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第2章1節: 警戒と好奇の眼差し


 丘を下り、集落へと続く土の道を歩む。道端には、背の低い麦のような作物が植えられた畑が広がっていた。前世の知識とは異なる品種のようだが、人の手が入っていることは明らかだ。家々は木と石、そして藁のようなもので作られており、簡素ながらも生活の営みが感じられる。屋根には石が重しとして置かれ、壁には農具らしきものが立てかけられている。


 いくつかの家からは、細く白い煙が立ち上っていた。調理の時間だろうか。あるいは、別の用途があるのかもしれない。すべてが、観察と考察の対象だ。


 不意に、子供たちの声が聞こえた。畑の隅で、土いじりをしていたのだろうか、泥まみれの子供たちが数人、こちらを指差して何かを叫んでいる。その表情には、驚きと、少しの怯えが混じっているように見えた。


「あ、あれ…エルフだ!」

「ほんとだ! すっげーキレイ…」

「でも、なんでこんなところに?」


 彼らの言葉は、幸いにも理解できた。これもまた奇妙なことだが、今は情報収集を優先すべきだ。子供たちの一人が、慌てた様子で家の方へと駆け出していく。すぐに、大人たちが現れるだろう。


 予想通り、間もなくして、屈強な体つきの男性や、厳しい顔つきの女性たちが、鋤や鍬、あるいは棍棒のようなものを手に、家々から出てきた。彼らは私を取り囲むように距離を取り、警戒に満ちた視線を向けてくる。その視線には、子供たちと同じ驚きと好奇心、そしてより強い猜疑の色が浮かんでいた。


「森のエルフか…?」

「こんな時期に、一人で?」

「何か企んでるんじゃないだろうな…」


 囁き声が聞こえてくる。彼らの間で、「エルフ」という存在がどのように認識されているのか、その断片が窺える。あまり友好的ではないようだ。これもまた、予想の範囲内ではある。


 私は、無用な刺激を与えないよう、静かにその場に立ち止まり、彼らの様子を観察した。恐怖はない。ただ、彼らの反応の根底にあるであろう思考様式、文化、経験に興味があった。なぜ、彼らは私を見て、まず警戒するのか? エルフに対して、どのような物語(あるいは偏見)を持っているのか?


 ざわめきの中から、一人の年配の男性がゆっくりと前に進み出てきた。皺の深い顔、鋭い眼光、がっしりとした体躯。おそらく、この集落の長、あるいはそれに準ずる立場なのだろう。彼は、手に持った頑丈そうな杖を地面に突き立て、厳しい声で私に問いかけた。


「何者だ? 森から来たのか? 何をしにここへ?」


 その声には、長年の経験に裏打ちされたであろう重みと、集落を守ろうとする強い意志が感じられた。敵意というよりは、峻厳な問いかけだ。


 私は、彼の目をまっすぐに見返し、落ち着いた、できるだけ穏やかな声で応じた。


「私はナギと申します。ご覧の通り、道に迷い、森を彷徨っておりました。幸いにしてこの村を見つけ、安堵しているところです。怪しい者ではございません」


 私の返答に、村人たちの間に再びどよめきが起こった。予想していた反応と、少し違うのかもしれない。彼らが想像する「森のエルフ」のイメージとは、私の言葉遣いや態度が乖離していたのだろうか。


 村長らしき男性は、眉間の皺をさらに深くした。しかし、その表情には、単なる警戒心だけでなく、困惑の色が加わったように見えた。


「…エルフ、だな? その耳と姿は間違いない」


 彼は私の尖った耳を顎で示しながら言った。


「なぜ、一人で森にいたのだ? 他の仲間はどうした? 森は危険な場所だと知らぬわけではあるまい」


 彼の問いは、もっともだ。論理的に考えれば、若いエルフの少女が一人で危険な森を彷徨っているのは不自然だろう。正直に答えるべきか、それとも方便を使うべきか。


 いや、ここで嘘をつくのは得策ではない。不信感を招くだけだ。可能な限り、事実に即して、しかし誤解を招かないように伝えねばなるまい。

 これもまた、言葉の選択という哲学的な実践だ。


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