第2話 竜太伯父さん
農家だった大きな古民家をリフォームした伯父さんの家。やはりリビングも広くて、太い柱や梁を生かした内装は荒々しくも木の温もりが感じられて、やっぱり古民家カフェでも営業出来そう。
リビングに鎮座するテーブルは2m近い丸太を縦割りにして、その断面を繋ぎ合わせたワイルドな造りだ。その上に伯父さんが作った夕飯が並べられている。
大きなお椀には具沢山の味噌汁、お茶碗につやつやのご飯が盛られ、大皿には肉野菜炒めが山盛りだ。ほかほかと湯気をたてて、どれとても美味しそうだけど、男料理ここに極まれりって感じ。
「おう来たか、さぁ座れ」
「う、うん」
カーキ色のTシャツで腰に昔の酒屋さんがしていたようなら紺色の前掛けを巻いた伯父さんが僕に席に着けと促す。僕達はそれぞれ席に着くと「いただきます」と手を合わせて夕飯に箸を付けた。
お椀を持ち、熱々の味噌汁に口を付けてずずーと啜ると、
「え、うまっ!」
汁は濃いめの味噌と出汁、豚肉?と脂の甘さが口に広がり、香ばしい味噌と薬味の葱の香りが鼻を抜ける。肉を口に運び、噛み締める毎にやはり肉の旨みと甘さに身が震えるよう。
「どうだ?旨いだろ」
「伯父さん、この肉って、」
「猪の肉だ。俺が仕留めたな」
「い、いのしし⁈伯父さんって猟師なの?」
聞けば竜太伯父さんは、ここ秩父の山中で猟師をしているのだという。この味噌汁の肉は猪で、肉野菜炒めの方は鹿肉で、どちらも自分で仕留めた獲物だそうだ。
つやつやのご飯は噛めば甘味が出て、炒め物の野菜も美味しく、鹿肉はクセがなくてあっさりしつつも肉の旨みが絶品。
僕は伯父さんの料理の美味しさにガツガツと夢中になって食べ、ご飯と猪汁をおかわりした。
「これらの食材は全部、肉も米も野菜も味噌もこの秩父の物だ。沢山食って動いて強くなるんだぞ」
「うん」
〜・〜・〜
その後、僕達は食べ終えた食器を片付けてから食後のお茶を啜りながら雑談をした。伯父さんと僕は伯父甥とはいえ会うのは今日で二度目。だからお互いを知って理解するためにこれから夕食後は雑談をしようと伯父さんから提案があったのだ。
こうして話をするのも初めてだけど、何となく竜太伯父さんとは気が合うのを感じる。少なくとも父さんより余程自然に話が出来る。
話始めは伯父さんからで、伯父さんは自身の生い立ちや秩父で何をして暮らしているか等を話してくれた。
竜太伯父さんは長野県長野市は戸隠の出身で、僕の母の次兄だ。地元の実家は長兄が継いでいて、未だ両親(僕の母方祖父母)も健在だそう。伯父さんの実家は今は観光や不動産業などを手広く企業しているけど、古い家柄で元々は豪農だったという。
「ただウチはちょっと特殊でな、修験道を修めて土地の修験者の元締めみたいな事もやっているだよ」
ん?やっている?それに戸隠で修験者って事は、
「それって今も、って事?」
「そういう事だ」
「忍者、とか?」
「昔はそういう事もしていたと聞いたな」
「凄い!伯父さんの家が戸隠流の忍者の家系だなんて。という事は僕にもその血が流れてるって事だよね?」
今も修験道を修めているって事は、
「じゃあ伯父さんも忍者の技とか使えるの?」
「男の子は忍者が好きだな。まぁ、忍者の技かどうかは知らないが、生家に伝わる修験の技は使えるぞ。今度見せてやろう」
「本当?僕にも出来るかな?」
「俺の甥だから出来るかもな。やってみるか?」
「うん!、じゃないくてはい!宜しくお願いします」
「うむ。精進するのじゃぞ」
「はい、師匠」
伯父さんは「調子いい奴だな」と言って笑った。
あの事件でそれまでの僕の日常は跡形も無く破壊された。家族はバラバラになり、友達や幼馴染は僕を裏切って僕の周りには誰も居なくなった。こうして秩父の山奥に来てこれからどうなるのだろうと不安もあったけど、竜太伯父さんはとてもいい人で気も合う。そして自分のルーツの一端に触れる事が出来たばかりか、修験道も教えてもらえる事になり、今までの怒りや恨みや不安は何かどっかに行ってしまったな。
自分でも現金だと思うけど、今の僕はもう過去の事なんてどうでもよく、これからの事が楽しみでしょうがなくなってしまっていた。