トーストを咥えながら角で転入生とぶつかるアレ
少年は走った。遠くから微かに聞こえる予鈴を耳にしながら。
「くそー!」
トーストに齧り付きながら少年は毒づく。寝坊したせいで朝食が採れず思わずトーストを咥えてきてしまったものの、なかなか消化出来ずにいた。
遅刻だ遅刻だと全力疾走しているその時だった。見通しの悪い十字路、向かって左手より少女が飛び出してきた。
力いっぱい踏み込んだ一歩、その跳躍を抑えることは出来ず少年は少女と交錯した。
「きゃっ!」
少女は大きく尻餅をついた。同様に少年も仰け反ったが踏みとどまり、咄嗟に声をかけた。
「ご、ごめん! 大丈夫?」
「あたた……うん、大丈夫」
そう答えながら少女が顔を上げると少年はふいと目を逸らした。少女が疑問の眼差しを向けると少年は「スカート」と一言だけ呟いた。少年の言葉に誘導され目線を下ろしてみるとスカートは大きく捲りあげられ、白い布地が堂々と姿を見せていた。
◇
――はわわっ!
千佳は首を左右にぶんと振り想像をかき消した。
「こ、こんなのダメダメ!」
千佳は改めて一から構想を練り直す。
◇
少女は走っていた。転入初日だというのに遠くで学校の予鈴が鳴っているのが聞こえる。
「まずいまずいまずいっ!」
慌てて咥えてきたトーストを少しずつ頬張りながら、少女はありったけの力で走った。
すると差し掛かった十字路で、右側から唐突に現れた少年と衝突した。高いブロック塀に囲まれていたためぶつかるその瞬間まで少年に気づけなかった。
お互い走り込んだ勢いで激突したものの少女と少年の体格差は歴然としており、少女は半ば少年に押し倒される形で倒れ込んだ。
「だっ、大丈夫?」
少年の柔らかな声が耳元で鳴った。目を開くと思いの他少年の顔は近く、息の掛かる程であった。
よく見てみると少年はほとんど馬乗り状態で片手を地面に突き立てて、辛うじて少女を押し潰さずにいた。もう一方の腕の行方はと視線で追うと、それは少女の慎ましやかな胸へと辿り着いた。
◇
「は、は、破廉恥だわっ!」
千佳は思わず声を挙げてしまった。ぶんぶんと大きく頭を振り、千佳は妄想をかき消そうとする。
も、もう登校シーンはやめやめ! そうだ、転入と言えば自己紹介よね。それもしっかり考えておかなくちゃ!
◇
日当たりのいい廊下で少女は待たされること約一分。「入ってきて」と担任に呼ばれると少女は丁寧に教室の扉を開け、ぴんと背筋を伸ばして教卓へと向かった。
教室はざわつき、男子からは好奇の視線を感じたが少女は凛とした眼差しを持って言い放った。
「一般人には興味ありませんので」
◇
――って違う違う!
千佳は大きく両手で宙を掻き、誤ったイメージを霧散させた。
「あーもう、何やってんだろ私」
『一日で成りたい自分に大変身!』と銘打たれた自己啓発本を放り投げると千佳は布団へ潜り込んだ。
明日から新学期が始まる。転入生だとかそんな特別な事情はないがきっと変わってみせると心に誓い、千佳は眠りに就いた。
暴走収束感無量。一度やってみたかったこのノリということで、はじめましての方もそうでない方もこんにちはもしくはこんばんは。毛利鈴蘭です。
書きかけの推理小説の続きはいつ書くのやら、風の吹くままアレコレ手をつけ未だに行く先が見つからず。
とりあえず、トーストはただのトーストです。ジャムは乗ってません。だって非衛生じゃないですか。食事は落ち着いて取りましょう。
それではまたどこかで。