折旅 (6)
理由はあんまりないです。これはただ、直感的にそう思って呟いたんです。正直、すんごい失礼な事言ってるなと私は思いますよ。八歌山の人がさっきの事を小耳に挟んでいたとしたら、もう謝る間もなく、気づいたら病院送りになってるかもしんないですよ。でも純粋にそう思っちゃったんです。
「都市って言うんなら、僕が住む所もどっちかと言うと都市なんだよなー。」
山から離れていて、ビルがあって、公園があって。いや公園は田舎にもあるか。とりあえず、どの時間でも人の移動を見る事ができたらもう都会なんだと思うんです。人が住んでいたら街でしょ?。でもそこ、端から見たら都市だって話なら、はたしてそれはどっちの感性が正しいのかってなるじゃないですか。どちらの答えも分かりますし、定義にもなります。同義でありながら、相容れないこの2つ。哲学なんですけど、私はそう考えたんです。
「ただお偉いさんがしもべをいっぱい集めさせた結果、今で言う都市になっただけじゃないの?。」
ここ八歌山も、ちょっと先にお城があるみたいです。少し昔は、お城にお偉いさんが住んでいて、その地域や人の管理をしていた訳じゃないですか。そこの管理している人が凄い人なら、尚の事従えている人はそこで子供も産みますし、なんなら外からも住みやすい街だって思って人が増えるわけじゃないですか。なら、今こうして都会になってるって事にも納得がいきます。でもそれはただの都会でしょう?。
「僕は旅で、観光目的で来ている訳じゃないか。何もどこにでも生えてるビルやどこにでも在る大通りを見にきたんじゃない...。」
私の旅に目的はありません。ただあるとすれば、地元じゃ絶対に見れない景色を見るってことぐらいです。地元の光景を一切思い出さない、かつ、感動する景色を、無いものねだりなんですけど、とにかくそれで動いていたんです。マジレスすれば同じ都会でも全然違うじゃないかって話なんですけどね。私にはそれが分からなかったんですよ。なんせ中2でしたからね、屁理屈だけは得意だった訳です。当然、屁理屈だなんて教科はないのでこうして不登校に成り下がったばかりなんですが。
「うーん...。もっと南下してみるか。」
ここまで下ってきたんですし、どうせなら、もっと下ってみようとも思えました。それとですが、だーいぶ前に話したんですけど、今の手持ちは4万程ある訳じゃないですか。つまるところ、どっかで宿泊する事も可能なんですよ。無茶苦茶いい所を見つけて、そこで宿泊して、美味しいものを食べて、優雅に帰る。これが旅のベストでもあるのです。どうせこんな機会、そうそう無いでしょう?。
「...いやいっぱいあるか。」
そうでした。私はそもそも学校や仕事に追われる日常を送っていないのでいくらでもチャンスはありました。ただ家に引き篭もるだけなんでいくらでも外に出ようと思ったら出れますからね。自分自身、それを完璧にこなせるのかと問われると正直怪しいと思われます。
「次の終点でお昼ご飯買えばいいや。」
私は構内の階段を経由し、次に南下する電車へと乗り換えました。ここ八歌山駅に滞在した時間は、おおよそ30分ちょっとだったと思います。まだお腹は持ちそうなので、次に降り立った場所で考えようと思います。そうこう考えてる内に、電車は八歌山駅を後にしました。
「うおぉ!。すっげぇ!。」
20分ちょっと。いやそれよりも短いかもしれません。住宅街からすぐに抜け出し、山々を渡り、ついに大きな海が見えだしたました。この景色をどれだけ見たかった事か。陽キャの場所だとか言って忌み嫌っていた海がこんなに煌びやかに見えたのは初めてです。冬なので泳ごうとは思わないですが、夏なら泳ぎたくて体がウズウズしていたと思います。こんな事言うのも柄じゃないんですけどね。
