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第1話 ある秋の日

 最近完成した最新の会議室に設置された、高精細のプロジェクターの光が一瞬弱まって、今回のプレゼンで一番の見せ場の資料が表示された。

 新商品のイラストの横で、印象的な色の棒グラフが増加していくところが良く分かる。


 俺の勤める会社の社屋は5階建てのビルだが、最近、建物横の空き地を買い取って新社屋を増設したところだ。

 その新社屋内に作られた、新しい会議室を最初に使わせてくれたところからも、このプロジェクトへの会社の期待が良く分かった。


 会議室には、俺の他に入口近くに会社の後輩が1名、何かが起きた時の対応用に控えていたが、彼の出番はないだろう。

 プレゼン相手は2名で、担当者の男性は若い女性のスタッフを連れていた。


 俺は、手のひらの中でリモート・スイッチを軽く触りながら、自信のある声で続けた。

「こちらが、今回弊社が最もお勧めする商品です。他社の同等品と比較して、処理速度は5%程度の増加にとどまりますが、年間の維持コストは30%減となり・・・」

 配布資料とプロジェクターの画面を見比べている顧客の商品採用担当者の顔は満足げに見えた。


(今回の売り込みも、うまく行きそうだな。) 俺は、頭の中でチラッと次の休みの予定を思い浮かべたが、最後に気を抜いて失敗した以前のプレゼンを思い出して、気合を入れなおした。

 A社の担当者がゆっくりと立ち上がって言った。

「貴社の新製品には期待をしていますよ。」

 そして、スッと自然に右手を出してきた。


(確かコイツは俺より2つ年下だけど、アメリカの業界帰りだったな。)

俺は、相手の右手を日本人にする握手より、少し強めに握りしめた。

「お任せください。」そして、口角を上げて返事を返した。


 今回の契約がまとまるまでの色々な苦労を思い出しながら、遅めの昼食に何を食べようか考えながら会議室を後にした。

(せっかく商談がまとまったんだから、少し旨いものを食べるか、でも、部長に成功の報告がまだだったな。)

 俺の勤める会社では、一定額以上の契約がまとまった場合はメールではなく、直接会って報告することになっていた。

(面倒な時もあるけれど、たまに部長の喜んだ顔を見るのも悪くないな。)

 いつものコンビニで、サンドイッチとコーヒーでも買って、書きかけの報告書を仕上げてしまうことにした。


 あそこのコンビニなら、俺のお気に入りのサンドイッチが売ってるはずだと考えて、会社を出て左に曲がって大通りの歩道を進む。

 マンションやらオシャレなカフェを過ぎてコンビニの前まで歩いて行った。


 すると、一瞬意識が飛ぶような感覚があった。

(疲れがたまって貧血にでもなったか?)

 しかし、体に変な所は感じられなかった。

 足は地面を感じていて、風の流れも温度の変化もなかったが、目の前にあったコンビニや道路などの風景は真っ白で何も見えなかった。


 30代の普通のサラリーマンの俺が、気が付いたら知らない所に立っていた。

 白いモヤが薄くなり、包まれていた周囲の様子が、少しずつ見えてくる。

(少し香ばしいような、花や果物のような香りが・・・)


 周りには赤銅色の肌の人々が遠巻きに囲み、部屋の壁は簡素なレンガ積みに見える建物の中だ。

「えっ?さっきまで昼食を買おうと思って、コンビニに行く途中だったのに。」

 急に屋外から暗い室内に「移動」したので、最初は見えなかった部屋の中に目が慣れてきた。

(夢ではないよな。

 後輩の契約成功のサプライズ演出にしては凝りすぎてるし・・・

 信じられないが、どうやら、交通事故で女性を助けた訳でもないのに、異世界?に転生したようだ。)


挿絵(By みてみん)


 横にはキレイな女性がいたけれど、変なことを話しかけて嫌われたくなかったので、反対側にいるおっさんに話しかけてみた。

「ここは、どこですか?」

 初老に見える男性は、驚いた顔だが形式を重んじた態度で答えてくれた。(日本語が通じたのかな。)

「ネブ・タウイ(上下エジプトの主)、急に倒れられて心配しておりましたが、記憶が混濁されましたでしょうか?」(知らない単語は頭の中で翻訳された。)

 白髪の男性は続けた「太陽がお隠れになったことが、太陽神たるネブ・タウイのお体に影響を与えたのでしょうか?」

(・・・太陽がお隠れにって、ここでは日食が起きているのかな?)

