東側の空き地の地下で、完成時の5分の1の長さに作りましたが、実際にメルの内部に通路を作るときに、正確な方位で通路が掘れることを検証できました」
「それは実際に現物を見てみたいものだ」
「いつでもお待ちしています。その時には、王の指示どおりに作り直した労働者たちの宿舎も見てもらえますよ」技術主任は俺と侍女のセネトの方を見て微笑んだ。
「楽しみだな。これからもよろしく頼む」
「お任せください」マアトカレは満足そうだった。
マアトカレが退室すると、セネトが負けたくなかったのか「視察の日程を調整して来ます」と言うと執務室を出て行った。
(細かく指示しなくても、俺の期待どおりに仕事が流れていくのは気持ちいいな)
今朝は、この世界について不安に思っていた事はすっかり忘れている俺だった。
古代エジプト時代の暦は農業と密接に関係していたので、現在の暦にキッチリと変換するのが難しいです。
さらに、物語の中で出て来た様に「閏年」が無かったので、4年に1日ずつズレていきます。
年初めの『氾濫期の第1月』の第1日目は、「東の空に太陽が昇る直前にシリウス星が見える日」で、毎年のナイル川が氾濫する日にあたるため、現在の7月19日から22日頃となり毎年、日にちが異なります。
(これは、たまたまナイル川の起点となるエチオピア高原の雨季が始まって雨が降る時期とシリウス星の見える時期が重なっただけで、天空の星が超自然的な力でナイル川を氾濫させていたわけではありません。)
参考:https://www.britannica.com/place/Nile-River/Climate-and-hydrology?utm_source=chatgpt.com
物語中で主人公は勘違いしていますが、現代の1月1日は当時で言うと「成長期の第2月(12月20日) 第2週の2日(+12日)」前後の中途半端な日になりますね。
また、後の時代になると、各月に名前が付けられます。
7月:Thoth、8月:Paophi、9月:Athyr、10月、Cohiac、11月:Tybi、12月:Mesir、1月Phanemoth、2月:Pharmouti、3月:Pachons、4月:Payni、5月:Epiphi、6月:Mesori
です。