然し、あの蒼は何処か不安げな感じをしていました。棚引く雲がある訳でもないのに暗く見え、荒波がやけに際立っているんです。海は陽キャの場所だとか言いましたけど、自殺する場所でもありましたよね。ちょっと楽しみでいたんですけど、気が引けました。今の時期に海に行っても寒すぎるだけですしね。
「うーん。もうそろそろご飯食べるかなぁ。」
時刻は13時ちょっと。流石にお腹がすきました。電車ももう時期で駅に停まるみたいです。見た所、それなりに栄えている街っぽいのでご飯を食べれてる店もそれなりにある事でしょう。ここで駅から出る選択を取りましょう。
2面2線の島式ホーム、私は、次の地点である”夜浅”駅に到着しました。もう何回山越えしたかも分かりません。正直ちょっと飽きたぐらいです。でも、私が求めていたものへとどんどん近づいていってるのを強く感じました。自分自身を変える為、そんな壮大な目的を持って、皆こうやって旅に出るんだとは思うんです。でも旅を終えたからって大金持ちになったり実績を得る訳じゃなくて、結局は始める理由を探し求めるだけに過ぎないんだと思うんです。結局それをスタートさせるキーって言うのは、皆が100%想像できないものから、景色とか、人柄とか、そういうのに感銘を受ける事で、人は変わる決断をするんじゃないか、そう思うんです。私も外界に触れずして、内面から自身を奮い立たせるだなんて、そんな事できる筈ありません。どうせどこかで飯も食わなくちゃいけないし、今日は家に帰ろうとも思いません。ひとまずは観光して、歩き回ってみようと思います。
駅舎や駅周辺は、車窓から見た景色とは違い、とても新しい雰囲気を感じました。古めかしい景色も好きですが、こういう綺麗な場所もまた心を休ませられる景色の一つです。私は駅前の段差に腰掛けました。
「あぁ...。この風情だよ。」
うるさくない、静かな住宅街。海も近く、ちょうど山からも少し離れている為、ここら一帯はちょっとですが晴れてもいます。腰掛けたその場から、動けなかったのです。いいえ、安らいだ心に背中を押す事ができなかったんですね。まだここにいたい。ここからこの街の良い所をとにかく聴いていたい。そう思ったんですね。
「家出る時は寒かったんだけどな...ははっ。」
言ってなかったんですが、私ジャンパーを着けて来たんですよ。最初の死にそうなぐらいの寒さはもうなくなりかけてます。というか、ちょっと暑いです。お昼ですし、直射日光をモロに浴びてる訳です。まぁ、それでいながら寒くない事に違和感を持つ方がおかしいのですがね。
「...ありゃ?!。」
チャックを開けてジャンバーを脱ぎ、リュックに収納しようとしたその時です。私、気づいてしまったんですね。
「明らかにスペースが足りないじゃないか!。」
なんと、そもそも大きなリュックを持ってきていないから入らないではありませんか。
「ったはぁ...。」
これは困りました。パッツパツのズボンにちんちくりんなリュック。どうやら私の心よりも、私の服装の方がよっぽど余裕がなかったみたいです。感情のような無機物はいくらでも拡大も縮小も可能ですが、リュックやズボンは有機物です。自分の気持ちでサイズが変わるものではありません。視野を広く持てた今でも、ズボンがきつく締まって腰回りが痛いです。大らかな心を知れた今でも、リュックはちっこいまんま。ハンカチと金と切符と生活必需品でいっぱいいっぱい。あと入るものでいえばモバイルバッテリーぐらい?。もはやリュックと言えるかどうか怪しいですが、ともかくもうジャンパーは入れそうにありません。仕方がないですが、チャックだけでも開けたまんまにしておきましょう。私は肩をガクンと落としました。
ジャンパーは一旦脳内から捨てましょう。まずはこの空いた腹を満たす事が先決です。
「よいしょっと...。」
私が立ち上がったその時、2回目の変化が訪れたのです。
「ちょっとあんた!」
「えっ?!。」