 この部屋は小さな窓が高い位置に数個あるだけで、照明は多数のランプでまかなっているようなので、屋外の様子は良く分からなかった。


 視線を左右に向けると、少し離れたところに次に年齢が高そうなオッサンを見つけた。

「現状を教えてほしい。」

 頭を丸めた細身のオッサンが前に進み出て、思ったより高音の良く通る声で答えた。

「ネブイ(我が主)、神官の全ての力を合わせて、このラホテプが太陽の御身が正常に戻るよう、祈祷を行い適切な供物をささげているところであります。ご安心ください。」

 両手を体の前に組んで深々と頭を下げたので、ラホテプと名乗った神官のオッサンの顔色は見えなかった。

 しかし、科学が進んだようには見えないこの異世界?では、多分、日食の予測など出来ないだろうから、出まかせを言っている可能性が高いな。

 この世界では神官が俺より偉くないと仮定すると、このオッサンが恒星と月の動きの責任を取らされるのは可哀そうな気がしてきた。


 神官のオッサンに告げた。

「太陽はすぐに正常に戻るので心配しないように。」

 白髪のおじさんと坊主頭のオッサンが、同時に息を吸いなっがら「えっ!」と叫んだ。


 俺は、強めの声で再度告げた。

「太陽は隠れて暗くなる。その時には気温も合わせて下がる事になるが問題ない。そして、徐々に太陽が現れて正常に戻るが、直接見続けると強い日差しで目を傷めるので注意するように。」

「はっ!」今度は理解したのか、2人のおじさんは急いで部下の元に走り、何か短めの指示をしてから、ゆっくりと俺の元に戻ってきた。


 2人ともにかなり安心した顔に戻っていた。

 白髪のおじさんが話しかけてきた。

「ネブ・タウイ(上下エジプトの主)、神の啓示を受けた御身の言葉を広く知らしめて、民の不安を解消するよう指示をいたしました。」


 坊主頭の神官長は、大げさな動作の後に語りだした。

「ネブイ(我が主)、さすがです。我が神殿の「時間の監視者(Imy-wnwt)」でも知りえない知識をお持ちでいらっしゃる。」と語って深々と頭を下げたが、俺はどうやらコイツの動きが気に入らないようだ。

 動作の隅々に、何か引っかかるものを感じるのだ。

 それに対して、温和そうな表情の白髪のおじさんは信用できそうな気がしてきた。


「分かった。」そう言った後に俺は、状況を確認するために手に持っていたスマホの電源を切って、鏡代わりに自分の姿を見てみる。

 さっきまでは薄手のジャケットにネクタイ・夏用のスラックスをはいていたが、一瞬で姿形が変わったようだ。

体格も変化して筋肉質で健康そうな赤銅色の肌、服は良質な白いリネン製を着ていた。肩には色とりどりのビーズか何かで出来た重たいネックレス?が掛かっている。

 そして、頭を見てみるとツタンカーメン的な被り物をした、20台前半の中東系?イケメンな青年が立っていた。


(転生した場所は古代エジプト的な世界なんだな。良くある中世ヨーロッパ風の剣と魔法の世界とは違うみたいだ。)

 俺の意識はそのままなので、姿形も以前のままで異世界転移したものだと思っていたら、この世界の住人に転生したようだ。

 良くある女神さまとの出会いも、チート能力も、この後の目的さえも分からないので不安になるが、ここがどこなのかを早めに知りたいな。


 反対側の女性も心配顔で俺の顔を覗いてきた。

「ネブイ(我が主)、いかかがされました?」

 俺の様子を、まだ見つめていた女性に話しかけた。

「俺の名前は・・・」

 俺が質問した女性は、緊張して少し震えていた。

(そりゃあ、普通の人が急に自分の名前を聞いてきたらビックリするよな。)


俺は質問を変えてみた。

「意識を失って記憶が定かではない。確認したいのだ。」

キレイな女性はゆっくりと答えた。

「偉大なるラーの子、クヌム・クフ・・・」

(古代エジプトで「クフ」と言ったら、世界最大のピラミッドを作ったエジプトの王様しかいないだろう。まあ、その内、日本に帰れると思って気楽に王様を演じてみるか。)


 そう、この日から、俺のエジプト王・クフとしての生活が始まったんだ。

設定上、この物語の現在の日付は、直近の皆既日食が起こる2027年8月2日です。しかし、残念ながらこの日は日本では日食が見られず、エジプト付近で起こると予想されています。(日本で次に皆既日食が見られるのは2035年9月2日なので、ちょっと未来すぎますね。)


古代エジプトで記録が残る皆既日食は紀元前2471年4月1日で、クフ王の時代とは118年ズレています。


NASA は、紀元前2000年までの正確な日食発生日を計算して公開していますが、それ以前の時代は誤差が大きくなるようです。

この物語でクフ王が即位した頃(紀元前2589年9月3日)に皆既日食が発生したと計算したのは、生成 AI(ChatGPT)です。


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